29、ララレィリア そしてシーナレスト
そろそろ 昼も近いという頃、冒険者ギルドマスターのフェレットは領主に呼ばれて館まで来ていた。
この国はクラックス合衆国と名乗るだけあり 条件次第で国王が入れ替わるようなシステムになっている。
細かな事は後の話として 場合によっては ここフェルムスティアが王都となる。
そんな理由も有って 領主の館とは言っても領主が公爵である居城は 少し手を加えれば王城として使えるほどの規模と設備をもっている。
そんな城に何の気後れも無く堂々と歩くフェレットの姿は他国から招かれた国賓と思われても何ら不思議では無い。国の要人を招く事も有る重厚な趣の応接間に通されても変わらずに 普段のポーカーフェイスを保っていた。
領主フランベルト・ルク・フェルムスティア公爵は 身分に囚われず率直な意見を言うフェレットを側近にしたいとさえ考えていたが 色々有って難しい。
今は 第三者からの意見などが聞きたい時に相談相手としている。
フェレットもその辺は理解していて、たまに 色々と背負って大変な立場の領主からグチなども聞いている。
とは言え 今日の話はフェレットの氷の鉄面皮を壊しそうになるほど 慌てさせるものであった。
「君は妖精の事をどのように考えているかね?」
「妖精・・ですか。・・・・・
私は普段はその手の存在が見えないもので 個人的には何とも言えません」
内心、妖精以上の存在が思い出されて焦りを覚えるが 顔には出せない。
領主が何を思って その様な質問をするのか思いあぐねている。
妖精と言えば 巷で「都を救った存在」として噂されているので そのへんの話かも知れないが いずれはハルカの存在にも気が付くかもしれない。
それならば、あえて情報としてハルカとの関わり方を伝えて於くべきだろう。
そう判断した。
「確証は有りません。私の知るその手の存在という事でなら お話させていただきます」
「ああ、かまわんよ。君が知ってる それ自体かなり貴重な情報だろうからな」
何から話すべきか考えて あれこれとハルカの事を思い出していると 自分も何時の間にか あの子を妖精と思えていた事が可笑しくなった。いや、むしろ それ以上の存在として考えなくては町が消し飛んでしまうのだ。
この場の会話は責任重大なのは間違いない。
「妖精や精霊などの肉体を持たない種は 総じて巨大な魔力を扱います。こればかりは 当方のギルド会館が精霊の襲撃に遭い半壊しましたので 恐ろしさは身にしみています」
「うむ、そうだったな・・冒険者の集まるギルドですら対処できなかったとは聞いている・・」
「お恥ずかしいかぎりで、半壊で済んだのは幸運です。
例の男爵の行動が引き金になったらしく・・いい迷惑でした」
「それほどの魔力を持つ存在ならば 各方面の者達が欲しがるところだが何一つ話には聞いた事が無いな。手にしたならさぞかし自慢するだろう」
フェレットは思う。やはり この領主であっても力とは欲しいものなのか・・・と。
確かに、ハルカを守護している精霊をみれば 自らの力に、あるいは護衛として欲しいと思う方が自然な姿なのだろう。
「私も文献にて事例を見ただけで、実際に彼らと友誼を結んだ話は聞きません。
もし巷の噂どおり この都を妖精が守っているのなら 驚くべき事態と言えますね」
「ふむ、なるほどな。それであるなら 是非とも長く住み着いてもらいたいものだ。君なら どうやって妖精の気を引くかね。祭壇をもうけるとか、貢物をするとかが一般的だと思うが」
「お気持ちは分かりますが 過度の干渉は恐らく逆効果だと思います。
そのような存在は とにかく自由を好むようで、人間に干渉される事を嫌う傾向にあります。あくまで推測でしかありませんが、長く居ついてもらうには今の都のように 気ままで平和な雰囲気を保つのが最善かと愚考いたします」
「ははは、何気に一番大変な条件だな」
「他の都で妖精の話が聞こえないのは 案外その為かも知れませんね」
話は終わり、領主はフェレットを上機嫌で見送った。
領主が廊下から中庭を見下ろせば、愛する娘が見知らぬ黒髪の少女とお茶会をしている。フランベルトはその様子を見ながら対応を考えていた。
少女は今朝 買い物途中の侍女が広場で見かけて 強引に連れてきたという。
何と言う無用心な事よ。その侍女は後できつく戒めねばなるまい。
話には聞いていた。
先日、帰宅途中の街道で山賊に襲われていた所にあの少女が通りかかり 賊を瞬く間に殲滅し、腹痛で苦しむ娘や家臣たちを助けたらしい。
その不思議な持ち物や魔法、そして 忽然と姿を消した事から妖精ではないかと報告されていた。そんな不可思議な少女が 今実際に目の前に存在している。
不思議なのは 娘の従者として付き添っていた執事が事の外 あの子供を気に入っているという事だ。あの男は人を見る目が鋭い。その点を買って娘の側に仕えさせているのだが・・。ううむ・・。
親が悩んでいるとも知らず、ハルカと同じような年頃の姫君 ララレィリアはモジモジ、ソワソワしたままハルカに話しかけられずに居た。
側に仕える従者の老人は そんな少女の姿を嬉しそうに見守っている。
上流階級の少女は同年代の子供とふれあいが無い。
やがて 社交界にデビューすれば知り合いは増えるだろうが、その場は既に腹の探りあいの戦場。友を作るのは極めて難しい。
姫様がハルカに話しかけるのは 公園デビューをしようとする子供みたいなものである。
一方ハルカとしては、せっかく幼女達から脱出して気楽だったのに それ以上に大変そうな建物に拉致され 子供の相手をさせられているので不機嫌である。
さらに、彼を不愉快にさせているのが 遠くの窓から敵意を持った目で見つめている存在である。殺気とすら言えるほどの強い思いは子供に対して向けるには異常だ。
守護精霊がピリピリと警戒し、ピアもハルカの中に待機し出てこようとしない。
それほど 向けられる思いは狂気を孕んでいる。
気付かれているとも知らず 憎しみの目を向けているのは フェルムスティア所属 宮廷魔術師筆頭のバラン。彼はハルカの持つ尋常では無い魔力を感じ取り 自らの地位に危機感を抱いている。
ハルカからすると そんな地位は鼻くそほどの価値も無いのだが、苦心して上り詰めた男にとって ハルカは脅威そのものであった。
ハルカの実力を正確に見抜ける実力が有るならば 対立する事自体が無意味な事と気が付くはずだ。だが 彼は肩書とは違い単なる一般的な魔術師でしかなかった。
そんな 窓から外を凝視するバランに話しかける少年が居る。
「バラン先生、いかがされましたか?。私にでも分かるくらい魔力が漏れ出ていますよ」
年のころは13歳で中学生くらいの年齢であるが体格は大きく 既に日本の高校生ほどもある。容姿は白金の髪に端正な顔立ちで 貴公子としての姿を体現している。
少年は領主の長男で後継ぎと期待されるシーナレスト。
立場上 彼は 様々な師に付き教育を受けているが、その中で魔術の指導を受け持つのがバランである。
「おおっ これはシーナレスト様、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」
「ご覧になっていたのは ララですか。隣には・・・見慣れない少女がいますね」
「ここだけの話ではございますが、あの者は魔女にございます」
「魔女?」
「そうです。怪しい薬を使いこなし 人の心を惑わせ、誘惑し支配する。
魔術を使う者にとっては汚物と言って良い邪悪な存在です」
男の話は唐突で 根拠も無く、ましてやそんな前例も無かった。
本来のシーナレストであれば 冷静に一呼吸置いてから判断するはずであった。
だが 彼は少々シスコンであった。歳の離れた妹のララレィリアを溺愛している。
「なぜ、そのような魔女が館に入り込んでいるのだ!」
「どのような手口かは存じませんが、大方 姫君に取り入って領主様に近づく腹づもりかと」
「それは・・捨て置けぬな・・」
血気盛んな少年のころは 周囲から受ける影響で人生が大きく変る。
この時 シーナレストは 一生の思い出と成る冒険に足を踏み出そうとしていた。