23、迂闊である
冒険者たちは精霊を警戒しているのか 襲い掛かっては来ないが、ジリジリと間合いを積めて来る動きを見るとベテランの冒険者なのだろう。
何名かは倒れている人たちに魔法で治療をしているようだ。
けっこう危機的状況のハルカは一つの事を思っている。
(めんどくさい・・)
彼の心情を端的に表した言葉である。
魔法が使えれば簡単にふっとばすだけの事だ。
いや、それ以前に 囲まれてすらいないだろう。
『オオッ、イヨイヨ生誕ナサレルヨウダ』
精霊が喜びの声を上げると同時に ハルカの手にあるタマゴが輝きだした。
それは淡く優しい色が変化していく不思議な光で 全ての者が無意識に見入ってしまう。
やがてSF映画のシーンのように タマゴに光のひびが入り 強いフラッシュが部屋を満たした。後には残光を残してタマゴは消滅し そして何も残っていなかった。
「卵が消えた」
そう・・普通の人間には そう見えただけである。
ハルカの目の前には 大きな葉っぱで出来たような シャレた服を着た幼女がまっすぐ自分を見上げている。
ハルカと守護精霊とその子だけが ゲームのチャットで話をするように他とは隔絶されていた。
「精霊王・・こんな見た目?」
『マダ 確立サレタ姿ハ無イ。ソレハ ハルカ ノ心ノ中のイメージ デ出来テイル』
確かにハルカのイメージでは 妖精イコールこの姿であった。
何かの本で見た妖精のイメージそのままである。
精霊であって妖精では無いが ハルカにとっては些細な事だ。
ハルカがマジマジと子供を見ると 幼女はニパーッと嬉しそうだ。
親に懐く子供のように見える。
『既ニ王ト ハルカ ニハ強イ絆ガ出来テオリマスナ。後ハ名前ヲ付ケテイタダケバ 相互補助ノ契約ハ成サレマス』
「なまえ・・」 むむっ
何となく最近 名前を考える機会が多い気がするハルカだ。
いざ 任されると意外と名付けは難しいものである。
「なまえは、ピア」
『ピ ア・・・?。ピア、ピア』
満面の笑顔で喜び はしゃぐ幼女。
純粋という意味でピュアと付けたかったが ハルカの口が回らないのでピアになった。
契約が成立した途端 ピアはその姿のまま具現化し、柔らかな光が広がる。
それは 全てを癒す光り、そして 全ての魔法を解除するデスペルの光であった。
「あっ、取れた・・」
魔法が解除され ハルカに嵌められていた忌まわしき隷属の首輪も効力を無くした。
ハルカは本来の力を取り戻した。
「あれっ、ここは・・?」
「おおっ、動ける。体の自由が戻った。開放されましたぞ」
「い、生きてます・・助かったのですね」
倒れていた人たちも意識を取り戻し 人目も気にせず泣いている。
倒れて動けないまま死んでいく人たちを見せられて自分が殺されるのを待たされていたのだ。
さぞ恐ろしかった事だろう。助かった事に万感の思いがあふれるのも当然だ。
しかし 悲惨な者たちもいた。
「なっ、これは魔道具の効果が消えた?だと」
「うそだろっおいぃ、俺の装備がただの皮鎧になってる・・」
「あらっ変装が解けちゃったザマス」
強いデスペルの魔法で全ての魔法が解除されたため 魔法付与された自慢の装備が単なる普通の品になってしまったのだ。
レアな装備を失ったゲームプレイヤーのように 冒険者たちは愕然としていた。
「ハルカに武器を向けた罰にゃ、自業自得にゃ」
ノロは辛辣だった。そうとう怒っているのだろう。
「私たちは この屋敷の使用人でございました。
本日 男爵さまが遠出から戻られますと 順番に使用人が呼び出されました。
私の番になり、部屋に入ると・・他の皆は・・・ううっ」
「つづきは私が・・。当家の執事をしておりました。その為 最後に呼ばれた訳ですが 部屋に入るなり拘束の魔法がかけられまして 床に転がされました。
主人は 夢を実現する為には多くの魔力が必要だから 私たちに死ね と申されました。体から魔力が奪われていくのを感じて もうダメだと覚悟致しました所 そちらの少女が部屋にお入りになり 魔法を打ち消してくださいました」
皆が騒ぐ中、ギルドマスターだけは冷静沈着に現場の状況確認を行っている。
まるで 日本の警察のようである。
とりあえずハルカにかかっていた嫌疑は晴れたようだ。
もっとも 首輪が外れたハルカを追い込むほど ギルマスは愚かではないが 事の次第をハッキリさせなくては 領主に対する報告も出来ない。
「男爵とは そこに転がる死体で間違いないか?」
「いえ・・その方は当家に仕えておりました魔術師にございます」
「なっ!」
迂闊である。主犯の確認も無いまま気を抜いてしまっていた。
「冒険者のみなさん、まだ犯人は捕まっていません。危険です、気を引き締めてください」
「ピア、どうした?」
「んーんっ」
何時の間にかハルカの隣に居た幼女は しきりに指を示し何かを教えている。
そこにはドアが有った。
今まで誰も気が付かなかった事から 隠蔽の魔法が掛かっていたと思える。
皆がドアを開け中に踏み込むと 部屋の中にはカエルのような男が 長イスにだらしなく座っている。
「誰の許可を得て 我が部屋に入り込むか」
ここにきて、なおも偉そうに 上から目線で批難の声を上げていた。
「お騒がせいたしまして申し訳ございません。領主様が心配いたしております。
男爵様に危険が迫っているとの情報が・・」
ギルドマスターは穏便に領主の所まで連行するつもりだった。
彼からしても貴族の相手は厄ネタだったのだ。
「ふっ、青二才の若造が、貴様ごときの腹芸は貴族なら子供でもするわ。欲しいのはこれであろう」
人質を取った犯人に対して 警察が遠まわしに説得交渉するように仕向けるも 追い詰められた貴族には意味が無かった。マルモルン男爵が取り出したのは 恐れていた軍隊蜂を呼び寄せるマーキングアイテムだった。
「ふん 驚いたかね。どのみち計画が成功して精霊王が眷属に成った後は 祖国に帰る手土産に この都を葬る予定だったのだ。遠慮せず受け取るがいい」
パキィ☆
「!」
言い終えるとマルモルンは手にしていたアイテムを粉々に砕いた。砕かれた欠片は何も無かったかのように溶けて消えていく。
同時にマルモルンの姿も消えていた。転移の魔法を使ったのだろう。
ギルドマスターは鉄面皮を崩さないが 内心ではムンクの叫びになっている。
フェルムスティアの都に 数万の巨大な蜂が押し寄せて来るのが決定したのだ。
大人たちが顔面蒼白になっている頃 ハルカはピアとフレネットを伴って屋敷から退出していた。姿は見えないが守護の精霊も近くに居るだろう。
ビアは早くもフレネットを気に入ったようで ハルカとフレネットの間で2人と手を繋ぎご満悦である。
攫われて命が危なかったにも関わらずフレネットは平然としている。なかなかに肝が据わった少女だ。
しかし、彼女の周りの人々はそういかなかったようだ。
「お嬢様、お探しいたしましたよ。ふふっ」
「えっ、フィルファナ、どうして・・」
そこには何時の間にか 氷の微笑を崩さないメイドが立っていた。
「どうして と申されましても・・いきなり御嬢様が行方不明となれば 旦那様も奥様もた・い・へ・ん・に心配されて もぅ大変でございました」
命の危険にも動じないフレネットが急にビクビクしている。
メイドがわざわざ大変を二度も言ったように本当に心配をかけていたようだ。
その証拠に気配こそ消しているが 周りを数人の強者達に囲まれている。
ただし 彼等は命拾いをしていた。
もしも 彼らが殺気を孕んでいたら ピアを守る精霊に消されていただろう。
商館からは遠いはずなのに 正確にフレネットの居場所を特定できたのは 何かしらの方法があるという事だ。
フィルファナと呼ばれたメイドは 油断なくハルカを品定めしている。
まだ 少女と言える年齢なのに ギルドマスターと同じくらいの危険な匂いがする。
次から次へと面倒ばかり押し寄せる。
「来るべき町の選択を間違えたのでは」 と、本気で考えてしまうハルカだった。