21、危ない・・場所?
コルベルトとラカント そしてミルチルの3人は ギルドマスターの執務室に来ていた。
別に何かをされている訳ではないのに一言一言が突き刺すような鋭い質問は答える者達のHPを物理的に削り取っているかのようだ。
その質疑応答だけで針の筵並みの精神的苦痛を味わっている。
「なるほど・・タマゴに関する経緯は分かりました。では、質問を変えましょう。
あの ハルカという子は何者なのですか?。上位の精霊は 魔法特化の存在と言っていいでしょう。なのに 対等に魔法で打ち合いをしてました。いえ違いますね、圧倒してました。あの子は余裕を持って魔法を相手に合わせて応戦していただけです。
だからこそ 負けを認めた精霊は引いてくれたのです。素晴らしいですね」
「まじかよ・・」
「近くで見てたけど・・私にはそこまで分かりませんでしたよ」
「気絶してて損したなぁ。見たかった」
冒険者は自らの経験を最も大切にする。勿論 他からの情報も軽く見てはいないが、目の前で経験していない事は完全には信用していない。
そんな彼らにとって 強者の戦いは是非とも目にしたい経験なのである。
「君達の感想はどうでも良いのです。時間が有りません、簡潔に言っていただけますか」
「とは言ってもな。俺たちも街道の途中からフェルムスティアまで一緒だっただけだし」
「確かに魔法は凄かったよねー。
軍隊蜂を一撃で打ち落とすし、サイレントボアも一撃だったね」
「そう言えば、あれはまだハルカちゃんが持ってたな。依頼が出てるか探す前にギルドが壊れたし」
「・・ちょっと待ってください。軍隊蜂とは どういう事です?」
「うっ」
軍隊蜂の話が出た途端 ギルドマスターの雰囲気は変わり 殺気すら篭った声になる。
コルベルトたちは 依頼主からもらった宝石が 実は別の物だった話までしなくてはならなくなった。
「貴方達はぁ・・、何故 その話をもっと早くしないのですかぁ。都を滅ぼすつもりですか!」
「「「ひぃぃ」」」
その後、全ての冒険者に「厳戒態勢に協力すべし」との通達がだされる事となる。
タマゴ採集の依頼主は亡命貴族であり ギルド単独の判断では動けない。
ギルドマスターは領主の館に急行した。
その貴族の名は、マルモルン・カッケレート男爵。
リンリナル魔法王国の政争に敗れて亡命していた 言わば没落貴族である。
それゆえに 出世の為なら何をしても不思議では無い男なのだ。
そんな人物が都を滅ぼすようなアイテムを所持している。
あのギルドマスターを焦らせるほどの 恐るべき事態だった。
**************
ぴち ぴち
ポフ ポフ
チクッ☆
「いっ!・・・?」
「やっと目を覚ましたのにゃ」
「ほえ・・」
気が付くと、そこは牢獄だった。明らかに地下を示すカビ臭い空気に 何で出来ているか分からない格子。
そして もう一つ、ハルカの現状を示す物が有った。
「えっ・・これ、首輪?」
「隠れているのがやっとで 首輪をはめるのを止める事が出来なかったにゃ」
「ほんとだ・・魔法使えない」
「隷属の首輪は主人になる者と契約するまでは魔力も魔法も使用不可にゃ。
今のハルカはただの子供にゃ」
ハルカは今まで隷属の首輪だろうと 魔力で術式を支配して破壊してきた。
だが それは魔法が使えての話である。
「最大の・・ピンチ?」
「一緒に攫われた子供は ちょっと前に何処かに連れて行かれたにゃ。ハルカは魔力が高いから他に利用価値が有るとか言ってたにゃ」
「一緒の子供・・!、フレネット」
「犯人の顔は見て無いが 男2人は間違いないにゃ。あいつらの口振りでは何かの生贄にする気にゃ」
「行かなきゃ・・」
「出られないし、それに 行っても今のハルカは無力にゃ」
「・・呼んでる・・?」
「ハルカ?」
「見えないけど、そこに居る」
ノロがハルカの異変に気が付いたとき 突然 牢獄の鍵が外れた。さすがのハルカでも首輪をはめたまま魔法は使えないはずである。
『分カルノカ。コノ状態デ人ニ気付カレタノハ初メテダゾ』
唖然とするノロの前にユラユラとした存在が姿を現した。
姿を現したのはギルドでハルカと魔法を打ち合った上位精霊だ。
「昼間のやつ・・仕返しか?。今なら弄り放題だ」
『ソンナ事の為ニ コノ様ナ不浄ナ場所ニ居ルノデハナイ。人間、ソナタノ力ヲ借リタイ』
「自分は今 何の力も無い」
『我ガ力ヲ貸ソウ。我ダケデハ近クニ行ケヌノダ。ソナタハ ソノ場ニ行クダケデ良イ。我等ノ主ガ人ノ支配ヲ受ケル前ニ』
ハルカと精霊は目的を同じくして牢から出ていく。
ノロは入り口を開けて歩き出すハルカのスカートに張り付いて 様子を見ることにした。
そして、何の障害も受けず今は2階の廊下を当たり前に歩いていた。
「それにしても変だにゃ。地下の牢屋から出て二階に上がるまで誰とも出会わない。使用人は居ないのかにゃ」
『違ウナ。今コノ館デ生有ル者ハ、ソナタヲ含メテ7名ダケダ』
「なる・・・死んでる人間は居る・・と」
ホラーな話ではあるが信憑性は高いだろう。
大きな屋敷を維持するなら 少なくない使用人を雇わないと掃除すら出来ない。
そして そんな使用人の中には 部外者の気配を察知する能力を持つ者が何人かは居るものだ。本来ならハルカがここまでうろついて気が付かないはずが無かった。
『コノ先ノ部屋ノ中デ我ガ主ハ卵カラ孵ルト同時ニ隷属サレ悪辣ナル者ニ支配サレテシマウ。ソウナレバ世界ノ終ワリダ』
「魔法で隷属させるのなら魔法陣の何処かに隷属の術式・・有る。
それさえ消せれば 良い」
『ナルホド、探シテミヨウ。ソナタハ中央ノ卵ヲ確保シテクレ。安全ハ我が保障シヨウ』
「りょ」
ハルカが立ち止まったのは一番奥のドアの前である。ノロにすら感じられるほど、異様な魔力のうねりがドアから溢れている。ハルカは そんな場所に躊躇いも無く入っていく。
そこはかなりの広さを持つ部屋であった。そして家具は何も無く、代わりに巨大な魔法陣が光り、ゆらめいていた。
魔法陣の四隅には人が横たわり、中央には卵であろう小さなものが置かれている。
そして、部屋のすみには、変色した人の死体であろうものが無造作に積み重なっている。
「何だぁおまえー、何故 牢から出られた。出ないよう 強制してあったはずだ。止まれ、部屋に入るな!」
小太りでボサボサの頭をした男がわめいている。
ローブを着ているから魔術師なのかも知れない。
そんなものが まるで眼中に無いハルカは 当然のように中央に向けて歩き出す。
魔法陣の中に足を踏み入れると、ハルカの魔力と共鳴して濃厚な魔力が中央に集まりだした。
「こ、これは・・何と言う魔力の濃度。今までの生贄がカスに思えるほどの素晴らしい輝き。は、ははっ。生まれるぞ、精霊の王が、これで魔術による世界支配の夢が・・」
厨二病のオッサンが妄想を語っている途中で 魔法陣の一部が突然消失した。
それを見た男は愕然として夢語りを止めてしまった。
何故ならそれは ハルカが召喚された時に消したのと同じ 隷属の術式を記した部分だったからだ。結果がどうなろうと 男の夢が100パーセント消え去ったのは間違いなかった。
この時、建物の下が騒がしく成っていたのだが 誰一人気にする者もいない。
魔法陣の中央に置かれていたのは 野球ボール位の大きさのタマゴだ。
ハルカは それが当たり前であるかのように タマゴに引き寄せられた。
タマゴを手に取ると 嵐のように激しかった魔力の流れは霧散し 術は完全に停止。
ノロがロスティアとして長年 魔術師の最先端を歩いていた頃の記憶にも このような不思議な場面はなかった。
「長年の計画が・・・」
男は憎しみの目をハルカに向け 大きなファイヤーボールを作り出す。
首輪は未だに外れていない 今のハルカにとっては致死の魔法だ。
「死ねぇ!」
男が魔法を打ち出す事は無かった。
火球が打ち出す瞬間にかき消されたからだ。
同時に男の体は真っ二つになり 血を吹き上げていた。
『フッ、陳腐ナ魔法ダ。昼ノ戦イト違イ 全ク心躍ラヌ』
精霊にも戦闘狂が居るらしい。
『モウスグ我等ノ王ガ再生スル。今宵ハ我ラガ王ノ再生ノ宴。ソナタノ豊カナ魔力ヲ受ケテ最モ力ノ強イ精霊王トナロウ。大イナル人ノ子ヨ感謝スル』
「せ、精霊王とな・・」
ハルカにとって精霊がなぜ浮かれているのか分からず 事の重大さにも気づかず無頓着だ。しかし 元が偉大な魔術師のロスティアだったネコのノロにとっては精霊王という存在だけで神話の世界に近い大事なのだった。
関わる事さえ奇跡のような希少な経験をしている事になる。
「下からお客さんが来た、・・いいのか?。
『卵ガ孵レバ些細ナ事ダ。ソナタト違イ有象無象ノ人ナド 塵アクタニ等シイ』
大勢の人間が廊下を走り 階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
ほどなくドアを吹き飛ばすような勢いで 武装した男達が入って来た。
そして多くの人が死んでいる場を見て唖然として固まる。
「これは、何があったんだ!」
「おいっ、あれは昼の魔物!またこいつか」
「ハルカちゃん・・どうしてここに」
都のほぼ全ての冒険者が集まっていた。
突入したのは良いが 全く抵抗も無く、敵も居ないため 困惑しながら最速の捜索だった。今も 手分けして屋敷の全てを調べている事だろう。
「なるほど、それが件のタマゴですか・・。まさかとは思いますが 貴方が仕組んだという話では無いと信じたいですねぇ、ハルカさん」
ギルドマスターという名のヘビの目は 冷たくハルカを捕らえている。
今のハルカでは 捕まって火あぶりにされようと抵抗する力が無い。