18、料理を作ろうと決意する
「・・あきた」
唐突にハルカはつぶやいた。
クラックス合衆国に入って かなりの距離を歩いてきた。
国境を越えてからはゲリ姫たちとのアクシデントに遭ったが それ以外は概ね平和な旅である。
そう、長い旅だった。
その間 食べ物と言えば殆どが異世界から持ち込んだハルカの私物である。
ウサギの肉などを焼いて食べる以外は ほとんど現地調達などしていない。
ある意味 この世界に於いて この上ない贅沢な旅なのだが、さすがに毎日コンビニの弁当やら ピザやら カップメンでは飽きてしまう。
「美味しいもの・・食べたい」
ついに、ハルカは不満を爆発させてグチってしまった。
とは言え、自分以外 食事の用意が出来ないのは変らない。
「しょうがない」と諦め、何か自分で料理を作ろうと決意する。
屋外の炊事と言えば川原である。
別に魔法で水が出せるので拘らなくて良いのだが気持ちの問題で理屈ではない。
ハルカが取り出したのは、ジャガイモ、にんじん、たまねぎなどの地球産野菜。
そんな物まで倉庫には入っていた。
肉は無難に新鮮なウサギの肉をつかう。その他にもこの地で取れた野菜?をきざんで入れて煮込む。
肉とたまねぎは先に炒めた方が美味しいが 場所的にそんな手間は掛けられないので直接煮込む。
焚き火なので火力に大きなムラが出るため魔力で火加減を微調整していく。
ジャガイモに火が通ったらシチューの箱を開けサラサラと顆粒状の物を入れていく。
後は弱火で煮込めば 美味しいクリームシチューの出来上がりだ。
ハルカが作れる料理は 結局 男が作る市販のカレーとシチューが限界であった。
ちなみに・・・
ルーを入れずに塩コショウで味を調え、コンソメを入れれば簡単なポトフ?に成る。
さらにルーを入れる前に 煮込んだものを半分に分けて片方にカレールーをもう一方にはシチューのルー?を入れればカレーとシチューの出来上がり。
一つの手間で複数の料理になる。でも知らなかった。
ファミレスに行けば良かった彼はそこまで料理を作る必要に迫られなかったのだ。
とりあえず出来立てを食べる。
ハルカ手作りのシチューが美味しい。
肉の多い くどいシチューだが コンビニおにぎりと一緒に食べていると 先ほどの欲求不満は無くなっている。
シチューは鍋で多めに作り 亜空間倉庫に保管しておけば しばらくは出来たてのシチューが食べられるだろう。
ハルカとノロが のどかな食事をしていると 街道を一台の馬車が走り抜けていく。
川原から離れているし馬車とは関わりたく無いので 見送る。
関わるとトラブルになる悪い予感がする。
『****』
何か聞こえたような気がした。・・・妙に気になる。
ハルカより耳が良いノロに反応が無いようなので やはり気のせいなのだろう。
もっとも、ネコの耳には別の無視できない音が聞こえていたので それどころでは無い。
「ハルカ、危険な音が聞こえるにゃ。しかも こっちに向かって来おる」
程なくハルカの耳にも不快な音が聞こえて来る。
音のおぞましさに危機感を持ったハルカは瞬時に魔法を構築。
頭上に迎撃用の炎の槍「フレイムランス」が多数浮かび上がる。
音は明らかにハルカの苦手な虫の羽音である。
それも 複数の音に間違いない。
しかし 音の方角からそれとは別の気配が近づいて来る。
こちらは木々の間を走り抜けているようだが かなりのスピードだ。
二人は ピリピリと警戒しながら待ち構える。
ハルカはこの世界に来て初めて緊迫した時間を迎えている。
ガササッ
「にゃ!、人?」
「く、何でここに子供が・・最悪だ」
「いかん、この場で迎え撃つぞ」
森から飛び出してきたのは3人。
どう見ても追われて逃げて来た冒険者。
魔物を引き連れて他のキャラと鉢合わせしたゲームで言うところのトレインである。
凄い勢いで走ってきた割に 息の乱れもなく余裕のある感じに見える。
ガタイの良い青年は大きな両手剣を装備。重そうだ・・
もう1人の男は盾を片手に女性を背負っている。さすが冒険者すさまじい体力だ。
女性を背中から降ろすと 3人はハルカを守るような布陣で武器を構えた。
ハルカにとって冒険者の戦いを見るのは初めてだ。
ラノベやマンガで知ってはいるが実際に目の当たりにして嬉しい。
対して彼らは疑問だらけ。なぜ少女がこんな場所に!と混乱している。
しかし、彼らは 少女姿のハルカに目を奪われて 頭上の魔法 フレイムランスには気が付いていない。見た目ほど強くは無いのかも・・・
「ふむっ・・あの女子は支援系の魔法使いじゃな。
肉体強化と速度上昇の魔法でここまで逃げて来たと見えるにゃ」
「納得した・・」
ノロは油断無く相手の戦力を分析していた。
前衛二人は見たままで分かりやすいが問題は一人の女性。
魔法使いの手札を全ては読めないが能力を数段向上させるバフ系の魔法使いのようだ。
ハルカはその系統の魔法が苦手だ。
というか必要に迫られなかったので開発しなかったと言った方が正しい。
羽音が徐々に大きくなってきた。
すでに虫の羽音などという次元ではない。
ヘリコプターの爆音もかくやという騒音となっている。
音が聞こえ出した時は まだかなりの距離が有ったのだろう。
「来るぞ、魔法を掛けてくれ」
「もう魔力が残り少ないから全部は無理よ。障壁と速度で何とかして」
「上等だ。たのむ」
「*****」
緊迫した場面のはずなのに ハルカは女性の魔法に見入ってワクワクしていた。
他人の魔法をジックリ見たのは初めてかもしれない。
「おー、デッカ・・」
「軍隊蜂にゃ、ハルカ 時間を掛ければ仲間を呼ぶぞ」
姿を見せたのは全長2メートルは有る痩せ型の蜂が3匹だ。
大きな羽音を伴って飛ぶ姿はそれだけで恐怖である。
尻に有る針の長さは50センチほども有り刺されれば毒が無くても人は死ぬだろう。
「虫は・・コロス」
キュン・キュン・キュン・・ゴッ☆パアァッン
「!、何だ、」
巨大な蜂の頭がいきなり爆発炎上した。
無論 ハルカのフレイムランスによる攻撃だ。
「一匹はずしたぁっ、おかわり」
キンッ・・・ドン
二匹は一射で仕留めたが 一匹は外し、二射目で羽根を燃やし 墜落したところで頭を燃やされて仕留められた。
死体はそのまま燃え尽きたが 毒針などの売れそうな部位は自動で回収されている。
自動回収はAIシステムに近い働きをしていた。
「「「・・・・・」」」
ここまで必死で逃げてきて 死を覚悟で迎え打とうとした3人は 呆然と煙を見詰めていた。
「ハルカ、浄化の魔法は使えないのかにゃ」
「使えない。使えたら洗濯しなくて・いいのにね」
「わしもまだ使えないにゃ・・・まずい事に成ったにゃ」
「私が使えるけど、どうしたの?ネコちゃん」
「どうしたも 無いにゃ、お前達 軍隊蜂にマーキングされてるにゃ。
死にたくなかったら直ぐに浄化するにゃ」
「‼‼、ヒイィィッ」
思い当たる事でも有るのか 3人は慌てて浄化していた。
あのまま街に逃げ帰っていたら 蜂を呼び寄せたかも知れない。
最悪の場合 数万の巨大な蜂が押し寄せて 街ごと壊滅させる事がある。
ゆえに 軍隊蜂と呼ばれて恐れられている魔物である。
「おかしいにゃ、まだ 臭う。何か持ってるにゃ」
「おい・・まさか アレじゃないのか?」
「しかし・・依頼主を疑うのは、なぁ・・」
「でも、あの魔物が襲ってきたのはあの後からよ」
真面目な性格なのか 仕事に関わる相手を信用したいらしい。
人間としては信頼できる3人だが 冒険者としては甘すぎる。
「この使い魔のネコさん、博識みたいだし聞いてみようよ」
「確かに・・ 人が知らない事も知ってるかもな」
すっかり使い魔扱いだが 当のノロは気にしていないようだ。
面倒な説明が省けて都合がいいのだろう。
冒険者が取り出したのは 布に包まれたゴルフボールほどの 琥珀色に輝く玉である。
ノロがそれを見てフーーッと一瞬で毛を逆立てビクついたのが気になる。
肩の上で爪を立てないで欲しいハルカだ。
「やはりの、それは軍隊蜂が強襲目的の敵に打ち込む匂い球にゃ。
まだ割れてないから良いが 割れていたら数万匹の大軍が襲ってくるぞ」
「まさかだろ・・こいつは仕事の褒美に男爵様からもらった宝石のはず」
「でも、それを私たちに渡した後で逃げるみたいに馬車で走って行ったわよね」
「冒険者が魔物に襲われて死ぬ事は不自然じゃ無いにゃ。
そして死ねば報酬は払わなくても済むにゃ」
「「「・・・・・」」」
三人は言葉を無くした。
彼らの中で色々な想いが入り乱れ 葛藤しているのだろう。
話には辻褄が合うためノロの解説は信憑性が高い。
しかし、自分達が命を賭けて得た報酬であり 見た目は美しい宝石に見える。
ハイリスク・ハイリターンの狭間に立って判断が付け難くなっていた。
「やれやれ・・ハルカ」
「・・ん?」
「今倒した蜂から手に入れた部位があろう。その中に同じものは入ってないかにゃ」
「ん?えっと・・・有るね」
「「「えっ!」」」
「二つ・・手に入った。ほらっ」
ハルカが同じものを取り出すと 3人はようやく状況を飲み込めたらしい。
少なくとも手に有る物は宝石のような高価な品物ではないといえる。
「そのまま壊さないように注意して土の中に埋めるといいにゃ。
自然に消化してくれるにゃ」
「分かった、今直ぐ穴を掘るから待ってろ」
「終わったら手も浄化するにゃ」
ハルカを加えた四人で爆発物をあつかうように慎重に土に埋めていく。
本当に消化されるのかは知らないが少なくとも 今の自分たちは命が助かったのだ。
「んーーーー?、まだ変な匂いがするにゃ」
全てを終えたと思って安心したが ノロの言葉は許さなかった。
そして・・
「あぁーーーーーーっっ」
「何だ、!」
「こげてる・・・」
すっかり忘れられていたシチューの鍋から その匂いは出ていた。
食い物の恨みは怖い。ハルカは涙目で冒険者たちを睨むのだった。