16、その男は・・・異質
ネコは違和感を感じていた。
ハルカと魔導師の戦いは 魔法による戦いとしては一般的なものである。
魔法発動の速さと数、そして魔力の総量が問われる殴り合いみたいなものだ。
ただし、それは一般的な場合である。
色々な意味で一般的ではないハルカの魔法が たかだか少し強い程度の魔術師と対等な訳が無い。
「さぁ、お嬢さん。大人しく捕まっていただきますよ」
すっかり勝った気でいる変態魔術師は上から目線で主人気取りである。
すると ハルカは何を思ったのか、恥ずかしそうにスカートの裾をつかみ ゆっくりと捲くり上げていった。
ハルカのパンツは男の手にある。つまりノーパンだ。
「!、おおっ」
魔術師は思わぬ羞恥プレイに見入ってしまった。とんだ変態野郎である。
次の瞬間、ソレを見た彼の顔がムンクの叫び となるのは必然と言えよう。
冷静さを失った魔術師、それは致命的な瞬間である
「のうこうそく・・」 ぼそっ
ハルカの下半身を見て頭が真っ白になった魔術師に対し悪魔も躊躇う残酷な魔法が行使された。防御を忘れた魔術師に小さく凶悪な魔法が突き刺さる。
身の回りでよく聞く疾患「脳梗塞」。
それは 重症になると半身麻痺や意識障害、失語などの身体障害を引き起こし社会生活を難しくする恐るべき状態異常である。
脳細胞の一点を破壊された魔術師の男は口を開けビクビクと痙攣を起こし倒れた。
たとえ命が助かっても魔術師としては再起不能だろう。
ハルカが「魔力が尽きて負けた」演技までして 鬼畜な魔法を使ったのは殺さずに相手の魔法を封じる為である。微小ながら恐ろしい魔法ではあるが魔術師が冷静であれば簡単に防御されていただろう。
先ほどの股間狙いの投石も1人だけわざと外したのだ。
魔法戦においては手加減こそが難しいのは道理といえよう。
ノロが不自然に感じた通り ハルカがその気に成れば 男は一瞬で消し炭になる。
それをしない理由の一つは勿論パンツが燃えてしまうからだ。
だが、それ以上に恐れたのは 奴隷商人が死ぬと連動して奴隷達まで死ぬかも知れないという懸念が有った。
奴隷が出て来るラノベの小説には「主人が死んだら奴隷も死ぬ」という制約が多く、ハルカは連動して人の運命を左右するというこの設定が大嫌いだった。
男を殺す事で 無意味に多くの人間を殺してしまうのが嫌だった。
それは自分で覚悟を決めて敵を殺すのとは意味が違う。
ともあれ、奴隷商人の男が死ぬ前に被害者を解放するのが先だ。
ハルカは男からパンツは勿論としてカギなど必要と思える物を押収していた。
念のため倒れている男たちの様子を確認してから馬車に向かう。
しかしその前に・・・・・
パンツを念入りに洗い直し 乾燥させ着用したのは言うまでも無い。
馬車は2台で一台目は商人と護衛の男達用、そして もう一台が商品の奴隷を運ぶものらしい。
居残りを警戒していたが総出でハルカを追いかけたらしく馬車には誰もいなかった。
獲物を狩るゲーム気分でハルカを追いかけたのだろう。
奴隷用の馬車に近づくとずさんな管理をしていたのか家畜小屋のような悪臭がしてくる。
余談だが、この世界の馬車はマッシュルームのような丸い形をしている。
何かの魔物だろうか、あばら骨?をホロの骨組みに使っているため丸くなるのだ。
ハルカが背伸びして荷台を覗き込むと、別々の檻に数名の男女が入れられていた。
驚いているハルカを近くに座っていた女性がうつろな悲しい目で見ている。
自分達と同じ犠牲者が増えたと思ったのだろう。
檻は木製である。
檻の中の人達は首輪で魔法を封印されているので腕力が強そうな男でも破る事は難しいだろう。
しかも、奴隷が逃げられないように右足首のアキレス腱が切られている。
商品に自らキズを付けているのだが この程度の怪我であれば目的地に着いたら魔法で治せば良いのだ。悪党だけに悪知恵が働く。
「お嬢ちゃん、まだ捕まっていないなら早く逃げなさい。ここは地獄よ」
「心配ない・・・よいしょっと」
カチャッ☆
「ほら、カギは明けた・・よ」
荷台によじ登ったハルカがカギを使って檻を開けると ようやく異常な事態に気が付いた奴隷達は落ち着きを無くした。
捕まっていたのは女性6人、男4人、荷台の広さからすると無茶な人数である。
手始めに語りかけて来た女性に近寄ると驚いてはいたが警戒はされていなかった。
ハルカが隷属の首輪に手をかざすとアッサリと首輪は機能を失った。
「うそ・・・・首輪が外れるなんて」
所詮は魔術の術式を組み込んだ魔道具であり ハルカにとって魔術的な術式を壊すのは苦では無かった。
その後も子供がオモチャを壊していくように次々と首輪を破壊していった。
「助けてくれるのは嬉しいけど私たち足が動かないわ。自分で逃げられないの。
奴らが来る前に貴方だけでも逃げて」
「えっと、少し・・痛いかも。我慢して」
「えっ、なにを? あうっ・・くっ。」
ハルカが足の切られたアキレス腱に手を当てるとギリギリと傷口が活性化して動き始める。かなり荒っぽいが回復魔法だ。
痛みが止まると足は傷跡もなく元通りになっていた。
今の現実を見てもまだ解放された事を信じられない人々を河原に連れて行く。
ビクビクと恐れながら付いてきた人たちは 河原に奴隷商人たちが倒れているのを目にして 本当に助けられ事を実感できたのか泣いて喜びだした。
少しして落ち着いた彼らは自分達の状況を把握すると国に帰るべく動き出した。
とはいえ、ろくな食事も与えられていないので 空腹を満たす事から始まる。
次に女たちは近くの川で水浴びを始めた。
その間に男たちは倒れている男達から使える装備を剥ぎ取り、終わると まだ生きている者も 死体も森の中に捨てられる。誰一人その事に対して疑問を感じる者はいない。
馬車はそのまま 彼らに提供することにしたが一つ問題があった。
大きな木の檻が邪魔で奴隷用の馬車が一台使えない。
奴隷達が入っていた木の檻は丈夫で重かったため疲労して力の出ない彼らでは馬車から降ろせなかった。
だからと言って、また檻に入って旅をするなど論外である。
木製なので壊せば薪がわりには成るだろうと考えたハルカが檻を亜空間倉庫に収納した。これで、男女別々に馬車を使える。
奴隷商人が持っていた食料や武器なども持たせたが無事に帰り着けるかは彼らの運次第だろう。
それぞれが農夫であったり 途中の町で攫われた女性たちなので故郷に帰りたい。
ハルカと共にクラックス合衆国に向かう者は居なかった。
そんな中、1人だけ異質な男がいた。
目は開いているのに寝たきりで意識は無く 動く事も無かった。まるで植物人間状態である。首輪を外しても同じで 心が無いかのように 反応が無い。
「ハルカ、この者は特別な隷属の魔法が掛けられておるにゃ」
「方法どんな?・・わかる?」
「それは魔法を解除して助ける方法か?にゃ。
難しいのぅ。更に強力な魔法で上書きするのが良いが・・危険にゃ」
「ん、理解した」
ハルカは隷属の首輪を取り出した。以前 酔って森と一緒に盗賊を消滅させたとき、知らないうちに手に入れていたアイテムである。
だが勿論こんな物では上書きなど出来ない。
男が受けた魔法に干渉するために 首輪の魔法を足がかりにする気なのだ。
首輪をかける時に男の目に僅かだが反応がある。
彼の心は まだ生きているようだ。
ハルカが首輪に血を付けて隷属の魔法を発動させる。
呪文ではなく 手で触れながら魔力を流し 直接術式に介入して魔法自体を支配する。
男が受けていた隷属の魔法とシンクロして支配下に置くと契約の条件を流し込む。
ハルカの下した制約は一つ。『何者にも支配されない絶対の自由』
契約が成立すると役目を終えた首輪が砕け、 男の目には力が戻っていた。
『は・・ハロー・』
ハルカが怪しげな英語で話しかけると彼は驚きで目を見開く。
男の名はジョン・ハミルトン・アダムス。召喚された転移者だ。
鑑定するまでも無く 地球の人間だと分かる。
彼が逞しい黒人の青年だったからだ。
『オォー、ユーアー・・ジャパニーズ?』
「あー・・ごめん。英語出来ない・・こっちの言葉で」
「オーケー。だが、どういう事だ?。あんたが次の主人なのか」
「主人も・・奴隷も無い。ジョンは自由。二度と奴隷に成る事は・・無い。魔法でそうした・・だから、永遠に自由」
彼は呆気に取られ、言葉の意味を飲み込むまでに少しの時間が必要だった。
ハルカの言葉がたどたどしいのも原因だが、怪力の自分がどんなに足掻いても反抗する事が出来ない魔法という凶悪な隷属の力。
それが 目の前の小さな子供によって効果を無くしたと言うのだ。
「君が・・魔法を消したのか?」
「魔法は・・残っている。命令したのは自由に生きること。だからもう他の魔法は受け付けない」
「俺は、自由にして 良いのか?」
「いい」
「本当・・なんだな?」
「ん」 にこっ
『オオーッ。マイ、ガッ。 オオー、マイ・エンジェル。ハッハッハーーッ』
「て、痛い。こらっ、・・バカ。離せ、骨が折れる」
陽気な彼はハルカを抱きしめ、ジェスチャー付きで喜びを表現していた。
ジョンは南米のジャングルで動物保護をしていたレンジャーだった。ある日、密林を警備中に光に包まれ、気が付くと見知らぬ場所にいた。
彼を召喚したのはキルマイルス帝国である。
ハルカと違い 召喚陣に干渉する事など出来ない彼は 魔法によって隷属させられた。彼にとって この上ない屈辱の日々である。
ジョンが召喚で身に付けたチートは 恐ろしいほどの肉体性能だった。
数十人で何とか相手が出来る魔物を素手でアッサリ殴り殺したり、巨大な岩を楽々と持ち上げたりと まるで飛べないスー○ーマンのような実力を持っている。
当然、先日の戦争にも駆り出されていた。
もしも両国が混戦になっていたら間違いなくキルマイルス帝国が勝利しただろう。
そうなる前にハルカが彼の主人たる将軍を消滅させてしまった為、コントロールを失ったジョンは戦場を離れてフラフラしていた。そこに通りかかったのが奴隷商人だった。
「ジョン、これから・・どうしたい」
「!、母国に帰りたい」
「出来ない・・」
「オー・ノー」
デカイ体のくせに 落ち込む姿は子犬のような男である。
「だから・・探す。きっと有る」
「オーケー。ハルカ」
《ジョンが仲間になった》ピロリロリーン
ハルカの頭の中では ゲームで仲間を得た時のファンファーレが鳴り響いていた。
だが しかし、それは少し気が早かったようだ。
「帰る前に、黒い肌を侮辱したあいつ等に仕返しがしたい。
誘拐した奴等をブチノメシタイ」
ジョンの目は狩人のそれになっていた。
彼は復讐する気なのだ。
彼がどんな酷い目に遭っていたのかは彼しか知らない。
復讐の善悪は事情によって変わるものだ。他人が軽々しく語るべきではない。
同じく召喚されたハルカにも少しはその気持ちが分かる。
「これは?」
「荷物が入る・・魔法の・道具」
魔術師がしていた腕輪はアイテム収納の魔道具だった。
その能力は微々たる物だが旅には重宝する。
勿論 亜空間倉庫を使いこなすハルカには無用な物でしかない。
ついでに武器や防具などの装備(盗賊産)を一緒に提供することにした。
この世界の食料と共に ピザなどの地球の食べ物を渡した時は デカイくせに号泣している。ピュアな心の持ち主だった。
こうして肉体チートのジョンは馬車で帰る皆と一緒に 来た道を引き返して行った。彼が護衛なら間違いなく無事に帰り着く事だろう。
それから しばらくしてキルマイルス帝国の城では皇族、貴族など国の要人が皆殺しにされ、国としての機能が殆ど壊滅的な状態になり 大混乱となっていた。
諜報によってその情報がもたらされたサラスティア王国は、この期を好機と捉え、以前の仕返しも含めてキルマイルス帝国への侵攻を決意する。
こうして野望に目が眩んだ国の歴史書はこの年で終わりを告げた。
『その切っ掛けを作ったのが1人の子供である』と記された公文書は何処にも存在しない。
歴史とはそんなものだ。