14、一級品と言えるものだ
ハルカは念願の服が無いか聞いてみる事にした。
ただし、すっかり女子と思い込まれているので、今更 男子の服とは言えず 言葉を変えて同じものを示す。
「旅に合う服が・・欲しい」
「服か・・すまんな、色々有るが 全て大人向けの服なんだよ。子供用の服を新しく・・となるとオーダーメイドになってしまう。一般の人は親が古い服のサイズをつめて子供に着せるものなのさ。汚す、破る、穴開けるが子供服の宿命みたいなものだからな、お金を掛けないんだ」
「なるほど・・」
商人はハルカを平民とは見ていなかった。着ているドレスが上等な品である事もそうだが、纏う雰囲気が普通のそれではないからだ。
高等な教育を受けてはいるが常識には疎い お嬢様そのものである。しかし、その割には食べ物に贅沢な様でもなく、魔法とは言え平然と獲物を狩っているし 経済観念も持っているようだ。極め付けが1人で国越えの旅をしている事である。複雑な出自と事情がある事は疑いないだろう。
それを差し引いても 商人夫婦はハルカを気に入っていた。だからこそ、助けを求めない限りは優しく見守るのが最善であると判断していた。
「布なら有るけど、さすがに この石と交換は無理だな」
「毛皮も・・ある」
「ふむ。見せてくれるかな。状態次第で値段が変るからね」
他の者たちが食後の休憩をしている間を利用して、商人は子供のハルカに対して 大人を相手にするように誠実に商談をしてくれていた。その様子は まるで自分の子供に商売を教えているようである。
「沢山有る・・何処に出せば・・良い?」
「ハハ、すごいな。じゃあこっちの馬車にスペースが有るから頼むよ」
商人は毛皮の数を多くても5枚程度に考えていた。
倒した獲物から毛皮を剥ぎ取るのは大人でも重労働だからだ。
「ふむ、ウサギの毛皮だね。・・これは、店で買ってきた物なんだね」
「ちがう・・途中で倒した」
「・・しかし、これは完成された状態になっとるよ。今直ぐにでも使えるほど仕上がっとる。肌触りも良いし、何より清潔で臭いも無い」
「魔法・・だから・・」 にこっ
手にしている毛皮は間違いなく一級品と言えるものだ。
商人の目は徐々に真剣みが増してきた。
既に気楽な子供との遣り取りではなく、利益を前にした商人の本気の商談に変っている。
「他にも沢山有るのかい・・」
「ウサギは一番・多い・・30枚くらい。他はそんなに無い」
「他は、何が有りますかな?」
「オオカミ色々で10枚くらい。あとは、・・鹿みたいなのと、クマと、・・イノシシみたいなの。1匹だけ変な模様のトラが有る」
「そ、それは・・もしハルカちゃんが良ければ、と言うか 是非とも全部 我々に売って貰いたいんだけど、どうかね」
「信用してる・・から、売っても良い」
「おおっ、ありがとう。ちょっと待っててくだされ、係りのものを呼んで来る」
商隊を組む程の商人が慌てて年甲斐も無く走り出した。
彼にとっては 大商いをしているのと同じ心境なのだ。
少しして 奥さんと、もう一人 痩せていて賢そうな若者を連れてきた。
何故か、後ろから冒険者のリーダーまで付いてきていた。
「如何したんです・・あなたらしくも無い。子供が不安になるでしょ、もう少し落ち着いてくださいな」
「ほー。これは見事な毛皮ですね。全くキズらしいものが無い。王室向けの商品ですか?旦那様」
「どうやってキズも付けずに仕留めたんだ・・」
ハルカの亜空間倉庫には大量に色々な物が入っていて、旅はおろか 一生 困らないだろう。(男子の服以外は)
しかし、この世界の一般的な物も持ち歩かないと、先日のように 倉庫の中の日本製品が使えない場面では困ることも起こるだろう。
この機会に 少しでもこの世界の物資を手に入れるのと、今後も増えるだろう毛皮を処分するのが目的だった。
まさか大商いとして対応されるとは思っていなかったのだ。
「ウサギの毛皮が35枚ですね、全て一級品の素晴らしい仕上がりです」
「本当に素晴らしい品だわ、売る相手を考えないといけないわね・・」
「これだけの数のウサギを仕留めたのか・・肉だけでも かなりの金額になるぞ。勿体無いな」
「肉?。後であげる・夜も肉が食べれるよ」
「まじかよ・・」
ハルカの働きは1人で冒険者パーティのそれを上回る。
上等な毛皮と肉の生産だけで生きていけるのは間違いない。
「ハルカちゃん。俺はクラック共和国の都、スティルスティアの冒険者でビルディンという」
「大きい・・ビルディン (グ)。だ」
「ん?。あぁ、それでだ、もし スティルスティアの冒険者ギルドで絡まれたり、勧誘されて煩かったら オレの名前を出してぶっとばして良いぞ。どのパーティも君を仲間にしたがるからな、気をつけると良い」
「おぉ、ビルディン 良く気が付いてくれた。同じように商人にも気をつけるんだよ。騙されんようにな」
「・・わかった・・ありがとう」
勿論、彼らの忠告は精神がオッサンのハルカにとっては常識である。しかし、彼らの思いやりは 子供としてありがたく受け取ることにした。
「!、こりゃあウルフの毛皮か。しかも 手強い奴まで入ってるぞ」
「おい・・まさか、こいつはサイレントボアの毛皮なのか。良く無事に倒せたな」
その後、ハルカが取り出した毛皮のせいで異様な雰囲気になってきた。
獣が強くなるほど戦いも激しく成る為、毛皮も無傷ではいられない。しかし、目の前に有るのは その全てが完璧に近い状態の毛皮なのである。
この世界の獣は巨大だ、毛皮も絨毯並みに大きくなる。
馬車は一番高価な品を積んだ宝の山に変っていた。
「旦那様、この美しい毛皮は何でしょうか・・?。見た事も無いのですが」
「信じられん・・これは 幻影虎の毛皮だ。それも一級品の・・」
「ということは、街道にこいつが出てくる可能性が有るのか・・」
「手元にある全てと交換でも、この毛皮一枚には釣り合わん。目の前の素晴らしい商品を諦めんといかんとは・・」 ぶつぶつ
何やら、最後に取り出したトラの毛皮で 場に悲壮感が漂っている。どうやら かなりのレアな素材らしい。
幻影虎は その名の通り 素早い動きと毛皮で相手を惑わせ 矢も魔法も狙いが付け難い。
子供だと甘く見てハルカに近寄ったトラは、ほぼ一瞬で発動する必殺の手抜き魔法に仕留められたのだ。
「この毛皮・・高い?」
「ああそうだよ。とんでもなく高い。馬車の荷物全部を合わせても全然足りないくらいね」
これには ハルカもビルディンも驚いた。そして、そんな品を目の前にしても なお誠実に真実を語る商人に好感を持つ。
「これを買えるのは王家か上位の貴族くらいなものかな。大抵はオークションで競り落とされる」
「難しい・・なら・・フルベーユ商会に・任せてもいい?。専門家が売って・・ほしい。利益は山分けで」
それを聞いた商人は躊躇した。話が美味しすぎて 子供を騙しているような気になって来るのだ。
「あなた、この話を引き受けましょう」
「しかし、おまえさん・・利益の半分では あまりに我々が儲け過ぎる」
「だから、その分は この子から預かっていると思えば良いわ。フルベーユ商会がハルカちゃんの後見人に成ると思えば良いのよ。この子はこれからも色々と手に入れるでしょう。その時に安心して売りに出せる場所を作ってあげると思えば良いのよ」
「ふむ、なるほどな・・長い目で見た取引と言うことだな。この毛皮、我々が預からせてもらおう」
「ん、よろしく・・」
やっと交渉が終わり、とりあえず普通の毛皮の分だけ取引された。
トラの毛皮の分は 商人のサインと血判が押された証明書が作られた。
この取引だけで このまま帰ってもいい位の利益が商会に齎されている。
色々な商談や約束が無ければ、本気でハルカを馬車に乗せてクラックの都に引き返しそうな雰囲気である。
ハルカは幾つかの反物と 少なくないお金と食料などを手に入れた。
最後にビルディンにウサギの肉を2匹分プレゼントしたとき、商隊の全員から異常に感謝された。
普段の旅の食事が どれ程 悲惨なのか気に成るハルカであった。