13、子供が遠慮しないの
《コブリンが出た。》
《ハルカはファイヤーボール小 の魔法をつかった。》
《30のダメージを与えた。》
《ゴブリンを退治した。ハルカは10の経験値を得た。》
いよいよ国境線が近くなると、町との間隔が長くなり 街道にも魔物が現れるようになった。
獣であれば 殆どは肉と毛皮が戦利品として倉庫に自動収納されるが、弱い魔物では何も得られない事の方が多い。
定番のゴブリンではあるが 良くてクズの魔石が手に入るくらいで割に合わない相手である。
しかも 数だけは居るのでハルカにとってはウザイだけだ。
とはいえ、本来なら子供が相手をするような魔物ではない。
背丈もほぼハルカと同じであり物理的な力比べをすれば絶対に負けるだろう。
ハルカはそんな魔者達が出て来る度に即時に魔法で撃破していた。
最初は魔法が思う存分撃てる事に喜び色々と試していたハルカだったが、今ではただの退屈な作業となり面白くも何ともない。
基本的な魔法のファイヤーボールやランス系を使い 歩きながら殲滅していた。
そこで思い出したのが懐かしいRPGのアナウンスが流れるように遊び心から作られた魔法。
これは日本に居たときにゴキブリ退治の不快感を和らげる為に使っていた魔法であり、直接的なバフ効果などは無い。
しかし、ハルカは気付いていないが、思いのほか重要なメリットが有る魔法だった。
殺伐とした戦いだけが続くと ベテラン冒険者でさえ精神的に疲労が蓄積され、何日かの休みを取るほどメンタルケアは重要な問題なのである。
それを遊びに置き換えるだけで負担を和らげ 緩和してくれるので強靭な耐久力を得たと同じになる。
ただし、元のゲームで遊んでいなくては意味が無く、この世界の人が使っても効果は無いだろう。
「ねぇ、ノロ・・」
「なんにゃ、ハルカ」
「魔物の弱点・・何かな」
「うーむ。そんなもの有ったかのぅ。それぞれで違う気がするにゃ」
「魔物・・めんどい」
ハルカがゲームで定番の打ち出す魔法で魔物を撃退していたのは得意の手抜き魔法が通用しないからだ。
魔物も死ぬのは同じなのだが、その為の条件がまるで違う。
動物や人間相手なら必殺のエンズイギリも 相手がスライムでは全く役に立たない。
ハルカは魔物と戦いながら その問題を試行錯誤していた。
しばらく歩いていると 進む方向から一台の馬車が向かってくる。
「ハルカや、相手の正体が分かるまでは油断するで無いぞ」
「わかった・・」
近づいて来ると相手も警戒したのか護衛らしき男たちが出てきた。
装備を見る限り手入れがなされ 動きもある程度洗練されている。
いわゆる冒険者なのだろう。
距離が近づき魔法で確認すると馬車は行商人のものと分かり 少しだけ安心できた。
むしろ、相手の男達の方が警戒してピリピリしている。
少女が1人、黒いフリル付きのドレスを纏い歩いてくる。
どう見ても異常な光景である。
妖魔の類か、悪くするとハグレの魔族という可能性も有るからだ。
そんな雰囲気はハルカにも伝わり面倒を避ける為に 街道から少し離れて馬車をやり過ごそうとした。
だが、ハルカの思惑に反して馬車は止まり、中から年配の女性が出てきてハルカに近づいて来た。
当然、護衛の何人かも同行してくる。
「恐がらなくても良いわ お嬢さん。どうしてこんな所を歩いているのかしら?」
「クラックスに・・行くので」
ハルカの返答を聞いて婦人は益々驚いている。
ハルカ達が向かおうとしているクラックス合衆国はまだまだ距離が有るからだ。
「私たちは商売でこれからサラスティアの都まで行くのよ。
子供の一人旅は危ないわ、良かったら一緒に乗って行かない?」
「行かない・・それより、商人・・なら(服を)売って欲しい」
ハルカが首を横に振り、交渉を持ちかけると 何かを勘違いした女性は悲しそうな顔をした。
「もぅ、子供が遠慮しないの・・貴方が食べる食事くらい私が提供しますよ」
女性はハルカが空腹なのだろうと盛大に勘違いしている。
丁度 昼時に近かった為 その場で休憩することにしたようだ。
馬車を街道から草地によせて止め、人々が動き出す。
馬の世話をする者、火を準備する者、薪を集めながら周りを警戒する者、そして 食事の準備をする者。
休憩して食事をするだけで様々な仕事が発生する。
それが この世界の一般的な旅であった。
ハルカは それらを興味深げに見ながらキョロキョロしている。
その仕草が年相応の子供らしく 商人夫婦も冒険者たちも癒されているようである。
彼らが作った食事は麦のかゆ、焼いた肉、香草と肉のスープ。
どうやら途中で仕留めた獲物の肉らしくハルカの為に奮発したらしい。
その為か冒険者達も機嫌が良い。
一見普通の出来事に見えるが、「子供だから」というだけでは此れほど良くしてくれるなど考えられない。
気の良い彼らに感謝して食事を食べる事にした。
「ありがとうございます。・・ハルカといいます」
「ふふっ。どういたしまして。私たちはフルベーユ商会の商隊なのよ。
こんな殺伐とした旅をしているとね 貴方みたいな子と出会うだけで救われるのよ。遠慮しないで食べてね」
「おまえさん、それじゃあ 君を連れて来たワシが酷い目に会せているように聞こえるぞ。自分からサラスティアに行きたいと付いてきたんじゃなかったのかね」
「そりゃそうですけど、実際に気が休まらないのは本当ですよ。だからと言って危険な旅に孫たちを連れてくる訳にはいきませんしね」
商隊と言うだけ有って中々の規模である。
馬車は5台も連ねていて 護衛と御車も合わせると30人以上の団体になる。
夫婦はクラックス合衆国とサラスティア王国を股に掛けるほどの商人という事に成る。
そんな立場のある商人がハルカに声を掛けたのは、言葉通り 婦人の癒しの為なのだろう。
「一つ聞いても良いか?」
話し掛けて来たのは冒険者のリーダーをしているらしい男だ。
逞しい体に長剣を背負っている。
パワーファイター丸出しの見た目だが雰囲気は弛緩しているはずなのに何処かで警戒し神経を行き渡らせている慎重派でもある。
ハルカを警戒しているのではなく護衛として全体に警戒している感じだ。
「お嬢さんが1人で ここまで生きていられたのは・・・魔術師だからかな?」
「魔術師・違う。魔法使い・・」
それを聞いて皆が少しザワつきだした。
「驚いたな・・ここまで来る間に魔物にも襲われただろう。よく魔力が切れなかったものだ」
「?」
魔術師と魔法使い、部外者から見れば同じように見える。
だが、仕事などで魔法と関わりの有る者たちは その違いを認識していた。
単純に言えば、魔法使いは魔力を意思のままに変換し現象を起こす。
意思を固める為に詠唱程度はするが魔力を直接使いこなすのは変らない。
対して魔術師は 魔法を使う為に術を駆使する。
魔法陣や触媒など媒介を利用して魔力を変換する方法が一般的に知られる。
手間は掛かるが、その代わり魔力の少ない者でも使える魔法が増え、一定の強さの魔法が安定した形で使える。
ただし、使いこなすには膨大な知識が必要となり応用も難しい。
ハルカが魔法使いを名乗って驚かれたのは長い旅路では魔力の節約が容易い魔術師が圧倒的に有利だからだ。
まして、魔力補助をしてくれる杖などを持ち歩かないハルカはその点でも奇異な存在に見える。
子供の魔力総量で街から離れたこんな場所まで無傷でいるのが不思議なのである。
「証拠・・」
ハルカは亜空間倉庫からゴブリンなどから出た魔石を取り出した。
このままでは 心配されて強制連行されそうだったからだ。
「ふむ、こりゃあゴブリンやらウルフなんかの魔石だな。しかし、凄い数だな・・
必ず出る訳でもないから、この何倍も倒している事になる」
「ザコ・・」
「おいおい、マジかよ・・・」
冒険者たちは遠い目をしていた。
自分達の若い頃を思い出しているのかも知れない。
「お嬢さん、その石を売るつもりなら私が買い取るよ」
「おいおい、旦那さん。子供相手に大人気ないぜ」
「人聞きの悪い事言うな。子供だから尚の事 なのだぞ」
「そうねぇ、私たちはハルカちゃんが気に入ってるから ちゃんと相場で買い取るわ。相手が子供でも騙したり悪辣な商売をする気は無いわね」
「そういう事でしたか。これは失礼しました」
「良いって事よ。それで どうかな、商談に乗ってくれるかい」
「勿論・・喜んで」
婦人が声を掛けてきた時から交渉したかったハルカには渡りに船である。