12、最後の愚策
ハルカが精神を集中し 魔法のイメージを固めると長い髪の毛が揺らめきだし 日中にも関わらずキラキラと輝き始める。
集団の暴力は津波のように凶悪だ。
動き出したら暴れつくして満足行くまで害をおよぼす。
その後は誰か他に責任転嫁して自分には罪が無いと被害者面する。
普通は力無き被害者は泣き寝入りするしかないが、それが絶対に嫌ならどうするか。
もしも対抗する力が有るなら抗うだろう。
そう、集団が動き出す前に叩き潰すしか被害を受けない方法が無い。
だからハルカは強大な魔法の一撃で町を丸ごと滅ぼすつもりだ。
「お待ちくだされ。お嬢さん」
声を出せたのは その者だけであった。
見た目が子供とは言え 町ごと消し飛ばす覚悟を決めたハルカからは 明確な殺気が溢れていた。
それが大量の魔力と共に渦巻いている。
その場に居たものはトラウマになったかも知れない。
ネコは肩の上で固まって震え、
泣いていた子供は座り込んで足元を濡らしている。
痛みで苦しんでいた男は気を失い。
他の男たちも放心状態である。
「どうか許してくだされ。何事も無ければ穏やかで優しい住人たちです」
男の声はハルカに届かない。
彼の人生では加害者からのこんな言葉は身勝手な言い訳だからだ。
キラキラした光は微細なフラッシュの明滅にまで高められハルカの全身にいきわたり魔法の準備が終わる。
恐ろしい破壊の魔法を使おうとしているのにその姿は神々しくさえあった。
「強い魔法を使うは 最後の愚策、ですよ」
「!?」
魔法に集中していたハルカは思わず男を見た。
「これは、私の師匠が最後に教えてくれた言葉です」
キラキラと渦巻いていた魔力は一瞬で霧散してしまった。
ハルカにとって共感出来るだけに 痛い言葉である。
「魔法使い・・なの?」
「今では年老いて魔力が激減しましたが昔は冒険者をしとりました」
相当の修羅場を潜り抜けたであろう老人は魔力で圧倒的に強者のハルカに臆する事は無かった。
その図太さはレレスィ以上かも知れない。
この世界には まだまだ底知れない人間が居るのか、とハルカを感心させていた。
「では、先輩ですね。・・ハルカいいます」
「あぁ、こりゃあ失礼。グレンといいます。一応は町の責任者をしとります」
この遣り取りで すっかり機嫌を直したハルカが気絶している男にハイヒールを無詠唱で施した為、男は一命を取りとめる事が出来た。
平成な顔に見えてはいるがグレンは驚愕していた。
(この幼さで あそこまで魔法を使いこなすとは・・、)と。
老いて引退した魔法使いではあるがグレンはここまで生き抜いてきたベテランだ。
他者が使用していた魔法の複雑さを感じ取り、相手の力量を冷静に判断出来る手練れだった。
なればこそ 逆に自分が測り知る事さえできないハルカの力量に恐ろしさを感じる。
2人は広場のベンチ?に腰掛けて話を始めた。
ハルカは自分と同じ魔法使用のスタイルを持つベテランの話が聞きたいのだ。
ただし まだ安心はできない。
こんな時 見通しの良い方がハルカにとっては安全だった。
「食べ物・・無いの?」
「まぁ、今更恥も無いので申しますと その通りで、先日 突然襲ってきたゴリの大群に全て食べつくされてしまいました。私も魔法で対抗したのですが数が多くて町民を非難させて守るので精一杯でしたよ」
「ゴリ?それってゴリラの仲間?」
「ゴリというのは虫じゃよ。
黒くてツヤツヤしとって、もの凄く素早いのにゃ。大きさは10センチ程じゃがの、立派な魔物にゃ」
「ほぅ、ネコの使い魔ですか、話が出来るとは賢いですな」
「・・・・・マジか?」
「「?」」
「どうしたにゃ、ハルカ」
「それってゴキ?。えっ、ここ・・10センチのGが大群で襲って来る・・の」
ハルカは怯えていた。
10㎝のゴキの大群が押し寄せて来る・・・
想像するだけで震えがおこる恐ろしい光景だろう。
魔法が使える人類の中でも強者のハルカ
そんな彼はどうやら虫系は苦手なようだ。
思い掛けない弱点である。
だか、少女が虫に怯える姿というのは様になる。
ますます女子力を高めてしまうハルカ。
色々と裏目に出てしまう可愛そうな男だった。
町の人達はGの大群に襲われたのに それでも強く生きようとしていた。
ハルカは人々の強さに感動した。
ドドン☆
「グレン・・これあげる」
「!、これは・・・・、見事なウサギですな」
ざわざわ、がやがや
遠巻きにハルカたちを見ていた村の人々がざわめきだした。
彼らからすれば ハルカという存在は爆弾をもって町に入り込んだテロリストに近い余所者だ。ところが、恐る恐る遠巻きに監視していたら突然 食料が現れた。
しかも命を掛けなくては得られない肉、その現実の前には敵対心など消え失せた。
食欲は恐怖よりも強かった。
「この肉を使った料理・・作り方知らない。だから、あげる」
「・・遠慮している場合ではありませんね。ありがたくいただきますよ」
「そうか・・なら、もっと有る・・」
ハルカは次々と肉を取り出した。
昨日の夜に無意識に広範囲魔法をぶっぱなし乱獲した獲物たちの成れの果てである。
残念ながら毛皮は焼けてしまって使えない。
およそ50匹ほどの様々な肉が積み上げられていく。
売ればかなりの金額に成るが無償提供に何の迷いも無い。
価値が分からないのも有るが、ハルカ自身 料理を作る気が無いので亜空間倉庫に居座る邪魔な荷物でしかない。
大量の肉に呆気に取られていた町民たちだが、いち早く立ち直ったグレンが指示を出すと 総出の作業が始まった。
心得ある者は解体を始め、肉以外の美味しい部分も丁寧に捌いていく。
料理が出来ない者は火を用意し早速肉を火にあぶっていく。
早く食べたい子供たちも真似をして焼けるのを待っていた。
塩などは被害に遭わなかったので味も付けている。
多くの女性たちは 家から大なべを持ち出して炊き出しを作り始めた。
食べられる草などは集められていたようで全てが肉だけというわけでも無い。
大量の肉が入った偏った料理ではあるが久々に腹いっぱい食べられるなら問題にもならない。
肉以外の物も出したいハルカだが・・・元々持っている日本産の品物は他の人に絶対見せるな、と ネコから厳重に言われていたのでギリギリ思い止まった。
「肉以外は・・こんなの・・しかない」
「おおー、これは森で取れる果実を焼いたものですな。焼くと甘味が増して美味しいのです」
「そか・・それなら出しておくよ」
怪我の功名という奴らしい。
自動で収納されたのは良いが 既にこんがり焼けていたので売り物にならないだろうと始末に困っていたのだ。
「ねぇねぇ、これ、食べても良いの?」
「ん、良い・・」
「「「「きゃーーっ」」」」
甘いものに群がったのは子供たちと女性達だ。
男たちはどうやら迫力に負けたらしい。
手早くエネルギーとなる食べ物を飢えた体が求めていたのか 肉料理よりも先に甘い食べ物が無くなっていく。
肉は食べきれない程あるが 「冷やす魔法程度は多くの人が使えるので困らない」とのこと。
いずれ行商の馬車が通るだろうから その時に穀物と交換する予定らしい。
焼肉や、スープなど、肉尽くしの食事が町ぐるみで始まると、もはやハルカは祭りの神輿状態だ。少なくとも賓客と思われている。
「先ほどは済まなかった」
見るとハルカに殺される寸前まで行った男である。
「あんたの前に顔を出すのも恥知らずとは思ったが、このままでは娘に合わす顔まで無くなってしまう。すまない、人として恥ずかしい事をした。謝らせてくれ」
「父ちゃんを許してあげて。私、何でもするよ」
日本で言うと小学校一年生くらいの幼女に言われてもハルカは ロリコンでは無い。
そもそも、この子はハルカを歳の近い少女だと思っているはずである。
「じゃあね・・ここに、キスして」
ハルカの指がホッペに添えられている。
ポカーンとしていた子供は満面の笑顔で 「いいよー」とキスをしてくれた。
微笑ましい光景である。
「謝罪は受け取りました。これで、全て・・水に流します」
「ありがとう」
父親はそう言った後、娘をだきしめた。
グレンの言った通り 普段は温厚な人なのだろう。
しかし、そんな感動的な場面は直ぐにすみに追いやられた。
押し寄せて来たのは多くの年頃の女性達だ。
ハルカは顔には出さないが歓喜した。
オッサンと子供の相手よりそちらの方が楽しいのは心がまだ男の証拠だ。
「ありがとう。ハルカちゃん」
「助かったわ、これで私達も身売りしないで済むかも知れない。ありがとう」
「肉なんて持ってるしお金持ち?貴族のお嬢さんでは無いのよね。」
モテモテである。
次々に女性達に抱き寄せられて悪い気はしない。
夜まで宴会はつづき、眠くなった子供はグレンの家に泊めてもらった。
ハルカが男だとは誰一人気が付かなかった。
次の朝早く ネコはグレンに話しかけていた。
「今回は何とかなったけど、この町は暮らし辛いのではないのかにゃ」
「主人が凄いと使い魔まで優秀なのだな。仰るとおり 街道沿いなので多少の融通は効くが基本的に土地が痩せていて食料が厳しい。それでもギリギリ生きて来た。
また今回のような事が有ると・・次は町が無くなるでしょうなぁ」
「では、耳寄りな情報を教えようかの。
この町から半日ほど王都に向かって行くと何も無い広い土地が今なら手に入る。
森が焼かれて新しく出来た場所で土地も肥沃にゃ。
まだ誰の土地でも無いからの早い者勝ちにゃ。
街を作り直す事になるにゃ・・・行くかどうかは 自分達で決めるが良かろう」
「まさか、そんな・・聞いた事無いですぞ。
突然そんな都合の良い土地が有るなんて、信じろと言うのが無理です」
「ぷっ。聞こえた頃には他人の物ニャ。それに急に土地が出来たのは魔法だからニャ・・この意味が分からないなら信じなくても良いニャ」
「魔法で?それって・・・ふっ、あはははははははは、すばらしい。傑作ですな!、確かに・・これほどの幸運は他に無いでしょう。すぐに調べさせましょう」
元王族として、町を何とかしたかったネコは最新の情報を無償で渡していた。
とは言え、決して楽な道ではない。しかし未来の希望はある。
人生を掛けた決断になるだろう。その先は彼らの選択に任せるしかない。
「ネコ、そろそろ行こう」
「ハルカよ、わしに名前を付けてくれんか?。元の名前は使えんのでな」
「んー・・」
「ハルカの呼びやすい名前で良かろう」
「じゃあ・・ノロ」
「うむ。人間ロスティアは生まれ変わり、今日からノロじゃ」
妙に喜んでいるネコを見て複雑な心境のハルカだ。
本当はノロイと付けたかった。
呪いでは今のハルカには発音出来ないのでノロになった。
ハルカが行った最後の小さな仕返しである。