その後、2-7、魚、さかな、サカナ
ハルカと魔族の少女チンチリンの戦いは徐々に空中戦へと変わっていく。
精霊であるハルカはともかく、実体の有るチンチリンが苦も無く空中を飛び交うあたりは さすが魔族と言うべきだろうか。
精霊ごときに魔法を消されて悔しいのか「これでもか!」とばかりに暗黒のファイヤーボール『黒焔球』を連打してくる。
双方 目まぐるしく空中を高速移動しながら一方が次々と黒い玉が打ち出し、一方が光球でそれを消滅させる。
その様子はまるでロボットアニメのビーム戦のようだ。
最初はサテライトオーブばりにハルカの周りを守っていた破滅の光が 今では二重の円環と成って縦横に回転し 守りの死角を無くしていた。
「何で精霊がそんな魔法使えるのよ!。卑怯じゃないの、ちゃんと戦いなさい」
「そう・・それなら」
「!」
ハルカが円環を纏ったままチンチリンに突撃していく。
意表を衝かれたチンチンリンは逃げるタイミングを外し、転移してギリギリ紙一重で攻撃をかわす事に成功した。
「・・・い、今のは少しだけ驚いたわ。やるじゃない」
たとえ心臓がバクバクでも王族は威厳を忘れてはいけない、と必死で虚勢を張るチンチリンであった。
「・・・さすが魔族。パンツも黒」
「えっ?、何を言って・・・てっ、ああぁーっ服がぁ」
必死に取り繕っていた威厳は一瞬で消し飛んだ。
無事に回避したつもりだったが、彼女のゴスロリなスカートは齧り取られたように丸く切り取られて下着が丸見えになっていた。
さらに、下を向いたチンチリンの目にはサラサラと落ちていく砂が見える。
「あぁーーっ、私の自慢の髪の毛がぁぁぁぁ」
いかにも姫君と言わんばかりに彼女を飾っていた豪奢な紫の縦巻きロールが片方だけ昇天していた。
「こ、こんのぉぉーーっ!。もぉ許さないんだからぁ・・って、ひぃっ」
今までの仕返しとばかりにハルカから打ち出された光の玉が飛んでくる。
速度はそれほど速くないため回避できそうに見えたが、ハルカが制御していて普通の攻撃になるはずも無く、誘導された複数の光玉がそれぞれ違う方向から突撃してくる悪夢のような状態に成る。
遠くから見ている者には光の妖精が楽しそうに乱舞しているように見えたかも知れない。
ジャッッッ
「ひぃぃ」
ギリギリかわした光の玉が魔法で破壊できないはずの特殊な岩の岩盤すら苦も無く砂に変えていた。
チンチリンは心の底から恐怖した。
「うぇぇぇーーん、いやぁ。もぅ来ないでぇぇ」
とうとう 泣きが入ってしまった魔族の王女は急いで魔法を発動し 姿を消した。
近くに彼女の魔力が感じられない事から 今度は本気で長距離転移して逃げてしまったのだろう。
魔族、それも王族としては死にたくなるほどの屈辱的な敗北である。
「ハルカ、楽しそうじゃったニャ。
しかし、逃がして良かったのかニャ。仕返しに来るかもしれんぞ」
「やっぱり遊んでたんだね。エンズイギリの魔法使わないから変だと思ったんだ」
相手は魔族とはいえ人間と体の構造が殆ど似ている。
ハルカが得意な肉体を破壊する魔法も有効だった。
「あの子も遊びでやってたみたいだし、自分が恐い目に遭えば来なくなると思う」
恐さを教えられていない子供は危険に近づき危険を冒すものだ。
時には子供の為にトラウマを植え付けるのは大人の役目だと思う。
知的生命体が口先だけで何でも理解しあえると思うのは傲慢な思い上がりである。
時として言葉ではなく魂に善悪を教えなくては分からない事も有る。特に子供の時は本気で怒られた恐怖が理屈を超えた教えとして善悪を意識させる事も多い。
それが抜け落ちた人間がどんな行動をするかはニュースなどを見て想像してほしい。
「それは良いとして・・・ハルカ!。ここに正座」
何故かピアが本気で怒っていた。
疑問だらけだが、とりあえずピアの前で正座するハルカたった。
ちなみに精霊なので足はしびれない。
「ハルカ、正直に答えてね」
「・・何?」
「ハルカの亜空間倉庫、何が入ってるの?」
「えっ?。 ・・・いろいろ」
ピアの口調は浮気を追及する奥さんのように鋭く、意味が分からないハルカはオロオロしてしまう。
「むぅ。じゃあ、ハルカの好きなウサギの肉は何匹分有るの?」
「ウサギ?・・・えーっと・・256かな」
ピアは心の中で「ひぃぃぃーーっ」と叫びたかったが、まだ尋問は始まったばかりなので冷静を装っていた。軽乗用車並みに大きなウサギ肉がその数なのである。
積み上げればちょっとした丘ができてしまう。
「・・・じ、じゃあ、メルメルの肉はまだ残ってる?」
「有るよ、まだ184有る。ピア・・・ 肉が食べたいの?」
「「・・・・・」」
あの ダンプカー並みに巨大な肉が・・そんなに!。
ピアとノロはその異常な収納力に呆れて言葉も無い。
「あぁ・・でもゴンゴロウ牛の肉はあと52しか無い。随分減ったね」
ハルカは生前に手に入れた肉に未練が残っていて強い執着が有るらしい。
精霊である今のハルカ達は嗜好品として食べるだけでなので食料は少し有れば充分なのだが ハルカの食べ物収集癖は死んでも治らないようだ。
「そ、そぅ・・。 他にも色々入ってるよね、最近は精霊殿に遊びに行くたびに何か貢がれているみたいだし・・」
「そっちは穀物とか野菜だよ。少しだけでも受け取ってくれって言われるから少しだけ。でも使わないから貯まってきたかな」
精霊樹に寄り添うように存在する都フェルムスティアには精霊を祭る精霊殿がある。そこに従事する若い巫女たちは精霊の存在を感知できる者が選ばれていた。
ハルカは街中で顕現することを極力我慢しているが この精霊殿では遠慮なく姿を現し、そして喜ばれていた。
巫女たちは遊びに来たハルカを仕事抜きで溺愛し、帰りには色々とお供え物を持たせるのである。
それも当然の事と言えるだろう。
都近郊の農家全てが豊作を感謝し、さらにハルカと友達の飛竜が害獣(主にコッケー)から作物を守っている事を知った事で喜々として沢山のお供え物を精霊殿に寄付していたのだ。
色々な作物からハルカが少しだけ貰ったとしても毎回 馬車で一台分にもなっていた。
「じゃあ、最後に聞くけど・・・最近よく零れてくる魚はいったい何匹入ってるの?」
「魚?。どの魚の数が聞きたいの?」
「えっ!。えっと・・種類はいいから全部の数」
「数えるの めんどくさいんだけど・・」
「だ、だいたいで良いニャ」
計算するのが面倒な数?。
魚と言えど大きさは一匹で大型トラックの荷台ほどもある巨大なものだ。
とてつもなく恐ろしい予感がする。
「「・・・・・」」
計算に時間がかかる?。
ピアとノロは出もしない冷や汗を感じていた。
「えっとね・・ざっと数えて 5万匹かな」
今度こそ冷静さを失ったピアとノロだった。
2人のおかしな悲鳴が滝の音に消されていく。
魚が突出して異常な数なのはハッキリとした理由がある。
ハルカが以前 少年キュアラを強引にレベル上げしたとき、海に向かって巨大なデンキ玉を何度も打ち込み魚を乱獲したときに自動で獲物が回収され そのままにされていたのが原因である。
その中には当然 カニやエビ、イカやタコ、さらにはウニやあわびなども入っている食の宝箱であった。
日本人だったハルカがそんなお宝を処分するはずが無かったのも理由の一つだろう。
「・・・は」
「?」
「ハルカのばかぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」
「そうにゃ。ハルカ、反省するにゃぁぁ」
「えっ?えっ?何で」
何故に魚で怒られる?。人間は自分が当然だと思っている事が変なことである場合、なかなか気が付かない事が有る。
特にハルカの場合自分の常識が変だとは思いもしなかった。
「ハルカが苦しむから・・前みたいに急に死んじゃうかと思って凄く心配したのに・・・。その原因が倉庫に物を入れすぎ?。怒るよ!」
ハルカはピアに首をつかまれて頭をシェイクされていた。
もう怒ってるじゃん、とはさすがに言えない。
「だって・・まだまだ余裕で入るし」
「あたりまえだよ。精霊になったからハルカの魔力は自然界と同じなの、使い放題なんだよ。人間と違うんだよ」
「えーっ。それなら、気持ち悪くなるの変だろ。容量に際限が無いんだし」
「あのね、亜空間倉庫は無意識のうちにハルカが制御してるんだよ。普通は制御する能力より収納力が少ないから気が付かないけど。ハルカの場合 魔法制御能力が異常に高いから今まで気が付かなかったと思う」
「そうだニャ。とんでもない数と重量が入っているから、さすがのハルカでも制御が厳しくなってるニャ」
「じゃあ、これが自分の能力の限界なのか・・」
思う存分に溜め込む事が出来ない・・そう思い知らされたハルカ。
ものすごく黄昏た顔で寂しそうだ。
「ハルカ、とりあえず気持ち悪くならないように倉庫に入ってるいらない物、全部吐き出すニャ」
「えぇーっ、いらない物なんて無いし」
「何言ってるの?。魚も穀物もそんなに沢山要らないでしょ」
「食べ物を捨てるなんて勿体無いじゃないか」
ハルカの亜空間倉庫で嵩張る物の殆どが精霊が必要としない食べ物なのは皮肉な話である。
早くハルカを元気にしたいピアと 人間だった頃のこだわりが残るハルカの話はかみ合わないようだ。
「じゃあハルカは食べ物が無駄にならないなら手放しても良いのニャ?」
「うん・・まぁ それなら良いかな」
「でも、下手に街中に取り出したら大騒ぎに成って大変だよ」
「丁度 押し付けるのに都合の良い相手が居るニャ」
何やらノロは実に楽しそうだ。
ネコの顔なのに笑っているのが良く分かった。
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「と言うわけで、これはリルンにあげるから商売がんばってね」
「えっ、え、これって・・この凄い荷物?。・・ええーーっっっ」
滝を見に来ていた人々の中には ハルカたちと旅をして来た商人のリルンも当然のように連なっていた。
突然 リルンの頭上に風圧と共に転移してきたハルカたち。
驚いた人々が逃げだして距離をとった為、都合良く彼女の周りには広い場所が出来た。
ハルカはその場所にとりあえず日持ちのする穀物の袋をガンガン積み上げていった。
いったい何個有るのか直ぐには数えられないほどの穀物の袋で視界がいっぱいになる。
「これって穀物の袋よね。どうして・・何であたしが貰えるの?」
「何故?。(大好きだった友達の子孫が)リルンだから」
「えっ?」
「言っておくけど、これでも一部だからね。明日も来るから、穀物の他にも肉とか魚とか色々受け取ってね」
「えーっ。でも、こんな量どうしたら良いの?」
さすがの利に聡い商人の卵リルンもうろたえていた。
気軽に譲渡するには量があまりにも異常だったからだ。
「リルン!」
「は、はい・・」
「偉大な商人シシルニアの子孫なら この程度の商品、簡単に動かせるよ」
「まかせたニャ」
孫を見守る年寄りのように慈愛に満ちた顔のまま ハルカ達の姿はスーッと消えていった。
もっともらしく説教しているが、孫のような相手に面倒事を丸投げにした事は考えないハルカだった。
偉大な先祖の名前を出され少し驚いたのが理由なのか リルンの目からは怯えが消え、力強い商人のそれに変わっていく。
「リルン・・これ どうするんだ?」
恐る恐る近寄ってきたのは助手のラナイクだ。
食糧不足で苦しむ都の人々が集まっていた所に膨大な量の食料が積み上げられたのである。場は徐々に異様な雰囲気になっていく。
彼らは一歩間違えば食料を強奪する暴徒となるだろう。
そんな雰囲気に呑まれたラナイクは怯えてビクビクしている。
一方、リルンは・・
「宰相殿、宰相殿は居られますかーっ」
堂々と大声で一国の宰相を呼び寄せていた。
意図した行動では無かったが、その一言は大きな効果が有った。
浮き足立った人々に『穀物が国の管理下に有る』かのように思わせたのだ。
ほどなく囲んでいた人々の輪がほつれ、割れた人垣の間から少し前まで商談をしていた若き宰相が歩いてきた。
しかし、向かってきたのは彼だけでは無かった。
馬に乗った国王、それに護衛している近衛や騎士達も隊列を組んでゾロゾロとやって来る。
それを見たリルン、そして周りに居る大勢の人々は 一斉に跪いて王を迎え入れた。
呼ばれた事もあり、宰相が両者の間に立つ。
「陛下。これなるはフェルムスティアから参った商人でございます。先ほど自国より持参した多くの食料を安価で提供するという我が国への貢献も果たしております」
「ほぅ・・。見た目に寄らず老獪な商いをするのだな。それとも宰相に言いくるめられたのかな?。ふはは」
国王らしき人物は何時でも動ける馬上から降りる事無く、戦場に居るかのような緊張感をにじませている。
気さくな語り口で話し リルンを値踏みしているが、返答次第では彼女の首が飛ぶだろう。
「陛下がお尋ねである。直奏を許可する」
「恐れながら申しますが、宰相閣下は私のような小娘に対しても実に誠実に交渉して下さいました。私は商人として考えうる最大の利益を手にしております。陛下」
「ほぅ。安く売ってなお利益を得たと申すか」
「はい。今もこうして陛下との会話を自然な形で許可していただけました。
おかげで 始めて陛下との対面でしたが悪い印象を持たれていないと存じます。
商人として最初から良好な印象を得る事はこの上ない利益にてございます」
リルンの奏上を聞いた国王の表情がわずかに動いた。
どうやらとても驚いているようだ。
さり気なく宰相を見て確認している。
「よし。フェルムスティアの商人、そちを交渉相手として資格が有ると認めよう。
余はこの国の第13代国王レイドラム・シス・シュナイトルである。
商人、名を申せ」
「はい。私はフェルムスティアに本館を持ちますハルニア商会。その会頭ヨアゼルスが一子 リルンでございます。此度の商隊のリーダーを務めております」
レイドラム王は馬から降り、リルンと2メートルほどの距離をおいて立ち止まった。すると侍従らしき初老の紳士が何処かから取り出したのか椅子を用意している。
本来なら国王との謁見はもっと離れて行われるものだが 野外で声が通り難く、また人々に会話の詳細を聞かれるのも憚られるため護衛可能なギリギリの距離がとられたようだ。
ともかく、これでようやくスタートラインなのである。
リルンにとっての明暗はこの後の話し合いで決まる。
だが、状況は決して悲観したものではない。
国王が話の分からない人物であるなら問答無用でリルンは拘束され、膨大な食料は国に接収されていただろう。
むしろ 今の国の内情を考えればそっちの可能性のほうがはるかに高かった。
「ふむ、まずはこの状況を説明いたせ。今日は驚く事ばかりが続く。余も宰相も判断のしようが無いのでな」
「はい。まず ここに有ります荷は精霊が私に差配しろと置いて行った穀物でございます」
「「!」」
リルンはこの国に来る途中で精霊に出会った事。
同行した精霊はフェルムスティアを守護している精霊だろう事。
そして理由は分からないが膨大な荷物を自分にくれた事を話していく。
「あのぅ・・陛下。精霊の話なんて信じていただけるのでしょうか・・」
「そうだな・・、今の話を城の中で聞いたなら捏造した話と思っただろう。
しかし、この場に来て色々あった。そちの精霊の話を聞いて ようやく少し事のあらましが見えてきた所だ」
リルンは心底ホッとした。精霊の話が受け入れられなければ何も説明が付かないからだ。
国王自らこの場に来て不思議な出来事を目にしたこと、そして彼の息子が特殊な能力の持ち主だった事は幸運としか言えなかった。
『運も商才の一つである』こう言って 自らハルカ達との出会いを誇らしげにしていた彼女の先祖からすれば リルンは立派に商人たりうる才能を持つ事に成る。
そんなリルンの幸運はこのシュナイトル王国をも巻き込んだようだ。
「して、そちはこの荷物をどうしたい?」
国王が尋ねたこの一言がこの場の会見の全てである。
リルンの才覚、そして今後の全てがこの場にかかっていた。
「陛下。私も命知らずではございません。勿論 全てを王国に献上いたします。父が今回の行商で私に課した課題には もらい物で利益を得る事は含まれておりません」
「それは上々。こちらも力ずくというのは後味が悪いのでな。
しかし、何の迷いも無くその決断を下すのは商人としてどうなのだ?」
言葉としては問い質しているが 国王はそれと分かるほど楽しそうにしている。
それは食料が手に入った事ばかりが理由では無いようだ。
既に宰相は配下の者達を集めて荷物を回収する手はずをしていた。
その荷物が遠からず市場に流通する事を嗅ぎつけている商業ギルドも荷馬車の手配に渋る事は無いだろう。
「直接の利益だけ見ているのは商人として二流だ、と 常々父から言われております。ただ、今回は荷物を献上する代わりに二つほど陛下にお願いがございます」
「ふむ。申してみよ。聞いてから考えよう」
言葉使いは公式のものだが2人の会話はすでに茶会のごとき雰囲気となっている。
「では、申します。当然 この後に国から商業ギルドに荷物が売却されると存じますが、出来ますれば 売り出すのは全体の6割りにして その値段はギルドが農家から買い付ける相場の半額で下ろしていただきたく思います」
「ふむ・・。いや 待て、それだと ただでさえ不作で苦しむ農家が収穫した作物を売れず全滅してしまうぞ」
「はい。都に来る途中で作物の様子を見てまいりましたが、作物の品質は最悪と言えるでしょう。どのみち作物が売れたとしても農家はほぼ全滅に近くなると思います。
そこで この荷物を売却した資金を使い 王家から農家に補助金を下賜していただきたく存じます」
「補助金?。それはいったい何なのだ」
農家などの一次産業を援助するという考え方が定着するのは文明が発達した近代においてであろう。
それ以前はどの国においても農家は搾取するべき存在であり、助けるという考えに至るのは一部の仁君のみである。
この世界においてもそれは変わらず、農家は収穫を税として払う存在でしかない。
リルンの先祖 シシルニアが日本からの転生者であったため内々に このような支援するという考え方が受け継がれていた。
公には成っていないが ハルニア商会に助けられた農家は多く、それがそのまま商会を支える影の力にもなっている。
「次の収穫まで生活できれば良いのです。水源も復活したので その助けが有れば農家は以前の生産力を取り戻す事でしょう。一時的にお金がかかりますが すぐに税収となって帰ってくるはずです。王家に感謝しているので税を納める事に対する不満も減るでしょう」
「・・・そちは本当に商人なのか?。宰相より政治的に見えるぞ」
「いえ、これこそが商人の考え方です。お客様が困窮していては売れるものも売れなくなり 商人は干上がってしまいますから」
食べ物より利率の良い高価な商品が売れるには人々が飢えていてはダメだ。
市場が安定し 尚且つ購買意欲が高くなる必要が有る。
まさに商人の考え方である。
ただし、それをコントロールできる商人は希少といえるだろう。
「あと、商業ギルドに安く売る代わりに 彼らに価格の監視を義務付ける事をお勧めいたします」
「その提案も初めて聞くのぅ・・国からギルドに価格で口出しするのは難しいぞ」
「陛下。私も商人の端くれですので この穀物が流通した時に商人がどのような行動をするか容易に想像が付きます。
彼らは自らの倉庫に溜め込めるだけ集めた後、商人仲間 あるいは領主などとも結託して穀物を高値のまま売り続けるための価格操作を行うでしょう。
結果として人々の手元に届く時の値段は高騰している今の値段のままになります」
「確かに・・商人ならそう考えて行動するか。しかし、王家が価格統制するほど大事とは思えんが」
「普通はそうなのですが・・今ここに居る人々は膨大な穀物を国が手に入れた場を見ています。彼らは食べ物が安くなる事を期待するでしょう。
しかし、何も変わらず食べ物が高いまま・・。
人々が抱く不満は商人に対してではなく国に、さらに王家に向けられます。
食べ物が安くならないのは王様のせいだ、と言われるでしょう」
「むぅ・・・」
「そこで先手を打って穀物を売り出す前に公式に御触れを出します。『国から売り出される食べ物を平常価格より値上げする事を禁ずる。違反する者は平民 貴族に関係なく厳罰を下す』みたいな感じですね。
特に何か違反が有ればギルドもろとも処罰する事を匂わせておけば商人同士で監視する事になるでしょう。
その上でギルドに卸していない4割の作物を国が直接国民に販売すると言えば倉庫に作物を眠らせておく価値が無くなります。水源が復活した事で近いうちに食料の生産も軌道に乗るはずですから」
「なるほど、それなら何か有っても王家の仕業とは思われんな。その提案 宰相とも検討してみよう」
「ありがとうございます。陛下」
リルンが進言した内容は国政を思いやった無欲な提案に見えるが、そこは商人 タダでは働かない。
リルンの提案が実現せず食料が高いままだと『リルンの商隊が王家と結託して価格を吊り上げている』と思われかねない。
他国の商人に食料問題解決の手柄を立てさせまいと地元商人が工作する可能性はかなり高かったのだ。
「して、もう一つの願いとは何じゃ?。ちなみに余の第二夫人の席は空いておるぞ」
「陛下、私を奥さんにしても世界中うろつきますよ。城の中だけでは死んでしまいます」
「それはまずいのぅ。すくに他国に捕まって人質にされてしまう。ふはは」
すでに会話は冗談まで出るようになっていた。
もっとも 王の后とする発言は半分は本気だったようだが。
「この都 レスリムにハルニア商会の商館を置かせていただけないでしょうか」
「ふむ・・」
国王レイドラムは答えを即答せず、思いの他長い間考えを巡らせていた。
「なるほど・・商館を置いて不足な物資の情報を送らせ それをを商隊で運べば遠くとも利益は約束されるか。
確かかに今回のように食料が欲しい時は国としても無理な注文が言えて助かる・・・と言いたい所だが、他国の商館を置く事は国防上 許すのが難しい。ギルド以外の組織が国をまたいで拠点を持つのは諜報活動をしていると疑われる可能性が高いぞ」
この世界では魔法による情報の伝達を行う事ができる。
ただし、簡単にとは行かず 魔法陣がしっかりと座標固定されていなければ成らないという制約も有った。
当然 その固定された魔法陣設置は厳重に管理されている。
民間組織が国外と魔法書簡をやり取りするのはかなりハードルが高かった。
「確かにそうですね・・。商売の都合ばかり考えていて視野が狭くなっていました。今の願いは取り下げます」
「そう悲観するな。若さゆえの考えもあながち間違いばかりでは無いぞ。ははは。
だれぞ、直ぐにハシムをここへ呼べ」
何故か国王は王子のハシムを呼び寄せた。
ハシムも興味深く会見の成り行きを見ていたので呼び寄せるまでも無く近くに居た。
「父上、どうされました?」
「勅命である。ハシムよ、そちはこの後 親善大使としてクラックス合衆国の王都フェルムスティアに赴いてもらう。我が親書を届け、適うなら同盟 あるいは不可侵条約の締結まで漕ぎ着けてこい。皇太子としてハシムに全権をゆだねる」
「「ええーーーーっ」」
「そう驚くほどでもあるまい。
かの国と我が国は荒野を挟んで元より争いなど起こせるものではない。当然 補佐となる者も付ける。幼いとはいえ 皇太子のお前が行けば可能性は大いにあろう」
「しかし父上・・・私などがあの荒野を越えて行けますでしょうか?」
まだ十一歳のハシムは行きたくない。
ムダと分かっていても儚い抵抗を試みた。
「それならば何の心配も無い。ここに居るハルニア商会に送迎を依頼するからな」
ムチャ振りキター と心で叫ぶリルンであった。
「ハルニア商会のリルンよ、この役目を無事に果たし両国が国交を結べたなら商館を置く事を国王の名を持って認めよう。どうだ、損な取引では有るまい。これ以外で我が国に商館を持つ可能性は無いぞ」
「恐れ入りました 陛下。私の商隊をそこまで信頼していただきました以上、全力で依頼を成し遂げてご覧にいれます」
「せっかく滝が蘇ったのに・・行きたくない・・ぶつぶつ」
「そういえば、ハシムが出会ったという精霊だがな、フェルムスティアの都に有る精霊樹の精霊だそうだ」
「!」
「この意味は分かるな」
「父上が友誼を結びたいのはそちら・・なのですね」
「よし、合格だ。この役目にそなたの将来が決まると思え」
「そんな大事な会話を自分の前でしないでよ」と心の中で叫ぶリルンであったが、事の成り行きに対しては特に驚く事は無かった。同じような理由でフェルムスティアは隣国のサラスティア王国と固い同盟を結び、長い間平和な関係が続いていたからだ。
ともあれ、この後リルンの商隊と王子ハシムは無事に荒野を渡り大役を成し遂げる事になる。
これによってハルニア商会はクラックス本国に於いてもさらなる高い評価を受け、リルンは父親からも一人前と認められる事となる。
王子ハシムはシュナイトル王国とクラックス合衆国の同盟を成し遂げた事で国民から絶大な支持を得る事になり皇太子としての立場を磐石なものにした。
何故それほど国民に喜ばれたか・・。
滝が復活したあの日以来、シュナイトル王国の都は勿論、地方都市や農村に至るまで毎日のように精霊が姿を現し、巨大な肉や魚を無償で振舞っていくという信じ難い出来事が続いた事が理由である。
食料が不足し、何とか命を繋いでいた人々にとって それがどれほど有りがたい事かは言うまでも無い。
そして 涸れていた川には水が戻り、さらに国から穀物が届くようになり、農家には生活を助けるための支援金が配布された事で人々は生き延びる事ができた。
やがて人々の耳に『豊穣の滝を復活させた精霊の話』が伝わるようになる。
それが肉や魚を自分たちに振舞った精霊であると誰もが信じて疑わなかった。
そんな情報が広がった中でクラックスとの同盟が成立された事が大々的に発表される。人々も噂では知っていた。
「王都フェルムスティアには精霊が住む精霊樹が有る」と。
事の真実に気が付いた国民は同盟を成立させた王子を歓呼の嵐で迎えたのだった。
*************
才能豊かな魔族の王女が精霊に負けて泣いて逃げ帰った。
これによってハルカは魔族の王家にも注目されたのはオマケである。
すっかり元気になったハルカは精霊樹へと帰り、また様々な伝説を残していきます。
せっかく減らした倉庫の食べ物が増えてピアに怒られているハルカの情けない姿は 仲間だけが知っている秘密なのでした。