その後、2-4、ハシムとココル
シェナイトル王国の首都レスリムのメインストリートが交差する広場は、多くの人々が行き交う都市の心臓部のような賑わいを持っている。
しかし、その心臓を行き交う血液たる人々の姿には活気が無い。
「んー・・。無いね」
「せっかく他の国に来たのに・・」
ハルカとピア、そして子猫姿のノロはそんな広場に来ていた。
馬車が城に入る時には既に馬車から脱出して街の散策を楽しんでいたのだが、広場にはハルカ達が楽しみにしていた食べ物の屋台が一つも見当たらない。
唯一の楽しみとも言える美味しい屋台が無いなど、長い間 馬車に揺られていた
苦労?の甲斐が無いというものだ。
精霊という存在からして食べ物が必要では無いのだが、食べる事が大好きな三者は不満タラタラである。
「つまんない所に来ちゃったね。帰ろうか?」
「つまんない所で悪かったな。余所者か?お前達。
この国には美味い物が沢山有るのに 食べられないなんて本当に運が無かったな」 ふんっ
ハルカ達は突然話し掛けられて心底驚いた。
何故なら、ハルカ達は人々から見えないように精霊魔法を使い、気配を消して行動していたからだ。
声の主はハルカの見た目の年齢と同年代か少し上くらいの男の子。
彼は精霊であるハルカ達をしっかりと認識していた。
「そんな事言うなら 美味しいものを出してくれる屋台に案内して欲しいニャ」
「ぬぉっ!、ネコが喋った?。何なんだ、お前ら」
「何なんだ、と聞かれたら・・ニャ」むぐっ
余計な事を言いそうなノロの口はハルカによって封じられた。
「よく私たちに気が付いたね」
「へへん、俺はこう見えて妖精が見える性質なんだ。
チラチラとして見え難いけど この目は誤魔化せないさ。
おまえらもその手の類なんだろ」
「へえーっ、そんな特異な人も居るんだね。凄いよ」
美少女?幼女?の2人に褒められて少年はもの凄く機嫌が良くなった。
単純で、ある意味 男らしい性格のようだ。
「俺の名はハシムだ。
あ・・そっちは名乗らなくて良いぜ。
名前教えると契約になるんだろ。無理すんなよ」
「本当に妖精の事を良く知っている・・。
でも、私達は大丈夫。精霊だし、少し訳有りだからね。
自分はハルカ。こっちがピアでネコがノロ」
「精霊!。マジか?・・・・・・・見たのは初めてだ」
ハシム少年は予想以上に驚いていた。
そして、歳相応の無邪気な雰囲気が少しだけ変化している。
「殿下。いかがなされましたか?。往来で1人芝居の練習などをされると目立ってしまい、せっかくの忍びでの外遊が城にバレてしまいますが」
何時の間にかハシム少年の側には妙齢の女性が控えていた。
その服装は普通の町娘のものだが、纏う雰囲気はメイドのそれである。
そこはかとなく暗殺者の匂いまでしている。
「殿下と呼ぶな、ココル。
そなたには見えないだろうが、俺は今 精霊とお話している」
「ハシム様・・・。
まだ その様な妄想を抱くには少しばかり早い年齢かと・・」
「ぬぁっ、妄想ではない。
お前も俺の特技は知っているだろうが!」
「勿論 冗談でございます。が、1人だけ精霊と仲良くされるなどズルイです。
私も見とぅございます、殿下」
何やら漫才のような会話を始めた二人だが、聞き逃せないセリフも入っている。
「殿下?」
「むぅ、まぁ良い。相手が精霊ならば俺の身分など塵以下の価値も無いはずだ。
聞いてのとおり、俺はこの国の第一王子ムナハシム・シェナイトル。
いずれ この国を継ぐ予定だ」
「また王族に関わったニャ。ハルカは異様に王族との遭遇率が高いニャ」
「呪い・・」 ボソッ
面白そうにハルカをからかうノロは自分もかつて王族だった事をゴミ箱に捨てていた。
「さっきも言ったが、俺は小さい時から他人には見えない存在が見えてな、余計な苦労もしてきた。だが、そのおかげで今 こうして話ができるし、仲の良い妖精と契約までしている。こいつがその印だ」
「本当に精霊の方がおられるのでしたら 何卒その姿をお見せください。
このままでは殿下がボッチで精霊とか呟く とても危ない子供にしか見えません」
「ココル・・・お前なぁ」
「あら、まぁまぁ。可愛らしい精霊様ですこと」
王子の勘気を柳に風とばかりに華麗に無視するメイドは 姿を現したハルカ達を見て大喜びだ。
精霊というから少なからず警戒していたのに、フッと目の前に出てきた姿は小さな少女2人に子猫が1匹という可愛い詰め合わせなのだ。
ココルは全ての自制心を総動員して抱きつきたい衝動を押さえ込んでいた。
ハルカとノロは似たような侍女たちの奇行を知っているので、ココルの動きに最大限の警戒をしていた。
そんな中、ピアだけは悲壮な顔で王子の見せた紋章を見ている。
「その契約の印・・薄いね。相手の妖精は近いうちに消滅するよ」
「「「「えっ」」」」
「力が弱くなっているから 印から感じる存在感が薄い。
友達なのに知らなかったの?」
「うそ・・だろ」
「こんな事でウソなんて言わないよ」
ピイィィィィィィーーーーーーッッッ!
突然メイドが盛大な口笛を鳴らすと、怒涛の如く一台の馬車が駆け寄って来る。
馬車は王子の手前で日本の山手線並みに正確な停車を決めると、中からは黒の制服をキッチリ着こなした若い執事がドアを開ける。
執事とココルはハシムが言うまでも無く アッと言う間にハルカ達を馬車に収納し走り出していた。
恐るべし・・。