その後 2-3、重低音が・・
商隊にとって ハルカ達は福の神だった。
魔法で水は出してくれるし、毎回 豪華な食材で旅とは思えない食事を作り、食べる事ができた。その為、長旅とは思えないほど 全員が気力 体力 共に充実している。
特に 戦う為の体力が無くては生死にかかわる護衛にとって 食べ物が充実している事の意味は極めて大きい。
本来なら途中の町で疲労回復するところを 強行軍で王都まで向かっている。
普通なら体力的にギリギリのはずなのだが、まともな食事のおかげで体調をコントロールする事にほとんど神経を使わなくてすむ。それが精神的にどれほど楽な事か。
フランクの先祖が何故あれほどハルカとの旅の話を誇らしげにしたのか良く分かる毎日である。
そんなハルカは旅の途中で何度か体調不良を訴え、皆を心配させたが、薬で治るようなものでは無いらしく手の施しようが無い。
やがて、一行の前方に長く伸びる城壁が見えてくる。
どうやら王都に直接来たのは間違いでは無かったらしい。
都を養うはずの穀倉地帯が荒れている。これでは満足な収穫は望めないだろう。
「用水路に水が無いわね・・。豊穣の滝に何か有ったのかしら」
シェナイトル王国は崖の途中から流れ落ちる巨大な滝の恩恵によって成り立っていた。豊富な水は川と成って各領地まで流れ、網の目のような水路が広大な畑を潤していた。
その水路に水が無い。王都がこれでは他の領地はさらに深刻であろう。
「初めて商隊を任されたのに、最初からキツイ駆け引きが必要に成りそうだわ」
「どうしてだ?。食い物がこちらの言い値で売れるだろ」
「逆よ。これほど不作が酷くなると少しの食料が命を左右するから 売る相手が多すぎて騒ぎになるわ。下手すると権力を行使されて没収されるかも。帰りの食料まで取られるわよ」
「それは・・。しかし、今から引き返すのも無理だ」
「直接 王都まで来たから まだ何とか方法も有りそうだけど、途中の町だったら民衆が暴徒化して略奪されてたかもね」
問題は食料だけでは無い。
人々が飢餓状態では正常な経済活動は見込めないため、他の積荷の価格が暴落する可能性まで有った。
王都に近くなると、その向こうに巨大な断層が崖を作っているのが見える。
だが、崖の途中から流れ出るはずの滝が見えていない。
リルンの商隊デビューは過酷な条件での幕開けとなった。
ただし、彼女は見積もりには幸運の精霊を伴っている事が計算に入って無かった。
商隊が都の門に到着すると門番達が慌しくなる。
「フェルムスティアからの交易商隊と確認いたしました。ただ王都は今 特別な態勢にあります。他国からの商隊は王宮に直接向かうように指示が出されております。
このまま真っ直ぐ進み 王宮の門にて指示を受けていただきたい」
「そぅ・・分かったわ。お勤めご苦労様です」
本来は複雑な手続きを経てやっと王宮に立ち入る事が許されるものだ。
それが いきなり王宮に顔を出すように指定されているのは明らかに異常な事である。リルンは様々な場合を想定し気持ちを引き締めていた。
王都に入った時点でフランク達 護衛の冒険者は別行動となり、予定していた宿に向かっていく。
王城までのメインストリートを騎士隊に囲まれて商隊は進んで行く。
彼らの行動は護衛というより 他との接触を阻んでいると言う方が正確だろう。
都の人々から向けられる様々な思いを煩わしく感じたハルカ達は馬車の中に避難した。そのまま姿を消して馬車から離脱する。王宮などには近づきたくないのだ。
城門から中に入るよう案内された馬車の列は、さすがに正面入り口には行く事が出来なかったが、一般人としては破格の対応を受け 静かで広い場所に馬車を休ませる事になった。
商隊の責任者であるリルンと助手のラナイクのみが城内へと案内されていく。
残された商隊のメンバーは不安を隠せない。
リルン達が案内されたのは宰相の執務室だった。
華美なところは無いが質の高い家具が備えられ、良い部屋の雰囲気となっている。
宰相と言うには若いと思われる40代くらいの精悍な印象の男がそこに居た。
その目は射抜くようにリルンを捉え、彼女が若いからと侮った雰囲気は微塵も無い。むしろ 決して油断するまいとした張り詰めたものさえ感じられる。
「私がこの国の宰相を務めるクライナッハだ。旅の疲れを癒したい事と思うが、事は急を要するのでな しばらく付き合ってもらうぞ」
「あたしが商隊のリーダーを務めますリルンです。
宰相閣下にお目通りいただけました事 感謝いたします」
「はは、呼び付けたのはこちらなのだ、感謝はいらぬよ」
立場上 上からの物言いはするが、その態度は決して不快なものでは無かった。
若くして宰相を務めている男のひととなりが垣間見えてリルンは少しだけホッとしていた。
「到着早々 来て貰ったのは、食料を買うためだ。商隊が運んで来た交易用の食材を全て城が買い取る。無論 帰りの食料まで奪う気は無い。出来れば何度も往復して食料を届けてもらいたいからな」
「その点に関しては依存は御座いませんが、我々も商人ですので利益の無い商売は致しかねます」
「勿論 通常よりは高く買う事になろう。しかし、今後も国民の食料を手配する必要も出てくる。法外な価格は遠慮願いたいものだな」
「都の様子を見ておりますれば、向けられる目は飢えに苦しむ人のものでした。
市場に食べ物が出れば大騒ぎとなりましょう」
「であるから、呼び寄せたのだ。今 僅かばかりの食料が出れば混乱を招く。
商人として利を求めるのは分かるが今は話を飲んでもらえぬか」
そう、今の状況で大っぴらに僅かな食料を売りに出せば 命を懸けた奪い合いになりかねない。それが引き金と成って治安は一気に悪くなるだろう。
リルンにもその程度の想定は出来る。だからこそ
「分かりました。食料はこちらに全て売らせていただきます。ただし、
・・・価格はいっさい値上げいたしません」
「「えっ?」」
宰相と助手であるラナイクの驚きがハモった。
当然ギリギリの高さまで値を上げるものと思っていたからだ。商人としては当然の行為であるし、儲かる時に儲けないのでは商人として無能とされるだろう。
「商隊とは言え 持ってきた食品はこの地で珍しい穀物などが少しです。
どれほど値を引き上げたとて利益は高が知れております。
それよりも あたしのような新米には こうして王城に招かれた事、そして宰相閣下と知己を得た事の方がはるかに価値がございます。これ以上無い利益と言っても良いでしょう。その宝を僅かな利益で棒に振るなど商人として最低と存じます」
「なるほど。・・・しかし、君の言う少しが 私の思う少しの荷物とは規模が違うように思えるのだが。ハルニア商会に伝わるアイテム袋の話は私も多少は聞いておるよ」
「恐れ入ります・・こちらの少しが期待に沿えれば良いのですが。
ただ、そこまで御存知でしたら このアイテム袋が血族の者にしか使えない特殊なアイテムなのもご承知なのでしょう」
宰相の言葉に警戒心を抱いたリルンは、相手の気持ちをアイテム袋から引き離そうと必死になる。
このアイテムは商会にとっての魂と言えるほど大切な物だ。商会の者にとって誇りであり、心の支えでも有るからだ。
それはアイテムとしての希少価値以上に掛け替えの無い宝であった。
「そう警戒せんでくれ。アイテムを取り上げようなどとは思わんよ。むしろ、それを守る為に帰りは国境まで騎士団に護衛をさせよう。とりあえず食料が手に入れば政策のやりようもある。出来る限りの食料を調達してもらいたい」
「安心いたしました。我が商会はお客様の要望に応えるべく全力で物資を搬送させていただきます」
「うむ。ありがたい。では 早速積荷を買い取らせていただく。
国王陛下にもこのむね しかと報告いたすぞ」
商談が終わり、商隊の馬車から食材が運び出されていく。
帳簿を付ける書記官だけでなく色々な立場の者達がその様子を見ていた。
その中には宰相の姿もある。
結局、袋から取り出した食料も含めれば馬車3台分になり、片手間に運んだ物資とは思えないほどの量であったため 見物人たちを喜ばせた。
結果として城が食料を独占した形に成るが、全てに行き渡る量が無いのだから どう振り分けても不満は出るだろう。
そこから先は商人の立ち入る領分では無いのだ。
「宰相様。そう言えば、城に招かれたお土産として、もう一つ荷物がございます」
「ほぅ、・・その様子では 土産とは食べ物のようだな。喜んで受け取らせてもらうぞ」
「では、こちらが その手土産でございます」
「「「「「むおおっ!、これは」」」」」
内陸の国に住む者にとって初めて見る巨大な海の魚であった。
フェルムスティアですら 滅多に見られない大型トラック並みに大きい魚である。
新鮮であるのが素人でも分かるほどツヤツヤとした瑞々しい姿なのだ。
「こ、これが手土産だというのか。大変な価値があろう」
「価値が有るから土産になると存じます。運良く手に入った品でございます。
本国でも手に入りにくい新鮮なままの一級品ですわ」
「確かに素晴らしいものだ」
「ただ、残念ながら解体は あたし達も素人ですので城の方で手配していただけますでしょうか」
「おおっ、そうであったな。急がねば せっかくの新鮮な魚が台無しになる。
城の厨房から料理人達を全員呼んで来い。それと騎士団からも人を集めろ。
手伝った者にも分け与えると言えば飛んでくるだろう。急げ!」
城の裏庭は大騒ぎとなった。
砂糖にアリが群がるように人が集まり魚が解体されていく。
城に居合わせた貴族の従者も主から命令されて解体作業を手伝っていた。
食べ物が豊富にある時ですら貴重な海の魚である。
およそ3時間かけて魚の皮すら残さずに食べられる部位は回収されていった。
最後に残された骨などは工芸ギルドが引き取るらしい。
城ですら食べ物に喜ぶほどだ、城下の人々はそれ以上に飢えている事だろう。
そんな葛藤と戦っていたリルンの耳に 足元を震わせるほどの重低音が響いてきた。
それは 国の命とも言える滝が復活した唸り声であった。