その後2-2、進路変更
その後、意地になったフランクと守護精霊が護衛として張り合い襲い来る巨大な生物は次々と瞬殺されていた。
そんなオーバーキルとも言える護衛に守られながら進んでいると、過酷であった荒野にも まばらに草地が点在するようになっていく。
ここまで来ればシェナイトル王国に入ったと同じ意味を持ち、商隊の面々は多少なりともホッとした気持ちになる。
時間的にも夕方に差し掛かり、弛緩した気持ちのまま移動するより その場で野営する方が良いという事となった。
「ねぇ、フランク。どうしてあの子に固執してるの・・ひょっとしてロリ?」
「んな訳あるか!。
昔 俺の先祖が奴隷に成っていたのを助けたのが ハルカという名の黒髪の少女らしい。その子が後の時代に蘇ったら守れ と代々言い伝えられていただけだ」
「えっ・・それ 何かおかしくない?」
「ん?。 あぁ、あの子は精霊だよ。
歳なんて取らないから見た目の年齢は関係ないぞ」
「精霊!。ウソ、どう見ても普通の人の子だよ」
食事もとらず 早々に寝てしまった普通の子供にしか見えないハルカとピアの方を見ながら、信じられないとリルンが思っても不思議ではない。
「つまりだ、それほどまでに高位の精霊って事だな。あの2人だけじゃない、一緒のネコもだ」
「ふーん。そんな精霊が同行してくれてるのかー
・・凄いね。もっと仲良くなれたら良いなぁ」
「商人にしとくのは勿体無いほど 良い度胸だな、お嬢さんは。
怒らせたら商隊なんて一瞬で消し飛ばされる相手だぞ」
「それは違うわ。商人だからこそ度胸が必要なのよ」
確かに商人は 戦う腕力が無くとも強面な相手と交渉できる度胸が無くては勤まらない仕事である。ただし、リルンのそれは 恐れを知らない若者という面が強い。
そんな彼女を頼もしく思うと同時に 大いに心配する商隊の面々であった。
その後 フランク達は交代で見張りをしていたが、彼らはハルカ達が居る事で野営地が最も安全な場所になっている事を知らなかった。
次の朝。
最後の見張り役となったフランクが焚き火を強くし 朝食の準備に入るころ、少しだけ調子が良くなったハルカがピアと共にやって来た。
「お腹空いたね・・」
「あー、これから準備するから少し時間がかかるぜ」
「ん。・・じゃあ、これ使って。 よっと・・」
フランクは驚き 言葉が出なかった。
彼は子供の頃から先祖の冒険話で何度も聞かされていた非常識な与太話が実は本当であった事なのだと思い知らされた。
「ハルカ、まだゴンゴロウ牛の肉なんて持ってたんだニャ」
「使い切る前に死んじゃったからね」
目の前にダンプカーほどの巨大な肉が横たわっている。
フランクは驚き 言葉も無く立ち尽くしていた。
彼ほどの力が有ればゴンゴロウ牛を倒す事はできるだろう。
ただし、それが単体であればだ。
常に群れで行動する巨大な相手には彼でも手が出ない。
目を覚ました商隊の面々が同じように肉を見上げて驚いたのは言うまでも無い。
ハルカが同じように野菜や調味料を出した事で、放心状態から再起動をはたした商隊の面々は 大喜びで食事の準備を始めた。
残った肉をリルンが欲しがったが、彼女の持っていたアイテム袋に入らなかったため、ハルカが再び収納する事になった。
目の前のお宝を手にできず、リルンが血の涙を流さんばかりに残念な顔をしていた。
ともあれ、思い掛けない活力を得た商隊は 再び王都に向けて進みだした。
久しぶりの旅で気が晴れたのか、ハルカ達もそのまま同行する事にしたようだ。
旅は草原の中を行く長閑なものへと変り、遭遇する獣もオオカミ系やネズミに近いものに変わっていた。
ハルカ達は以前の旅を思い出し、馬車の屋根に座って懐かしそうにしている。
何日か 同じような風景が続いて退屈しそうなものだが、ハルカ達は その地の精霊達から歓迎され、しきりに挨拶を受けていたので けっこう忙しかった。
「ハルカ・・」
「ん、分かってる」
「20騎くらいだにゃ」
最初に気が付いたのはハルカ達、その次に異変を捕らえたのは護衛のフランクだった。
「お嬢さん、何か来る・・・一応 警戒しててくれ」
フランク達の護衛は総勢5名、それぞれ馬車を守るような位置取りで配置に付く。
向かって来る者達は どう見ても護衛より数が多い。
本来なら慌てるものだが、護衛も商人達も落ち着いていた。
それは ひとえにフランクという常識はずれな力の持ち主が護衛をしているからである。
「とうとう来たね・・できれば盗賊の相手なんてしたくなかったのになー」
「そう言うわりに お嬢の顔がニヤけてますよ」
「だって、退屈だったんだもん」
(ほんと、お嬢はムダに度胸があるよなー)
誰もが緊張する緊迫した場面で全く動じない主人に、付き合いの長いラナイクですら釈然としないものを感じていた。
「止まれぇ!。それ以上近づけば 敵対するものと見なすぞ」
彼の大声に警戒したかは不明だが、馬に乗った男たちは20メートルほど手前で停止していた。
商隊の進路方向を塞ぐかたちで馬を止めている時点で友好的ではないのだが、いきなり戦いになるほどフランク達も好戦的では無い。
「ははっ、威勢が良いな。話は簡単だ。積荷の食料を全て渡してもらおう。通行税だと思ってもらおう。他の荷物と人間には手は出さない事は保障してやる」
「はっ、この国では盗賊が税金を要求するのか?。却下だ」
「その数で勝てると思っているのか?。ならば後悔するが良い」
盗賊達は馬に乗ったまま襲撃するつもりらしい。
フランク達もそんな相手に対する作戦は用意している。
フランクが体格に似合わない非常識な素早い動きで馬の足を切り飛ばし、馬から落ちて動けない者、無事であっても体勢の整わない者を他のメンバーが倒す簡単な作戦であり、今まで何度も成功していた。
獰猛な笑顔を見せるフランクを見て 盗賊達もニヤけた顔から真剣なものへと変わっていく。
♪~♪♪~♪~♪♪♪
双方が殺気を高める静寂の中に口笛が流れ出す。
馬車の上から その音色が聞こえている事を知った所で盗賊達の意識は途切れた。
フランクは 一斉に馬の上に伏して動かなくなった盗賊達に不気味なものを感じ、
直ぐには近寄らなかった。
「んー・・。精霊魔法って難しいね」
「違うよ、今のハルカが使えば 何の魔法でも精霊魔法なんだからね。
今の魔法は精霊に関係なく難しいと思うよ」
ハルカが使った魔法は簡単に言えばスリープの魔法だ。
ただし、他の精霊達の力を借りて波長を変え音に乗せて行使している。その為 既存の魔法防御やレジストアイテムは全て無視され相手に作用する反則的なものとなっていた。
しかも 範囲を敵の人間限定としているため かなり高度な魔力制御を必要とした難しい魔法となっている。
「いつものハルカらしく無い魔法だニャ」
「殺すのは簡単なんだけどね、あんなの殺したら力を貸してくれている精霊達が可哀想だよ」
呆気にとられている商隊の面々をよそに、子供達は楽しそうに会話をしている。
「あれって、ハルカちゃんがやったの?。死んだの?」
「寝てるだけ。明日には目を覚ますよ。たぶん」
「ありがとう。手を貸してくれたのね」
「馬が悲しそうに見えたから・・」
自分達は死ぬかも知れない、そう感じた馬の悲しい気持ちが 精霊であるハルカには届いていたようだ。
事実、戦いになれば馬は命とも言える足を切られるのだから死んだも同じである。
本能が危機を知らせたのだろう。
盗賊が寝ていると知ったフランク達は 全員を馬から引き摺り下ろし、馬だけは連れて行く事にした。
盗賊達は殺さないが装備を解除、没収され そのまま捨てて置かれる事となる。
拘束こそされていないが 馬も装備も無く広大な草原の中に置き去りにされるのだから 彼らの運命も知れたものだ。まぁ、運が良ければ助かるかも知れない。
「ラナイク、予定を変更して このまま王都まで行くわよ」
「えっ、何でだ 予定と違うぞ。途中の町を素通りするのか?」
「子供みたいな声を出さないでよ。あの盗賊達、単なる盗賊じゃないわ。
装備も見たけど一定の品質で揃えられている。
それに、普通の盗賊が食料だけ狙うなんて有り得ないわよ」
「んー、確かに 盗賊なら金と女を要求するよな」
「恐らく訓練を受けた軍人達よ。 何処かの領主の騎士団か、あるいは他の国の手勢か・・。情勢が分からないと対処のしようが無いから、まずは情報だわ。
直接 中央に乗り込んで情報を集めましょう」
リルンが持つ商人としてのカンは 事態がただならない事を告げている。
彼女はそれを信じ、最善と思える判断をしようと努力していた。
そんな頼もしいシシルニアの子孫を 馬車の上から暖かい目で見守る2人と1匹。
20頭もの馬が増えてしまったが、今は草原を進んでいるし カイバも充分足りているので心配は無い。
一行は進路を少し変え、次の町を迂回するルートを選んだ。