その後2-1、シェナイトル王国へ
ある日の事、精霊樹の上にある秘密基地で 全ての精霊を震撼させる一言が発せられた。
「ピア・・、何か体の具合が悪い。クラクラする」
精霊樹を中心に異常な魔力の波が広がり異変がおこった。
王宮の庭や 練兵場などの広い場所、または 都に点在する広場に突然出現した沢山の巨大な魚が人々を驚愕させた。普通ならパニックになりそうな異常な出来事で有る。
この事で確かに都は大騒ぎにはなったが それは混乱とは別なものだった。
ここ最近では獲る事が難しくなった魚が大量に手に入り人々は歓喜した。
自然と都はお祭り騒ぎになっていく。
魚は王室が取り仕切り 安く競にかけられた事で多くの人々に行き渡り、家々から魚料理の美味しそうな匂いが流れてきていた。
精霊の贈り物として発表された この出来事は、精霊樹に精霊が宿っている事を人々に知らしめ、精霊殿には多くの寄進と大量の穀物が奉納され巫女達を困惑させた。
彼女達が運営している孤児院では、この珍事の後 暫くは食べ物に不自由しなかったと言う。
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ガタゴトと馬車の隊列が街道を進んでいく。
国家間での交易を手広く行っているハルニア商会のキャラバンである。
向かっているのは 広大な荒野を越えた先に有るシェナイトル王国。
この国はフェルムスティア共和国のとなりに位置する国では有るが、両国の間に位置する過酷な環境の荒野が人の行き来を困難にし、また その環境が軍隊などが踏破することをほぼ不可能にした事で、長きにわたって国家間の争いも防いでいた。
砂漠では無いが 年間の降水量が極端に少なく、オアシスのような場所も無い。毒蛇、そして猛毒のサソリなどが居るのは地球と似ているが、そのいずれもが巨大であるため 強力な魔法が使えなくては無事に渡る事の出来ない危険地帯なのだった。
本来なら そのような過酷な場所を通って交易するなど至難の業なのだ。
だが、だからこそ それを成し遂げた時のメリットは大きい。
利益もさることながら、到着した町や都では大歓迎され 商人としての喜びを得られるのだ。
「えっ?。・・・何あれ」
先頭の馬車に乗り込んでいたのは このキャラバンの責任者である18歳の少女リルン。彼女は商会の会頭の娘なので本来はお嬢様として育つはずであった。
現に父親はそのように育てようと 貴族が通う学校にも入学させたのだが、男勝りな性格と行動力を持つリルンにとって そんな環境は牢獄に等しく、早々に退学し自分で商売を始めた。父親は彼女の商人としての気質を認め、その後は商人としての教育が行われていく。
今回のキャラバンは彼女が初めて任された商隊であり、商会の今後を左右する重大な意味を持っていた。
そんなリルンの行く手には異様な光景が広がっていた。
彼女を驚かせたのは前方に確認された3匹の巨大なサソリ。
死を賭けた戦いを覚悟すべき強さの相手であるが、荒野に生息しているのは分かっているので遭遇したとしても驚く事ではない。
だが、その3匹は腹を見せてひっくり返り、足を上げたままピクリとも動かなかった。遠めに見ても明らかに死んでいる。
「リーお嬢さん。アレおかしいですよ」
「ラナイクもそう思う?。そうね、色々とおかしいわ」
商隊は恐る恐るサソリの横を通過していく。
リルンの幼馴染でもある商人ラナイクも この光景に困惑している。
(どう見ても無傷で死んでるわね。魔法を使って殺すなら火炎系で焼くのが一般的なんだけど・・)
「俺は魔法に詳しく無いが、もっと こう、戦った後が有っても良いはずなんですがね」
若干18歳のリルンが商隊を任されているのは、商才だけでは無く 魔術師顔負けの強力な攻撃魔法が使えるのが大きかった。
勿論、防御も完璧で 夜に彼女の寝所に近づける者は居ない。
その才能を見込まれて色々な所から引く手数多のリルンだったが、彼女はその全てに関心を示さず 商売に入れ込んだ。
(こんなデカイ奴、あたしの魔法でも苦労しそう)
「お嬢さん、ちょっと良いか?」
「ん、どうしたの?」
馬に乗った護衛のフランクが馬車に並走している。
彼は同行する冒険者たちのリーダーであり、黒く大きな体はそれだけで威嚇する効果がある。
先祖から受け継いだ怪力もすさまじく、剣の腕も達人クラスであり 騎士団からも誘われていたが、やはり彼も そのスカウトを断っていた。
気楽な冒険者が性に合っているのも原因だが、何より彼に流れる狩猟民族の熱い血がハンターである事を望んでいるのだった。
「少し時間を貰って良いか?。素材の回収がしたいと仲間が言っててな。相談に来たんだが」
「んーー・・・。依頼料に上乗せをするから今回は諦めてちょうだい。
アレの死に方が異常なのよ。キレイすぎるわ。もし、得体の知れない強い魔物が居たら危険だから できるだけ急いでこの場を離れましょう」
「了解だ。そういう事なら皆も納得するだろう」
フランクは仲間に説明する為に戻り、商隊は立ち止まる事無く 逃げるようにその場を離れていく。
「初めての大掛かりな商隊なんだから、トラブルは勘弁して欲しいわ」
「そんなフラグ建てるような事 言わないでくださいよ」
「そうね。・・・・・・・・あっ!ごめん。何かマズイかも」
行く手にはサソリ以上に有り得ない存在が見えていた。
「ハルカぁ・・。まだ 良くならないの?」
「ん・・何か、クラクラする」
「過剰な魔力を盛大に放出すれば治ると思ったんだけどなー」
「ピア・・なんか来る。馬車だ・・盗賊だったら危ないかも」
「もぅ、精霊なんだから そんな心配しなくて良いのに」
ハルカはいまだにグッタリとしてピアに寄りかかっていた。
固定された肉体を持たない精霊に病気など無く、当初は魔力を過剰に取り込んだ時に起こる酩酊状態だと思われていた。
大きな魔法を使う為には海が丁度良いのだが、海岸近くに町が出来たため 影響を心配して魔法を使う事が憚られた。森も下手に大きな魔法を使えば、逃げた魔物が大移動する事となるため遠慮しなくてはならない。
それらを配慮して選ばれたのが 今いる荒野であった。
盛大に魔法を使うと言っても地形を破壊するのはマズイので、有効範囲に人が居ないのを確認して地表に沿う形で一気に魔力を放出した。
いきなり津波のように押し寄せた膨大な魔力は 荒野の生物の魔力許容限界をはるかに超え、その体内で魔力を暴走させた。
そんな訳で ハルカとピアが座っている所から半径1キロにわたって 全ての生物は死滅してしまった。
自然破壊もはなはだしいが、地球と違って その程度の生き物が死んでも大きな影響とはならないほど生命に満ちた世界なので問題は無い。
そんなハルカ達が休んでいるところに 商隊が近づいていた。
一方、商隊ではサソリを見つけた時以上の警戒をしていた。
先頭を行くリルンの馬車に再びフランクが並走して来るが、今度は後方を守っていた仲間たちも駆けつけている。
「まだ距離は有るが、どう見ても子供が居るようにしか見えない。
俺は目には自信が有ったんだがな」
ふざけた物言いをしながらも背中の大剣に手をやり 鞘に固定しているベルトの留め金を外して戦闘態勢に移行していく。他の護衛達もそれぞれの武器をマントの影で用意し 何時でも守りの体勢を取れるようにしていた。
歌声や幻覚を使って獲物を引き寄せる魔物が現実に存在する世界なのだ。
馬車ですら横断するのが困難な荒野の真ん中に子供だけで存在するという有り得ない光景を見て 彼らが警戒するのも至極当然であった。
「怪しさ満載だけど、街道沿いだし 避けられないわ。先行して様子を見てみましょう」
そう言うなり、リルンは隣を走っていたフランクの馬に軽快に飛び乗った。
「お、おい。リーお嬢、どうする気だ」
「ラナイク、商隊の留守番を任せます。万が一 あたし達に何か有ったら自分の判断で商隊を守るようにね」
「いや、こらっ、逆だろ。自分の立場考えろーーっ」
後ろの方からラナイクの叫びが聞こえるがリルンは無視した。
幼い頃から彼女に振り回されている可哀想な男である。
三頭の馬がハルカ達に近づいて来る。
街道沿いで休んでいたのは迂闊であったが、精霊であるハルカとピア、そして珍しいネコ型の精霊 ノロにとっては些細な問題でしかない。まして不可視の守護精霊まで居るのだ。
馬はハルカ達と少しばかり距離を置いて止まり、手綱を仲間に任せた男が1人 歩いて近づいて来る。大きな体に黒い肌、そして背中に背負っている大剣が目を引く。
そんな男が警戒しながら鋭い目をして近づいて来る姿は 普通の子供なら怯えて大泣きするだろう。
「お前達は何者だ、何故こんな場所に子供が居る?」
フランクは自分の間合いギリギリの距離で立ち止まると単刀直入に質問をなげかけた。彼の後ろでは支援魔法を使うべくマントの影で杖を用意する仲間がいる。
フランクはガラにも無く緊張していた。
目の前の幼い少女達から敵意は感じられない。
しかし、フランクを目の前にしているのに恐怖を抱いている様子もなく、警戒心すら感じられない。
まるで景色でも見ているかのように穏やかで自然な姿勢を崩していない。
「いきなりだね。この場に居るのは この子が調子悪いからだよ」
ピアが話す声は澄んでいて 良く通る。
物怖じする事無く話す表情を見たフランクは逆に恐怖した。
彼の本能が圧倒的な強者である事を感じ取っていたのだ。
その警鐘を裏付けるかのように フランクと子供たちの間にユラユラと半透明な存在が姿を現した。
ハルカ達を今も守護している上位の精霊である。
こちらは隠す事無く 警戒心と殺気を醸し出している。
(これは、精霊・・それもかなり高い存在だ。
こんなのが守護しているなら 子供だけでこの場に居ても不思議ではないのか)
「凄い。精霊が守ってるんだね。あたしのご先祖様みたいだ」
「お嬢 !、何故来た。危険だ、下がっててくれ」
何時の間にかフランクの後ろに来ていたリルンが楽しそうな声で話しかけてくる。
精霊の力量に恐怖を感じていた彼は大いに焦った。
「ご先祖の言葉にこう有るわ、『可愛いは正義』ってね。
いきなり攻撃されるかと思ったけど、そんな様子は無いし 少なくとも敵では無いわ。だとしたら この子達は正義なのよ」
「はぁ?。何だよ、そりゃ」
「いいの!、うちの家訓なんだから。それより、貴方達 これからどうするの?。
あたし達はこれからシェナイトル王国に行くんだけど、良かったら馬車に乗ってかない?」
「おい、お嬢。それは・・」
「大丈夫よ。あたしの商人としてのカンが良いと言っているわ」
「・・・・・・」
あれだけ警戒して騒いだ雇い主が 可愛い という理由で掌を返した事に フランクは心底呆れていた。護衛の立場としては一切の危険要素は排除したい。
しかし、そんな彼の思いも一気にひっくり返る事となる。
「うううぅぅ・・・くぅ」
「ハルカ!。どうしたの、苦しいの?」
(ハルカ!。そう言えば、この子は長い黒髪・・まさか)
「ヒクッッッ」
ハルカが可愛くヒャックリをした時、それは出た。
「!。どぅわあぁぁぁーっ。何だー?」
フランクほどのベテラン冒険者が飛び上がって驚き、情け無い叫び声を上げた。
彼のすぐ横に巨大な口が現れたからだ。
2メートルを超える身長のフランクを丸呑みにするほど大きく開かれた口には 短剣ほどもある鋭い歯がビッシリと並んでいる。
一瞬 死を覚悟したフランクであったが、その口は開かれたまま動く事は無かった。
それは大型トラック並みに大きい一匹の魚であり、すでに死んでいる。
海からはるか遠く離れたこんな場所に魚が突然現れた?。
その魚は今 海から上がったばかりのように新鮮で生き生きしている。
「あぁ・・また倉庫から零れちゃったね。ハルカぁ、しっかりして」
「これって・・先祖が持ってたという亜空間倉庫の魔法。
凄い・・こんな巨大な魚が入るなんて」
「んー、今 この子が調子悪くて 魔法が不安定なの。 それより・・この人どうしたの?」
「ちょっと、フランク。どうしたのよ」
大男フランクは王様に謁見でもしているかのようにハルカの前で跪いている。
「いつか・・偉大な魔法を使う黒髪の少女 ハルカに出会えたなら全力を尽くして守れ、これが俺の先祖から語り継がれているたった一つの家訓だ」
『コノ方ハ我ガ守護シテイル。人ノ力ナドイラン』
「むっ、それは違うな。精霊が人前で姿を出すだけで大騒ぎだぞ。
そうなれば この子が危険だろう。護衛なら俺たちの方が良い」
「まぁまぁ、良く分からないけど守りは多いほうが良いわ。
それより、この魚どうするの?。
早く魔法で収納しないと傷むよ。もったいない・・」
「いらない。ハルカはそれどころじゃ無いし、ほっとけば何かが食べてくれるよ」
「ええーーっ、こんな高価なもの捨てるの!。本当に? じゃあ あたしがもらった!」
「おい、お嬢・・・」
「苦情は受け付けないわ。これはもう あたしの物よ」
目がお金マークになったリルンは商人根性が炸裂していた。。
彼女は場車隊を呼び寄せると、空いているスペースに馬が食べるカイバなどの腐敗しない物資をアイテム袋から取り出し積み込んでいく。
リルンの商隊が広大な荒野を渡れるのは この袋が有るからだ。水は魔法で出せる者も居るが、さすがに食物は出せない。人だけでなく大量に食べる馬の食べ物を運ぶ事が出来なくては荒野を踏破する事など不可能なのだ。
馬車に積めるだけ積むとリルンは不安な表情で巨大な魚にアイテム袋をかざす。
どうやら無事に魚は収納されたようだ。
魚がリルンを狂喜させるのも無理は無い。
向かっている国 シェナイトル王国は海に面していない。
冷凍して輸送する考えすら無い この世界では、内陸で新鮮な魚を手に入れるなど奇跡に近い。つまり、その価値は宝石のように高価なものとなる。
それが巨大な姿で1匹丸ごとなのだ。歯も骨も利用価値は有る。
思わぬ宝を手にしてウハウハなリルンは、その陽気な性格と押しの強さでハルカ達を馬車に乗せると、心配して顔が引きつっているラナイクを無視して 一路シェナイトル王国に向かうのだった。