108、黒旗
カエリ タイ。。。。。カエ リタイ。。。。。
ピアが言っていたように 全てが光の中に包まれると 強い悲しみがハルカにも伝わってくる。光だけの空間は まるであの死後の分岐点に居るかのようだ。
足元の砂の感触だけが 今が現実である事を伝えていた。
「ハルカよ、ワシの魔力で維持するのはそろそろ危ない。お主がレジストの魔法引き継いだら ワシを置いていけ。対象の面積が減れば少しは魔力の節約になろう」
「却下」
「しかしのぅ・・こうも魔力の消費が激しくては いくらお主でも最後まで耐えられんぞ」
「ノロの大きさなら誤差の内。それに もうそろそろ中心」
距離的には中心のはずであり、魔法の根源であろう思念も近いと思われるが相変わらず何も見えないので変化は感じ無い。
もとより相手は言わば亡霊であり、その姿を確認するのは難しいだろう。
カエリ タイ。。。カエ ルンダ。。。ジャマ スルナ。。。
『そんなに帰りたい? この世界も良い所だよ』
。。。! コレハ。。ニホ ンゴ。。。オオオォォ
。。。セカイ。。。カンケ イナイ。。。カゾクノ モトヘ
どうやら会話は成立するらしい。
亡者の執着する未練は日本に残してきた家族なのだろう。
地球の家族に それほど執着の無かったハルカにとっては理解出来ない強い思いが伝わってくる。
今のハルカにとって すでに地球そのものに未練が無いのでなおさら理解不能だ。
カエ セ。。。ニホンニ。。。カゾ クニ。。
『この魔法を止めてくれたら 返してやるよ』
ウソ ダ。。。ウソダ。。。ウソダ。。。。
そう、もしも 彼が生身の体で生きていたなら送還する方法など有り得ない。
しかし、死んでいれば話は別だ。
『じゃあ、帰るための方法を先に渡す。もし 帰れると感じたなら魔法を止めてくれ』
。。ホント ウカ。。。ホン トウカ。。。
「ノロ。お別れだね・・これで魔力は尽きるよ」
「ハルカ、ハルカ ありがとう、ありがとうにゃ」
ノロは ハルカに顔を擦り付けて名残惜しんでいる。
そのシッポは徐々に砂に変わっていき、ハルカの衣服も髪の毛も その姿を砂に変えていく。
その命が消える刹那に使われたのは魔法では無く『能力譲渡』のスキルであった。
!。。。コレ ハ。。。オオ オオオ
亡霊から最後に放たれた思いは喜びと希望。
ハルカが譲渡したのは 地球に転生できる称号「転生の刻印」であった。
この事で ハルカは地球に転生する権利を失い。
また、この世界で転生できる輪廻の輪からも外れてしまった。
世界を救った取引は一瞬の出来事。
その一瞬で 今までの悪夢が幻であったかのように光のドームは消滅した。
光のドームが消えたそこには ただ小さな砂の山が残されていたという。
「消えた・・・・破滅の光が消えたぞ」
本来は人の立ち入れぬほど強い魔物が徘徊する森の奥地であるが、今はその魔物全てが危険をさけて移動している。凶悪な魔獣もこの場所に近寄る事は無い。
唯一、災害の動向を追っていた者達がその瞬間に立ち会っていた。
「情報をまとめ、至急 王都にもどり報告する事にしよう。
どうやら生きて帰れるらしい」
光を監視していた間諜や斥候の部隊は 特殊な方法で連絡を取り合うと 一斉に情報収集を終え 記録をまとめて帰途に付く。
しかし、いかに優秀な彼らでも凶悪な魔物の徘徊する森の中心を突っ切って帰る事はできない。
かなりの遠回りを経て王都まで帰還することとなる。
勿論 魔法にて速報は伝えられるが簡略な文面を伝えるのがせいぜいで、事の顛末を伝えるには記録を直接持ち帰るしか方法は無かった。
数日後、彼らが持ち帰った記録が可視できる状態に変換され、居並ぶ 国の重鎮達の前で再生された。
その魔法は 近くにいる人の網膜に直接反応させて、あたかも自分が見ているかのように感じられる映像となる。戦いでは凶悪な一種の幻影魔法、目晦ましに使われる。
「おおっ、破滅の光が消えていく・・・」
「すごい、先ほどの子供がやったのか」
会議場は騒然となった。
バンッ☆
「諸君、静かに・・・。
して、この光が消えた後にはどうであった、何も残っては居なかったのかな?」
「はっ、直接その場所にも確認に行きましたが、砂以外は何一つ確認されませんでした」
「そうであるか・・。状況は絶望的だな。しかし、これほどの魔法の使い手なら、
あるいは何らかの方法で生きているやも知れぬ」
「そうあって欲しいものです」
彼らは先日のドラゴンが光に飛び込んで消滅した映像も見ていた。
その恐ろしさを知るがゆえに 王は希望に縋る事は避けて最大級の礼節をもって勇者の功に報いる事を選ぶ。
「ふむ、これより我が国は10日間 黒旗をかかげよ。
国を二度まで救った亡き英雄に敬意をはらい 弔うものとする」
「「「はっ」」」
地球における喪に服するのと同じ習慣がこの世界にも有った。
巨大な黒い旗を掲げ、全ての国民にその悲しみを伝えるものであり、王族や国の要人が亡くなった時、あるいは戦で戦死した英雄たちを偲ぶ時に行われる。
この日、城や城門には何本もの黒い旗が掲げられ、国が追悼の念を知らしめていた。何も知らない国民は 魔物の討伐で死んでいった者達に捧げられたものだろうと黙祷している。
「陛下。もし件の少女が生きていましたら、いかがなさいますか?」
「ふっ、知れたこと。国を挙げての祝賀じゃ。あれはオラテリスの后とする。
よもや 誰も反対はすまい」
「おおっ」
彼らは今もハルカの真実を知らなかった。
フェルムスティアの領主フランベルトは この件に関して一切 口に出す事は無かったと言う。
しかし、王の目論みが実現する事は無く時は過ぎ、ハルカの死を知ったオラテリスは今度こそ立ち直れない程の衝撃を受け 自室に引き篭もり廃人のように覇気が無くなっていた。
多くの者達が彼を慰めて あわよくば王子の気を引こうと画策するが、オラテリスは誰の言葉にも反応する事は無かった。
城内は再び「王位継承に問題あり」として騒ぎ出す者が出てくる緊迫した状況へと変わって行く。
そんな時、オラテリスの下を1人の少女が尋ねてきた。
ハルカを失って同じように悲しんでいたフェルムスティアの姫 ララレィリアである。
同じように塞ぎこんでいた娘を心配した領主が「もしかしたら」と思い 彼女を引率してきたのだった。
ララレィリアは部屋に入ると 王子の機嫌を伺うでも慰める無く、ソファーに座ったまま 自分に語りかけるようにハルカとの思い出を語りだした。
やがて それを聞いていたオラテリスが相槌を打つようになり、同じ旅をして来たときの話を語り合うようになる。
やがてオラテリスは立ち直り、心許せる相手となったララレィリアを后とした。
後に 王位に付いた彼は 思い出の街道を大々的に整備し、国民から支持され歓迎される。
その後も 喜んだ商人達の資金的な後押しも有り、他の各領地へ向かう街道の整備が続けられていく。彼は意図せず国内に太い交通網を作り上げる偉業をなす事となった。
その後、「精霊の守護を受けた清浄にして安全なる地である」としてフェルムスティアに遷都することを実現し、有史以来最も安全な王都が誕生する。
また、次代の王をシーナレストの息子に引き継がせ、200年ぶりの王位移譲がなされるなど、彼は型破りな改革を数多くなしていった。
これにより国は平和と安定を得て大きく発展する事となる。
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日本のとある病院で双子の赤ん坊が元気な産声をあげた。
当初は普通の妊娠であると思われたが、後の検査で双子と分かり医師を困惑させたと言う。
「産んでくれてありがとうな。わしらもまだまだ頑張って この子等が大人になるのを見届けなくてはな」
老夫婦は心から感謝した。
孫が事故で消えてから生きる気力を失いかけていたからだ。
家業は農家なので 体が動く限り仕事に定年は無い。
老夫婦はひ孫の顔を見て これからも現役でがんばろうと奮い立ち、生きる活力をもらっていた。
まだ目が見えないであろう赤ん坊が そんな老夫婦に顔をむけてキャッキャと声をあげていた。
彼は自分の強固な意思を貫き、異世界から家族のもとに帰還したのだ。
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次の話が本編フィナーレとなります。