107、ありがとうね
森は いつもならその日の稼ぎを夢見た冒険者が訪れる場所であり、奥に行かない限り凶悪な魔物は存在しなかった。
しかし、ここ最近は森から出てくる魔物が質量ともに危険なものばかりであり、王都の騎士団と冒険者はローテーションを組み、総出で野営をしながら迎え撃っていた。
そんな中で桁違いの活躍を見せ、多くの魔物を葬ってきたのは王子オラテリス率いる騎士団、そして共闘していた冒険者達である。
「おいっ。どうしちまったんだ今日の王子殿下は?。
指揮官が あんなボケた顔をしてたら こっちの命があぶねぇ」ぼぞぼそ
「いや、王子だけじゃねぇ。他の冒険者達もやる気がガタ落ちだ。こんなモチベーションじゃ戦いにならねぇ」
「やはりな・・。無理もねぇか。おい、お前ら 今日はやべぇ。
状況次第では他の奴等見捨てて逃げるぞ」ぼそぼそ
「わかった・・ビルディンの指示にしたがうぜ」
「「ああ」」
(ったく、勘弁してくれ・・。
結局はこの戦いを支えていたのも ハルカの嬢ちゃんだったらしい)
皇太子オラテリスは「相手の事を色々と知りたい」という思春期の少年らしい思いから、ハルカに護衛も兼ねた腕利きの間諜を付け 逐一その様子を報告させている。
連日続く過酷な戦いではあったが その報告こそが彼の活力となっていた。
ところが、昨日届いた魔法による書簡は ハルカの訃報を伝えるものであった。
錯乱した彼は駆けつけるべく馬に乗り 走り出そうとしたが、部隊の騎士達がすんでのところで取り押さえて未然に防がれた。
任務放棄の敵前逃亡は どんな理由を付けても多大な不名誉となり、彼の経歴に致命的な汚点を残す事となる。
一夜明けて見た王子の顔は廃人のようである。
恐らく昨晩は一睡もできなかったのだろう。
そんな様子の指揮官を見た冒険者ビルディンのパーテイは、職業柄 敏感に危険を感じ取っていたのだ。
「見えました。前方の森から昨日斥候が知らせてきたと思われるオークの群れ、およそ60匹」
「落とし穴に誘い込め。数が多い、タイミングを間違えるなよ」
指揮は副官のジンジニアが取っていた。
オラテリスも前線には出ていたが、彼に冷静な指揮を望むのは不可能に近い。
作戦はこの連日繰り返してきたものでタイミングさえ間違えなければそれでも問題は無いはずだった・・・。
しかし、こんな時に限ってアクシデントは起こるものである。
「なっ、これは・・。左前方の森からオーガの群れです。数・・およそ30匹」
「くっ!。あの位置からでは落とし穴は役に立たん。騎士団は盾を持て、オーガに対して防御陣。魔法部隊はオークに集中せよ。
冒険者はオークの残敵を殲滅した後、共同でオーガを迎え撃つ」
「「「「はっ」」」」
騎士団と冒険者はそれぞれの持ち場に別れていく。
ビルティン達のパーティも動くが、移動したその場所は 状況次第では味方を盾にして逃げる事を前提とした配置取りとなっていた。
彼らが本気で身の危険を感じている証拠である。
(本格的にやべぇぞ。騎士が50人程度でオーガ30匹を抑えられる訳がねぇ。
奴らが瓦解したら それを合図に逃げるぞ。そのタイミングでも うまく逃げられるかは半々だがな)ぼそぼそ
(分かった・・他の奴等には悪いが自分の命が一番だぜ)
誰も平民で冒険者の彼らの命など気遣ってはくれない。
自分の命は自分で判断して守るのが自由を愛する冒険者の特権でもある。
どのみち 騎士団の防御が瓦解すればそれぞれが逃走する道を選ぶ事になろう。
彼らの判断は間違ってはいない。
「あれは・・」
最初にそれに気が付いたのは 戦いなど眼中に無くただ茫然とフェルムスティアの方を見ていたオラテリスであった。
いつか見たのと同じ 空を飛ぶ黒い点。
そして次の瞬間には、目で追うのも難しい速さでソレは彼らの上空を通過していく。
彼が知る限り、飛竜でもなければ彼女以外にそんな速さで飛ぶ者は存在しない。
気が付けば、押し寄せていたオークもオーガも地に伏して声を上げるものはいなかった。
「ふっ、どうやら この国はまだ女神様から捨てられて無かったらしいな。
おい、逃げるのは中止だ。これであのボクチャンも目が覚めるだろうからな」
そう言いながらも ビルディンは得体の知れない活力を自分の体内に感じて とまどっている。
彼もまた 目が覚めた1人なのであった。
**************
「ハルカ。せっかく節約している魔力を魔物討伐に使ってはダメにゃ」
「あー・・うん。そうだね。何か懐かしい気がして助けたくなった」
「まぁ、あの程度なら たぶん問題無いニャ」
ノロが浮力を担当し、ハルカが推進力を受け持った事で高速の飛行を可能にしていた。
魔法を操作する上で精神的に少ない負担で済むため、いつも以上の飛行速度を実現できた。
そして、本来 飛びながら他の魔法を使うのは危険であったが、この方法なら問題なく使えることも分かった。
最後まで探究心を捨てない二人である。
「見えてきたね。王都に来たよ」
「今となっては楽しい旅だったにゃ」
コースとして さほど時間のロスが無い事から、ハルカとノロは王都までの旅を思い出しながら飛んできたのだった。
ここからは一路 森の上空を飛び続けて人災であろう光のドームへと向かう事になる。
「ハルカ・・よくぞ生き返ってくれたの」
「一日だけだし・・皆には余計に悲しくさせるかも知れないけどね」
「それでもにゃ。ワシにとってはどんな宝物にも勝る1日なのにゃ」
ハルカはここまでの道すがらノロに大体の事情を話していた。
それだけでノロはハルカの気持ちを汲み取ってくれている。
「ワシはな ハルカを召喚した時に心許せる友を皆 死なせてしもうた。勿論 皆は納得して協力してくれていたが、ワシだけが生き残って複雑な気持ちじゃったよ。
だからこそ 友が命をかけた行いの行く末を見届けるのがワシの役目じゃと思ったものにゃ。だが、そればかりではない。ハルカとすごす毎日は楽しかった・・死んだ者達に申し訳ないくらいのぅ」
「そうだね・・ほんと、思い出すと楽しい」
「そんな時にハルカ一人で先に死んでしもうた。あの後、自分はどうやって死のうかと、そればかり考えておったのニャ。じゃから 今度こそ先に行かないでおくれ。
何も恐くは無い、最後にハルカの手助けとなってやれるのは何よりの幸せにゃ」
「ありがとう・・ノロ」
およそ魔法とは思えないほどのスピードで森の上空を飛ぶ。
たとえ魔物に気付かれたとしても 絡んで来る事はできない。
前方には 今も巨大なドームが維持されて光を放っていた。
今も巻き込んだ全てのものを魔力としているのだろう。
残された砂の深さはいかほどのものか想像すら出来ない。
「さて。ここまで来たのは良いが、何か方法は有るニャ?」
「こんなの初めてだし、勝算はまるで無い。
一度全力で『魔法を打ち消す魔法』をぶつけてみるよ。もし それが吸収されたらお手上げだね。その時はドラゴンに習って 一気に飛び込み、アレを作ってる人を説得するしかない」
「ふむ、打ち消す魔法が成功したら そのまま消してしまうのかにゃ?」
「たぶん無理。アレに使われている魔力は自分のそれと同等の大きさだし、常に補充してるから際限が無い。半分まで削れたら良いほうだよ。
後は同じ、レジストの魔法を体に纏って中に飛び込む。
・・・・どちらにしても生還はありえない」
「成功すると良いのぅ」
「失敗して光を消す事が出来ないときは・・後悔する命も無いから苦しまなくて済むさ」
ハルカは光に近すぎないような位置で停止し、浮力を担当してくれるノロに後を任せた。ハルカにとって最後となるであろう全力の魔法を構築する。
ハルカが魔法の準備を始めると、漏れ出す魔力に引かれたのか光のドームが近寄ってくる。
『あれは何だ、何をしているのだ・・・』
その様子を監視し記録をする者たちが居た。
王都から派遣されてドームを監視していた斥候や諜報員達である。
彼らは記録思念という特殊な魔法によって情報を集め記録し、他にも魔法による書簡で国に速報を送る命がけの仕事をしていた。
ハルカの使う魔法には色も何も付いてはいない。
魔法が行使されたのを確認できるのは、いきなり半分ほどの大きさまで縮小された光のドームによってのみだ。
「やったにゃ・・成功したにゃ」
「じゃあ、行こうかノロ。今までありがとうね」
「ハルカ・・。良いか、ワシの魔力が尽きるまで先にレジストの魔法をかける。
その後は自分の魔力を使うにゃ。悔いが残らないように最善を尽くすニャ」
ハルカとノロは杖に乗り、ハルカが飛行を担当しノロがレジストを担当する。
ノロの魔力が尽きればハルカがレジストし その後は歩きになるだろう。
砂の上を子供の足で歩くのであり、中心までたどり付けるかは運次第である。
多くの方が酷すぎると思われているのでは。
この展開は最初からの計画通りで、ある結末にたどり着きます。
思ったよりかなり長くなりましたが、あと少しで最終回です。
宜しければお付き合いください。