101、ハウス
領都フェルムスティアのとなりには美しい湖が有り、その後ろには広大な森が広がっている。森のさらに奥には海が広がると言われていたが、それはあくまで噂の範疇でしか無かった。
ところが、その海まで続く広い道が通った事で言い伝えは現実の事となった。
そこから生まれる可能性は計り知れないものがある。
今も多くの人たちが夢と富を求め、海に向かって馬車を進めていた。
そんな風景を高い場所から見ているのはハルカとノロ、そして精霊のピアである。
精霊樹が育ったときに枝で持ち上げられ驚いた思い出の場所だ。
「街と湖と海が見えるし、場所はこの位置が良いな」
「じゃあ、木にお願いして枝を増やしてもらうね」
場所が決まるのを待っていたかのように ニョキニョキと枝が伸び始め、自然に成長したなら有りえない繋がりを見せて精霊樹がハルカの望みを適えようとしていた。
準備が終わった枝は幹の近くが平らに均されているかのように見えた。その場所にハルカが亜空間倉庫から取り出したのは、出来たばかりの夢のマイホームである。
精霊樹の近くに住みたいが周囲の土地は公園になっている。
さらに精霊樹の周りはフェンスが作られ貴族であろうと立ち入り禁止なのだ。
苦肉の策で考えたのは秘密裏に木の上にツリーハウスを作る事だった。
そのために軽くて丈夫な作りに拘り、高い場所でも寒く無いように断熱材まで入れている。
この高さなら下からは見えないし、誰も登ってくる事は無いだろう。
たとえ誰かが来ても家は結界で守られている。
枝の上に家が置かれると、直ぐに多くの枝が伸ばされて家を固定していく。
家の素材も精霊樹の木材で出来ているため、親和性が良く 徐々に精霊樹と家が一体化していく。
ついに秘密基地とも言えるハルカのプライベート空間が出来上がった。
家の中に入ったハルカはまず、固定された作り付けの木製ベッドに高反発マットを敷き、となりに敷き布団を並べて変な寝床を作った。気分でどちらにも寝れるようにしたのだ。
早速 寝床に飛び込みゴロゴロする。
ピアとノロも参加してゴロゴロ、ダラダラ始めた。
日本でしていた気楽な生活が蘇ったようである。
静かな場所 寝心地の良い寝床、そしてうららかな日差し、そのまま皆で寝てしまうのに時間はかからなかった。
その頃、ハルカ達が寝ている精霊樹の下では 豪華な馬車による行列が作られていた。
「ここが精霊の御子が住んでおられる都ですか。こんな近くに精霊樹が繁っているなんて素晴らしいです。この都にも精霊殿を築くように上申してみましょう」
「誰が配属されるかで争いになりそうですわ」
「心配要りません。王都の巫女長は貴方に譲って、私 自らがこちらに参りますわよ」
「ええーーっ、それは横暴ですよー」
王都での精霊乱舞が余程衝撃的だったのか、本来は遠出などしない巫女達が団体でハルカ詣でをしていた。
精霊樹が直ぐ側に有る都などフェルムスティア以外には有り得ず、自然と彼女達はテンションが高くなっていく。
そして、最も豪華な馬車で旅をして来た者達も 同じく精霊樹を見上げていた。
「これを見ただけでも はるばるやって来た甲斐が有るというものです」
「おねぇ様、町並みも王都に負けない立派な作りですわよ」
「未来の姉様候補に対面するのは落ち着いてからに致しましょう。
早くまともな食事がしたいですわ」
「噂の 新鮮な海の魚ですね。楽しみです」
王都で兄のオラテリス王子の成人祝いを適当に終わらせて 誰よりも早くやって来た王女様御一行は、道中の食事に辟易していた。旅の食事にしては良いものを食べて来たのだが、食材も限られるため似たようなメニューばかりが続いたのだ。
同行していた護衛には 騎士の他に冒険者のコルベルト達も居た。彼らは「行くときの食事が良すぎて帰りには倍も辛い旅になった」とぼやいていた。
そして、行商に出向いていた商人達もぼちぼち帰って来た。
「やっと着いたのね。もぅ、ハルカったら王都で遊ぼうと思ってたのに先に帰るなんて酷いんだから」
「お嬢様。とりあえず自宅に戻られて大旦那様に報告しなくてはなりません。
その後、体を清めてゆっくり休まれるのが先です。ハルカさんにオークションの結果を伝えなくてはなりませんから、後ほど家まで伺いましょう。私も護衛で同行させていただきます」
「わかったわ。フィルファナ、頼むわね」
大きな集団になるほど盗賊が敬遠するので、王女一行の行列に寄生した形で多くの馬車が隊列に連なっていた。
便乗した形でフルベーユ商会のお嬢様フレネットも 侍女のフィルファナと一緒に馬車を連ねて戻ってきた。
父親は王都の本店で色々と仕事があり、娘だけ先に家に帰したのだ。
精霊樹の都フェルムスティアは 様々な思惑を飲み込みながら、今日も平和であった。
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それとは反対に鬼気迫る表情で集まる者達がいた。
魔法王国リンリナルから少し離れた森の中に打ち捨てられた古代の神殿跡、そこには王国の追及から逃れてきたテロリスト達が集まっている。
彼らはただのテロ集団では無い。
真面目に生きていれば それなりの立場を得たであろう優秀な魔術師達だ。
人数は僅かに20名ほどだが、一人一人が優秀であれば 少ない人数であろうと大きな力を持つ。
「我々は崇高な精神に則り、偉大なる計画を持って隣国の指導者を葬らんとした。
だが、綿密な計画にも関わらず その多くが失敗に終わった。何故か」
追い詰められ 士気の低下が甚だしい現状を変えようとして演説には力が入る。
組織の参加者は それなりの地位に居た者や財産を持って優雅に暮らしていた者も多い。
そんな者達が組織の誘いに乗り、遊び半分に計画に参加した事で全てを失っている。当然ながらその事に後悔し組織に対して思う所も大きい。その怒りを他に向けなければ組織は瓦解するだろう。まるで何処かの北の国みたいな状況なのだ。
「我々の計画は完璧だった。だが、想定に無い存在が計画を破壊させたのだ」
「想定に無い」と言えば 何でも責任回避出来ると勘違いしているのは異世界でも同じようだ。参加している者達は 今も冷めた表情を変えていない。
「異世界から召喚された勇者だよ。諸君、我々は勇者によって妨害され失敗し 窮地に立たされたのだ」
ザワザワ
今まで冷めていた空気が急に騒がしいものになる。
「我々を欺く為にウソを言っているのではあるまいな!」
「我が組織の最終兵器であった死の霧をもって襲撃したのだ。しかし 一人も殺せないうちに霧は殲滅させられてしまった。そんな事が出来る者がこの中に居るかね?。その時に確認されているのだよ、異世界の魔法使いの存在が」
紫色の死の霧、その実体は微生物レベルの魔物の集合体。
それを唯一テイミングし自由に扱うテイマーの存在が彼らの勝利の確信でもあった。彼の術に対抗する手段など考える事も出来ない。
それほど恐ろしい攻撃が失敗した。
異世界の勇者という説明が 大きく真実味を帯びてくる。
「それが本当なら、我々がそんな相手に勝てるわけが無いではないか。今直ぐ組織を解散して他国に逃げるべきだ」
「逃げてどうする。その後は惨めな人生が続くのだぞ。それより、我々も勇者を召喚して手駒にした方が安全ではないかね。この人数なら異世界から召喚するだけの力が有る。私たちの自由になる最強の者を呼ぼうではないか」
話題は何時の間にか勇者召喚にすり替えられ 向けられていく。
集まった者達が心の奥で「優雅な暮らしに戻りたい」と願う心理を利用し、新たな欲望に向けさせていた。その結果 自分たちがどうなるのか 誰一人知る物は居ない。
次の日、神殿の床には血で描かれた大きな魔法陣が仕上がっていた。
破滅の時は近かった・・・・。




