100、シェアラ慕情
ハルカが男らしいと認める正統派の元気少年キュアラ。
シェアラと名前が似てるので兄妹かと思ったが、近くに住んでいた幼馴染とのこと。
ここに来て ようやくシェアラの事情も知る事ができた。
シェアラの住んでいた集落は昔から勇猛な部族として有名であり、キルマイルス帝国のとなりに広がる森で静かに暮らしていたらしい。
帝国は ノロの故郷サラスティア王国を侵略する為に手早く戦力増強できる屈強な戦闘奴隷を集めていた。
目標の数をそろえる為に 多くの獣人の集落が襲撃された。
シェアラ達の集落にも軍隊が押し寄せて、抵抗空しく あっと言う間に陥落した。
2人の両親はこの時の戦いで奮戦したのだが命を落としてしまったらしい。
生き残った男達は戦闘奴隷として戦場に送られ、女子供も売られて戦費の補充に当てられた。
そんな罪作りな準備までしたキルマイルス帝国によるサラスティア侵攻はイレギュラーなハルカの活躍で呆気なく敗北する。
さらにジョンの報復によって帝国は崩壊しサラスティア王国に併合されるという皮肉な結末に至った。
その後、ジョンやガルガンサ、それに共感した獣人の戦士達によって悪質な奴隷商人の店が襲撃され多くの奴隷達が無事に開放された。
キュアラもこの時に助けられ、故郷に帰る事となった。
人族でありながら ジョンとガルガンサは 彼等 獣人の尊敬を集め、ヒーローそのものになったという。
それぞれ部族の集落に帰ってきたが、シェアラが帰ってない事に気が付いたキュアラは 別の集落にも行って探したが見つからず、ジョンとガルガンサに行方を聞く為に1人でフェルムスティアまで旅をして来たのだ。
「集落に居ても両親が居ないから 旅に出るのにためらいは無かった」と照れながら話しているが、この世界での旅は命がけなのである。
男の子らしい思いっきりの良い決断と言わざるを得ない。
そんな波乱の出来事を潜り抜け、思い掛けなくシェアラと再会できたキュアラはハルカの家に泊まり お互いの事情を話し込んだ。
キュアラは尊敬するジョン達が 「この都を拠点に冒険者をする」と聞いて自分も同じ道を進む決心をした。
そんな訳で、次の朝 キュアラ少年はシェアラとシシルニアの朝稽古に参加したのだが・・対戦したシェアラにボロボロに負け、激しく落ち込んでいた。
「まさか、おいらが女の子に負けるなんて・・」
「元気出すのニャ。シェアラも色々あって強くなったニャ」
自らもバケネコレベルの魔力を持つノロが 二人のレベルの違いを教えていた。
ハルカと共に冒険した面々は それぞれに相当な強さに成長している。
シェアラは先日の海での騒ぎの時にレベルが跳ね上がり、以前は31だったのが 今では55にもなっている。
海に行く街道となってしまった かつての森に生息していた凶悪な魔物、それにデンキ玉で感電死した大量の巨大魚もパーティで倒した事になるので、その場に居た者達は同じように大きくレベルアップしていた。
まだ10歳のシェアラだが 数値だけ見ればベテラン冒険者としても通用する高さにある。
キュアラも同年代の子供と比較すれば 破格の強さのレベル23なのだが、シェアラの身体能力には、到底 太刀打ちできるものではない。
「キュアラ、狩りに行くから一緒に行こう」
「何だよ、急に。おいらは弱いから役に立たないぞ」
元気が取り得のキュアラが弱気に成っている。
「ほら、いいから。となりに乗って」
「なっ、浮いてる!。お前、空を飛べるのか?」
飛べる事に興味を惹かれたのを幸いに、強引に誘って空に飛び立った。
ハルカにとって必要な素材があり、狩りに行く予定だったので 付き合わせたのだ。
キュアラ1人を乗せた事で 残された女性陣はブーブー文句を言っていたが、彼らはほんの2時間ほどで帰ってきた。
ぐったりと雑巾のようになったキュアラ少年を乗せて。
帰りは空を飛び 城壁を越えて都に侵入したが、この頃になると門番をはじめ 誰もそのことに対して不思議に思う者も批判する者も居なくなっている。
ハルカが名前だけの肩書きとは言え、フェルムスティアの筆頭魔導師であるのも理由の一つだが、それ以上に彼は都の人々に好かれていた。
特に都の名士達の間では 窮地を助けられた事が知れ渡り、それに感謝してハルカを陰から守る密約までなされている。
ハルカの利用価値に目が眩んで手を出そうとする者が居れば 暗黙のうちに彼らが手を組んで叩き潰すのだ。
それに加えて 冒険、商業、工芸の各ギルドマスターが擁護し、周りに居る猛者達が直接の守りを固めている。
ある意味 領主以上に安全が確保されていた。
一般の人々も ハルカが来てから都が大きく発展した事を感じていて、居てくれるだけで多大な恩恵をもたらす幸運のシンボルとまで思われている。
「キュアラ?どうしたの」
「心配無いにゃ。気を失っているだけニャ」
「あー・・なるほど、そういう事ね」
ハルカと狩りに行ってキュアラが気を失った。
今まで何度か見て来た光景なので、シシルニアもそれだけで何が起こったのか 納得してしまう。
「シシル、この子のレベル教えて」
「えっとね・・35に成ってる!。何を狩りに行ったのよ」
「メルメルの毛が欲しかったから、ついでにね。でも、2人の練習相手するのはまだ無理だね」
「まだ上げるつもりなら、少し時間を置いて このレベルに体を慣らしてからの方が良いよ」
「ん、そうする」
キュアラをベッドに運んでハルカは大工の棟梁の仕事場に向かった。
「なんだ、こりゃあ。こんなに沢山、どうする気でぃ」
「柱の間とか、色々な隙間に入れて欲しい。家が暖かくなるよ」
工房の半分を埋め尽くすメルメルの羊毛に 大工の棟梁も驚くしかなかった。売れば大金が手に入る高価な素材なのに、それを家の断熱材に使おうと言われてさらに驚愕している。
ちなみに、窓ガラスの代わりに使われるのは、虫の透明な羽根を特殊な樹液で固めたものだ。意外にも 美しい模様が入った趣のある窓が出来上がる。
これで 家の材料はほぼ集まった。
家の作りとしては平屋で単純な間取りだし、パーツとなるパネルを組み立てていく工法なので、準備が出来れば一日で建ち上がるだろう。
材木置き場に使われている空き地で組み立てる事も話が付いているので、後は待つだけである。
今も大き目の家を借りていて自宅が有るのに何故必死で家を求めるのか?。
それは今の家にプライバシーが少ない為だ。これ大事。
地球では 独身で気楽な生活をしていたハルカにとって完全なプライベート空間は必須な居場所なのだった。
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この頃、国王ゲアアリス率いるリンリナル魔法王国では、勝手に他国にテロ行為を行った貴族と一部の実力者を捜索していたが、未だに検挙するまでには至らなかった。
国王たるゲアアリスが ハルカの居る隣国へ堂々と遊びに行く為には テロリスト達を捕縛、あるいは処刑して後、冷え切った国交を正常化する必要がある。
しかし、当初は簡単に終わると思っていた犯人の捜索は難航していた。
国を挙げて行っているにも関わらず解決まで至らないのは相手の術者に手練れの者が多数存在する事を意味している。
今も魔法による捜索と それを阻止する隠蔽などの魔法が応酬され、さながら 高度な魔法による情報戦が行われているようだった。
「では、そなたはテロリスト共が 今度は異界から勇者を召喚すると見ているのだな」
「はい。逃げ出した賊の邸から 禁呪とされる召喚陣の試し書きが多数見つかってございます。かの者共が 禁呪の恐ろしさを知るとは思えませぬゆえ、かなりの確率で儀式をとり行うものと存じます」
「愚かな・・しかし、何故 この時になって召喚など考えるのか分からぬな」
「追い詰められての事とは思いますが、特殊な魔法が使われれば所在も掴みやすいものです。まして危険な術ですので、多くの術者は無力化される事でしょう。組織を壊滅させるのも時間の問題かと思われます」
宰相が報告する内容は驚く反面、理解に苦しむものであった。ハルカが召喚された時のように召喚を行えば高い確率で術を行使した者達は死ぬ事となる。
生き残ったとしても後遺症が残り、まともな人生は送れないであろう。
それゆえに禁呪とされ、一般の魔法使いでは 術の存在そのものを知る事すら出来なかった。
テロリスト達が禁呪に手を出した原因は、死の霧すらもねじ伏せる神のごとき力を持つハルカの存在なのである。
彼らの愚かさを軽く見ていた事が 後に大惨事を招く事になろうとは誰一人気が付かなかった。