10、タラッタ ラッタ ラッタ
「勝ったぞぉぉぉっ。サラスティア王国の大勝利だーーっ」
城に向けて使わされた伝令の早馬は 驚く速さで都に到達。
嬉しさのあまりに勝利を叫びながら都の中を走りぬいた。
これによって、中央政府よりも先に市民が戦勝の吉報を受け取った。
ほどなく、国王と要人たちの集まる会議室にも その吉報が届けられた。
しかし、話を聞き 正式な書簡によって戦いの経緯が伝えられるも、その内容の異常さに言葉も無い。
「皆はこの報告をどう見る」
「勝利の報は事実と見て宜しいかと存じます。将軍はこの手の事で誇張や飾り立てを好まぬ人柄です」
「うむ、それはワシも同意見だ。
しかし、如何して ここで筆頭魔導師の名が出てくる。
戦場に居る事もそうだが、何より 今のお姿では強大な魔法など不可能であろう」
浮かれる国民とは反対に 王を始め首脳部は事の次第を納得できずに困惑していた。
すると タイミングを図ったようにドアがノックされる。
「大切な会議とは存じておりますが、失礼致しますわ」
「ふむ、あえて軍議の最中に入って来る以上 私的な話ではあるまい。今は情報が欲しい。発言を許可しよう」
「ありがとうございます。国王陛下」
入って来たのは王妃であるが、本来なら軍議中は軍事的地位が無ければ たとえ王妃と言えど入室することは許されない。
しかし、幸い戦いは一段落し、王の言う通り情報が不足している。
王妃が戯れで顔を出すはずが無く、同席する要人達にも異議は無かった。
「数時間前ですが、母上とハルカが出奔すると言って城から出ました。
脱出用転移陣を使ったようなので 行き先は分かっておりませんわ」
「なに?母上がか。まさか連れ去られた訳ではあるまいな。
今の姿なら容易く連れて行けるのだぞ」
「その心配は有りませぬ。
むしろ母上の方が積極的で楽しそうにされていたそうですわ」
「うむぅ・・まったく・・」
「此度の戦いでロスティア様の名が出てくる事も辻褄が合いますな。
大方、転移先が戦場近くなのでしょう」
「分かった、これで不可解な部分も説明が付く。
軍議としては此れを持って一度解散する事としよう。各員は戦後処理の作業に入ってくれ。また何か変化が有れば集まってもらう事とする」
「「「「御意」」」」
国事としては何とか一段落する。
この後の話は王家のプライベートに関わる部分が多く、王は会議の終了を宣言した。
その後、王家のプライベートルームに集まった面々は それぞれ複雑な心境であった。その場には国王一家の他に 参考人として姫の侍女レレスィが同席している。
「レレスィってば、どうしてハルカを止めてくれなかったのよ。戦も終わって遊べると思ったのに」
「姫さま、ハルカ様は本気で城から出る決意をされておりましたぁ。
残念ながら 私ごとき魔力では止める事は不可能でございます。万が一2人が城内にて争いとなり魔法を行使した場合、城がどうなるか予測がつきませんですよぉ」
この言葉が裏付けるように姫様付きの侍女レレスィは魔術師である。
しかもロスティアの後継者と認められるほどの才媛だ。彼女の言動がかなり自由なのは国内でのその地位が見た目の職種とは別物だからだった。
彼女は王族のを密かに守る曲者なのだ。
侍女の発言は国王としても聞き捨てなら無い事である。
聞いた話では かの者は召喚による隷属の制約も無かったはず。
ハルカの力がそれほど大きく、尚且つ召喚した事を恨んで敵対していたら国が滅びたかも知れない事を意味している。だからこそ国王はレレスィの言葉を信じたくない。
「しかしだレレスィよ、あの子の魔力がそこまでだと言えるのか?。魔力の大きさで言うなら そなたの方が明らかに上に思えたが」
「先日 聖樹の元で明らかにハルカ様が使えるであろう魔力を超えた規模の魔法を行使しておりました。その魔法を使われている姿を見ていて気が付きました。
あの方は魔法を行使する際、体内のそれは呼び水として使うだけです。
魔法に使う魔力の大部分は瞬時に周りから集め吸収していると考えられます」
「はぁ?。あの母上からですら そんな話は聞いた事が無いぞ。ありえん」
「魔法を使う時に体の表面全体に不可解な魔力の流れが作り出されておりました。
特にあの長い髪の毛は恐ろしく強い働きをしているようです。
つまり、実質的には あの方の魔力は測れないほどの大きさと考えるべきです。
上級の極大魔法でも容易に使いこなすと思われます。
それと・・・あくまで私的な憶測ですが、今回の敵陣を壊滅させたとされる魔法も ハルカ様の使う未知の魔法と考えておりますぅ」
「うむぅ・・」
レレスィはハルカですら気が付かなかった彼の特徴を見事に看破していた。
その上で 城から脱出する事に協力して 好印象を持たれる事こそ最善の策であると判断していたのだ。
「そうなのですね・・・。そんな実力があって不満も有ったはずですのに、戦いでは助けてくれたのですね。あの子の本当の気持ちが聞きたかったですわ」
「ふむ・・・。
世の中を知り、我が国に対し しこりが無くなれば また話をする機会もあろう。
あの子に対する礼はその時に考えるとしよう。レレスィの判断を支持する。よくやってくれた」
「ありがたき お言葉にございます」
ハルカが警戒するのも当然で、レレスィは この世界において多彩な能力を持つ 得難い才女なのだ。それゆえ、つまらぬ主人では彼女の能力を生かすことは出来ず、今の王家の人々の人柄が無ければ彼女も出奔し城には居なかっただろう。
その レレスィがハルカの能力を認めた事は計り知れない重さを持つ。
「して、母上は何か申しておったか?」
「はぁ・・それは・・」
「良い、言い辛い事なのは分かった。遠慮なく母の申した事を伝えよ」
「では、僭越ながらロスティア様の言葉をそのまま お伝えいたします。『王家のお守りはこれで終わりじゃ。これからは生まれ変わった人生?を楽しむにゃ』と申されておりましたぁ」
「母上・・」
「お母様らしいですわね」
「そうだな、何時までも母上に苦労をかける訳にもいくまい。これからは自分達でこの国を大きく豊かにしていこう」
やっと乳離れした自分に気付いた国王が苦笑いをしながら 偉大な親の居ないこれからの事を考えていた。
開戦の不安に震えていた民衆は最初は伝令が齎した都合良すぎる情報に懐疑的だったが、やがて足の速い騎馬隊が戻り ついで順次兵士たちが帰り始めると勝利の知らせが真実であると実感した。
都は喜びに沸き立ち 祭り以上の大騒ぎと成る。
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ハルカが目を覚ましたのは 既に日が落ち あたりが真っ暗になった頃であった。
ロスティアが自前の少ない魔力で明かりを作っていなければ状況が分からず混乱するところだった。
ひと眠りして疲れもとれたハルカは近くの枯れ枝を集め焚き火をおこした。
さらに亜空間倉庫に入っていたゴミとも言える廃材を燃やす事で漸く落ち着くことが出来た。
レレスィがくれた魔物避けの杖は 虫除けの効果も持つ優れものであり、野原での快適な空間を作ってくれていた。
「ハルカ、何か食べ物を持っておらんか?」
「んー・・ネコのたべもの・・」
「スルメなら なお良いぞ♡」
「そうだねハラ・・へった。でも何か作る・めんどいし」
ハルカは倉庫の中を探っている。そして、色々なものを取り出した。
ネコの大きな皿には、柔らかいパンと何やら金属の箱から取り出した物を乗せている。
「ハルカの国の食べ物は何時も不思議に感じるのう。これは何にゃ」
「さかなの缶詰・・料理?。おいしいはず」
ハルカがネコに与えたのは さんまの蒲焼の缶詰である。
ネコだから魚が良いだろうという単純な理由しかない。
別の器には冷えたミルクまでつけていた。
すでに人間では無くネコ扱いしている。
大喜びで食べていたので間違いでは無かったようだ。
自分のご飯にはコンビニのおにぎりとマカロニサラダ。
そして、紙コップに氷を入れ ブランデーの小瓶をそそぐ。
地球でオッサンだった感覚が抜けていない。
体が子供になったという自覚が何処かで欠如していた。
日本での生活そのままにロックのブランデーをグッと咽に流し込んだ。
飲んだ量はわずかだが何時もより何倍も早く酔っぱらい、外というシチュエーションとユラユラと燃え盛る焚火が花見の時ようにハルカをハイにしていた。
「タラッタ ラッタ ラッタ、うっさぎの・ダンスーー・・」
「ど、どうしたんにゃ、ハルカ」
ネコが聞いた事の無い変な歌を歌い、焚き火の周りで踊りだした。
何故に その歌なのか、踊りだしたのか分からないが、もとより酔っ払いに理屈は通用しない。
酔った時の方が言葉が達者なのは皮肉な話である。
そんな ハルカを少し離れた場所から見ている集団が居た。
戦争で死んだ者の装備や荒らされた街から金品を盗み出そうと集まっていた盗族達である。
ところが、思いのほかあっさりと戦いは決着してしまった。
彼らにとって全く美味しいところが無かった為に色々と飢えていた。
「へっ、こいつは付いてるな。冒険者の野宿で しけた稼ぎだと思っていたが、ありゃ 良いとこのお嬢さんだ。攫って金を脅し取るも良し、奴隷にして売り払っても良い値が付くだろうぜ」
「護衛も居ないようですぜ。変じゃないですか?」
「どうせ、戦争から逃げて 親と逸れたんだろうぜ。
世話役の侍女くらい居るかもしれん。楽しめるから見逃すんじゃねえぞ」
「頭・・あの子供、何かキラキラしてませんか?」
「何 寝言いってやがる。モタモタしてると分け前やらねぇぞ」
盗賊は欲に目が眩み 都合の良い事しか見えていなかった。
そして、それを後悔するチャンスも無かった。
(は、ハルカぁ正気に戻るにゃ)ネコは小さくまるまって震えている。
目の前で集められている途方も無い魔力に怯えて声も出ない。
酔っ払ったハルカは核弾頭と化していた。
酒で精神的な全てのリミッターが外れ暴走している。
集められた魔力の余剰エネルギーによって髪の毛がキラキラと輝き、まるで妖精のダンスを見ているようだ。
キラキラとした輝きが全身に行き渡り神々しく見えた頃、魔力は解き放たれた。
朝、ハルカが目覚めると、疲れ果てたネコが寄り添って寝ている。
「知らない景色だ・・」
ハルカが寝ていた丘の上、半径10メートルほどは元のまま草が残っていた。
だが、そこから先、半径300メートルに渡り森が消え更地と成っている。
「こんな所に・・寝てたかな?」
「記憶に無いのかにゃ。ハルカが酔って魔法を暴走させたにゃ」
「しらない・・」
「ハルカは大人に成るまでお酒は禁止にゃ」
ネコは生きて朝を迎えられた事を感謝した。
森が一瞬で蒸発したという表現がピッタリな恐ろしい魔法の破壊力であった。
この後、この場所には魔物も恐れて近よらず、後に交通の要所でもあったためサラスティア王国第二の大きな町が出来上がる事と成る。
領主の館は中心の丘に建てられたそうな。