05
さあ、武器マニア全開。
早く潜入しろよ。
日曜日までの間、私は体を鍛え直していた。当然のことだろう。こう記す必要もないとは思うが、あいにく、万年筆は消えないので、こうして書き直すこともせず、文章を紡いでいる。
私が海を漂っていたらしい期間は短かったらしく、体力はかなりあった。自分でも驚いているのだが、かなりの距離を走っても疲れない。そこで、遠泳をすることにした。
というのも、潜入先は潜水艦で、下部から潜入するのだから、長い時間泳げるに越したことはない。潜水も同様だ。もしものために長い時間潜れるようにしなければ。
フォークスと話してから三日後、私の所に大きな箱が届いた。添えられた手紙には、
「装備品一式と、ノーチラスの見取り図、そしてナイフをお届けする。君の話をスターリング博士にしたのだが、新たな装備品のテストをしたいということで、全ての装備を作ってくれた。この作戦が成功した後に我が英国軍の諜報員の正式潜入装備にされることになる。さすがはスターリング博士といったデザインと機能だ。どれも今までに無い画期的なものだ。素材も最先端のものを使用している。素材加工も博士がやってのけた。天才とはこのことを言うのだろうな。
ナイフは我輩が職人に作らせたものだ。刺すのも切るのも得意な、日本特有のものだ。我輩も愛用している。ぜひ使ってほしい。
それと、驚くようなプレゼントがある。中を確認してみてくれ。一般で見るのは君が初めてだ」
一つの小包を開けると、布に包まれた物が入っていた。見ると、ナイフではなく短刀が入っていた。持ち手にはカンジ・アートの彫り物がしてある。日本の刀が刺すのも切るのも便利、というのは私も聞いたことがある。ありがたいことだ。
しかし、プレゼントと何のことだろう。そう思い、装備品を検める。
もう一つの包みを取り出し、封を開ける。すると、中にはゴムのような素材で作られている、潜入用戦闘服と書かれた服がまず入っていた。対Gスーツのようなデザインで、見かけによらず軽い。次に、拳銃が入っている。
拳銃は主流なリボルバー式、昔懐かしいピースメーカーこと、シングル・アクション・アーミーだと思った。というのも、私はこの時代のリボルバーにはあまり詳しくない。この時代ならシングル・アクション・アーミーに違いない、と思ったのだ。
近代装備の中、この古い銃はかなり異色だった。本来ならスニーキング・スーツが異色の筈だが、この時代にはありえない近代装備が多すぎるため、リボルバーが珍しいというおかしな状況になっている。
驚くことに、リボルバーには様々な付属品がつけることができるように様々な工夫がされていて、よく見ると形はシングル・アクション・アーミーとは違った。
付属品は箱に入っていて、その箱を開けるとリボルバーには普通無いであろうサプレッサー、そしてロングレンジ用のスコープ、ライフルストック、そして着脱可能のロングバレルという、リボルバーに普通はつかないであろう代物が入っていた。
リボルバーの形がおかしい理由はサプレッサーをつけると分かった。時代を考えてシングル・アクション・アーミーだと思ったのだが、機構を見るとナガンM1895に似ているのだ。
ナガンM1895の口径は7.62mmで弾丸は専用の7.62mmナガン弾を使用する。装弾数は当時としては珍しい7発でありダブルアクションタイプのリボルバーであった。
この銃の特徴として、回転弾倉の内側にガスシーラーとして機能する円柱状のパーツがあることがあげられる。このガスシーラーにより撃発と同時にカートリッジごとガスシーラーは前進してバレルとシリンダーの隙間をふさぐ。このためリボルバーの最大の弱点である燃焼ガス漏れが解消でき、弱装弾であっても十分に使用することができた。
また、この特異な機構によりリボルバーとしては珍しくサプレッサーが使用可能だった。 サプレッサーはブラミット・デバイスと呼ばれ後の赤軍やソ連軍将校、特殊部隊が使用したという。ハンマー露出式だがダブルアクションのみで使用とされており、ハンマーから長く伸びたファイアリングピンを折りたたむことで安全に携行できた。
しかしながら、本銃はシリンダーをスイングオープンできないタイプの旧式リボルバーであり、S&Wやコルトのリボルバーがスイングオープンを採用した1900年代初頭にはすでに時代遅れの銃となった。しかし、社会主義体制下の旧ソ連では1930年まで標準的な軍用拳銃であり、後継のトカレフTT-33と共に1950年頃までは生産が続けられたと言われている。
シングル・アクション・アーミーでは無いが、ナガンでもない。この銃はオリジナルの銃なのだろう。名前を探して見ると側面に小さく、「ダブルアクション・ヴァイパー」と刻印されてあった。
毒蛇の名を持つこの銃は、その名の通り音もなく命を奪うことのできる、画期的な銃だ。
サプレッサーを付けたヴァイパーは、もう古い銃ではなく、近代装備とマッチした。場違いなのは短刀くらいか。
一番下に、重要機密と書かれた箱が入っていた。
その箱はかなり大きい。たくさんの装備品ではなくこの箱に場所をとられていたようだ。
箱を開けると、赤いボタンを押せ、という文章の書いてある手紙と、何かは分からないが、大きな機械が入っていた。
指示通りに機械についている赤いボタンを押すと、しばらく唸るような起動音がして、
「このバックパックを背負え」
という指示が機械から聞こえた。ノイズが酷いが、フォークスの声だ。
「これは録音された音声ではない。ラグやノイズは酷いが、今まさに私が話している言葉だ。そこに……これの名前は……」
明らかに私に向けた問いではない。近くのエンジニアか誰かに聞いているのだろう。しかし、無線技術がこの時代にあることに、私は驚くしかない。これだけのことが起こりながらも、やはり人はありえない事に驚愕を覚えることができる。
「ヘッドフォン、という……耳当てに似た綿が両端についた物があるだろう。それを頭に付けろ。付けたら青いボタンを押せ」
説明されなくとも分かるのだが、と思いながらヘッドフォンを付け、蒼いボタンを押す。説明がもどかしいので、コードに繋がった受話器であろうものをもって、語り掛けてみる。
「フォークス少将?」
「なんだ君。なんで使い方を知っているのだ」
「勘、ですかね」
うむむ、というフォークスの唸り声が聞こえた。
「どうやら君は機械に強いのだな。我輩にはさっぱりだ。電気など目に見えんものを、どうやって操っているのだ」
その理解していないものをあんたは推し進めているのか、という言葉を私は飲み込む。
「これがプレゼントですか」
「その通り。これのおかげで作戦のスムーズな現状報告が可能だ。つい最近、完成したところだ」
「しかし、潜水艦の中で使えるのですか」
「心配はいらない……よな。よし。……心配はいらん。ノーチラスの内部の通信設備に、この通話機の……中継機があって、海底のケーブルを通って……とにかく、心配はいらん、とのことだ」
心配しかないのだが。
「何故、このような最先端の装備を?」
「言ったはずだ。報酬はバックアップだと。まあ、実際のところ、新装備のテストも兼ねているのだがな。そうだ。弾薬はたくさん送ってあるだろう。ヴァイパーの試射をして、慣らしておけよ。さて、通話は終わりだ。期待している」
通信が切れた。
私は試射のために使わないもので即席の的を作って、一通りの撃ち方をした。銃は驚くほど手に馴染んだ。ダブルアクションは引き金が重いのだが、それほどまで苦にはならなかった。早打ちがしやすいようにホルスターも工夫が施されていてありがたい。
試射が済んでから、ノーチラスの見取り図に目を通す。
ノーチラスは下部ドックを含めた五層構造になっている。第二層から第四層までは普通の研究施設だ。第三層に通信施設があるので、まずはそこを目指す。
一つ、妙な点があった。第五層がやけに広いのだ。天井までが異様に高い。フロアの見取り図も第五層のみ研究施設が少ない。フロアの半分以上が大きなホールになっている。ホールの名前は「第五層実験場」。そこに何かがあるのだろう。
私の背筋を悪寒が駆け抜けていった。