01
暇人からひねり出された駄作です。
「ホームズ。シャーロック・ホームズ」
私は目覚める。
目の前の女性は私にそう呼びかける。
私は誰なのか。記憶はない。
「私は……誰なんだ。貴女の言うように……?」
「あなたが今日からシャーロック・ホームズよ。さあ、早く起きなさい。女王陛下がお待ちよ」
突然視界がブラックアウトする。
私がいるのは場所という場所ではない。私は無に存在している。
ここはどこだと聞かれても「無」と答えるほかない、そんな場所にいる。
いや、いたのだろうか。
思考ができない。
「彼にはシャーロック・ホームズは定着しなかった。処分するしかない」
どこかから男の声が聞こえる。
処分だって。
「まずい、意識が。おい、鎮静剤を」
一体なんだ。この記憶は。
記憶?
これは記憶か。
知覚ができない。
「よせ、やめろ。ホームズ」
男の声がする。断末魔のような悲鳴だ。
突然、無ではない景色がフラッシュバックする。
これは何だ。死体か。
殺されている。
誰に。
私に?
私は眠りに落ちた。
眠りは深い。
「あら、気が付いたかしら」
私は目を覚ました。粗末な小屋の中らしい。潮の香りがする。海の近くのようだ。
「随分うなされてたわよ、大丈夫?」
あ、ええ、と私は曖昧な返事をする。目の前の女性は誰なのだろう。
「ここは、一体どこです」
「サウサンプトン、港町よ。船着き場に流れ着いてたあなたを、わたしが引き上げたの。ねえあなた、何があったの?名前は?」
「名前は……」
思い出せない。
私は誰だ。何があった。
私はそのことを彼女に話した。
「そう……記憶喪失かしら。あ、まだわたしのことを話してなかったわね。わたしはケイト。ケイト・ナイトレイ。探偵をやってるわ」
「探偵……このご時世に珍しい」
「このご時世って、今は探偵が活躍してるでしょう?」
「第二次世界大戦が終わった今、探偵は時代遅れでしょう。時は冷戦、必要とされるのはスパイ……」
「ねえ、ちょっと待って」
ケイトは私を制止した。
「第二次世界大戦って、何の話をしてるのよ。あなた、きっと頭がどうかしてるんだわ。今は1880年よ。最近、シャーロック・ホームズっていう探偵が市内で大活躍してて、わたし達もそれにあやかろうって訳」
待ってくれ。色々とおかしなことが多すぎる。1880年?シャーロック・ホームズ?
私は混乱するほかなかった。シャーロック・ホームズはコナン・ドイルの小説で、私がいたのは……。
そこで私の思考がストップする。私がいたのは1965年の筈だ。
それとも、記憶喪失の影響か。
どちらが正しい記憶だ。
私は黙ってケイトの話を受け入れることにした。私がこの1880年にいるという事実は変わらないのだから。
わたし達、と言っていたように、どうやらケイトは二人で探偵業を営んでいるらしい。もう一人はチャールズ・フレミングという男らしい。クライアントは殆ど来ないらしく、貧乏な生活を送っているらしい。それでもケイトは自らの仕事に誇りを持っており、探偵を辞めるつもりは無いらしい。チャールズの方は探偵だけじゃ食っていけん、と、ここサウサンプトンで有名な造船所に働きに出ているらしい。
「んで、わたし達はジリ貧なわけ。そこであなたに相談。あなた、ここで働かない?行く当てがないなら、どこかで働いた方が良いでしょ?」
確かにそれはそうだ。ここは話に乗ることにしよう。ケイトは私がそのことを言い終える前に、
「じゃあ、交渉成立ね。あ、そうだ。あなた、なんて呼べばいいかしら」
「ジョンでお願いします」
「ジョンって……John・Doeってこと?」
「そうです」
「これからよろしくね、ジョン」
私はタイムスリップしたということだろうか。
それは分からない。
しかし、じきに分かるような気がする。
-1880-6,9.