餞別
「倒したは良いけどよ、眼が覚めんのにしばらくかかるな。まさか回復薬を使うにもいかねぇし。どうする?」
地面に転がる大型龍と龍人族の死体を見て、創平が言った。それには煉が答える。
「あのリーダーらしい奴だけを運んで、眼が覚め次第話を聴くか」
「それもそうだな」
創平は頷き、他のメンバーも同意を示す。そんな中、コーラムバインはひたすら驚いていた。自分の事をそれなりに強いと自負していた彼女だが、勇者達の活躍に腰を抜かさざるを得なかった。彼ら一人一人の実力が自分を凌駕しているとさえ思えた。
「お主ら、一体何者なんじゃ……?」
「うふふっ、私達は魔王を倒すために、異世界から召喚された勇者よ」
自分達の素性をあっさりとバラした二葉を煉は睨む。
「お前……!」
「別に良いじゃない。この子、ずっとここに引きこもってたんだろうし、問題は無さそうだと思うけど」
煉の睨みを余裕で受け流し、二葉はコーラムバインを見る。
「異世界? どういう事じゃ?」
「うーん、ちょっと説明しづらいんだけど、こことは別に私達が生まれた世界があって、そこから私達は来たのよ」
二葉としては上手く説明出来たつもりが無かったが、コーラムバインは納得したように頷く。だが、彼女が何かを言う前に『七番目』が反応を見せた。
「世界……。『操魂の堕天使』も世界という言葉にこだわりを見せていた」
「ソーコンの堕天使? 何だそれ?」
「以前俺を勧誘してきた人族の餓鬼だ。男だか女だか分からない奴だったがな」
創平の言葉に『七番目』は答える。彼の口にした特徴を聞いて、煉達の脳裏には一人のクラスメートの顔が思い浮かぶ。彼らを代表するように静香が聞く。
「もしかして神代君?」
「さぁな、名前は聞いた気がするが覚えてはいない」
「それで、勧誘とやらは断ったんだな?」
煉が質問する。
「ああ……だが」
「だが?」
「まあ、勧誘というのも違うな。奴は俺に『戦い』を提供する、とだけ言った。俺を手下にしたいなどとほざいた魔王と違ってな。お前達、奴が何処にいるか知っているか?」
煉の言葉に答える『七番目』の声を聞いて、意外な顔をしたのは二葉だ。彼女の見た限りでは、目の前の獣人族が何者かと仲間になることを望むとは思えなかった。そして、何者かを利用しようと考える性格にも思えなかった。そんな彼女を尻目に小雪が言う。
「その『ソーコンの堕天使』さんが私達の知る神代聖騎君だとは言い切れませんが、それが正しいとしたら彼は現在、ラフトティヴ帝国という国にいると聞いております。あの穴を通って道なりに進めばこの洞窟を出られるのですが、そこから南に進めばラフトティヴ帝国には着きます。ただ、その中のどの辺りにいるのかは把握しておりません。広い国であると聞いておりますし、探すのは困難を極めると思われます」
「ふん、それだけ聞ければ十分だ」
『七番目』は礼も言わずに飛び上がろうとする。するとまた、二葉が声をかける。
「そんな体じゃ、途中でへばっちゃうんじゃないかしら」
「大きなお世話だ」
「まあ、せめてこれだけでも持っていったら?」
そう言って回復薬の入った瓶を取りだし、投げつけた。『七番目』はそれを受け取る。
「何だ?」
「お薬よ。せめてこれだけは恵んであげるわ」
「お前、何を考えている?」
「ただの善意よ。本当なら魔術で回復させてあげられたら良かったんだけど、今の戦闘でみんな魔力を使っちゃってるからね」
訝しむ『七番目』に二葉はあっけらかんと答える。『七番目』は回復薬を瓶ごと口内に入れて、噛み砕く。本来は蓋を開けて中身だけを飲むべきであるそれの斬新な飲み方に、二葉は思わず笑みを溢す。
「うふふっ、そう来るとは思わなかったわ」
「何がおかしい」
「何でもないわ」
二葉の言葉には何も答えずに、『七番目』は飛び去って行った。煉は二葉に尋ねる。
「何故あの獣人族を助けた?」
「傷付いてる生き物を助けるのに理由が必要?」
二葉は質問を受け流した。
「また妾を無視するのかお主ら」
コーラムバインが不服そうに言う。煉は冷たく返す。
「俺達にはやるべき事があって急いでいるんだ」
「そう……なのか。それは申し訳のう事をした」
コーラムバインはシュンと俯いて答える。すると勇者達は煉に集中砲火を浴びせかける。
「煉君、その言い方はあんまりだと思います」
「そうだヨ! ベリーベリー酷いネ!」
「高所恐怖症の癖に」
「『ああああああーっ!』」
「ふふっ、石岡君、似ているわね」
彼らの言葉に、煉は頬を赤く染める。
「お前ら……!」
「煉君、焦る気持ちも分かりますが謝ってください」
小雪に真面目な顔で言われ、煉はばつの悪そうにコーラムバインを見る。
「……悪かったな」
「いや……構わんぞ。お主らが何やら急いでいるのは事実なのであろう?」
そう言うコーラムバインの表情が寂しげであるように、煉には思えた。彼はそれを追及してみる。
「なあ、お前。俺達と話をしていたいのか?」
「なっ……。べ、別に妾は久しぶりに来た話し相手に嬉しいなどと思っていないわ!」
「そこまで言っていないが」
頬を染めて、動揺したように取り繕うコーラムバインに煉は突っ込む。そして再び口を開く。
「俺達は魔王軍の本拠地に向かおうとしている。とても危険な場所だ。だが、任務に一区切りついたらまたここに来るだろう」
「お主……」
「勘違いするな。これは不用意な言葉を言った事に対する償いだ」
「お、お主こそ勘違いするな! 妾はお主のその言葉に感謝などしていないからな!」
「何だこのツンデレコンビは」
煉とコーラムバインの会話を聞いて、創平が呟く。そして小雪と、戦闘では目立った活躍はしなかったスクルアンのマリアが複雑な表情をしていた。人の感情に機敏な二葉は彼女達の内心を見抜いていたが、特に何も言わない。静香とフレッドは煉に感心している。
「ということで行くぞ……波木」
「うん」
煉に名字を呼ばれた静香は、ユニークスキルにより先程戦った大型龍の姿に変身する。その背中に勇者五人とマリア、そして気を失っている龍人族のロウンを乗せて、ロウン達が降りてきた天井の穴に入る。それを見送りながら、コーラムバインは呟く。
「レン、と呼ばれていたかのう……」
口調に似合わぬ童顔は、うっとりと煉達が消えた穴を見つめていた。