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自重しない勇者達

 龍人族。数多存在する獣人族の中でも最強の種族と言われるそれは、人族を最も憎むことで知られている。エルティア大陸北部の山地に住まう彼らは古くから誇り高く、他の種族が人族に襲われた際にはその強靭な肉体を最大限活用して撃退した。人族は彼らを恐れ、エルティア大陸に手を出すことはしなかった。獣人族も、自分達の住処さえあれば十分であったため、人族の住むラートティア大陸に攻め込むということはしなかった。


 しかし、ある時を境に人族は『魔術』と呼ばれる超常の戦闘手段を手に入れた。魔術を自由自在に操る人族に、さしもの龍人族も敵わなかった。龍人をはじめとする各種族は捕えられ、人族の奴隷にされた。彼らは交配され、その子供の世代は人族に忠実な奴隷として育てられた。やがて成長した彼らは、新たな奴隷を捕まえる為の先兵として、自らのすることに疑問も持たずに同族を捕えていった。


 そんな状況の中でエルティア大陸に現れたのが、魔王ヴァーグリッドである。奴隷を解放していった彼に心酔した獣人達は彼の支配下に入る事を決めた。特に龍人族は、仲の良い龍を魔王軍の戦力として自由に使う事を許可した。


 そして、現在の龍人族の族長であるロウンは生まれた時からヴァーグリッドが如何に素晴らしい存在か、という話を聞かされながら育った。彼自身人族に何かをされた、という経験は無いが人族を恨み、獣人族には同朋として優しく接し、そして魔族を崇拝している。


 そして今、人族の実験によって生まれた『七番目』を心の底から憐れみ、救ってあげたいと本気で考えている。だが、その救いたい対象に拒絶をされてしまった。


「何故だ!? 何故……!」

「どうする? ロウン」


 側近の龍人族がロウンに指示を仰ぐ。ロウンは苦虫を噛み潰すような表情で言う。


「……仕方あるまい。味方にならないのなら殺せ、というのがヴァーグリッドからの命令だからな。殺れ」

「了解」


 大型龍と龍人達は一斉に『七番目』へと襲い掛かる。『七番目』は鋭い爪や硬い尾、頭部の角で応戦し、着々と敵に致命傷を与えていく。だが、敵の数は果てしない。その様子を見ながら、創平が呟く。


「で、俺達はどうすれば良いんだ?」

「あの龍人族は魔王軍の味方で、あちらの獣人族を勧誘し、そして断られたのでやむを得ず戦っているのでしょうね。ならば私達は龍人族と戦うべきでしょうか」

「でも、俺達の出る幕有るか? もう全部あいつ一人で良いんじゃねぇかって感じだけどよ」


 小雪と創平が話し合う。そこで煉が発言する。


「このままでは奴が一人で全滅させてしまう。だからこそ話を聞き出す為に、敵を数体残さねばならない。特にあの、リーダーらしき龍人族は奴にやられる前に俺達が殺さずに倒す」

「オッケー、ミスター・シトウ。それじゃあ行くヨ!」


 頷いたフレッドは神御使杖を構える。


「リート・ゴド・レシー・サザン・ト・テーヌ・ボル・ストラ!」


 呪文が唱えられ、フレッドの杖からは光の球が飛んでいき、大型龍に命中する。しかし、それほどダメージを与えられた様子は無い。


「オーノー。アレはとてもハードネ……」

「それだけアイツがつえーって事か」


 呟くフレッドに、創平が答える。一同は改めて、一撃で敵を屠る『七番目』の強さを思い知る。そんな中、二葉が口を開く。


「でも、若干動きが鈍いように見えるわね。あの傷……かなりのダメージなんじゃないかしら」


 現在高速戦闘を繰り広げている『七番目』の姿を遠くから見る限りでは、動きの鈍さが煉達には分からない。しかし二葉にだけはそれが分かったようだ。そして、彼と近くで戦っているロウンにもそれは分かる。


「どうした……ヴァーグリッドがお前に与えた傷は癒えていないようだな」

「……」


 ロウンの煽りにも『七番目』は動じず、ただ目の前の敵を殺す。しかし傷のせいか、思ったより体に力が入らない。その状況で敵を次々と片付けているのだから見事なものだが、だからと言って疲れが無い訳ではない。


(……この程度の傷で、こんな雑魚にやられる俺では無い)


 自らを叱咤して、『七番目』は翼を羽撃かせる。次の瞬間、正面、右、左の三方向から龍人の爪撃が攻める。『七番目』は正面突破することを決めた。だが彼の右翼が急激な痛みを訴えた。


「ぐっ……!」


『七番目』の体が一瞬硬直する。だがそれはあくまで一瞬である。凡百の獣人ならばそれを好機に変えることなど出来なかっただろう。しかし残念ながら、龍人は凡百の獣人ではなかった。


「あははははは! どうしたぁ!」


 三方よりの攻撃は全て『七番目』を捉える。傷からは黄金の血液が迸った。


「くぅっ……!」

「お前達、好機であるぞ!」


 ロウンの掛け声により龍人達は一斉攻撃を仕掛ける。だが、そのうちの数体が悲鳴を上げる。


「ああああああ!」

「何事だ!?」


 ロウンが辺りを見回してみると、剣が宙に浮き、ひとりでに動き回っていた。何事かと地上を見てみると、人族の少年――司東煉が何やら腕を動かしているのが見えた。その動きに合わせて剣が動いている事に気付く。


「おのれ人族! よくもわが同朋を!」

「ロウン隊長、敵はアレだけではなく……ぐうううっ!」


 ロウンに何かを報告しようとした龍人の女が吐血する。そして冷気が自分へと降りかかろうとしているのに気付いたロウンは身を翻す。そして人族の少女が自分に向けて杖を向けている事に気付く。


「あら、惜しいですね」


 彼女は御堂小雪。ユニークスキルは、触れた生物の体を毒で蝕むという『毒しポイズン』。ただし触れるのは手に限らない。小雪は自分の杖から放出される冷気に能力を適用させ、触れた対象を凍て付かせると共に蝕む。氷属性魔術の欠点として攻撃範囲が短く、更にスピードが遅い為、遠方よりそれ程体の大きくない相手に当てる事は困難である。しかし、不意打ちでも当てられれば、絶大な効果を持つ。かなりの魔力を消費するため、それほど長くは使えないが。


「貴様、よくも……!」

「何だお前は!? うわああああああああ!」

「どうした!?」


 更なる悲鳴。ロウンが声のした方を見てみると、龍人が龍人を攻撃していた。


「お前、何をしている」

「……!」


 ロウンの声には答えず、それは自分へと襲い掛かる。その顔には見覚えがあった。


「ツータ……お前はさっきやられたのでは」

「へぇ、私達から見たら全部同じにしか見えないんだけど、区別が有るんだ。そっちも私達の事は全部同じに見えるのかな?」


 男の野太い声からは女言葉が飛び出す。その正体は波木静香。彼女のユニークスキルは見た物に変身する事が出来る『化けチェンジ』。変身した対象のスキルを使う事が出来るが、ステータスはそのままである。全体的に勇者の中ではステータスの値が低い彼女だが、あくまで勇者の中ではの話である。並の龍人を遥かに凌駕するステータスの彼女は同じ姿の者達を次々と屠り、ロウンへと爪を突き出す。ロウンは両腕をクロスさせて、その攻撃を防ぐ。


「ええい! 眷属共、人族を優先して叩け! 死にぞこないなど放っておけ!」


 ロウンに言われ、大型龍達は近くにいた石岡創平へと詰め寄る。迫り来る攻撃を盾で受け止めた創平はニヤリと笑う。


「……やったな?」


 次の瞬間、大型龍達は揃って後方へと吹き飛んだ。龍人達は驚愕する。創平のユニークスキルは、受けた攻撃の威力を倍にして相手に返す『返しカウンターアタック』。大型龍達は自分達の攻撃によるダメージを喰らったのだ。怯んだ大型龍のもとに煉の操る剣が、乱れる様に飛び、血の雨を降らせた。


「チィッ、ふざけた真似を……うぅっ! 何だこれは!?」


 ロウンは急に耳をふさぐ。彼のみならず龍人族は苦悶の表情で耳を押さえ、大型龍達は暴れだした。


「ふぅ、ようやく見つけ出したヨ。ドラゴン達が嫌がる音の周波数をネ!」


 得意気にそう言うのはフレッドだ。彼のユニークスキルは、如何なる音をも出すことが出来る『奏でプレイ』。聴く者を癒し、魔力を回復させたり、騒音を出したりする他に、ある特定の生物だけが嫌がる音を出せる。ただし、その音の周波数を合わせるのには根気がいる。


 大型龍達はもはや、ロウンの声など聞こえない。ただひたすらに空中で暴れており、龍人族はそれから距離を取る。しかし、中には巻き込まれてダメージを負う者もいた。一方、流石の『七番目』も、自分も巻き込まれては敵わんと、悔しいと思いつつ離れていた。


(こんな奴らの攻撃など、万全ならば避ける必要など無かったのだがな……それにしても奴らは中々強いようだ。『操魂の堕天使』もそうだが、人族とはここまで強い生き物だったのか。俺を造った連中は、歯ごたえがまるで無かったが)


 彼の全身は悲鳴を上げている。だが彼は動じず、地面に立っていた。その横には、妖しげな笑みを浮かべた少女――振旗二葉がいた。


「やはりお疲れかしら、獣人さん」

「お前には関係ない」

「うふふっ、絶対に認めないのね。ところであなた、私達のこと気になってる?」

「ふん……自惚れるな」


『七番目』は不快そうに鼻を鳴らしつつ二葉の手を見る。そこにある彼女の神御使杖からは、黒色の霧のようなものが空中に広がっていた。彼女のユニークスキルは、触れた者の魔力、あるいは体力を奪う『吸いドレイン』。薄く引き延ばした闇属性魔術のエネルギーに攻撃能力は無い。しかし、彼女のユニークスキルを適用する事で、その範囲内にある者から魔力と体力を奪い取る、という非常に凶悪な黒い霧となる。みるみるうちに、残りの敵達は力を搾り取られて、墜落していった。


「はーい、戦闘終了。私達がいなければあなたは死んじゃってたわね」


 その言葉に『七番目』は何も答えなかったが、彼女の言葉が正しいことは理解しており、舌打ちをした。

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