混獣と龍王
ヴァーグリッド城地下牢から繋がるこの洞窟の最下部には、魔王軍における最大の罪を犯した者が幽閉されている。その者の名はコーラムバイン。元四乱狂華であるその魔族は、元々老婆のような姿であったが、現在は幼い少女の姿をしている。これは彼女が若返る能力を持っている――のではなく、パッシフローラの能力によるものである。彼女の『時を戻す』魔法により、ヴァーグリッドと出会う前――十歳にも満たないような人族の少女の姿にさせられた彼女は、この洞窟の深淵へと放り出された。空を飛べもしない限り、上に向かう事は困難である。
自分の状況がまったく飲み込めないまま洞窟に取り残されたコーラムバインは、自分の体の何倍もあるような体躯のドラゴンに襲われた。最初は必死に逃げたが行き止まりとなり、半ば自棄になって戦ってみると、不思議と体が動き、ボロボロになりながらも倒すことが出来た。
コーラムバインは生きるために、ひたすら戦い続けた。彼女は炎属性魔法の使い手であり、襲い掛かる魔物を焼いて、食料にしていた。そんな日々を送っていたある日、一人の少女が目の前に現れた。自分と同じ赤い髪と、赤みがかった肌の少女の名はハイドランジア。彼女は圧倒的な戦闘力でコーラムバインを痛め付け、爪を剥がしたり、皮を剥いだりと様々な虐待をした。その日以来、何度も現れて虐待し、そして彼女に、地上に対する恐怖を植え付けた。ドラゴンを従わせて外に出る事も考えていた彼女は、その考えを抹消した。
さて、一生洞窟の中で暮らすという決意をした彼女だが、見知らぬ生物が上から突然現れたことに驚く。
「な、なんじゃ?」
コーラムバインは一瞬にして、それが異形であると分かった。その生物の便宜上の名は『七番目』。人族の実験によって造られた戦いを求める獣人は、コーラムバインを一瞥するなり言う。
「弱いな」
「何とぉ!」
予想外の言葉にコーラムバインは驚きの声を上げる。それを無視して『七番目』は進む。するとコーラムバインは言った。
「待つのじゃ! お主、弱いとはどういう事じゃ!?」
「言葉も通じないのか。弱い上に頭も悪いとは最悪だな」
「ええい、バカにしおって!」
怒ったコーラムバインは手から炎を生み出し、『七番目』を攻撃する。『七番目』が軽く翼を動かすと、炎は一瞬で霧散した。
「なっ……!」
コーラムバインは驚きに眼を見開く。だが、そんなものは『七番目』の眼中にはない。 彼はひたすら、地上に戻るための道を探す為に天井を見回る。すると、そこに見つけた穴から氷の粒らしきものが落ちてくるのを発見した。
「何が……起こっとるのじゃ?」
コーラムバインは混乱する。すると上からは次々と、岩らしきものが悲鳴と共に落ちてきた。それは降り積もった雪の上に落ちた。そして、岩が崩れ、パンッという音が鳴り、中からは人族の少年少女が出てきた。同時に妖精族も落ちてきて、地面にふんわりと着地する。
「ふぅ、思ったより深い穴だったな。大丈夫かぁ? 煉」
「そんな訳……無いだろう……」
「おう、大丈夫だな」
少年の中の一人――石岡創平が煉に声をかけたが、彼が無事なのを確認して、答えを聞かずに満足そうに頷く。そして、『七番目』の姿を見つけた彼は驚愕する。
「何だありゃ!?」
その言葉により、煉達勇者とマリアは『七番目』を注視した。様々な獣のパーツを寄せ集めたような異業の獣人の姿を見て、小雪が何かに気付いたように言う。
「失礼いたします。あなたはもしかして、リノルーヴァ帝国の実験で作り出された……」
「悪いか?」
「いえ……決して何か文句を申すつもりは有りません。私は御堂小雪、エルフリード王国より来た者です」
『七番目』の不機嫌そうな返事にも態度を変えずに、小雪はにこやかに名乗る。だが『七番目』は彼女に眼も留めない。すると今度は二葉が発言する。
「あら、随分と傷ついているようだけど」
その指摘通り、ヴァーグリッドによる傷を受けたままの『七番目』の体は、多少は再生したとはいえボロボロだった。しかし彼は鬱陶しそうにしている。
「関係ない」
「そう。あなたが大丈夫なのなら何も言わないわ。ところで――――」
二葉が何かを聞こうとした瞬間、『七番目』の姿が猛烈な風圧を生み出すと共に消える。二葉達が疑問に思う前に、上から突然巨大な龍が落ちてきた。その腹部には大きな穴が空いていた。そしてその上に『七番目』が落下する。
「オー、ベリーストロングネ!」
フレッドが『七番目』の戦闘を称賛する。他の者達も驚いたり、称賛したりと様々な反応を見せる。視線が集まる中、『七番目』はドラゴンの尻尾にかじりつく。血液を飛び散らせながらムシャムシャと食べるその様子はグロテスクなものがあり、静香や創平などは思わず眼をそらす。
「お主ら、さっきから妾の事は無視か……!」
不意に上げられたコーラムバインの嘆きの声を受けて、勇者達は眼を移す。『七番目』は依然として食事中である。
「お前、魔族か?」
コーラムバインの赤みがかった肌を見て、煉が問い掛ける。
「如何にも」
「そうか。ならば話が早い」
返事を受けた煉の周囲には二本の剣が浮く。彼のユニークスキルは『浮かし』、手で持てる重さの物体を二つまで空中に浮かし、自由に操る能力である。彼が戦闘態勢に入ったのを見て、コーラムバインは慌てる。
「ままま待つのじゃ! 妾にはお主らと戦う意思など無いぞ!」
「俺が騙し討ちをするとしたらそう言うだろうな。問答無用」
煉はコーラムバインへと剣を飛ばす。すると小雪が声を上げた。
「待ってください、煉君。彼女の言っている事は正しいかも知れません」
「どういう事だ?」
「彼女の様子をよく見て下さい。身体中怪我をしている様子ですし、服もボロボロです」
煉はコーラムバインを注視する。確かに小雪の言う通りの風貌であり、そこら中が破れている粗末な衣服を身に纏っていた。
「アレも罠かも知れないぞ」
「その時はその時です。今の私達は強いのですから、少しくらい余裕を持ちましょう」
「……分かった」
小雪にたしなめられて、煉は剣を戻す。
「お前は何者だ? 魔王軍の者じゃないのか?」
「うう……妾はコーラムバイン。いつの間にかここにいた者じゃ。魔王軍……とやらとは関係ないぞ」
煉のやや棘のある口調にコーラムバインは答える。
「ふむ。お前はここで何をしている?」
「妾はここに住んでおる。生きていくのにはここにいるだけで充分だからの。外に出て何かをしようとする気も無いのじゃ」
そこまで話を聞いて、煉は彼女の話し方が気になった。
「ところで何だ、そのふざけたしゃべり方は」
「べ、別に良かろう! 気が付いたらこの口調だったのじゃから」
コーラムバインは十歳になるかならないか程度の少女の姿である。そんな彼女が古めかしい話し方をすることに煉は違和感を覚えていたのだ。
「まあまあ、煉君。相手は小さな女の子ですし、少しは優しく……」
「俺の知ってる魔族の幼女は、俺達を平気で殺しに来たからな」
ハイドランジアとの戦闘を思い出したのか、煉は皮肉げに言う。
「私が代わりにコーラムバインさんとお話しします。コーラムバインさん、私達は魔王軍に用があるのですが、会いに行くにはどちらに向かえば良いのかご存じですか?」
「ふむぅ、向こうからは時折魔族がやって来る。だから向こうにいけば、会えるかも知れん。確証は無いがのう」
「ありがとうございます」
小雪は丁寧に頭を下げて礼を言う。
「う、うむ。大したことでは無いぞ」
礼を言われる経験が無いからか、コーラムバインは少し慌てる。そんな彼女を微笑ましく思いながら、小雪は仲間達に告げる。
「では皆さん、コーラムバインさんの教えてくれた方向に向かいましょう」
「おう!」
創平が答え、他の者達も同意を示す。『七番目』が未だ食事中なのを尻目に歩こうとしたその時、指し示された方向からは沢山の大型龍が現れた。
「何よ……?」
静香が思わず呟く。彼女達の視線の先には、大型龍と比べるとやや小さい、人型の生物が現れるのが見えた。しかしそれらは背中に翼を持ち、長い尻尾を持っている。肌は一様に緑色だった。
「もしかして、龍人族?」
天然の獣人族の中では最強の肉体を持つと云われる龍人族。目の前に現れたのはそれなのではないかと小雪は考えた。そしてその考えは正しかった。龍人族の中でも一際体の大きい一体が口を開く。
「そこの獣人よ、俺達と共にヴァーグリッドの所へと来い」
どこか切実な口調で言う龍人族。『七番目』は彼に龍を食べながら、目を向けることなく答える。
「断る」
「お前は人族に命を弄ばれたのだろう? 人族を恨んでいるのであろう? お前は俺達と共に来るべきだ。ヴァーグリッドはお前を許すだろう。お前も知る通り奴の強さは圧倒的だ。奴と手を組めば、お前の憎い人族への復讐を果たせる。さあ、俺達と共に――――ッ!」
龍人の男の言葉が言い終わらないうちに、『七番目』はそれを黙らせるべく動く。それを庇うように、大型龍が立ちはだかる。大型龍は『七番目』の爪を受けてもなお無事である。思わず舌打ちが零れた。
「チッ」
「何をするんだ! 俺達はお前に決して危害を加えないぞ!」
龍人の男は声を荒げる。他の龍人族は非難の声を上げた。それらの声を受けて、『七番目』は皮肉気に言う。
「下らん。俺は人族を恨んでなどいない。それに万が一恨んでいたとしても、何者の下にも付かない」
「馬鹿な……! お前は弄ばれたのだぞ!? いや、お前は心優しいのだな。俺達の仲間の中にも人族と仲良くしようとした者だっていた。お前も人族と分かりあえると信じているのだろう? だが、それは幻想だ。人族は――」
「ゴチャゴチャと五月蝿いぞ。お前には何を言っても無意味だろうな。だから、俺からお前に贈る言葉は一つだけだ」
『七番目』は飛翔と共に大型龍の脳天に拳を叩きこみ、地面に落とす。そして一言。
「取り敢えず俺に喰われておけ」
ニヤリとも笑わずにそう言った。