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颯炎の貴公子

 翌朝。夜はよく眠れなかった秀馬は、眠い眼を擦りつつも寝間着を、勇者としての制服に着替えつつ食堂へと向かう。その途中で外に出ていた様子の司東煉と会った。


「やあ、おはよう。司東君」

「ああ」


 秀馬は元の世界にいた頃、それほど煉と話した経験は無かった。成績は良く、部活動の剣道では全国大会にも出場する程の腕前な彼だが、クラスの中ではそれほど目立つ存在ではなかった。ただ、友人はそれなりにいて、端正な顔立ちな為か女子生徒からの人気も高かった。


「今日も朝練か、頑張ってるね」

「ガキの頃からずっとやってたことだからな。やらないと落ち着かない」


 この世界に来てから知った事だが、煉は毎朝早く起きて、一時間程のランニングと簡単な筋力トレーニングを欠かさずにやっている。そんな彼は勇者の中でもトップクラスの戦闘力を誇る。刀や炎属性魔術の腕はかなりのもので、その上状況把握能力を活かした指揮も得意なため、貢献度は高い。その後他愛もない話をしながら一緒に食堂に入った。ずっと一緒に戦ってきた事も有り、今ではいい友人関係を築いている。食堂に行くと、国王から与えられたメイドによって作られたスープとサラダとオムレツ、そしてパンが用意された。秀馬と煉は、既に食卓についていた石岡創平いしおかそうへいと共に朝食をとる。


「創平、早いな」

「おう。まぁ今日はちょっと早く起きたからな」


 煉に声を掛けられた創平は頷く。そんな彼に秀馬も話しかける。


「昨日は眠れた?」

「まぁ、何だかんだでな」


 創平は笑って答える。その目の下にうっすらと隈が出来ている事に気付いたが、秀馬はあえて何も言わない。


「そっか」

「そういや、この世界に来てからどんぐらい経ったんだっけか」

「この前、久崎さんがステータスカードの年齢のところが14歳から15歳に変わったって言ってたから今は三月中盤くらいかな? ぼく達がこの世界に来たのは十月後半だったから、大体五ヶ月くらい経ったことになるね」


 創平の質問に、クラスメートである三月三日生まれの久崎美央くざきみおの名前を出して答える。すると創平はしみじみと呟く。


「そんなもんかー、ここに来てから結構経ってると思ったんだけどな」

「とは言っても本来なら中等部は終了して、数日もすれば高等部に入ってる事になるんだよね」

「高等部……そっかー、俺達もう高校生になるのか。変な感じだなー」


 彼らの通っていた私立天振学園は中高一貫の進学校である。創設者は振旗誠一郎ふるはたせいいちろう。天原考司郎の親友であり、機械工学の権威である。天振学園の名は、天原と振旗の名字から一文字ずつとって付けられた。振旗誠一郎はコロニー・ワールド計画の実験時の事故によってこの世を去っていて、現在は彼の息子である振旗葉一郎ふるはたよういちろうが理事長を務めている。ちなみに、彼の次女である振旗二葉ふるはたふたばは秀馬達のクラスメートとしてこの世界へと飛ばされている。


「高校生、ね」


 丁度その場に現れ、会話に割りこんで来たのはその二葉だった。秀馬がどことなく、自分より歳上なのではないかと思うほどに落ち着いた雰囲気の少女であり、中学生離れした発育の良さも、その考えをより一層頭によぎらせる。


「おはよう、振旗さん」

「おはよう藤川君。それに司東君と石岡君も」


 二葉は小さく笑って挨拶をする。創平は彼女に挨拶を返す。煉も無愛想ながら同様に挨拶をしつつも、表情はやや固い。彼をこの世界に送り込んだ組織の上官達は、二葉の行動には気を付けろと忠告されている。ちなみに、同様に神代聖騎にも気を付けろという忠告は受けている。そんな彼の内心を知ってか知らずか、二葉は話を続ける。


「この世界で私達は貴族みたいな暮らしをしている。それに、理由は分からないけど私達のステータスは高くて、この世界の中でも強者。魔王やら何やらは放っておけば、一生楽して生きていけるかもね。……なんて、冗談よ。そんな怖い顔しないで、司東君」

「……ふん。別にどうとも思っていない」


 煉の言葉はそっけない。秀馬はふと、煉と二葉の会話をあまり聞かないと思った。


「でも、改めて思うけどこの世界は本当に不思議よね。神代君は電脳世界説を唱えてたけど、それにしては上手く出来過ぎているわよね……というのも既に誰かに指摘されてた事かしら。ねぇ司東君、何か知ってる?」

「俺が知るはずないだろう」


 二葉の質問に煉は動揺しそうになるのを抑えて答える。とはいえ彼もそれほど詳しい事は知らない。天振学園で異世界の研究をしているという話を聞いて、彼の家が代々所属する組織の命令によって未知の世界に行くように言われただけである。この事から、創られた電脳世界ではなく元々存在していた異世界なのではないかと思っている煉だが、同時に普通の世界にステータスが有るというのは少々考え難く、電脳世界説も捨てきれない。


「それもそうね」


 二葉は微笑む。そうしているうちに勇者達は次々と食堂へと入ってきて、賑わいを見せる。だが、何処となく多くの者が寝不足であるように煉には思えた。食事を終えた煉は友人と会話をしている秀馬達をおいて一先ず自室へと戻った。



 ◇



 朝食の時間も終わり、昨夜と同じ大部屋に一同は集まった。だがそこには彼らにとって初顔があった。


「レシルーニア……! どうしてここに」


 驚きの声を上げるのは、妖精族、スクルアンの少女マリア。彼女の視線の先には銀髪と漆黒の肌が特徴的な妖精族、ラグエル・レシルーニアがいたからだ。レシルーニアは他の種族を殺し、その魂を自分達の力として行使していることから、妖精族全体からは嫌われている。そして恐れられている。


「そう喚くなスクルアン。別にお前に用があって来たわけではない」

「では、どのような用件で?」

「カミシロ・マサキからの伝言を預かっている」


 秀馬からの質問にラグエルが答えると、勇者達は意外そうな表情になる。


「神代君から?」

「ああ。奴は今リノルーヴァ帝国の統一戦争を終わらせようとしているのだが、それに協力するよう頼んで欲しいと伝えるように言われた」


 リノルーヴァ帝国の統一戦争、という言葉に、戦争の起こる理由の一端に関わっている面貫善を含めた数名の勇者や、獣人族が反応する。


「協力……?」

「ああ。元々この世界の人族の力を軽んじていたカミシロだが、やはり魔王と戦うためには人族が一丸となって立ち向かわないといけないと考えた。そこで奴はとある勢力の味方について、なるべく犠牲を出さないように、この戦争に参加している。だが、戦争を終わらせるなどそうそう出来るものではない。そこで、『颯炎そうえんの貴公子』をはじめとする勇者達、ひいてはエルフリード王国の戦力を借りたいと奴は考えた」


 思わず呟かれた善の言葉にラグエルは答える。すると『颯炎の貴公子』という称号を持つ秀馬が眼を見開く。元々風属性の魔術にのみ適性があった彼だが、以前洞窟でハイドランジアとの戦闘前に炎の龍へのとどめを刺した際に、炎属性魔術の適性も手に入れた秀馬であるが、彼はエルフリード王国の敵との戦闘でも、二種類の魔術を使い分けて撃退してきた。それによって、エルフリード王国の誰かが最初にその言葉を呟いたのが国中に広がり、秀馬のステータスカードにも記された。そんな称号は彼の想像以上に広がっており、聖騎の耳にも届いていたのだ。


「別に全員が来る必要も無いようだ。だが颯炎の貴公子、お前には絶対に来て欲しいそうだ」

「うん……そう、なんだ」


 称号で呼ばれて、秀馬は恥ずかしそうに頷く。そんな彼に仲間達も言う。


「それならオレも一緒に行くぜ、颯炎の貴公子」

「でも、私達のお父さんお母さんが捕まってる北の大陸に行く話はどうするの? 颯炎の貴公子」

「北の大陸には出来る限り多くの戦力が必要だよね。全員が揃わない状態で行くのは危険だよ。北の大陸に行くのは後にする? 颯炎の貴公子」

「みんなやめてえええええ!」


 口々に称号を言われて、秀馬は羞恥に叫ぶ。そんな中で煉が発言する。


「昨日から考えていた事だが、まずは少数でこっそりと北の大陸に潜入して、大陸の構造とか、人質の場所とかを調べて、すぐに帰ってくる、というのはどうだ?」

「少数!? それは危険じゃねぇか?」


  驚きの声を上げたのは創平だった。煉は彼以外にも驚いている者が多くいることを確認し、説明する。


「ああ、だからこそ戦闘は出来るだけ避ける様にする。そして、危ないと感じたら迷わずに逃げる。困難なミッションではあるが、最終的に魔王という強敵と戦うのならば、この程度のリスクを負うのもやむを得ないと考える。まあ、あくまで一つの案として受け取ってくれ。そして俺はこれに参加するつもりだ」


 勇者達は納得する者と、厳しいのではないかと疑問視する者が半々である。そこで小雪が言う。


「私は煉君に賛成です。神代君のところに行く班、北の大陸の偵察をする班、このエルフリードに残る班の三つに別れることを新たに提案します」


 その言葉を皮切りに、他にも様々な案が出され、場は混乱に包まれた。その様子を見てラグエルはやれやれと呟く。


「何でも良いからさっさと終わらせろ」


 その言葉は無視され、勇者達の会議は続いた。

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