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困惑の優等生

 宿屋を出た咲哉に梗が食って掛かる。


「咲哉、何で止めたんだよ! アイツ、ムカつくだろうが!」

「そんなことしても意味ねーからだよ。お前が何を言おーが、アイツの心には何にも響かねーの」


 咲哉は冷たく言い返す。怒りが収まらない様子の梗に、今度は鈴が言う。


「なんつーか、本当に哀れよアンタ。あのアンタの事なんかまったく気にも止めない眼を見た?」

「はぁ?」

「だから、アイツにとってアンタは心底どうでもいいってことよ。殴り倒されようとね」


 その言葉は梗の頭へと一気に血を上らせた。思わず鈴に殴りかかろうとした彼の背中に、咲哉が蹴りを入れ、倒れた背中を踏みつける。


「ぐっ……」

「鈴に八つ当たりすんな。そんなんだから神代にも相手にされねーんだよ」

「うるせえ! 放せ!」


 咲哉の右足の下で梗はもがく。他の者達はどうすれば良いのかと戸惑っている。咲哉は梗へと言葉を放つ。


「相手にされねーだけ幸せだと思え」


 咲哉は梗を解放する。ゲホゲホと咳き込む彼に、咲哉は言う。


「これだけは覚えておけ、神代は一線を超えた相手には容赦しねーんだよ」


 その眼は鋭く細められている。藍にはそれが、何かに怯えているようにも見えた。彼女が口を開こうとするのに気付いた夏威斗が話題を提供する。


「それにしても、神代が言うには俺達の親もこの世界に来たって話じゃねーか。そんで魔王軍に捕まってて人質にされて、永井ちゃんとかは魔王軍についてる」


 その言葉によって、一同に沈黙が訪れる。その沈黙を亮が破る。


「そんじゃ、すぐに助けに行こうぜ。北の大陸にいるんだろ?」

「そうだね! 行こう!」


 沙里も便乗して言う。そこに鈴が発言する。


「そう簡単に済む問題じゃないでしょ」

「どういうこと? 鈴。パパやママがいるかも知れないんだから、行った方が良いっしょ」


 鈴に質問するのは優奈。そんな彼女に鈴は説明する。


「あのね、アンタらの親達が捕まってるから、真弥達は魔王に歯向かえずに、あっちについてるんでしょ? そこに私達が行ったって、同じ様に人質にされて何も出来ないってオチよ」

「じゃあ、何もしないでほっとくっつーの?」

「そうは言ってない。無策で突っ込むのはバカがすることだって言ってんの」


 優奈の反論に、鈴は冷静に返す。


「策って何よ!」

「人質が通用しない奴に行ってもらうとか。例えば、この国の軍……まあ、この国じゃなくても良いんだけどね。神代がいるっていうリノルーヴァとかでも。ソイツらと魔王軍が戦ってる隙に人質の場所を探って、こっそりと解放する」

「そんじゃあ今からあの皇帝のとこに行って……!」


 その言葉に鈴は頷く。


「今のところ、それしか方法が思い付かないわね……それにしても」

「どうした?」


 何かを思い出したように呟く鈴に、夏威斗が問う。


「他のメンツ――委員長とかもこれは知んないでしょ、藍」

「ええ……?」


 鈴の言いたいことを察した藍は嫌そうな顔になる。だが鈴の眼が細められると、不承不承といった様子で頷いた。


 藍はユニークスキル『繋がりコネクト』を発動する。これは同じユニークスキルを持つ彼女の双子の妹である椿と、離れている距離に比例した魔力を消費して使うもので、言葉を交わしたり、ステータスの数値を貸し借りすることができる。現在は夜であったが椿は普通に起きており、話をすることが出来た。椿とはここ数年不仲であり、ユニークスキルもほとんど使ってこなかったが、鈴に言われれば仕方ない。


「話は終わった?」

「うん。お父さん達が召喚されたことは知ってたみたいだけど、その後どうなったかは知らなかったみたいでめっちゃビビってた」

「そんで、向こうは何だって?」


 咲哉が割り込むように聞く。藍はそれに少し声を上ずらせつつ答える。


「う、うん。じゃあ今から話すね」


 藍は言葉を紡ぎ出す。彼女の態度を鈴は少し気になったが、黙って話を聞いた。



 ◇



 エルフリード王国王都エルフリード、勇者達に与えられたの館の一室。姉である藍からの話を聞いた数原椿は冷静に情報を整理する。髪を茶髪に染めた、垢抜けた雰囲気の藍とは対照的に、黒髪で眼鏡をかけた理知的な雰囲気の彼女は自室を出て、友人達が集まる女子用の大部屋へと向かう。案の定友人達は何人か集まって談笑をしていた。


「おー、椿。書類の整理は終わったー?」

「まだ。今ちょっと藍から連絡が来てね……」


 声をかけてきた浅木初音あさぎはつねに椿は答える。


「へぇー、珍しいねー。それで?」

「ラフトティヴに神代君が来て、色んな事を教えてくれたんだって。妖精族が召喚したっていう私達の両親や友達に会って、その後四乱狂華のパッシフローラに遭遇してからの状況を私達は知らなかったよね?」

「うんうん」


 話に割り込んできた緑野星羅みどりのせらが興味深そうに話を待つ。椿は緊張しながら答える。


「パッシフローラは私達のお父さんお母さん達を捕まえてるみたいなの」


 その場は凍り付く。


「それってどういうこと……?」

「藍もパニックで冷静じゃなかったから、私の受け取り方が間違っている可能性があるっていうか、間違っていて欲しいんだけど……、とにかく、お父さん達を人質にして真弥達を従わせてるみたいなの」


 声を震わせながら説明する椿。一同が絶句する中声を出したのは京都出身の少女、御堂小雪である。家の事情により、クラスメートには内緒で故意にこの世界にやってきた彼女の両親はこの世界には来ていない。それを分かっている為か、彼女は自然体である。


「それは……厄介なことになりましたね。ただでさえ魔王軍の強さは半端なものでは無いのに、真弥さん達も敵に加わってしまった。そして私達も人質をちらつかされれば向こう側に付かざるを得ないと言う訳ですね」


 普段通りおっとりとしている彼女を、椿は頼もしく思う。彼女を見ていると椿自身も少しは落ち着けた気がした。


「うん……助けに行くにしても、魔王軍は強いからね。人質の有り無しに拘わらず、簡単に勝てる相手じゃない。敵の兵士くらいなら何とかなるけど、四乱狂華が出てきたら苦戦は免れない。ましてや、それより強いという魔王ヴァーグリッドに出会ってしまえば……」

「詳しいことは皆で集まってから話そ? ちょっと藤川君達呼んでくる」


 そう言って立ち上がった星羅は男子用の大部屋に向かい、藤川秀馬達男子メンバーや、この場にいなかった女子達を、簡単に事情を伝えた上で連れてきた。合計十七人――この館にいる勇者全員が集まった。他にも妖精族や獣人族もいた。彼らを仕切るように発言したのは、当然と言うべきか秀馬だった。


「みんな事情は聞いているね。改めて、これからどうするかの話し合いをしたいと思う。まず、魔王のいる北の大陸にはすぐにでも行くべきか、それとも時期を待つべきか」


 その問い掛けには一様に、すぐにでも行くべきであるという答えが帰ってきた。


「うん、そうだね。でもそう単純な問題じゃない。少しでも敵を刺激したら、人質がどうなるかは分からない。だからこそ、慎重に考えないといけない。数原椿さんの能力で国見君達とも意見を交わし合ってね」

「能力で魔力を失うのは発動した側だけだから、私は今からでも藍と話は出来るよ」

「でも今はまだ良いよ。こっちである程度話がまとまってから向こうとも話し合った方がいい」

「というより、俺達も少し落ち着いてから話し合った方が良い気がするが」


 そう指摘したのは京都出身の司東煉。今、この大部屋は混乱により騒々しく、皆冷静さを欠いている状況だった。確かにこの状況で話し合ってもまとまらないだろうと思った秀馬は全員に解散を命じた。しかし喧騒は収まらない。


(こういう時、永井さんならみんなをまとめてくれてたなぁ)


 今敵となっている永井真弥の事を思い出しながらその場を静めようとするが、上手くいかない。


「黙れよお前ら」


 そんな中かけられた武藤厳の、中学生離れした威厳のある声によって、静寂が訪れる。厳は続ける。


「頭を冷やせ。敵は如何なる手段をも使う外道共だ。何の考えも無しに向かえば負けるのはこちらだ。こういう言い方もどうかと思うが、どうせ捕まってから何日も経っている。そして人質として使う以上、何もしなければ命は保証されているはずだ。無論俺だって、出来る限り早く助けて、元の世界にも帰りたい。お前達だってそうだろう。その為には頭を使え。闇雲に突っ走るな。一見遠回りに見える道を通ってでも確実に目的を果たすことを考えろ」


 厳の言葉にその場の全員が引き込まれていた。そんな中で親友の秀馬だけは、厳自身も焦っていて、言葉も自分自身に言い聞かせている事なのを見抜いていた。だがそれでも、恐慌に陥るクラスメート達を落ち着かせる事――自分に出来なかった事が出来たのに対し感謝をしていた。厳によって静かになった大部屋の中で秀馬は言う。


「みんなそれぞれ言いたいことはあると思う。でもそれは、明日の朝までみんなの中で整理して欲しい。朝になったら改めて話し合おう。じゃあ、今日は解散!」


 その言葉に従って、彼らは各の部屋へと帰っていった。


「厳、ありがとう」

「感謝する事ではない。俺だって人の事をどうこう言える立場では無いしな」

「それでも、誰かが言わなくちゃいけなかった」


 秀馬に礼を言われて謙遜する厳は、畳み掛けられた言葉から話題をそらす。

 

「絶対に助けないとな。親父達も、永井達も」

「そうだね」


 秀馬は小さく頷く。そして彼らも他の者達同様に、それぞれの自室へと向かった。

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