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不良との再会

 本来ならば店に有るものをその場で買う予定であったが、急遽三日かかる事になってしまった。無論、良いものが手に入るのであれば何日でも待てる聖騎だが、マニーラとの実力を見せるという約束は先伸ばしになった。その旨を謝罪し、あらかじめシウルが予約していた宿の自室に行った。これまで宿に泊まる度にろくな目に合わなかった聖騎であったが、シウルも何度か使用している、信用のできる老舗の宿との事だった。なお、シウルは国内の貴族が主催するパーティーに参加している。聖騎も誘われていたが、断った。


 その後夕食をとるべく、宿屋一階の酒場へと足を運ぶ。パラディンとしての服装は全て解除して、ただの旅人の少年という体で宿屋を使っている。パンとサラダとミルクを注文し、運ばれるのを待っていると、彼の座っていたテーブルに見慣れた――しかし久しぶりの顔が現れた。


「よ、神代」

「久しぶりだね……えーっと、『掘る者ディガー』」

「西崎夏威斗だっての。どうしたお前? こんなとこに来てよ」


 夏威斗は呆れるように名乗る。聖騎は彼の問に答える。


「まあ、ちょっと用事があってね」

「あの不審者みたいなカッコのもアンタなの?」

「不審者……」


 次に投げ掛けられた桐岡鈴の質問に、聖騎は小さく呟く。


「ほら、何かパラディンとか名乗ってる根暗な感じの奴がアンタなんじゃないかって」

「……うん、そうだよ。あまり他の人には知られたくないんだけれどね」

 

 聖騎は声を潜めながら周りを見渡す。店内は賑わっており、聖騎達に視線を向ける事なく、仲間達と談笑しながら酒を飲み交わしている光景が広がっていた。


「でもよ」


 その声が響いた瞬間、店内の空気が凍り付く。声の主は国見咲哉。彼が一言呟いただけで店員や客の注目を集めた。


「うぜー」


 咲哉が更に一言呟くと、店員や客達は慌てて視線を戻す。その光景に聖騎は思わず呟く。


「随分と有名人なんだね」

「まー、色々あったんだよ。つーかお前、俺達がずっとついてきてた事気付いてたくせにシカトしてただろ」


 咲哉は藍と共に大宮殿から聖騎が出ていく様子を見ていた。その後ジルルード工房に向かい、次にディナイン工房に行き、人気のない場所に行ってパラディンの服装を解除――ローブは裏返しにして風呂敷のように使っている――し、この宿屋に入る様子までを確認していた。その途中で夏威斗や鈴なども合流し、結果的に九人全員で尾行することになったという経緯である。『第六感』スキルを持つ聖騎は自分を追うものがいる事に気付いていたし、咲哉も気付かれている事に気付いていた。


「買い被らないでよ。僕はここで話しかけられてやっと君達に気付いたのだから」

「チッ……まーいい。とにかくお前は今何してんだ? 何か英雄とか呼ばれてるみてーだけどよ」

「まあ、僕達が元の世界に帰るには魔王を倒さなくてはいけないことになっているからね。その為には人が結束する必要がある。だからまずはその足掛かりとしてリノルーヴァ帝国を統一するお手伝いをしているんだよ」

「手伝いだぁ?」


 咲哉は問い返す。


「僕はとある勢力の味方をすることになってね、その勢力を勝たせるために、この国の皇帝陛下を味方に引き入れようとしているわけ」

「でもお前、前はこの世界の人間なんか味方にしても当てになんねーとか言ってたじゃねーか」

「この世界の人間が馬鹿に出来ない存在だということは、君もよく分かっているんじゃないかな」


 咲哉がこの国の皇帝との試合で負けたという話を耳にしていた聖騎は指摘する。


「ああ?」

「それはともかくとして、君達は今何をしているのかな?」


 咲哉の人も殺せそうな睨みを無視して、聖騎は質問する。それに答えたのは鈴だった。


「私と咲哉と西崎はヴェルダリオンっつーロボで巨人と戦ってる。佐藤はユニークスキルでヴェルダリオンを造る手伝い、あとはこの国の兵士みたいな感じ。まあ、みんな貴族ンとこに拾って貰って、結構ゴージャスな暮らしをしてるわよ」

「その言葉だけ聞くと、今の生活に満足してるからずっとこのままでいたい、って言っているように聞こえるのだけれど」


 その言葉に鈴は黙る。その場に沈黙が訪れようとしたとき、聖騎が注文した料理が運ばれてきた。店員の若い女は明らかに咲哉を恐れている様子だった。そんな彼女に咲哉が肉料理と酒を注文すると、他の者達も続々と注文を出した。酒はすぐに運ばれてきた。その独特の匂いに聖騎は鼻をつまむ。その様子を見た吉原優奈よしわらゆなが馬鹿にするように笑う。


「キャハハッ、神代酒飲めねぇの? マジウケる」


 便乗して数原藍や有森沙里ありもりさり、佐藤翔、鈴木亮、高橋梗といった面々も笑い出した。しかし聖騎が何も反応しないのを見ると露骨に不快そうな表情になる。


「チッ」

「ったく、相変わらずだな、お前は」


 次々と舌打ちが鳴る中、夏威斗は苦笑する。元の世界にいた頃、何を言っても聞く耳を持たなかった聖騎に、夏威斗も苛立っていた時期があった。小学生の頃の話である。


「まぁ、それは良いとして神代、アンタは確か真弥達と一緒じゃなかった? 今どこにいんのよ?」


 不意に鈴が質問する。聖騎はエルフリード王国からシュヌティア大陸の旅路において起きた出来事を思い出す。シュヌティア大陸の妖精族が聖騎のクラスメートの親達を召喚したこと、彼らに出会ったこと、その後シュヌティア大陸で舞島水姫と、四乱狂華・パッシフローラと戦ったこと、水姫が使う空間魔法で一人取り残されたこと、その後親達を人質に取られた永井真弥達が敵側についたこと……。聖騎はあらかじめ驚かないようにと注意してからこれらの話をしたが、結局全員驚いていた。


「それって、オレの親もこの世界に来てて、しかも魔王軍に捕まってるって事か!?」

「君の親がいたのかは分からないけれど、僕の言った事は本当だよ。一部、仲間になった妖精族に教えてもらったことも有るけれどね」


 動揺する夏威斗に聖騎は答える。すると優奈は言った。


「つーかさー、何でコイツだけ無事な訳? 真弥とかのこと見捨てて、一人で逃げたんでしょ」

「うわっ、マジクズじゃん」


 藍も聖騎を批難する。他にも軽蔑の視線が次々と投げ掛けられるが、聖騎は涼しい顔である。その様子に苛立ちを覚えた梗がその顔面に拳を叩き込む。


「うぐっ……」

「ざっけんなよ! テメーが本当に見捨てて逃げたかどうかは別として、そこは申し訳なさそうにするもんじゃねぇのか!?」


 聖騎の背中は床に叩き付けられ、座っていた椅子の背もたれは破損する。藍や優奈、沙里といった女子達は悲鳴を上げ、他の客達も驚く。梗が追撃を加えようとしたところで咲哉が言う。


「やめとけ」

「咲哉、コイツは……!」

「やめとけ」


 不満そうな梗に咲哉はもう一度言った。その気迫に梗のみならず翔や亮も押し黙る。それを尻目に咲哉は怯える女店員の所へと歩き、袋から適当に何枚かの金貨を取り出して渡す。


「メシ代と椅子の修理代だ。悪かったな」

「い、いえ……そんな!」


 その金額は払いすぎとも言える量だった。 店員の戸惑う声などに耳を貸さず、咲哉は仲間達に告げる。


「帰るぞ」


 仲間達の返事も待たずに咲哉は店を出る。その後夏威斗と鈴も店を出て、他の者達も聖騎への不満を露にしながらしぶしぶそれに続く。聖騎が顔をさすりながら立ち上がると、女店員が替えの椅子を持ってきた。


「大丈夫ですか……?」

「はい、大丈夫です」


 聖騎が新たな椅子に座る。すると女店員は何やらソワソワしていた。


「あの、お客様。クニミ・サクヤ様とはお友達なんですか?」

「いや……知り合いではありますが友達と呼べる程の関係ではありませんね」

「そうですか……」


 女店員はしょんぼりと肩を落とす。それを怪訝に思いながらも、聖騎は残っていた食事に意識を移す。その後語られた女店員の「最初は怖い人かと思っていたが実はいい人だった」という主旨の咲哉への思いがつらつらと述べられたが、聖騎の耳には入らなかった。

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