天才技師
「あらぁ、いらっしゃいませぇ……うん?」
神代聖騎は現在、マニーラより紹介されたジルルード工房――――ではなく、女装技師ローリュート・ディナインの経営するディナイン工房に来ていた。白マスク黒ローブ姿で。
「ガイン・ジルルード様よりあなたの事を紹介されて、参りました。リノルーヴァ帝国のパラディンと申します」
「あぁ、師匠から……というコトは、ウチがどんな店かってのも聞いてるのね?」
「はい。観察眼に優れた技師に、顧客に相応しい神御使杖をオーダーメイドで作って頂けると伺っております」
ローリュートの珍妙な話し方と見た目については何も聞いていなかったが、聖騎は特に疑問に思うことなく彼と話す。そんな聖騎を値踏みするようにローリュートは聞く。ちなみに、ガインは一人で店に行くことを推奨したため、案内係はいない。
「ふぅーん。ところで、どういう経緯でウチを紹介されたのかしら?」
「はい。折角腕の良い技師の店を訪れたので、第一階級を購入したいと申したところ、店員様方の嘲笑を頂きました。そこで私が彼らに、軽く実力をお見せしたところ、腰を抜かされて……その後様子を見に来られたジルルード様に事態を説明し、高階級の神御使杖ならばディナイン様の店の方が良いと紹介されました」
「へぇ、なんかアンタが嫌味なヤツってコトは分かったわ。一応敬語は使ってるケド、内心人を見下してるのがひしひしと伝わってくるわね。で、実力を見せるって具体的に何をしたの?」
初見の客相手に平気で毒を吐きつつ、ローリュートは質問を重ねる。
「まあ、室内で攻撃魔術を使うわけにもいきませんので、店内の従業員全員に回復魔術をかけさせて頂きました。魔力を5000ほど消費しましてね」
「またその言い方がウザいわね。にしても5000を遊びで使うなんて、アンタの最大魔力量どんくらいよ?」
基本的に、人族の最大魔力量は2000程度でかなり多いと言われている。
「ご想像にお任せします」
「ふぅん。まあ取り合えずは良いとするわ。で、アタシにアンタ専用の神御使杖を作れって?」
「はい、あなたに可能な限りで最高の神御使杖を作って頂けませんか。一応お金ならいくらでもあります」
ローリュートの言葉に聖騎は、ローブの中から沢山の金貨が入った袋をジャラジャラと鳴らして取り出す。
「ホント生意気ねアンタ。まあ、貴重なお客様だし、作ったげるわよ。でも、技術的ではなく材料的な意味で、第一階級の神御使杖は作れないわ。多分師匠のトコで聞いてると思うケド」
「はい、存じております」
神御使杖の階級は、使用される神力受球の性能によって変わる。一般的に流通している神力受球は最高で第四階級で、ローリュートが独自のルートで手に入れた最高級のものでも第三階級である。ちなみにシュレイナー・ラフトティヴの神御使杖は第二階級で、ガイン・ジルルードが八年前に作ったものである。高階級の神力受球ほど容易に手に入らない上に加工が困難であり、第二階級ですらシュレイナーが所持しているものが唯一だと言われており、第一階級は確認されておらず幻だとされている。何故存在が確認されていないものに階級が割り当てられているのかは、この世界の人間には分からない。
そんな有りもしないとされているものを要求したのは聖騎の無知ゆえであり、もし有ったとしても何処の馬の骨だか分からない輩に使わせる訳がないということで聖騎は笑われたのだが、客商売として客を笑うなどという行為はジルルード工房ではご法度である。
「じゃあ、第三階級で作るわよ。適性属性は?」
「光属性です」
「ふぅん、似合わないわねぇ。……んーっとぉ、よし」
ローリュートは工房にある棚から、光属性に対応する神力受球を探しだした。神力受球には十三あるうちのいずれかの属性の魔力のにみ反応するという特性がある。もしも二つの属性に適性を持つ者がいれば、神御使杖はそれぞれの属性に合わせたものを一本ずつ用意しないといけない。
光属性に対応する白い神力受球は、二十立方メートルほどの、石のようにゴツゴツとした外見だった。杖の先端にはめられている綺麗な球状のものしか見たことがない聖騎は少し驚く。
「これを磨いてまん丸にするのよ。ところでアンタ、今使ってる神御使杖見せてみて」
「分かりました……これと、これです。どちらも第七階級です」
聖騎は頷いてローブの中をゴソゴソとあさり、リノルーヴァ製の神御使杖を取り出す。ついでに、神力受球にヒビが入っているエルフリード製のものも取り出して見せた。エルフリード製のものを見てローリュートは尋ねる。
「これ、どんくらいの間使ったのよ?」
「大体百二十日くらいですね。ちなみにこちらは十日程です」
「百二十日……見た感じそこそこしっかり作ってある感じがするし、普通なら五、六年くらいもちそうなんだけど……それほど負荷のかかる使い方してた訳ね」
「何分、魔術師になって日が浅いものでして」
「まあ、仕方ないわね。使われてる神力受球の階級が高いほど丈夫な上に魔力変換効率も高いから、あなたは高階級の神御使杖を使わざるを得ないわね。分かるかしら、コレとコレの質の違いが」
ローリュートは聖騎が出した第七階級神御使杖と、第三階級の神力受球を見せる。聖騎がそれを見比べてみると、第七階級の方には濁りが見えた。そして、今までちゃんと見比べていなかったエルフリード製のものとリノルーヴァ製のものとを比べてみると、リノルーヴァ製のものは若干更に濁っていた。
「気付いたようね。こっちは多分、本当は第八階級。アンタ、結構マヌケなのね」
「……」
ローリュートの指摘に、聖騎は羞恥の為か何も答えない。
「まあとにかく、この第三階級神力受球を使ってアンタの神御使杖を作るわ。文句ある?」
「今の話を聞くと、それが本当に第三階級だと信用するのが躊躇われるのですが」
「信じる信じないは勝手にどうぞ。でもアタシは、仕事に関してウソを付くことは絶対にしないから」
懐疑心を捨てられない聖騎であったが、ローリュートのまっすぐな眼差しを見て信用してみようと思った。それに、他に神御使杖技師に当てなどない。
「その言葉、信じましょう。よろしくお願いします」
「まっかせなさーい! そんじゃ、信用ついでに、アンタのステータスカードを見せてくれないかしら? そのダサい仮面も取って」
聖騎は思わず凍り付く。幾らなんでもそれは踏み込みすぎではないかと疑問を持った。そもそも、必要性が見当たらない。
「理由は何でしょう? 神御使杖を作るのに私が何者であるかなど関係無いはずです」
「大アリよ。アタシはステータスの数値とか、称号とか、そういうのからその人に合った性能とデザインを考えんのよ」
「デザインなんて何だって良いでしょう。それに、性能……?」
「アタシが作るものは、美しくなくてはいけないの。だから、その人にとって一番似合う、その人の為だけのオンリーワンなデザインを作るってのがアタシのポリシーなのよ。それに、神御使杖の性能だって色々あるわ。ただ軽さだけを求めるとか、接近戦になったときに武器としても使えるようにするとか、後はデザインの話とも繋がるんだけど、神御使杖の先端の形状次第では、変換して可視化した魔力の形を最初から固めた状態で魔術が使えるのよ」
「それは……どういうことでしょう?」
聖騎は問う。
「魔術を使うときに、槍とかナイフとか、どんな形にするかを指定して呪文を唱えるでしょ? でも、あらかじめ魔力の流れを誘導しておけば、呪文をちょっと省略して発動出来るのよ…………まあ、その為にアンタのコトを出来るだけ知りたいってワケよ」
「しかし……」
熱く語るローリュートの言葉に納得はしつつも、聖騎はどうしても自分の事を晒すのに迷いがあった。自分が異世界から召喚された勇者であることを、あまり言いたくは無かった。ステータスには、彼の弱点――体力と防御力と俊敏性が極めて低く、接近戦はからっきし出来ないこと――も記されている。
だが一方で、言葉で現すのは困難な、同族の匂いのようなものも聖騎は感じていた。自らの目的の為ならば人にどう思われようと何だってする、貪欲な者特有の匂い。サリエル・レシルーニアが知識を求める様に、『七番目』が強敵を求める様に、そして自分が、自分をこの世界へと無理矢理連れ出した相手への報復を求める様に、目の前の人物も何かを求めている――そんな直感が彼にはあった。
「あらかじめ言っておきます。もしも私のカードを見れば、あなたは驚くかもしれません」
「ま、アンタがタダ者じゃないコトくらい分かってるし驚かないわ。アンタがアタシに『技師としての腕』だけを求めてるのと同じで、アタシもアンタに『お金をたっぷりくれる相手』以上の価値を求めてない」
内心を見透かすローリュートの返答に、聖騎は苦笑する。感情ではなく互いの利用価値だけで繋がるギブアンドテイクの関係は、彼が最も好む人間関係の形である。聖騎はスッと仮面に右手を当て、外す。ローブのフードを振り払い、中からは艶やかな黒髪と中性的な表情が露になる。
「では、君に僕の全てをさらけ出そう。最高の逸品を期待しているよ、ローリュート・ディナイン」
ローブ中からステータスカードを取り出し、ローリュートへと見せ付ける。カードに一頻り眼を通した
ローリュートは呟く。
「異世界人……カミシロ・マサキ……」
「そう、僕の名前は神代聖騎。とある世界からやって来た異世界人だよ」
異世界――その言葉はローリュートの興味を掻き立てた。ひたすら美を求める彼は、未知の美が異世界にあるのではないかとしばしば夢想している。ローリュートはすぐに妄想から現実へと戻る。
「それじゃ三日で作るわ……その時に、返しに来てね」
そう言って、ローリュートは聖騎に自分のステータスカードを渡した。聖騎は小さく笑って仮面を被り、工房を後にした。その背中を見送り、ローリュートは呟く。
「心抉の外道、操魂の堕天使、蹂躙英雄……これらの称号を見るだけでも、まともじゃないコトは分かるわねぇ……。カミシロ・マサキ。見た目も中々だったし」
ローリュートはカードに視線を戻し、更に声を漏らす。
「もしかしたら、あの子が私のヴェルダリオンに相応しいのかも知れないわね」
その口許には、小さな笑みが浮かんでいた。