周りは敵だらけ
話を振られたシウルは話題を切り出す。
「ご存知かと思いますが私達の国、リノルーヴァ帝国では各地で戦争が繰り広げられています。最近ではこのパラディンの活躍により無条件降伏をしてくる勢力も増え、戦争も収束してきていますが、それでも依然として国内にはピリピリとした空気が蔓延しています。そこで、貴国の協力を得ることでこの戦争を終わらせ、リノルーヴァを統一したいと考えております。もし宜しければ、私共に御協力ください」
頭を下げるシウル。聖騎もそれに倣う。するとマニーラが言葉を返す。
「協力とは……具体的に何をすればよろしいでしょう?」
「貴国が私共に協力するという事を、リノルーヴァ中に轟くように宣言して頂きたいのです。さすれば、貴国の武名に恐れをなして、降伏する家も出てくるでしょう」
「左様ですか。では、現在我が国が莫大な富を得ている事はご存じでしょうか?」
マニーラの返しに、シウルは苦い顔で答える。
「戦争中の我が国各地に武器を売り付けて利益を得ている事は存じております」
「ならば、分かるでしょう。貴国の戦争は私達にとって都合が良いのです。そんな財源をみすみす手放すわけが無いでしょう?」
マニーラは余裕の表情で言う。両陣営間には圧倒的な力の差がある。そして、マニーラがシウルに言わせたい事はシウルにも、聖騎にも分かる。
「私共がリノルーヴァを統一した暁には、貴国の属国となることを約束しましょう」
「そのメリットは何でございましょう?」
マニーラは尋ねる。その口許には薄い笑みが張り付いていた。
「メリット……ですか」
「ええ。あなた達と同じ様に我が国へと擦り寄ってくる家は数多ございますので。他の家とは違う、あなた達の強みを教えて下さい。……ああ、自分達が現在のリノルーヴァ帝国の中で最大勢力だから……などという理由は控えて下さいね。私達から見ればあなた達などドングリの背比べです」
完全に舐めきった態度でマニーラは問う。聖騎は「ドングリの背比べ」という言葉は実際にどのような言葉が使われ、翻訳されたのかが少し気になった。彼の隣のシウルは、マニーラの態度にも不快感を示さずに答える。
「私達の強み……それはこの、パラディンという存在です」
「ほう?」
マニーラは眉をひそめる。
「彼は私が今までに見た誰よりも、魔術の才能に秀でています。先日の戦闘では数十万の敵兵を一回の攻撃で全滅させ、その直後に一瞬で全員を復活させる……という活躍を見せました」
「マジで!?」
その言葉に驚きの声を上げたのはシュレイナーだ。彼が目をキラキラと輝かせて聖騎を見る一方で、マニーラは疑わしげである。
「私もその様な噂話は耳に入れましたが……それは誇張でしょう? それを実行するのにどれだけの魔力と魔攻の数値が必要なのかは想像も付きませんが。ステータスカードはお持ちでしょう? お見せください」
その言葉に聖騎は焦る。ステータスカードを見せることは、今まで隠してきた全てをさらけ出す事になる。手の内を全て晒してしまうということは、もしも敵対することになった場合不利になる。彼は困ったようにシウルを見ると、彼は小さく笑い、マニーラに言う。
「彼の実力は後程、実際に目にして頂きましょう」
「あくまで、カードは見せたくないと?」
「この場で重要なのは彼の実力です」
「……まあ、良いでしょう。ではそれは後でお願いします。しかし、パラディン様があなたの言う通りの強さで、必要な時には私達の力になって頂けるとして、それだけでしょうか?」
しぶしぶながらも頷くマニーラは、協力の代償の提示を更に促す。シウルは「待ってました」と言わんばかりに口許を小さく緩める。
「実はこのパラディンは私ではなく、私の妹であるメルン・ラクノンの臣下です。そして実はここからが本題なのですが――」
そこまで聞いて、聖騎は嫌な予感を覚える。そして、その予感は間違っていなかった。
「――メルンを、シュレイナー様と婚約させて頂きたいのです」
その言葉にマニーラが驚くことはない。これまでもシュレイナーに娘を差し出すと言ってきた貴族達は何人もいる。それが妹だというケースは初めてであるが、それは些細な問題である。そもそもメルンが当主の娘であることを考えると、他と何一つ変わらない。
「ソイツ、可愛いのか!? ここには来てねぇの!?」
「はい。我が妹ながら、中々の容姿だと思っております。そして武芸の腕も、シュレイナー様には遠く及ばないとは言えかなりのものです。残念ながら、本日はお見せする事が出来ませんでしたが、いずれはお見せ致します」
食い付いたシュレイナーに、シウルは答える。ちなみにシュレイナーは未婚である。余談だがシウルは既に結婚しており、三歳の息子までいる。彼らの会話を聞きながら聖騎は考える。
(ここでメルンを政略結婚に使うとは。彼女がラフトティヴに嫁いでしまえば、リノルーヴァの長になることが出来ない。だからこそ、別の人と結婚してもらうつもりだったのに……。でも、何故この話を僕の隣でしたんだろう。僕がいない間に話を進めておけば良かったのに。僕の実力云々の話も、僕がここにいなくたって出来たはず。シウルは何を考えている……?)
正面のみならず隣にも敵がいることに、聖騎は内心で頭を抱える。取り合えずは状況を見守る事にした。するとマニーラが口を開く。シュレイナーが未婚なのは彼女が、国内外から来る政略結婚の話から、どの家の娘を正室にするべきかを慎重に考えているからである。この世界において、権力者が二十五歳で独身というのは珍しい部類である。
「なるほど、前向きに考えておきましょう」
「是非、よろしくお願いします」
シウルは頭を下げる。聖騎もそれに倣うが、彼としては前向きに考えられたら困る。そこで彼は質問する。
「シュレイナー様には、他にどの様な方が婚約の話を持ち掛けていらっしゃるのです?」
「残念ですがお答えできません。下手に言ってしまって、その相手を暗殺されても困りますので」
「確かにそうですね……申し訳有りません」
聖騎は暗殺などするつもりはなく、むしろその人物との婚約が上手くいくように取り計らうつもりであったが、あっさりと断られてしまう。彼が内心で歯噛みしているとマニーラは言う。
「では、そちらからのお話は以上でしょうか?」
「はい。私からはこれ以上何もございません」
「私からも有りません。貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます」
シウルと聖騎は頭を下げる。
「分かりました。ところで皆様はまだしばらくこの国にいらっしゃる予定でしたね」
「はい。他にも色々と用事があります。……それと、このパラディンは腕の良い神御使杖の職人を探しているのですが、ご紹介頂けませんか?」
「ならばジルルード工房のガイン・ジルルード氏は如何でしょうか? 職人としての腕と人間性を兼ね備えた、すばらしい人物です。部下に案内させましょうか」
「お願いします」
わざわざ『人間性』という言葉を強調したのが聖騎は気になったが、それを隠して頭を下げた。やがて聖騎とシウルは退室し、その際に部屋の外で待機していた兵士にマニーラは、聖騎を案内するよう言い付けた。