英雄
「なんだ、ありゃ?」
ラフトティヴ大宮殿にどこかの国の兵が入っていく様子を眺めていた国見咲哉が呟く。その問に答えたのは、数原藍だ。
「リノルーヴァの貴族と、英雄だって」
「英雄だぁ?」
「一人で百万の兵士を一瞬で倒したとか何とか。あのいかにもネクラって感じのカッコのヤツのことね」
ちなみに彼らは今、とある貴族の館で世話になっている。この国に訪れ、武闘大会に参加して好成績を見せつけた咲哉達九人の勇者は皇帝シュレイナーに気に入られ、兵士として使いたいと言われた。咲哉達はそれを拒否した。しかし紆余曲折あって、咲哉は与えられたヴェルダリオンによる巨人族との戦闘に惹かれ、その為にこの国で戦う事を決めた。仲間には反対する者もいたが、彼らの中でも影響力を持つ西崎夏威斗と桐岡鈴に説得され、しぶしぶ従った。
取り合えずこの国にしばらくいる事になった彼らだが、宿屋を何日も使うのは金銭的な問題があり現実的ではない。そんな彼らに貴族達が目をつけた。一人一人がかなりの実力を持つ――シュレイナーに負けるのは当たり前であり、むしろ善戦した事をかなり評価された――咲哉達を味方に引き込むべく、こぞって住む場所を提供すると言い出した。それらを信用できない咲哉達であったが、寝る場所が確保できない以上背に腹は変えられないと、差しのべられた手を受け取った。相手の貴族は三人という事で、国見咲哉、西崎夏威斗、桐岡鈴の3トップがバラバラに別れ、各家に三人ずつお世話になる事になった。咲哉と一緒に来たのは今彼と話していた数原藍と、佐藤翔である。藍のユニークスキルは、同じユニークスキルを持つ彼女の双子の妹である数原椿と、どんなに離れていても言葉を交わし、そしてステータスを共有出来る『繋がり』である。ちなみに椿は今、エルフリード王国にいる。
そして翔のユニークスキルは、無から金属を生み出し、武器などを創る事が出来る『創り』。その能力はこの国においてかなりの需要があり、彼は今ヴェルダリオンの製造に関わっていて、彼らを受け持った貴族の利益に貢献している。
「にしても百万を一瞬ってマジか? マジだったらヤベーだろ」
「まー、その辺は誇張が入ってるかもね。あくまで噂だし。でも、そんな噂が立つくらいだしさー、あながちデタラメとも言い切れないと思うよー」
「ふーん」
「名前はパラディンだってさー」
軽い口調で咲哉と藍が会話する。鈴を通して交流を持つようになった彼らは気心の知れた関係である。
「パラディン……そういやこの世界ってたまに英語の言葉が出てくるよな。四乱狂華の名前は俺達の世界の植物からとってるみてーだし、神力受球やら神御使杖とかステータスとかスキルとかまんま英語だし。ただ、これは……」
「うん?」
「パラディンは日本語で聖騎士……聖なる騎士って書くんだけどよ」
咲哉の言葉に藍がピンときた様子は無い。咲哉はやれやれと言う。
「神代だよ。アイツの名前が聖騎って名前だっただろ」
「そんなん知んねーし」
藍は不本意そうに言う。クラスメートとはいえ彼女が聖騎の名を知らないのも無理はない。元々話す機会も興味もない男子の名前など知らなくても仕方がない。
「まーとにかく、俺が言いてーのは神代がそのパラディンって奴なんじゃねーの、っつー事だ」
「ふーん、それで? お話でもすんの?」
藍の問に咲哉はかぶりを振る。
「ああ。奴の用事が何なのかは知らねーが、ちょっと様子を見る。そんで本当に神代だったら話しかけてみんよ。分かる奴には分かる名前を名乗って派手に活躍してんのは、俺達に気付いてもらうためかもだしな」
「咲哉さ、前から気になってたんだけど……」
藍はふと、咲哉を見つめる。彼女の質問を察した咲哉は口を開く。
「俺と神代には何もねーよ」
「翔とかが神代のコトイジッてた時さ、咲哉はやめとけって言ってたじゃん。アレって何か理由が――」
「黙れ」
ドスの効いた声で咲哉が短く告げると、藍は怯む。その様子に咲哉は少し慌てる。
「あー、わりぃ。……とにかくだ、その事に触れるな」
「……分かった、変なコト聞こうとしてゴメンね」
「いや、こっちこそ悪かった」
落ち込んだように謝る藍に、咲哉も思わず謝る。二人を気まずい空気が包む。そんな空気を振り払うように、咲哉は言う。
「そんじゃ、ちょっと宮殿の方に行ってみよーぜ」
「うん!」
藍はどこか嬉しそうに頷いた。
◇
大宮殿内に入った聖騎達は客室に案内された。兵士達は別の部屋に待機させられた。沢山ある中の一つであるその客間には、美麗な装飾があしらわれた絨毯が敷かれ、天井からはシャンデリアが吊り下げられ、中心部に置かれた重厚感漂うテーブルは存在感を放っていた。聖騎とシウルは案内役によって座るよう促された。案内役は退室する。椅子に行儀よく腰を下ろしたまま、シウルは仮面を外して膝に置いた聖騎に言う。
「それにしても、ウチとは格が違うね。流石は、大陸最強国家だ」
「シウル様はこの国に訪れるのは初めてでしたか?」
「国自体には何度かあるよ。でも、大宮殿に足を踏み入れたのは初めてだ。噂には聞いていたけれど想像以上だね」
「いかなる手段をもってしても、味方に付いて頂きたいですね」
「でも、私達以外の家も同じことを考えている。だから、他の家にはない私達の強みをアピールしないといけない」
聖騎はシウルの言葉に頷く。シウルの表情には真剣味があった。すると聖騎は『第六感』により只ならない存在が近づいてくるのを感じ取る。やがて扉がゆっくりと開く。現れたのはラフトティヴ帝国皇帝、シュレイナー・ラフトティヴだった。短く切り揃えられた赤い髪に、良く鍛えられた肉体、そして何処か野性味のある顔は、彼が強者であることを見る者に一瞬で分からせた。若くして戦場で亡くなった父の後を継ぎ、十五歳で即位し、現在の年齢は二十五歳――シウルと同い年である。長い金髪に爽やかな面構えのシウルとは対照的で、剛と柔という言葉をそれぞれ象徴しているようだった。そしてシュレイナーと共に、理知的な雰囲気の若い女も入室してきた。扉が閉められると女は口を開く。
「遠方よりの御来訪、お疲れ様でございます。シウル・ラクノン様、パラディン様。こちらはラフトティヴ帝国皇帝、シュレイナー・ラフトティヴ陛下。そして私は陛下の従者を務めさせて頂いているマニーラ・シーンと申します」
「おう、シュレイナーだ。よろしく頼むぜ!」
畏まった口調で挨拶をするマニーラに続いて、シュレイナーはフランクな口調で人の良い笑みを浮かべる。礼儀作法の欠片もなっていない挨拶であったが、不思議と威厳を感じさせていた。
「皇帝陛下ともあろうお方が、私共のような一貴族の為にお時間を下さり、誠に感謝申し上げます。リノルーヴァ帝国ラクノン領領主ギザ・ラクノンが長子、シウル・ラクノンと申します。こちらは臣下のパラディン。この度はよろしくお願いします」
「ご紹介に預かりました、パラディンと申します」
シウルと聖騎は揃って頭を下げる。するとマニーラは言う。
「では、早速ですがご用件をお伺いします」
その言葉により、会談という戦いの火蓋が切って落とされた。