大陸最強国家
ラクノン領防衛戦後、『パラディン』神代聖騎の活躍によりラクノン家は一気に領地を拡大した。ギザは更に他勢力を攻める事を考えていたが、シウルの「しばらくは領地内の内政に力を入れるべき」という進言により、しぶしぶ頷いた。その一貫として、大国ラフトティヴ帝国の力添えを得るために、帝都へと足を運んだのだ。
その際シウルは聖騎に、一緒に来て欲しいと頼んだ。何か交渉をする際には助けて欲しいと。聖騎はそれを過大評価だと思った。彼は元々ただの中学生である。魔術やら魔法やらで力を示し、ハッタリをきかせた上で自分の有利になるよう相手を動かすのが彼の戦法である。大陸最強の帝国民を敵に回すリスクを犯してまで魔術を使うのはさしもの彼も控えた。つまり単純な頭脳だけを使った戦いとなるのだが、それが彼には荷が重い。
ちなみに、神御使杖が破損した彼はリノルーヴァ内で以前までと同じ『第七階級』のものを新調したが、考えなしに全力で魔術を使いすぎればまた壊れてしまう為心許ない。リノルーヴァ帝国はそれほど魔術が盛んな国ではなく、高階級の神御使杖を手に入れるのには一苦労なのである。用事が終われば、より良い神御使杖を見繕う為に工房街を見回る予定である。戦いで功績を上げた彼にはそれなりの権力と財力がある。多少高価な神御使杖を買っても余裕はある。
「緊張しているのかな、パラディン殿」
シウルは黙々と歩く聖騎に話し掛ける。その甘い声を聞いた女達が、自分が言われた訳では無いにも拘わらず歓声を上げる。キンキンと響くその声に耳を押さえたい衝動に駆られながら聖騎は答える。
「そうですね。ところで、あちらとお話をする際に仮面を付けたままだと問題はございますでしょうか。腹の探り合いとなれば、出来る限り表情は隠しておきたいのですが」
「あの戦いの英雄が随分と弱気だね。私達と素顔で話した時も割と余裕だったじゃないか。それにこれから行われる会談のメインはあくまで私、君はサポートだ。気軽にいればいい」
シウルは直接質問には答えず、仮面を被る理由を潰す。聖騎は内心で舌打ちする。彼は自分の、同年代の者に比べて幼い容姿により侮られる視線を向けられるを危惧している。とはいえこれは彼のプライドの問題であり、感情論である。そんなことを考えながら彼がシウルの顔を見上げると、意地の悪い笑みを浮かべている様に思えた。
「どうしたんだい? 何か他にも仮面を被らなくてはいけない理由でもあるのかな?」
「いえ……」
聖騎は困ったような声を出す。同時に疑問に思う。自分がしたことを知っているのであれば、何故シウルはここまで強気の態度を取れるのか、と。ギザや彼の子供達の多くが聖騎の活躍を能天気に称える一方で、長女であるサティヤ・ラクノンを含めたギザの子供達数名やメルンの従者達は、その強さに戦慄し、畏れている。だが、シウルは少なくとも畏れている様子は無い。
(厄介な人だなぁ……。何を考えているのかまったく分からない。表面上は友好的にしつつ、いずれは倒さなくちゃいけない。ただステータスが高いだけではどうにもならない)
聖騎は脳内で愚痴を言う。ちなみにシウルもシウルで聖騎の圧倒的な戦闘力を脅威だと思っているし、何を考えているのか分からないというのもお互い様である。つまるところ、彼らは似た者同士なのだ。互いに認めることは無いであろうが。
やがて、ラフトティヴ帝国皇族が住まうラフトティヴ大宮殿の門の目の前に辿り着く。金色の門の奥では広大な宮殿の姿が存在感を放っていた。門が左右に開き、案内役の使用人がシウルと簡単な挨拶を交わした後、歩き出す。それに伴い、大宮殿の存在感はより一層増した。ギザの館どころかリノルーヴァ旧皇宮やエルフリード王宮を圧倒的に凌ぐ豪奢な建造物であり、建物自体の大きさも装飾の豪華さも凄まじい。それは正に、この国がどれだけ強いのかを見る者に知らしめた。聖騎も思わず圧倒される。
しかし使用人はその大宮殿の横を通り過ぎる。後ろの兵士達が戸惑う様子になるのを感じながら、聖騎は黙々と歩く。すると広大な庭園が見えてきた。兵士達は息を呑み、シウルですら「ほう……」と感慨に浸って声を漏らす。庭園の至る所にある花壇には色とりどりの花が咲いており、中心には巨大な噴水があった。その噴水を囲うように、十三体の巨大な騎士が立っていた。対巨人用魔動人型兵器『ヴェルダリオン』である。その高さは優に二十メートルを超えており、標準的な巨人族と同程度だ。
ヴェルダリオンは全て同様なデザインであるが、それらは全て違う色で塗装されていた。そして、それらを従えるかのように、巨大な銅像があった。それは英雄ヴェルダルテ・ラフトティヴを模したものであり、その高さはおよそ百メートル。この大宮殿どころかこの国――否、この大陸のあらゆる建造物を超えたその高さは、この英雄がどれだけ国民から敬意を受けているのかを物語っている。
(これが、大陸最強の国か……勝てる気がしないね)
聖騎もこの世界で様々な国を見てきた。だが、このラフトティヴ帝国は今まで見たどの国と比べても規模が桁違いであった。まるで、また別の異世界に飛ばされたのかと錯覚してしまうほどに。
(でもこれだけ強い国なのに、魔王軍と戦う事はしないんだよね。ここまで国を大きくするのに自分から敵国を攻撃しているくらいだし、戦うのも好きなんじゃないかなと思うんだけれど)
兵士達は皆一様に、庭園に見入っている。それを横目に見ながら、聖騎は思考を続ける。
(もしかすると国がここまで大きくなったのには……いや、まさかね)
聖騎は銅像に目をやる。もしも彼の脳裏に浮かんだ考えが正しいとなれば、銅像のモデルとなった英雄はどう思うだろうか、等と考えていると、使用人は今度こそ宮殿内に案内すると言う。その表情はどこか誇らしげだった。