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富と美と

 ラフトティヴ帝国。ラートティア大陸の南部に位置する、大陸最大にして最強の国家である。皇族は『最初の魔術師』と呼ばれ、人族として初めて巨人族を倒したと語り継がれる英雄・ヴェルダルテ・ラフトティヴの子孫である。英雄の血を引く彼らはかなりの戦闘力を誇り、特に現皇帝のシュレイナー・ラフトティヴは「ヴェルダルテの再来」とまで評される程の実力を持つ、若き魔術師である。具体的には、勇者としてこの国を訪れた国見咲哉を接戦の末に打ち負かす程の強さである。他の兄弟も彼程では無いにしてもかなりの実力者であり、彼らによる指導を直接受けている国民も必然的に強くなっている。


 また、技術的な発展もこの国は凄まじい。巨人族の生息する、南のバルゴルティア大陸に近い事から巨人族とは昔から戦っており、それ故に技術が発展した。人が持つ魔力を魔術として変換する石『神力受球プロヴィデンスフィア』や、それに持ち手を付けて戦闘に使えるようにした『神御使杖エンジェルワンド』、そして対巨人用魔動人型兵器『ヴェルダリオン』などの開発はこの国を大きく変えた。


 神力受球の製造方法は秘匿技術であり、他国には知られていない。しかし神力受球を破格の値段で他国に売り付ける事で、莫大な富を得ている。他にも神御使杖の他に、剣や槍、弓矢などの武器を他国に輸出している。ちなみにヴェルダリオンだけは決して他国に渡さない。量産技術が発展途上であるため、万が一敵に回った場合厄介になるからだ。


 そして現在、ラフトティヴ帝国は儲けている。東のリノルーヴァ帝国内で各地の領主が皇帝となるべく戦っているが、そんな彼らに武器を提供する事で富を得ているのだ。その為帝国の技師達は忙しい日々を送っている。適当に作った安物の武器をやや高い値段で大量に売り付けるという、質より量の風潮が出来上がっている。


「はぁ……」


 そんな風潮の中で溜め息をつく青年がいた。彼は数多の技術者がいるこの国でもトップクラスの腕の持ち主であるが、基本的にオーダーメイドの神御使杖しか創らないというポリシーを持っている。その上性格に大きな問題を抱えている事から彼に仕事を依頼する者は少なく、それほど豊かとは言えない生活を送っている。


「まったく、アホらしいわよねぇ。こっちが魂と愛情を込めて作ったものよりも、テキトーに量産されたガラクタが有り難がられるだなんて」


 彼――ローリュート・ディナインはあくまで男である。女言葉を使い、歯に着せぬ物言いな彼は、帝都において変人として少しだけ名が知れている。とは言え、人口の多い帝都には物の価値が分かる人間もそれなりにいる為、年に数回の収入はある。その収入の半分程を使って材料等を買い漁り、もう半分は少しずつ切り崩して生活に使っている。


「あぁ……、空からお金が降ってくれば良いのに」


 寂れた工房の中、椅子の背もたれに背中を預けながらローリュートは非現実な空想をぼやく。その視線の先にはボロボロの天井の穴から除く穴が有った。当然ながらそこから金が降ってくることは無い。色白の肌の上で際立つ透き通るような水色の長髪は、決して手入れを怠っているのではなく、彼の美意識の高さを伺わせている。その美意識は彼自身の見た目だけではなく、神御使杖にも表れている。彼は自分の神御使杖に対して性能にも見た目にも妥協をしない。彼にとって神御使杖は武器であり、同時に芸術作品である。


「あー、お金、お金お金お金お金お金ええええええええええええ!」


 ギターをかき鳴らすロック歌手のように、長い髪を前後に揺らしながらローリュートは絶叫する。彼にはいずれ、自分の手によってヴェルダリオンを開発するという夢がある。だが、その為に素材を買うための財力が無い。それに、巨大兵器であるヴェルダリオンを建造するのに必要な人材を集める為のコネもない。それ以上に、彼には「道具は人に使ってもらっている時こそが一番美しい」という持論があり、自分のヴェルダリオンを操るに相応しい相手がいない為、もしも今金と人の問題が解消されていたとしても造る気にはなれない。設計図は完成している。しかしデザインは実際にその相手を見て、その者に相応しいものを考えたいと思っている為未だ描かれていない。


「はぁ……」


 再び深い溜め息がつかれる。ローリュートはぼんやりとヴェルダリオンの設計図を眺める。一応彼は氷属性の魔術師ではあるのだが、魔術の才能は無い。そんな自分が操っていい代物ではないと彼は自嘲する。ヴェルダリオンの操縦士は、所持魔力量が多いほど、そして純粋な戦闘のセンスが高いほど良いとされる。せめてどちらか一つでも条件を満たしていればまだ良かったのだが、残念ながらローリュートにはどちらも才能が無かった。ままならない思いに彼が悶々としていると、外が騒がしい事に気付く。ここは彼の工房の他にも大小様々な工房が並んでいる、言わば工房街である。


 ここは基本的に毎日賑わっている。特に最近は、ローリュートの様に仕事を選ぶ者を除いた技師は常に忙しい。そして外国への輸出用のみならず、国内の魔術師向けの製品も作られているのだが、購入した製品が気に入らなかった魔術師が工房に乗り込んで暴れるという事が珍しくない。ローリュートは今こそ個人で店を経営しているが、以前は大手の工房で腕を磨いていた時期がある。当時は実際にクレーマーに怒鳴られ、暴行を受けそうになったこともあった。とはいえ、それなりに大きな工房は腕利きの魔術師を用心棒をして雇っており、ローリュートの当時の工房もその例に漏れず用心棒によって守られた為、無事であった。ちなみに彼は今も用心棒を雇っているが、今はこの場に居ない。それでは用心棒の意味が無いという疑問が湧くであろうが、用心棒としても国の兵士を兼ねている以上鍛練は欠かせない。そして、他の者を雇う金も無い。そもそも客自体がほとんど来ない――他の技師が冷やかしに来ることはしばしばあるが――為、用心棒が必要ないのだ。ローリュートとしても用心棒は必要ないと言ったのだが、用心棒はかたくなに、格安で良いから守らせて欲しいと言い、半ば強引に用心棒になった。


 とにかく、ここが騒がしいのは日常茶飯事であるため気にしないつもりであったが、何となくいつもと様子が違うと思い、店外に出てみる。喧騒の正体は女達の黄色い声援だった。そして、それらの視線の先には長い金髪の美男子が、他国の旗を掲げた兵士達を従えて歩いていた。男の名はシウル・ラクノン。群雄割拠のリルノーヴァ帝国の中でも有力な勢力とされているラクノン家当主ギザ・ラクノンの長男であった。


「へぇー、なかなかイイ男じゃない」


 シウルの顔は、『美』に厳しい彼に一瞬で高評価された。シウルは女達に手を振って答えながら、帝都中心にある宮殿へと歩いていった。ローリュートがそれを眺めていると、シウルの隣に怪しげな人物を発見した。黒のローブと白の仮面に身を包んだその人物を見て彼は思わず呟く。


「何アレ、ダサすぎるんだけど」


 その声が聞こえたのか、ローブの人物は一瞬ピクリと震えたが、その後気にするような素振りを見せることなく宮殿へと向かっていった。

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