ラクノン領防衛戦
シウルが率いる軍に続き、ギザ配下の軍が次々とリャーナ領へと攻め入る。そしてシウルは敵相手に知謀を巡らせて戦っている。その一方でラクノン領にはリャーナと同盟を結ぶ勢力や配下の勢力によって攻められようとしていた。三方向から十の勢力が来ているという情報を受けたギザは、守りを固める様に命じた。元々守備兵はいたが、彼らだけでは大軍相手に心許ない。『パラディン』を共に行動させているギザ自身の他、メルンなどが隊長を務める軍が各地点の守りに入る。
「とはいえラクノン家の領地はかなり広いしぃー、羽でも無いと領境なんてすぐには辿り着けないわよねぇー?」
「ついに俺達も表舞台に出るんですね」
メルン配下の妖精族、レシルーニアのサリエルとラグエルが、背中の翼を羽撃かせて東を目指しながら話す。
「ええ。私達がすべき事は単純よ。ものすごぉーく活躍して、そんな私達がメルンちゃんに従えられてるって事をアピールするの。プライドの高い君には、ちょっとキツいかもだけどね」
「そんなことは有りませんよ。あなたの為ならば何だってやります」
そんな会話を続けているうちに、敵の姿を発見する。既にラクノン領の兵士と交戦していた。
「さぁーて、ハデにやるわよー!」
「仰せのままに」
二人の妖精は雷を操る妖精族の魂を呼び出し、攻撃をさせた。広範囲に渡る雷撃は、敵をまとめて焦げさせる。その様子に、味方と残った敵は驚きながら上を見る。注目が集まったのを確認したサリエルは声を上げる。
「はぁーいみんなー、こーんにーちはー! 妖精族を見るのは初めてかなぁー? 私はギザ・ラクノンの娘であるメルン・ラクノンに仕える、サリエル・レシルーニアよぉー! よろしくねぇー」
敵味方、老若男女問わず、兵士達はサリエルの神秘的な姿に心を惹かれそうになり、しかしそのテンションの高さになんとも言えない気持ちになる。「ウザい」というのがこの場にいる者達の共通した感想である。だが、そんなものはサリエルにとってどうでもいい。彼女はただ、雷を落とす。激しい雷光と音は周囲の地域に広く、その存在感を示した。
「容赦はしないわぁー。私達に喧嘩を売ることの愚かさを教えてあげる……それとラクノン軍のみんなー、これから私の指揮下に入って貰うわよ。私の言う通りに動きなさぁーい」
漆黒の肌により際立つ銀髪を輝かせ、サリエルは悪魔のような笑みを浮かべた。守備兵達はサリエルの不気味さに圧されて頷いた。
◇
「随分と派手に暴れてるね、サリエルは」
サリエルとラグエルの雷を遠目に見ながら、他のレシルーニアを従えるメルンが、傍らの獣人ウロスに向かって呟く。彼女達は西を目指して走っていた。
「私達も負けてはいられません。急ぎましょう」
「そうだね」
ウロスの言葉にメルンは頷く。彼女はレシルーニア十人の他に約三百の兵を率いている。兵の内訳は犬、猿、雉の獣人三人と、元々の彼女の領民九十、そして最近併合した都市ユコートの民二百強である。ちなみに、元ユコート領主もメルン配下の将として別に隊を率いている。『パラディン』の不気味さを間近で見た彼は現在、メルン及び『パラディン』の忠実な部下となっている。そしてそれは彼の部下も同様である。
「おっと、見えてきたぜ」
友軍が敵と戦闘行為に入っている様子を確認したシュルが声を漏らす。するとレシルーニアの少年、ヨフィエルが言う。
「よし、オレ達も行くぜぇ」
「アンタが仕切んなっての」
ヨフィエルに文句をつけたのはフェーザだ。
「何だとぉ?」
「あのね……アンタ達はメルン様の手下なの。勝手な事したら許さないから」
「わーってんよ。ちょっと意気込んだだけじゃねーか」
「はーい、喧嘩しなーい」
言い合うヨフィエルとフェーザをメルンは止める。そして軍全体に向けて言う。
「それじゃあ今から戦闘に入るよ! さっき打合せした通りウロスの兵は右、シュルのとこは左、フェーザのとこは真ん中から攻めて、妖精さん達と私達は後方から援護。では、作戦開始!」
その言葉の通りに兵士達は動く。増援に守備兵達は僅かに安堵の表情を浮かべる。一方敵軍は若干怯む者もいたものの、隊長の叱責により戦意を失わず武器を振るう。
「ふむぅ、思った以上に多いなぁ」
高台に上がったメルンは下を見下ろして呟く。自分の守備兵に軍勢をプラスしても、敵軍の方が数は多かった。そこには様々な種類の旗があり、複数の勢力の混合部隊であることが伺えた。だがメルンは、自分、そして部下達――特に側近の三獣人の実力を信じている。たかが数で少し不利だというだけで諦めたりはしない。彼女は愛用の弓を構える。
「……」
無言で放たれたメルンの矢は、敵兵士の胸を貫く。それには眼も止めずに次の矢をセットして発射。またも敵兵に命中。彼女は機械のようにひたすら弓を引き続ける。その横では部下達も矢を放つ他に妖精族が魂を呼び出し、思い思いの攻撃を行っていた。その破壊効率は凄まじく、みるみるうちに敵を倒していく。両勢力の差は依然として存在し、敵の数はなかなか減らない。しかしこの戦場の流れはメルン軍の方が掴んでいた。
「ハッハッハッハッ……! オレの力を見ろぉ!」
ヨフィエルは楽しげに炎を操る妖精族の魂を使役する。全体がシルエットのようになっている魂は、敵にとってかなり不気味なものがあり、それが放つ攻撃が強力である事もあって、戦意を徐々に削り取っている。
「人族の魂も続々ゲット! やっぱ戦場はサイコーだぜ」
「あたしもいっぱい手に入れたよ。サリエル様やマサキみたいに沢山の魂を同時に使えるようになりたいなぁ」
ヨフィエルをはじめとして、妖精族達は軽口を叩く。その様子に弓兵達は嫌な顔をする。ちなみに基本的にレシルーニアが同時に使役できる魂は一柱である。しかし、保持する魔力の量に応じた数の魂を使うことが可能である。そんな彼らをたしなめるようにメルンは言う。
「調子に乗んないの。それに戦争は楽しむものじゃない」
「はいはい」
楽しんでいたところに水を差されたような気分になったヨフィエルは拗ねる。それを無視してメルンはまた弓を構える。得体の知れない妖精族に、当たり前のように口を利くメルンへと、兵士達は一種の尊敬の念を抱いた。
(前線の兵はウロス達が動かしてくれている。作戦通りに頼むよ)
部下の健闘を祈りながら、メルンはまた一本矢を飛ばした。
◇
「これは予想以上の数ですね。全てを敵に回すのは骨が折れます」
「がははっ、その割には楽しそうではないか。パラディンよ」
南から来る敵を迎え撃つべく、ギザは聖騎を含めた軍を率いる。総大将の軍だけあってラクノン家では最大勢力であるが、敵の勢力はその数十倍である。そんな状況でも陽気なギザに、最後尾の高台にいる聖騎は答える。
「それはそうでございますよ。あれだけの勢力を屈服させる事が出来れば、ギザ様の天下に大きく近付けるのですから。その予定が少々広まっただけでございます」
「ふん……それもそうだな。では、俺は行くぞ」
ギザは獰猛な笑みを浮かべて腰の剣を取る。その様子に聖騎は驚く。総大将であるギザが最前線に立とうとしているのだから。
「何だ? 俺がこの程度で死ぬとでも言うのか?」
「決してそのような事は……しかし、もしもの事が有れば……」
「俺は今までも先頭で戦ってきた。だからこそ兵共もついてきた。余所者の若造が口を挟むな」
そう言ってギザは前線へと赴く。聖騎は何を言っても無駄であろうと考える。いずれ彼とは敵対する彼であるが、彼は今後も強力な戦力として使い続ける予定である。
(仕方ないか。精々出来る限りのサポートはさせて貰うよ)
内心で苦笑しつつ、聖騎は神御使杖を構える。神御使杖には性能によって分けられた九つの階級が存在する。聖騎が愛用しているのはエルフリード王国で受け取った第七階級の神御使杖である。比較的安価で大量生産が可能かつ、性能もそこそこ高い。神御使杖の価値は使われている神力受球の性能によって決まるが、その製造方法はラフトティヴ帝国の秘匿技術である。神力受球を各国に売り付ける事で富を得て、ラフトティヴ帝国はラートティア大陸最大国家まで成長したのだ。そんなラフトティヴ帝国を、ギザはいずれ併呑するという野望を持っている。そんな豆知識を頭から追い出しつつ、聖騎は呪文を詠唱する。
「リート・ゴド・レシー・ファイサザン・ト・サザン・オラン・アープ」
その呪文により、彼の杖からは能力を増加させる効果を持つ光が広がる。その効果適用範囲、そして能力上昇効果に兵達は驚く。聖騎は謎の魔術師『パラディン』として、全軍に声が届くように叫ぶ。
「皆様は私が全力をもってお支えします。傷を負えば癒します。さあ、存分にお戦い下さい! 我らが主、ギザ・ラクノン様の為に!」
その言葉により兵士達からは歓声が上がる。圧倒的な人数差にも拘わらず、彼らは怖れることなく突き進む。
(……あれ?)
聖騎は何となく神御使杖に違和感を覚えた。何処がおかしいのかは分からない。あくまで「何となく」の違和感。聖騎は神御使杖を眺めてみるが、やはり何も分からなかった。