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優しく強かに

 ギザはこれまでに多くの領地を併呑してきた。その際に従属を認めなかった領主は容赦なく殺害し、認めた領主からは妻や娘などを強引に奪い、妻として迎え入れた。無論、各領地の民からギザは敵意を受けている。シウルは各地を巡り、民達からの支持を集めようとはしているのだが、彼自身忙しい身であり中々難しい。他の兄弟姉妹も基本は各の領地にいるか戦場にいるかで、制圧した領地には目を向けない。もちろん各領地にギザの部下は送っているのだが、圧倒的な力による高圧的な支配に民達は不満を抱いている。


 そこで聖騎は、メルンに各地へと挨拶をするように提案した。後々ギザに敵対する時の事を考えて、国内各地でのメルンの知名度と人気を集める為である。ギザの屋敷に聖騎と共に行って以降、主にウロスに獣人力車を引かせて様々な都市を回っている。そして今日も彼女はとある都市にいる。


「私はギザ・ラクノンの娘のメルン・ラクノンです。皆さんお辛い日々を過ごしているでしょう。戦に負けて、今度は自分達が私達の兵として戦う事を理不尽だと感じているでしょう。本当に、申し訳ございません!」


 慣れない敬語を使ってメルンは呼び掛ける。市場を行き交う人々は腫れ物に触るような視線を向ける。彼らは皆ギザ、及びラクノン家配下の人間に対して敵意を抱くと同時に恐怖感を持っている。本来なら罵倒を浴びせかけたいところだが、相手がギザの娘となると、後々どうなるか分からない為に何もできない。彼らはただ「早くどこかに行ってくれ」とだけ内心で願っている。そんな中、人ごみの中から一人の少年の声が上がる。


「ふざけんな! ここから出て行け! この、悪魔!」


 その少年はボロボロの服とは言えない布を辛うじて身に纏っていた。髪はボサボサで体中汚れているその少年を周囲の大人達は慌てて嗜める。


「君、やめなさい!」

「うるせぇ! 父さんと母さんを返せ! この!」


 少年は地面の石を拾って投げ付ける。メルンの傍らにいたウロスが彼女を庇う。大人達は顔を青ざめさせて少年を羽交い締めにする。


「やめなさい!」

「放せぇ!」


 少年は暴れる。すると別の所から石が投げ上げられる。そして幼い怒号がいくつも上がる。


「で、出て行けー!」

「い、いなくなれー!」


 容赦なく投げ付けられる石をウロスは全て腕で打ち落とす。人族の何倍も丈夫な体を持つ彼だが、流石に体の数か所から流血する。石を投げたのは皆幼い少年少女だった。最初はそれを止めようと思っていた大人達だが、今更止めても無意味だろうという考えが頭をよぎり、元々メルンに敵意を抱いていたことも有り、半ば自棄やけになって怒りをぶつける。


「お前の父親のせいで!」

「死ね! ギザ・ラクノンの娘だかなんだか知らねぇが、迷惑なんだよ! この偽善者が!」

「あの人を返して!」


 投石の量が増え、流石のウロスもメルンを守りきれず、石をいくつも被弾してしまう。しかしメルンは痛みに顔を歪めつつも、必死で笑顔を作る。それが民達の神経を逆撫でした。


「この! この! このおおおおおおおおおおおお!」

「……ッ!」


 この騒ぎは徐々に肥大化していき、人もいつの間にか増えていた。そんな中に、鋭い声がかけられる。


「お止めなさい!」


 その人物は全身を黒のローブに包み、白塗りの中に笑顔が描かれた仮面を被っていた。その異様な姿に注目が集まる。


「何だお前は!」

「私はパラディン。メルン・ラクノン様に仕える者です。先程からのあなた方の振る舞いは目に余ります」


 パラディン――聖騎は声を張り上げる。当然の如く非難は彼の元へと集まる。そして石も投げられる。聖騎は魂を召還する。召還したのは風を操る妖精族。聖騎を囲むように発生した竜巻は石を弾く。


「何だ! 何なんだお前は!?」

「私の事などどうでも良いのです。重要なのはメルン様です。良いですか? 皆様がメルン様に良い感情をお持ちになっていない事は私もメルン様も分かっております。しかし、それでもメルン様はこの地に訪れる事を決意しました。何故だか分かりますか?」


 聖騎の問に戸惑いつつも、一人の男が怒鳴る。


「知るか! そんなことはどうでも――」

「よくはないのですよ。メルン様は確かにギザ様の娘でございます。だからと言って、考え方が同じとは限らないのです」


 男の言葉を遮った聖騎はメルンを示す。注目が集まったのを感じたメルンは痛みを感じつつも口を開く。


「皆さんが私を憎むのは仕方ない事だと思います。ですが、私はどうしても皆さんに謝罪をしたくてここに来ました。戦争により大事な人を亡くした方も少なくないと思います。これも私が無力だったせいです。私にもっと力が有れば……そう思わずにいられません。私の事は存分に責めて下さって構いません。ですが、あなた達の味方になりたいと考えている人がいる、という事だけは覚えていて欲しいのです」


 メルンの言葉に、民達は罪悪感にばつの悪いような表情になる。彼らの心は動かされていた。そして後悔の念が立ち込める。


「ごめんなさい。こんなことをしてしまって」


 先程石を投げた少年が真っ先に謝罪をする。他の者達も彼に倣うように次々と謝る。メルンは微笑む。


「謝らないでください。私の無力さが悪いのですから」

「そんな……本当に無力な方はそのような表情なんて出来ませんよ。あなたは強いお方です」

「こんなことしておいて何ですが……私、あなたの力になりたいです。えっと……」

「メルン・ラクノンと申します。では、もしも私が助けを求めた時は、力になってくださいますか?」

「勿論です!」


 改めて名乗ったメルンの言葉に、民達は頷く。彼らの心は今、一つとなっていた。ここは市場であるが故に商人達は商品をメルンに渡そうとするが、メルンはそれを拒否する。厳しい生活を強いられている彼らから物を無料で貰うつもりなどない。商人達はそれでも食い下がるが、メルンも一歩も引かない。


「リノルーヴァの戦争が終わって、ここに平和が訪れた時に頂きます」


 メルンの妥協の言葉に商人達も諦めきれない様子であったが頷いた。


「では皆様、さようなら」


 別れの言葉を言うメルンに、民達も別れを惜しみながら言葉を返す。メルンは聖騎とウロスを連れて、人気のない所に止めた獣人力車の下へと歩く。メルンと聖騎は車に乗り込み、ウロスはそれを引く態勢に入るが、まだ動かさない。しばらく待つと、数人の少年少女がニコニコとした笑みを浮かべて走ってきた。


「お疲れ様です。今回も上手くいきましたね。ありがとうございます」


 聖騎は少年少女に感謝の意を述べる。彼らは先程メルンに石を投げた者達だった。


「おう、メシが貰えるんなら何だってやるぜ」

「ねぇパラディンさん。あたし、上手だった?」


 ボロボロの布を纏った子供達は聖騎に詰め寄る。


「ええ、お上手でしたよ」

「えへへ……やったー!」


 聖騎に褒められた少女は喜びを表す。彼らは聖騎がラクノン領の中で出会った、身寄りのない子供達である。住む場所と食べ物を分け与える代わりに、茶番に付き合って貰った。彼らはこの街以外でも同じことをして、メルンの知名度向上を目指していた。ほとんどの子供たちが無邪気に喜ぶ中、大人しい雰囲気の少女は申し訳なさそうに口を開く。


「あの……やっぱり石を投げるのは……」

「別に気にしないで良いよ。必要な事なんだから」

「でも……メルンさん、良い人なのに……」


 メルンは少女を慰めるが、少女は浮かない顔である。ちなみに、石を投げるという演出を考えたのはメルン本人である。獣人奴隷達はその提案に慌てたが、メルンはそれを強行させた。


「大丈夫。ネルちゃんの境遇に比べたら、こんなこと大したことないよ」


 メルンは少女――ネルを励ます。それでネルの気が済んだ様子は無いが、それ以上何も言わなくなった。聖騎は車に置いていたバスケットからパンを取り出して子供達に与える。子供達は喜んでそれを食べる。その様子を見ながら、聖騎はメルンに言う。


「さて、メルン様。この子達を館に置いてからギザ様の所へ会議です。そして明日はリャーナ家の領地へと出撃です。激しい戦いになると思いますが、私の代わりに付くサリエルの軍略は一流です」

「頼りにしてるよ。明日の戦いで私は名を上げる。その為に派手に活躍する」


 メルンはどこか肉食獣を思わせる笑みを浮かべるのだった。

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