ラクノン家
『パラディン』の活躍は当然ながらギザ・ラクノン及び彼の子供達の耳にも届いた。ギザは自分の屋敷に『パラディン』とメルンを呼びつけた。ここには他にも彼の子供達が数名いた。メルンの後ろについてきた『パラディン』が仮面とローブを身に付けたままである事に対し、ギザの次男であるアリウ・ラクノンが声を荒げる。
「貴様、父上の御前で顔を見せぬなど無礼であるぞ!」
「別に良いぞ、アリウ」
アリウをたしなめたのはギザだった。
「しかし……」
「俺が良いと言ったんだ。喚くな」
「はい……」
食い下がるアリウをギザは黙らせる。そこに跪いた『パラディン』こと聖騎は仮面を外して床に置く。そこから現れた中性的で幼さの残る顔に、一同は軽くどよめく。
「失礼な真似を致し、申し訳ございません。ギザ・ラクノン様。私はメルン・ラクノン様にお仕えさせて頂いている、神代聖騎と申します。『パラディン』は偽名でございます」
「ふん……別に顔を見せなくとも良いんだが……まあ良い。カミシロ・マサキ、率直に聞くが、お前は何故メルンの下についた?」
馬鹿丁寧に自己紹介をする聖騎に、ギザは質問を投げ掛ける。当然の質問だ。聖騎はあらかじめ考えていた答えを口にする。
「現在繰り広げられているリノルーヴァ帝国統一戦争の覇者となるのはギザ様であろう事は誰の目から見ても明らかでしょう。そこで私はラクノン家にお仕えする事を考えました。ですが、ギザ様は私のような者が軽々しく近付いて良い方では無いでしょう。そこで、メルン様に仕えようと考えました」
聖騎のギザを讃える言葉に、先程のアリウをはじめとした彼を尊敬する子供達は「分かってるじゃねーか」とでも言いたそうに、どこか誇らしげである。すると、ギザの長男であるシウル・ラクノンが口を挟む。
「でもそれって、メルンでなくてはならないという訳でも無いよね? 例えば私に仕えてくれたって良いんじゃないかな?」
艶やかな金髪と甘いマスクが印象的な青年であるシウルは、柔和な笑みを浮かべて問う。その上武芸の才能も有り、領地内の女達を虜にしている。また、弟や妹達からの信頼も厚くメルンのような、平民を母に持つ兄弟に対しても態度を変えることなく接する。頭も切れる事をあらかじめメルンから聞いていた聖騎は、警戒しながらも準備していた答えを言う。
「そうですね……本人がいる状況で言うのも恥ずかしいのですが、私はメルン様の美しい容姿に惹かれました。まあ……少しでもメルン様のお側にいたいと……そう思い、仕えさせて頂きました」
その答えにメルンは内心で「よくも真顔でそんなことを言うよ……」と呆れる。そしてギザの娘達は軽蔑に近い視線を聖騎に向ける。特に、プライドの高い長女サティヤの視線は鋭く、常に人をジャガイモのように思っている聖騎にプレッシャーを与えている。それを知ってか知らずか、シウルが言葉を紡ぐ。
「なるほどねぇ……。でも、父上や、父上程では無いがそれなりの権力が有る私やアリウには恐れ多くて近付かず、かといって何の権力も無い者に媚を売っても仕方無い。そういう意味では、弱小ながらも一応領地が有るメルンは丁度良い、という気もするけど、どうかな?」
「いえ……私にはその様な事など思い付きもしませんでした。私はただ、己の欲望に従って行動しているに過ぎません」
「へぇ……」
聖騎の言葉にシウルは目を細める。測るようなその目に聖騎は居心地の悪さを感じる。そこにギザがシウルに向かって言う。
「シウル、今は俺がコイツと話をしてたんだ」
「失礼致しました、父上」
シウルは頭を下げる。ギザはそれに目もくれず、聖騎の顔を見る。
「ところでカミシロよ、貴様は敵を一人も倒さずにユコートを落としたと聞く。厳密には百の敵兵を一度全員倒し、その後復活させたようだが。間違い無いか?」
「はい。その通りでございます」
ギザの意図を考えながら、聖騎は頷く。
「俺はただ、敵を殺して力ずくで全てを奪い取るやり方しかして来なかった。だが、貴様のやり方では敵をまるごと手に入れる事が出来る。俺はそれを気に入った。カミシロよ、次の戦いでは俺の指揮下に入って貰う」
それは提案ではなく命令だった。拒否する事など許されない。聖騎も呼び出された時点で、こうなる可能性も考えていた。これに彼は頭を悩ませる。今はまだギザと敵対する時では無いため、機嫌を損ねる真似はしたくない。しかし、ギザ直属の部下になってしまえばメルンと行動する時間も限られる。その上、企みが発覚する危険性もある。否、既に何かしら企んでいる事は感づかれているだろうと考え直す。だが、ギザを怒らせて首をはねられでもしたら元も子も無いため、とりあえずは頷こうとする。そこにシウルの声が入る。
「父上、危険です。この者は何を考えているか分かりません!」
「余計な真似をしようとしてることが分かれば殺せば良いだけだ。お前が余計な口を挟むな」
「しかし……」
「くどい。カミシロ、貴様の活躍次第では欲しい物を何でも与えよう。期待してるぞ」
告げられた聖騎は今度こそ頷く。するとギザはまた口を開く。
「メルン、ユコートを落とすのに活躍したのはカミシロである。だが、コイツを発掘したお前への褒美としてユコートを与えよう。好きに使うが良い」
「あっ……ありがとうございます」
メルンは意外そうな表情で頭を下げる。その様子に彼女の兄弟達のうち何人かは恨めしそうな視線を向ける。だが、メルンはそれを気にしない。彼らから敵意を受ける事には慣れている。
「ではメルン、今日のところは帰れ。カミシロ、次の戦いは頼むぞ」
「分かりました、お父様」
「必ずや、御期待に答えて見せましょう」
ギザの言葉に二人は一礼する。また、シウル、アリウ、サティヤ等といった面々も各の用事は既に済んでいた為、一緒に屋敷を出て、それぞれの領地にある屋敷へと帰る。メルンと聖騎が徒歩なのに対し、他の者達は獣人奴隷に人力車のような車――通称、獣人力車を引かせている。メルンも獣人力車は持っていて、ウロス達に引かせる事もあるのだが、彼らは別の用事が有る為ここには来ていない。アリウやサティヤ達はそんなメルンを馬鹿にするような態度を取りながらそそくさと出発した。メルンと、仮面を再び被った聖騎が歩いている後ろから来た、一台の獣人力車が停まる。それはシウルのものだった。
「やあ、メルン、カミシロ君」
凡百な女なら一瞬で心臓が止まるような微笑みと共に、シウルが獣人力車の中から声をかける。
「シウルお兄様」
「乗りたまえ。館まで送ってあげよう」
その提案に二人は礼を口にして、彼と向かい合うように獣人力車に乗り込む。八人程乗れるシンプルで大きなその獣人力車は二人が乗っても余裕があった。屈強な四人の獣人奴隷は何も言わずに車を引いて歩き始めた。揺れる車体の中で、メルンは改めて礼を言う。
「ありがとうございます、お兄様」
「構わないよ。大切な妹と、その部下の為だからね。アリウやサティヤに見付かればうるさくなりそうだから、この事は秘密だよ」
「分かりました」
貴族の母親の子である兄弟のほとんどがメルン達平民の母を持つ者を侮蔑する中、シウルは誰にでも優しく振る舞っている。そんな彼に、メルンは比較的心を開いて接している……様に見せている。
「さてカミシロ君、次の相手は恐らくリャーナ家だろう。そこの領主は昔から父上と仲が悪いんだよ。規模は私達ラクノン家と変わらず、今の戦争でも私達と小競り合いを繰り広げつつ、領地を着々と増やしている。ここを落とせば、ラクノン家は格段に大きくなり、リノルーヴァ統一に大きく近付く」
「はい。私も多少なりともそれに貢献したいと考えております」
シウルの言葉に、聖騎は仮面を外して答える。
「謙遜は良いよ。君は相当強いのだろうし、君自身もそれは自覚しているのだろう?」
「それは……そうですね」
聖騎は苦笑しながら首肯する。シウルも同様に苦笑する。
「ふふっ……。ところで君は、今の戦争の原因を知っているかい?」
「リノルーヴァの皇族が獣人によって皆殺しにされたから……とは存じておりますが」
柔和な笑みを浮かべながら、聖騎は答える。その答えにシウルも小さく笑う。
「うん。じゃあ、何故急に獣人族が皇族を襲う事になったのかは?」
「……はい。恐ろしく強い人族の集団によって促されたからであるとは耳にしております」
警戒しつつも、聖騎は正直に答える。彼の言った事はリノルーヴァでもそれなりには知られている話である。帝国民の多くは「戦争が起きているのは獣人族のせい」という認識であるが、ある程度事情に通じている者達は、その影に人族の活躍が有ることを知っている。
「そうだね。彼らの多くは君と同じ黒髪黒目、薄めの顔立ちで、君より少し年上――いや、君と同い年くらいの集団だと言われているね」
この世界にも黒髪黒目の人族はいないことも無いが、比較的珍しいとされている。「多く」という言葉に聖騎は引っ掛かりを覚えたが、東のエルティア大陸に行った面々にはアメリカ人のフレッド・カーライルの他に、髪を茶髪に染めている者が何人かいたのを思い出す。
「まるで、実際にその集団を見たみたいな言い方ですね。シウルお兄様」
ここでメルンが口を挟んだ。ちなみに彼女は聖騎の境遇については聞いていない。エルフリード王国から来たとだけ聞いている。
「その通りだよメルン。私はあの時ちょっとした会議のために帝都にいた。まあ、帝都は滅んでしまったからその会議も無意味なものになってしまったけどね。皇帝への義理立ての為に戦おうとも思ったけど、彼らの戦いを見たら絶対に敵わないと悟った私は部下達と共に帰還したよ。何せ、杖も呪文も無しで魔術を使うのだからね。そう言えば、君もそうだったらしいじゃないか」
その言葉にメルンはハッとして聖騎を見る。聖騎は二人の視線を受けつつも、態度を変えないように努める。シウルの口元は笑っている様だが、眼が笑っていない事に彼は気付く。
「一度お会いしたいです。私と似た境遇の方々に」
「まあ、それは良いんだ。君が何者であろうと、今は追及しない。本題は、先程の屋敷での会話の続きだが……君が主としてメルンを選んだ理由についてだ。ラクノン家に仕える理由は大きい勢力だからということで納得がいくけれど、その中でもメルンを選んだ理由が、先程の君の話をそのまま受け取るとピンと来ない」
その言葉に聖騎とメルンは気を引き締める。
「はい。メルン様の容姿に惹かれて――」
「うん。館も近い様だし単刀直入に聞こう。君がメルンを選んだ条件の一つは、父上にあまり良い感情を持っていない事じゃないかな? メルンの境遇については、君も知っているだろう?」
シウルの眼が細められる。聖騎は頭を悩ませながら答える。
「存じておりますが、私はギザ様に敵対するつもりなどございません」
その言葉と同時に獣人奴隷達は車体を止める。メルンの館の目の前に着いていた。だが、聖騎とメルンはその場を動かない。するとシウルは言う。
「ああ、降りてくれて構わないよ」
「……お兄様、本当にありがとうございました」
「感謝致します」
車を降りた二人は礼を口にする。
「ああ。二人とも、また今度」
シウルが別れの言葉を呟くと、獣人力車は発車する。ある程度進んだところでシウルは呟く。
「メルン、もしも君が父上を敵に回すようなことが有れば、私達は敵同士だね」
その言葉にメルンが答える間もなく、馬車は消え去っていった。それを見送りつつ、メルンは言う。
「やっぱりシウルお兄様は鋭いなぁ……。私、戦うのやめようかなぁ……」
「心中お察ししますが、今更後には戻れません」
「分かってるよ。私はやらなくちゃいけない。お父様を倒すと決めた時点で覚悟は決めてたしね。お父様と戦うという事は、お兄様やお姉様達とも戦わなくちゃいけないって事なんだから」
「それに関しては、一部語弊がございます」
聖騎の言葉をメルンは訝しむ。
「どういうこと?」
「ギザ様を敵に回さずとも、シウル様は敵になる――かも知れないという事です」
「えっ?」
「今のシウル様のご指摘。何故ギザ様のいるお屋敷ではなく、わざわざあの状況でされたのか、という事です。もしもギザ様の事を思うのであれば、あの場で指摘するべきです。つまり――」
「シウルお兄様も、お父様を倒そうとしてるってこと?」
聖騎の言いたいことを察したメルンが聞く。
「断言は出来ませんが、可能性としては有り得るかと」
「ふむ……それが本当だとしたら厄介だなぁ。シウルお兄様のことは昔から何となく苦手だったけど」
メルンは困ったように言う。
「私達の目指す最終地点は遠いですが、必ず辿り着いて見せます」
「うん、頼りにしてるよ、マサキ」
「お任せください」
改めて意思を確認しながら、二人は館に入っていった。すると、先程のシウルとの会話を思い出したメルンは口を開く。
「君が何者なのか、まだ聞いてなかったけど後で話を聞きたいな」
「……そうですね。後程話しましょう」
少し逡巡した後、聖騎は頷いた。




