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楽しい宴会でしたね

 夕食はパーティー会場のような広い部屋で行われた。パン1つのみだった昼食とはまったく違う豪華なものだった。バイキング形式であり、酒も出された。この国では15歳で成人と認められ、飲酒が許されるという風潮がある。しかし、それを堂々と破る者は多い。勇者達の中にもその例に漏れず、まだ14歳にもかかわらず飲酒する者がいた。一方で15歳である聖騎は飲酒を断った。


(まったく……匂いが鬱陶しい上に飲んだら正常な判断力を失わせる濁った液体なんて誰が飲むのかな)


 シロップのようなものをたっぷりとかけた野菜を口に運びながら、聖騎は内心でぼやく。彼の耳にはお祭り気分で騒ぐ者達の声が届く。「俺はこの国の為に全力で戦うぜ!」そんな言葉に、思わず内心で笑ってしまう。


(飴と鞭だね。理不尽にこんな所に飛ばされて、厳しい訓練をさせられて、これまでに与えられたのはパン1個だけ。そんな状況で豪華な食事を与えられたら、あんな気持ちにもなるよね。あのお姫様、なかなか狡猾なようだ)


 聖騎はパーティー会場にいるエリスに目を向ける。にこやかな笑顔を浮かべ、勇者達と談笑をしている。この夕食はエリスの好意によるものであり、本来ならエリスは他の王族と一緒に食事をとる所を断って、ここで食べている。王族に出されるものはこれよりも豪華なんだろうな、と聖騎は考える。


(さて、お姫様とは話したい事があるけれど、邪魔だなぁ。ご飯が終わったら話しかけてみようかな)


 そんなことを考えながら聖騎は黙々と食べ続ける。すると静かに部屋へと入ってきたメイドがエリスに耳打ちをする。するとエリスは一瞬心配そうな表情になり、すぐに笑顔に戻った。そして再び談笑を再開する。


(メイドさんはあの豚を探すって言っていたけれど、何かあったのかな?)


 聖騎はふと疑問を抱いた。



 ◇



 時は遡る。全裸の卓也は、何か衣服の代わりになるものを探すべく、人目に付かないように街を散策しようとした。自分が着ていた服の欠片で股間は隠したものの、端から見れば完全に変質者である。見付からないようにこっそりと進むものの、元々平凡以下な中学生である彼にはそんな技量などない。彼は夜道を歩いていた一人の女性に悲鳴をあげられる。


「キャァァァァァ!」


 その悲鳴に街の人々は集まる。そして、みすぼらしい姿の卓也に奇異の視線を向ける。 その場から逃げ出してしまおうかと卓也は考えたが、股間を隠したままではうまく走れずに転んでしまう。人々はそれを指差して笑うが、次の瞬間彼らの体が吹き飛ぶ。


「えっ……?」


 卓也が呟くと、その体は何者かに抱き抱えられた。彼が上を見ると、綺麗に整った女性の顔があった。


「フルキ様。お探ししました」

「あの、その……」


 卓也は思わず涙を流す。全裸で。そしてメイド服を着たその女性は卓也の太った体を軽々と抱き抱えて王宮へと走るのだった。



 ◇



 傷心の卓也はメイドに事情を話した後、新たな服を与えられて部屋にいる。なお、自分が理不尽に暴力を受けたことは話したが、誰によってやられたのかは話していない。そして卓也には新たな部屋も与えられた。どうせ余っている部屋だからとメイドに言われたのだ。


 そして件のメイド――マリーカ・バーミリオンは主人のエリスと共に歩いていた。食事も終わり、エリスの自室を目指していた彼女達の背後から声がかけられる。


「少々お時間を頂けますか? エリス・エラ・エルフリード姫殿下」


 二人が振り向くと、そこには神代聖騎が恭しく頭を下げていた。マリーカが前に出る。


「ご用件は何でしょう」

「僕は『勇者伝説』とやらに興味があるのですが、詳しく教えて頂けますか?」


 聖騎の言葉に対し。エリスは申し訳なさそうに言う。


「申し訳ありません。詳しいことをあなたに――あなた達勇者の皆様に話すわけにはいかないのです」

「ほう、それはどうしてでしょう」


 追求にエリスは口ごもる。彼女に代わってマリーカが口を開く。


「本当に心苦しいのですが、あなた達には知らせる訳にはいかないのです」

「了解しました。僕が知ることによって、何か不都合なことが有るかも知れませんしね」


 その言葉に二人は表情を強張らせる。


「どうしました?」

「い、いえ。本当にお役に立てなくて申し訳ありません。無理矢理皆様をお呼びした立場でありながら……」


 エリスは謝る。


「いえ、こちらこそ突然無理な相談をして申し訳ございません。しかし僕達は必ず姫殿下達のいるこの世界をお守りします。……それと」


 聖騎は思い出したように言う。


「姫殿下は僕達を魔術によって呼び出したのですね?」

「え、ええ」

「恐らくですがそんな魔術を使うには姫殿下お一人では困難な気がします。そこから導き出される結論は、姫殿下を含めた複数の者で同時に魔術を使用した。しかし、召喚者が僕達から非難されるのはお分かりになっていた。そこで姫殿下はその者達を庇うために、あたかも自分一人で僕達を呼び出したかのように振る舞った。間違っているでしょうか?」


 二人は目を見開く。


「そ、それは……」

「すみません。出すぎた真似を。しかしこれだけは覚えていて欲しいのです。僕は僕達をこの世界に呼んだあなたを恨んでいません。それでは」


 聖騎は丁寧に頭を下げて踵をかえす。その背中を見ながらマリーカは呟く。


「カミシロ・マサキ様ですね。魔術に関してはかなりの素質を持つ一方で、体術は勇者どころか我々にも劣るという……はずでしたね」

「マリーカ?」


 歯切れの悪いマリーカの言葉を聞いて、エリスは怪訝に思う。


「しかし彼は私に気配を気付かれず、私達の背後に現れました」

「えっ!?」


 エリスは驚愕する。幼い頃から王族に仕える者として育てられたマリーカは周囲の人間の気配には敏感である。


「訂正します。正確に言うならば……私達と話している間にも気配を感じませんでした」

「そ、そんなことって……! 」


 戦慄したエリスは身を震わせる。するとマリーカは彼女を抱き締める。


「エリス様……」

「大丈夫よマリーカ。あのお方は仰っていた。私達の世界に戦うって。だから、し、心配なんていらないわ……」

「エリス様、無理をなされてはいけません。勇者召喚の魔術に関わったあなたは疲れているのです。それなのにその後も勇者様達をお気遣いになられて……」

「そうね。休ませて貰うわ。……ねぇ、マリーカ」

「何でしょう、エリス様」

「『勇者伝説』においてはフルキ・タクヤ様のような方が真の勇者として書かれているわよね。一見頼りになりそうなフジカワ・シュウマ様のような方、勇者を想い続ける心優しいナガイ・マヤ様のような方、そして、勇者を理不尽なほどに貶めるクニミ・サクヤ様のような方々もいる。じゃあ、カミシロ様は? あのお方は一体どんな役割なの……?」


 エリスは体の震えが止まらない。そこには、得体の知れないモノに対する恐怖があった。


「エリス様、ご安心下さい。もしも彼の者があなた様に仇なす存在であるならば、この私が処分致します。私はエリス様の味方です」

「マリーカ……」

「ああ……エリス様ぁ」


 マリーカは突然、エリスの頬に舌を当てる。


「ちょっとマリーカ!」


 エリスは驚いたように怒鳴る。そして――――


「いつも言ってるでしょ? そういうのは部屋に入ってからだって」

「も、申し訳ありませんエリス様! エリス様のお顔を見ていたら感情が高ぶってしまいまして……」

「そうね、それじゃあ早く部屋に帰りましょ」

「はい」


 恍惚とした表情でマリーカは頷いた。

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