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仮面魔術師

 リノルーヴァ帝国ラクノン領。ここの領主であるギザ・ラクノンは今日も敵の領土を攻める。武勇において類い稀なる才能を持つ彼は、その才能を引き継ぐ子供達に軍を率いさせた。中でも彼の長男であるシウル・ラクノンの活躍は目覚ましく、名実共に父の後継者として、領民達にも名が知れている。


 そして、メルン・ラクノンも直属の部下以外に父の部下を借りて戦場に出ていた。母の残した領地を守るため、少しでも手柄を立てる事に努めていた。今まさに出陣しようとしている彼女の軍には新顔があった。


 とはいえその者は顔を晒していない。全身を漆黒のローブに覆い、笑顔が描かれた白い仮面を被っている。年齢も性別も不詳であったが、背がそれほど高くない事から女、もしくは若者である事は窺えた。この世界において年齢が十に満たない者や女が戦場に出ることは珍しい事でも無いが、基本的に男の方が女よりも平均的なステータスは高く、戦場では当然のように経験豊富な男の地位が高い。


 よって、ぽっと出の華奢な体躯の人物が将であるメルンの横に立っている事は兵達に不満を抱かせた。しかも、顔を隠しているのだから尚更である。その人物は中性的な声で兵達に告げる。


「はじめまして。私は参謀兼魔術兵としてメルン・ラクノン様に仕える事となった、パラディンと申します。以後、お見知りおきを」


 パラディンの正体は神代聖騎である。顔を晒したまま戦場で目立ってしまうと、今後動きづらいだろうと考えた彼はこの様な格好をする事に決めた。そんな彼の予想通り、兵達は不満の声を上げた。そんな中、メルンが声を上げる。


「はーい黙ってねー。まあ、この人の言葉は私の言葉だと思って言う事を聞いて欲しいんだけど」


 メルンの透明感のある声が兵士達の耳に届く。だが、納得する者はいない。聖騎は内心でやれやれと首を振る。


「仕方ありませんね。出陣したら、私の力を存分に思い知って頂きましょう」

「調子に乗んなよ!」


 血の気の多い兵士の一人が剣で聖騎へと斬りかかる。彼はメルンの領地の者ではなく本来はギザの配下であり、メルンを内心で見下している。その斬撃を雉の獣人・フェーザが剣で受け止める。


「やめておきな」

「獣人風情が俺の邪魔すんな!」


 兵士は激しい斬撃を繰り出す。その全てをフェーザは受け流し、剣を跳ね飛ばした後、その喉元に剣を突きつけた。


「コイツに攻撃する事はメルン様に攻撃すんのと同じだ。覚えておけ」

「チッ……。そう言われても信用なんざできねーっての。そもそも誰だよコイツ」


 兵士は悔しそうに顔を歪めながら聖騎を指差す。するとフェーザはどこか皮肉気に笑う。


「私達に勝利をもたらす救世主、だってさ」

「はぁ?」


 兵士は意味が分からないとでも言いたげな表情をする。それは他の者達も同様だ。誰も彼もが『パラディン』と名乗る謎の人物への不信感を隠さない。


「まあグズグズしてても何も分かんないよね。私達もさっさと出陣しよう! いざ、ユコートへ!」


 メルンのその言葉を合図に、彼女の軍は城壁を通り抜けて小都市ユコートへと進軍する。



 ◇



 彼女の軍は東に進む。既に先行していた他の部隊が戦闘行為に入っていた。状況はラクノン軍の方が優勢であり、メルンの軍が無くとも勝利は目前であった。


「これでは私の凄さをアピールできませんね……。絶望的状況をたった一人で覆す、というのが理想だったのですが」

「戦争を舐めすぎでしょ」


 軽口を言う聖騎にメルンが突っ込む。兵士達の睨むような視線が集まるが、聖騎は気に止めない。剣や槍等の近接武器を持った兵達が加勢に入り、弓兵や聖騎を含めた魔術兵達は後方に待機している。


「まあ良いでしょう。一瞬で終わらせます」


 仮面を被った聖騎は、普段よりも自信に満ちた言葉を吐く。その言い様に兵士達の苛立ちが高まるが、次の瞬間彼らは驚愕に息を呑んだ。聖騎の傍にはいつの間にか人影のようなものが実体を伴って現れ、戦闘を繰り広げている兵士達の所へと向かったからだ。魔術は杖を持って呪文を唱えなければ使えない。しかし彼は何も持たずに超常現象を引き起こしたのだ。


「では、やってしまいなさい。我が眷属達よ」


 決め台詞と同時に人影――妖精族の魂達は炎、風、雷、水などによる攻撃を放つ。 それらは敵軍のみを狙い、百程の敵兵をまとめて倒した。その光景を目にした聖騎以外の全ての者は、今何が起きたのか、すぐに理解することが出来なかった。しばしの時が経って何人かがなんとか理解したか、それでもなかなか信じられなかった。それほどまでに、今聖騎がしたことは彼らの常識を超えていた。


「これで終わりではありませんよ」


 聖騎はローブの中から杖を取り出し、目の前の敵が倒れ、未だ戸惑っている味方の方へと向ける。


「リート・ゴド・レシー・サザン・ト・テーヌ・オラン・ヒルーン」


 発動されたのは回復魔術。回復対象は一部の敵兵であった。本来体力がゼロの者を復活させるのにはかなりの消費魔力や魔攻の値が必要とされる為、困難である。それを複数相手に使うという事も常軌を逸している。その上、倒した敵兵をわざわざ復活させたのだから、味方兵士達は図上に疑問符を浮かべざるを得ない。


「お前、一体何を……?」


 兵士の一人が呆然と呟く。だが、それに対する答えは無い。聖騎は大声で言う。


「ユコートの兵よ。今から私がすることをよく見ておきなさい」


 敵兵達はぼんやりとした意識の中、聖騎の声を聞く。すると彼らは、倒れていた仲間達が続々と意識を取り戻していく様子を見る。さながらそれは、神の奇跡を見ているような感覚であった。聖騎は声を張り上げる。


「あなた達を生かしたのは、我が主、メルン・ラクノン様の御慈悲によるものであります。あなた方がもしもメルン様に剣を向けるのであれば、次はありません。直ちにあなた方の主の所へと参りましょう。案内しなさい」


 聖騎が放つ気迫に圧され、敵兵達は頷く事しか出来なかった。直ぐにユコートの城壁内へと案内し、領主に聖騎を会わせた。領主は生気を失ったかのような自分の兵達や、それを超える人数の敵兵を見て、更に聖騎が放つ異様な雰囲気に屈し、降伏を宣言してラクノン家の配下に付くと認めた。


 圧倒的な戦闘力を示しながらも敵兵を殺さず勝利した『パラディン』の実力は誰もが認めた。そして当然ながら、そんな者がラクノン家ではなく、メルン・ラクノンという個人に忠誠を誓うという事実は、メルンを面白く思っていない者達に不信感を募らさせた。

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