表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/209

救う為に

 四乱狂華決定試合には勇者八人とファレノプシスを含めた魔族十人が参加した。試合はトーナメント形式であり、二つのブロックの勝者が新たな四乱狂華となる。各ブロックは勇者四人魔族五人ずつとなるように分け、本来は訓練に使う広場を会場として試合が行われた。


 勇者達に、四乱狂華となった暁には任意の人質五人までの待遇を改善すると伝えると、目の色を代えて試合に臨んだ。そして、永井真弥は貴重な四乱狂華の一枠を勝ち取った。その結果に、観客の魔族達は大いに不満を見せた。それも当然である。だが彼女はユニークスキルを使うまでもなく、木属性魔術とレイピアの腕を見せ付けた。それは魔族達も認めざるを得ない。それでも不満不平は出たが、ヴァーグリッドの「不服のある者は倒してみよ」という一声によって収まった。


 そして現在、もう一つの決勝戦――ファレノプシスと舞島水姫の試合が開始しようとしている。ファレノプシスには魔族達の期待が集う。それらにプレッシャーを感じる事なく、あくまで平静に因縁の相手を見据える。


「よりにもよって、あなたが相手なんてね」


 水姫は小さく笑いながら告げるが、ファレノプシスは答えない。ちなみにこのトーナメントは決勝戦が人族対魔族とするために、初戦と二戦目は同族と当たるように作られている。また、これはあくまで試合であるため、水姫のユニークスキル『奪いプランダー』はあらかじめ使用を禁じられた。しかし彼女がこれまでに奪った能力は使える為、存分に使ってここまで勝ち進んできた。


「では、戦闘開始!」


 審判役の魔族の合図とほぼ同時に、ファレノプシスは冷気を放つ。水姫もそれを予想していたのか、炎を放出した。冷気によって生まれた氷は炎によって溶けて蒸発する。


「はああっ!」


 だが、ファレノプシスも冷気を放って何もしないわけではない。右手に作った氷の剣を握り締めて走る。そこに、雷撃の槍が飛ぶ。水姫によって生み出されたそれを腹部に直撃する。


「ぐっ……」


 ファレノプシスの呻き声など水姫は気にも留めず、雷撃を撃つ。ファレノプシスは直ぐ様氷の盾を生み出して左手で持ち、雷撃を受ける。しかし、何度か攻撃を受けたところで砕け散った。


「うふふっ」


 水姫の口から余裕の笑みが漏れる。ファレノプシスはそれに歯噛みしながらも、攻撃を避けつつ進む。風の刃、水の矢、炎の弾丸……バラエティに富んだ攻撃の数々の全てを回避するのは困難を極め、ファレノプシスは地面に膝を付いてしまう。


「くっ……このおおおおおおお!」


 対戦相手を睨みながら、氷のドームをファレノプシスは造る。その間にも絶えず攻められ続けているが、それらはドームに阻まれる。炎を放っても表面が溶けるだけで中までは届かない。魔力を凝縮して造られたそれは異常なまでの頑強さを誇る。


「……」


 苛立ちを顔に出す水姫はドームへと近付いていく。その間魔力を温存する為か、攻撃を停止している。だが、いつでも攻撃が出来る体勢は取っている。彼女が辿り着こうとする瞬間、ドームは爆発して、沢山の冷気が一気に水姫へと押し寄せる。


「くっ……」

「私は、負けるわけにはいかないのよ!」


 叫びと共に放たれるファレノプシスの全力は、水姫の体を凍てつかせていく。


「くっ……くふっ、くふふふふふふっ」


 だが、水姫は笑みを浮かべている。その体が凍っていっているにも拘わらずだ。ファレノプシスは戸惑う。


「な、何……? がはっ……」


 いつの間にか、彼女の背中に何かが刺さる感覚を覚える。そして次の瞬間、彼女の見る景色がガラリと変わる。彼女の前に凍り付いた水姫の姿は無い。そして振り返ると、黒い苦無を自分に刺す水姫がいた。彼女は思い出す。以前古木卓也を捕らえようとした時に幻覚を見せられた事を。そして今のも幻覚だったのだと確信する。


「あなた……だったのね…………。あの時……」

「あの時がどの時なのかは知らないけど、これはとある人から奪った能力。本当に便利ねこれは。試合開始と同時に発動して、私の幻覚を見せた。私は見えない敵と必死に戦ってるあなたを見ながら、ゆっくりと後ろに近付いていったんだけど、とても滑稽だった」


 屈辱と同時にファレノプシスは倒れる。観客達は「何やってるんだ?」と訝しむような顔をしていた。そして審判も戸惑いながら告げる。


「えっと……勝者、マイジマ・ミズキ!」


 会場のそこかしこからブーイングが鳴り響く。四乱狂華二枠のうち、両方を人族が勝ち取ったのだから、当然の反応である。だがヴァーグリッドが立ち上がり、会場中心部へと歩いていくと共にブーイングは止んでいく。


「余が同朋諸君よ。只今の試合の結果に不満を持つ者も多かろう。そなたらが長きに渡って余の下で鍛練を続け、武芸に励んでいるのは見てきた。それにも拘わらず、見知らぬ人族が武勲を得る事が悔しかろう。だが、余はたかが種族が異なるだけの者を差別しない。四乱狂華の称号は強き者に与えられる。しかし、それは永久のものではない。余の配下においては力こそが全てである。現実に文句を申すだけで、如何なる行動をも起こさない者は淘汰される。これは圧倒的な力を有する余が強引に定めたことわりである。不満が有るのなら、力を手に入れよ。その為には決して甘えるな。他の者の足を引っ張るのではなく、自らを高める事にひたすら励め」


 ヴァーグリッドの演説に魔族は聞き入った。中には涙を流す者すらいる。彼らの反応に対して満足げに頷いた後に彼は告げる。


「ナガイ・マヤ。マイジマ・ミズキ。そなたらの実力、余は認めるぞ」

「ありがとう、ございます」

「お褒め頂き光栄です」


 真弥と水姫は頭を下げる。


「さて……これよりそなたらを四乱狂華の一員として迎える為の儀式を行う。もっとも、マイジマは必要無かったな」


 ヴァーグリッドはそう言うが、水姫としては何が必要無いのかが分からない。彼女が内心で首を捻っている中、ヴァーグリッドは真弥の額に右掌を乗せる。真弥は不安そうな表情になる。


「……!?」

「そう怖れるな。すぐに終わる」


 ヴァーグリッドは僅かに優しげな口調で真弥に告げる。すると、彼の右手が輝き出す。そして呟く。


「ほう……これが勇者の数値か。中々のものだ……」


 魔王ヴァーグリッド専用のスキルの一つに、触れた対象のステータスを見て、それを書き換える事が出来る『能表書換』というものがある。彼は只今より真弥のステータスを人為的に書き換えようとしているのだ。彼がこの世界に生まれ落ちた時から所持していたスキルでもある。


 とは言え、別に数値を理不尽なまでに上げる訳ではない。それは努力至上主義である彼の意に反する。過去に、元々人族だったハイドランジアが魔族になったのもこの能力によるものであるが、数値は全くいじっていない。ステータス的に人族の上位互換である魔族になったハイドランジアは、資質だけで言えば他の魔族と変わらなかったのだが、努力によって四乱狂華まで上り詰めた。


 話は逸れたが、今ヴァーグリッドは真弥のステータスに『極限時龍化』『木属性魔法』というスキルと追加した。極限時龍化とは、四乱狂華専用のスキルであり、体力が最大値の1パーセントまで下がったときに龍へと変身するというものだ。また、これを使うには称号『魔法使い』が必要となっている。『木属性魔法』のスキルを手に入れた真弥は自動的に『魔法使い』の称号を得た。スキルと違い、称号は簡単に更新することが出来る。ヴァーグリッドが手をかけずとも真弥と水姫は『四乱狂華』を手に入れ、ファレノプシスは失った。 ヴァーグリッドは真弥から手を離す。


「これで完了だ。そなたには新たなる力を与えた」

「あの……約束は……」


 真弥はおずおずと尋ねる。


「心配は不要だ。任意の人質五人までの待遇を改善しよう」


 現在勇者達は、ヴァーグリッド城内の部屋を他の魔族と共有して住んでいる。四乱狂華に格上げとなった二人は個人の部屋を与えられる事になったが。それはともかくとして、真弥達の家族や友人の人質およそ八十人は城内で雑用をさせられている。一応最低限の食事と睡眠時間は与えられているが、その扱いは奴隷そのものであり、時には魔族のストレス発散として暴行を受ける者も少ないとは言えない。ちなみにこの境遇を受けている人族は彼らだけではなく、魔王軍によって滅ぼされた国の民なども含まれている。


「ありがとう……ございます」

「だが、そなたに選ぶ事が出来るか? 選ばれなかった者は余計に苦しみを覚えるであろう。そなたに敵意を抱く者も出てくるであろう。もっとも、誰も選ばなかったとしても、そなたは責められるであろうがな」


 頭を下げた真弥にヴァーグリッドは指摘する。真弥は俯く。


「それでも……」

「好きにするが良い。……マイジマ、そなたにも同じ資格が有る」

「私は……」


 話を振られた水姫は、城内で何度か顔を合わせた母親の事を思い出す。ちなみに彼女の父親は外国で仕事をしており、この世界に来ていない。昔から仕事一筋で家族に関心を持たない人間であった。特に友人もいない彼女は母親以外、どうしても助けたいという対象はいない。


「私は、一人助けられれば良いです。なので後の四人の分は、永井さんにあげます。良いですか?」

「構わぬ」


 ヴァーグリッドは頷く。


「ありがとうございます」

「舞島さん……」

「別に感謝はしなくていい。あなたは更に迷うことになるんだから」

「でも、私は嬉しいよ舞島さん。やっぱりみんなの事を心配してくれてるんだよね?」


 無表情に呟く水姫の肩に真弥が両手を置く。水姫は思わず頬を染める。するとそこに鋭い声がかけられる。


「魔王様の御前であるぞ。態度を慎め、人族」


 声の主はアルストロエメリアだった。パッシフローラと共に歩いてきた彼女は真弥、水姫を挟むように並び、ヴァーグリッドに体を向ける。それにつられて真弥と水姫も彼を見る。


「久し振りに四乱狂華が四人に戻りましたねぇ、魔王様」

「ああ、実に喜ばしいことだ」


 パッシフローラの言葉にヴァーグリッドは満足げに呟く。すると彼は、真弥が小さく深呼吸をしている事に気付く。それを察したパッシフローラは聞く。


「どうかしたの? 魔王様を間近で見て緊張しちゃってるってとこかしらぁ?」


 その問に答えず、真弥は深呼吸を続ける。そして、意を決したように口を開く。


「あの、魔王様。さっき言いましたよね? 不満が有るんだったら力を手に入れろって。私は……い、今の……、今の状況に不満しか有りません!」

「貴様!」


 アルストロエメリアは声を荒げる。パッシフローラも目を細める。二人から受ける気迫に呑まれそうになりつつも、彼女は言葉を紡ぐ。


「……だから、私は絶対に強くなります! 強くなって絶対に……絶対にみんなを助けます! お父さんやお母さん達だけじゃなくて、この世界のあなた達に苦しめられているみんなを! その為に、私はいつか……必ず、あなたを倒します!」


 真弥は元々、自分達が元の世界に帰るためにヴァーグリッドを倒そうと考えていた。だが、今の彼女は違う。かつて神代聖騎達と共にシュヌティア大陸へと旅をする過程で、魔王軍によって苦しめられている人々を見てきた。だからこそ彼女は、ヴァーグリッドを絶対に許さない。それを、ここにいる全員に言い聞かせるように宣言した。


「フフッ、フハハハハハハハハハ!」


 真弥の言葉にヴァーグリッドは思わず笑ってしまう。普段感情を表に出さない彼の態度にアルストロエメリアやパッシフローラは驚く。


「フハハハハハ……すまぬ。ナガイよ、余はそなたが気に入ったぞ。ならば、余を超えて見せよ」

「必ず、絶対に」

「面白い。期待しているぞ。……ああ、そなたの言葉によって人質に危害を加えることは無い。安心せよ。さて、そなたらの部屋を余が自ら案内しよう。ついてこい」


 ヴァーグリッドはどこか楽しそうに踵を返し、真弥と水姫は言われた通りついていく。


(怖かった……。でも、これだけは言わなくちゃいけないと思った。いや、言いたかった)


 黄金の鎧に身を包むヴァーグリッドの背中に目をやりながら、真弥は内心で呟く。


(あの人は物凄く強い。それは分かる。たった一年や二年、もしかしたら十年二十年かかっても倒せないかもしれない。でも、絶対に諦めない!)


 真弥は決して元の世界への未練が無い訳ではない。両親や友人が一緒にいるとは言え、この世界にいない友人も大勢いるし、親戚だっている。本当は彼らに今すぐでも無事を伝えたい。しかし、それが無理であるという事は痛いほどに分かる。 だからといって、帰る事を諦める事などしない。


「ここがそなたの部屋だ。好きに使うがいい」

「は、はい」

 

 いつの間にか目的地にたどり着いていた。ヴァーグリッドが部屋の扉を開けると、天蓋付きのベッドが真っ先に真弥の視界に飛び込んだ。部屋は綺麗に清掃されており、乱雑な印章のある魔族と共有の寝室と同じ建物の部屋だとは思えなかった。


「気に入ったか?」

「はい」


 囁くヴァーグリッドに真弥は頷く。また、水姫の部屋も近くにあり、彼女も同じように部屋の様子に息を呑んでいた。


「では、余は戻る。何か言いたい事は有るか?」


 その問を二人は否定する。ヴァーグリッドは小さく頷いたあと、その場を去っていった。二人は各の部屋に入る。真弥は扉を閉め、何となくベッドに寝転がる。久し振りの一人の空間だ。思えば、この世界に来てからも常に誰かが側にいたと彼女は思う。


「一人……かぁ」


 真弥はどこか寂しげに呟く。すると、自然に涙が溢れる。彼女の脳裏には、約三ヶ月前に別れ、その後敵として再会した幼馴染みの少年の顔が浮かぶ。


「助けて……卓也……」


 か細い声が、天蓋に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ