好敵手
ヴァーグリッド城の大部屋。円卓につくヴァーグリッドにパッシフローラ、アルストロエメリア、ファレノプシスがそれぞれの報告をする。彼女達からは仮面を被った主の表情が読み取れない。
「そうか」
ヴァーグリッドはただそれだけ呟く。部屋は静寂に包まれている。しかし三人は文句の一つも言わずに立ち続ける。するとヴァーグリッド彼女達に首を向ける。
「すまぬ。椅子に座ってくれて構わぬぞ」
「失礼致します」
アルストロエメリアが代表するように言い、他の二人も断りの言葉を口にしながら自分の席へとつく。それを確認したヴァーグリッドは口を開く。
「ではアルストロエメリアよ。通常態のそなたの全力をもってしても、あの獣人は倒せなかったのだな?」
「はっ。私の力不足でございます」
申し訳なさそうに答えるアルストロエメリアにヴァーグリッドは苦笑する。
「そう緊張するな。それだけ彼奴が強かっただけの話であろう。そなたを責める気は無い」
「はっ。恐縮でございます」
アルストロエメリアは頭を下げる。そしてヴァーグリッドは話す。
「では本題に入る。四乱狂華についてだ」
その言葉に一同は息を飲む。ヴァーグリッドは続ける。
「知っての通り、四乱狂華は現在三人である。だが、来るべき戦に備えて四人を揃えなければならぬ。その候補として、余は件の獣人を挙げたい。そなた達にも問おう。四乱狂華に相応しい者は何奴か?」
三人は彼が『七番目』を候補として挙げたことに驚く。そんな中で最初に口を開いたのはファレノプシスだった。彼女は少し言い辛そうに言葉を紡ぐ。
「その事についてなのですが……私は四乱狂華として相応しいのでしょうか?」
ファレノプシスはここ最近の自分の不甲斐なさに負い目を感じていた。先日は舞島水姫にスキルを奪われ、今回は『七番目』相手にまったく歯が立たなかった。そんな自分を彼女は恥じている。
「そなた自身はどう思うのだ? ファレノプシス」
ヴァーグリッドの問にファレノプシスは俯きながら答える。
「はい……やはり、相応しくは無いかと」
「ならば、そなたより相応しい者を二人挙げよ」
「それは……」
ファレノプシスは考え込む。彼女の脳裏に真っ先に浮かんだのは舞島水姫。自分の『空間魔法』を奪い、使いこなす人族の少女。そして次に『七番目』や、今回彼と戦った勇者達が思い浮かぶ。誰も彼も自分より強い。それは認めざるを得なかった。だが――――
(私の魔王様への忠誠は誰にも負けない……。少しでも魔王様のお側にいたくて、誰よりも頑張ってきた。だから今の地位がある。これは誰にも……ましてや人族や獣人族になんて渡さない。渡したくない)
四乱狂華に求められるのは強さだけではない。魔王ヴァーグリッドに対する絶対的な忠誠。これも必須な条件である。そしてファレノプシスは誰よりもヴァーグリッドに忠誠を誓っているという自負がある。だからこそ、彼女は言う。
「そのような者など存在しません」
「よくぞ申した。考慮しておこう」
「ありがとうございます」
ヴァーグリッドの「考慮」という言葉に一瞬疑問を持ちつつも、思考を断ち切って礼を言うファレノプシス。そして次にアルストロエメリアが発言する。
「私も候補は思い付きません。厳密に言えばアネモネやアフェランドラが相応しいと思っていましたが、彼らはやられてしまいました。……ただ、私の個人的な意見を述べさせて頂くと、魔族以外の者を四乱狂華として迎え入れる事にはいささか拒否感がございます」
その意見にファレノプシスは賛同しつつも、ヴァーグリッドの『七番目』を候補に挙げるという言葉を否定する事になる為何も言えない。パッシフローラもいつも通りの柔和な笑みを浮かべて黙っている。
「ほう。余に意見を申すかアルストロエメリア」
「はっ。しかし私は決して魔王様に敵対する意思はございません。魔王様の決定には従います」
「そうか、ならば根拠を示してみよ」
「四乱狂華の称号は我らが軍の模範となるべき者に与えられるものです。その地位に異種族がついた場合、配下からは不満が出て、士気の低下にも繋がるかと思われます。魔王様の器量を疑うつもりは全うございませんが、こういった危険性があることも事実であると私は考えます」
内心で心臓を高鳴らせながらアルストロエメリアは語る。ヴァーグリッドは無言のまま彼女を見つめる。アルストロエメリアの緊張はさらに高まっていくが、それを無視して彼はファレノプシスを見る。
「ではファレノプシスよ。アルストロエメリアの意見について、そなたは如何に考える?」
突然の質問に戸惑うファレノプシスは、たどたどしく答える。
「はい……私はその、魔王様の意見に賛成です」
「獣人族を四乱狂華に入れる事に賛成すると、そなたは申すのだな?」
「……ッ、はい」
ヴァーグリッドの指摘に逡巡しつつ、ファレノプシスは頷く。ヴァーグリッドはそれに対して反応を示す事なくパッシフローラに首を向ける。
「ではパッシフローラ。そなたの意見を申せ」
「はぁい。わたくしも四乱狂華に種族は関係ないと考えていまぁす。わたくしは勇者達の中から候補を挙げたいと思っているのですがぁ、みんな中々強いので、選ぶに選べないという感じです」
話を振られたパッシフローラはスラスラと述べる。ヴァーグリッドは興味深そうに頷く。
「ほう」
「彼らの力は脅威的です。これを利用しない手は無いと思いまぁす。ただ、エメリアちゃんの言う問題も有りますがぁ……」
パッシフローラはそこで口をつぐむ。問題への対処方法は彼女もまだ考えていないのだ。
「これで全員の意見が出揃ったな。さて、余は余と異なる意見を聞いただけで気分を損ねるほど、器量は小さくないつもりである。そなた達が自分の意見を正直に申してくれて嬉しいぞ」
仮面の下から抑揚の無い声でヴァーグリッドは言う。それに唯一ヴァーグリッドの機嫌を伺って自分の意見を言えなかったファレノプシスはばつの悪そうに俯く。アルストロエメリアとパッシフローラは冷めた視線を彼女に向ける。それを無視してヴァーグリッドは話し続ける。
「そなた達の意見を踏まえた上で、余は四乱狂華を決める為の試合を開催したいと考える。出場者はこの会議にて挙がった者達、及び希望者だ。大陸中の者達を集めて試合の様子を見せ、勝者が何奴であろうと認めさせる。異論は有るか?」
三人はヴァーグリッドの言葉に同意を示す。
「そうか。では決定とさせて貰おう。……それとファレノプシス、そなたにはこの試合に出て貰う」
ファレノプシスは眼を見開く。一方他の二人は当然とでも言いたげな表情だ。
「どういう事でしょうか、魔王様」
「言葉の通りだ。そなたには試合に出場して候補者達と競って貰う。上位二名の中に入れなければ、そなたからは四乱狂華の称号を剥奪する」
「そんな……私は……。私は誰よりも魔王様を……」
突然の宣告にファレノプシスはショックを隠せない。そんな彼女にヴァーグリッドは言葉をかける。
「そなたが四乱狂華に相応しいと申すのなら、それを余に証明して見せよ」
「魔王様……」
「期待しているぞ」
その労いの言葉にファレノプシスは涙を流す。これにて今回の会議は終了となった。
◇
ヴァーグリッド城地下牢。ここに『七番目』は閉じ込められている。壁や床、天井は頑丈に造られており、彼の怪力をもってしても破壊することが出来ない。そんな彼の目の前に、鉄格子越しでアルストロエメリアが現れた。
「散々な有り様だな。魔王様のお言葉を無下にするからこうなる」
彼女の視線の先にいる『七番目』は無惨な姿であった。身体中がボロボロで、至るところから血が流れている。これはヴァーグリッドが彼に例の試合に出るよう頼んだ際に断り、戦いを挑み、返り討ちにあった結果である。なお、その時の彼は永井真弥のユニークスキルにより全回復していた。
「当然だ。奴は俺を配下にするなどとほざいた」
「それでその有り様なのだから滑稽だな」
『七番目』は傷付いているにも拘わらず何処か嬉しそうな表情をしている。アルストロエメリアはそれを見下す視線を注ぐ。
「ああ……奴はいつか必ず喰ってやる」
「無駄だ。貴様は私の手によって死ぬのだからな」
そう言ってアルストロエメリアは鍵を取り出し、牢を解放する。
「何のつもりだ?」
「貴様と私の勝負はついていない。私は必ず、万全の状態の貴様を倒す。牢の中でそれは叶わんからな」
引戸式の鉄格子をスライドさせ、全開にするアルストロエメリア。だが『七番目』は依然として座り続けている。
「これは魔王の命令か? それともお前の意思か?」
「下らん事を聞くな。消すぞ」
『七番目』の問にアルストロエメリアは答えない。
「ふん」
「向こう側にしばらく進めば扉がある。それを開けるとラートティア大陸の中央部にあるエルフリード王国という国の近隣へと繋がる洞窟に出る。それからは好きにしろ」
鼻を鳴らして立ち上がる『七番目』へとアルストロエメリアは丁寧に説明する。
「礼は言わんぞ」
「別に求めてなどいない」
ただそれだけ言葉を交わして、『七番目』はアルストロエメリアに案内された通りに進んでいく。その背中を見送りながらアルストロエメリアは考える。
(まったく……私は何故こんなことを……)
この行動はアルストロエメリアの独断である。ヴァーグリッドが閉じ込めた『七番目』を勝手に牢から出し、脱出の手引きをしたのだ。彼女はふと、過去の事を思い出した。
(そうか……私はあの獣人に自分を重ね合わせていたのか。ただ強い相手と戦うことを求め、魔王様に毎日の様に戦いを挑んでいた、過去の自分を……)
彼女は昔の事を思い出す。何百年も前――彼女が幼かった頃、既に魔王として君臨していたヴァーグリッドをいけ好かないと感じ、戦い続けた日々を。やがて自分ではどう頑張っても彼を倒せないと悟った彼女は、その強さと器の大きさに心服し、忠誠を誓った。そして、初代四乱狂華の一人として、パッシフローラを含めた三人と共に魔王軍配下最高の地位についた。昔を懐かしんでいた彼女は思考が逸れている事に気付き、内心で苦笑する。
(再戦を楽しみにしているぞ、『七番目』)
名乗りを受けていないはずの好敵手のコードネームを、アルストロエメリアは声に出さずに呟く。その表情には笑みが張り付いていた。
(さて、洞窟には『奴』がいたな。今頃どうしているのだろうか。流石に死んでいるか……まあ、どうでもいいか)