強敵たち
異形の獣人『七番目』と四乱狂華アルストロエメリアの戦闘はまだまだ続く。ただし二人の実力は拮抗しながらも、戦況には変化があった。はじめは互いに攻撃をかわし、あるいは防ぎつつ自分も打ってかかるという行為が繰り返されていたが、防御よりも攻撃を優先させた死闘が繰り広げられていた。既に二人の身体中には斬り傷が至るところに出来ている。だが、そんなものはまったく気にせずに彼らは武器を振るう。
「フハハハハハハ! もっと、もっとだぁ! お前の全てを俺に見せてみろぉ!」
「貴様こそ、この程度では終わらんだろうなぁ!」
普段は落ち着いた話し方をする二人は、興奮しながら攻め合う。自分の全力の攻撃を放つこと、それを受けてなお相手が生きていること、そしてダメージを受けること、その全てが二人を高揚させた。
「はあっ!」
一度距離を取ってからの蹴りが『七番目』から放たれる。アルストロエメリアは身体を僅かに降下させて回避するが、そこで『七番目』は身体を縦に回転させる。その翼がアルストロエメリアの右肩をかすった。
「ッ……!」
アルストロエメリアは噴出する風を弱めて、更に高度を下げる。『七番目』はそこに突進する。アルストロエメリアは刀を両手で持って受け止めるも、その圧倒的な質量に押されて落下していく。
「くぅぅぅぅっ!」
「どうした。もう疲れたか?」
風を噴射させて地面への激突を免れようとするアルストロエメリアを見る『七番目』の声には若干の失望があった。
「……舐めるな!」
上に突っ込みながらの一閃。だが、重力を味方に付けている『七番目』が攻撃を食らう前に左手で彼女の身体を殴り落とす。彼女の体は一瞬で地面に叩き付けられた。
「かはっ……!」
アルストロエメリアの肺から空気が一気に漏れる。そこに『七番目』が落下する。ゴリラ並の筋肉を持つ彼の体重はかなりのものであり、防御パラメータがそれなりに高いアルストロエメリアといえど、苦痛に絶叫せざるを得ない。
「があああああああ!」
その叫びに『七番目』は落胆する。
(所詮こんなものか。気になるのは、奴が出す風が弱まっていったことだが……)
アルストロエメリアは長い戦闘の上で常に風魔法を使い、空中戦をしていた。これによりかなりの魔力を消費した。ちなみに『七番目』は魔力という概念を知らない。彼はアルストロエメリアを食べるべく牙を立てようとする。しかしそこで異変を感じる。
(なんだ……この感覚は)
アルストロエメリアから感じる気配が猛烈に膨らむのを『七番目』は感じる。閉じられている彼女の眼が緑色の光を放ち、その光が彼女を包み込む。それが放つ圧力に、思わず『七番目』は距離を取る。光はやがて、龍を形成した。その大きさは、身長約3メートルである『七番目』を悠々と超える。
「ほう……」
『七番目』は思わず声を漏らす。突如現れた緑色の巨龍に彼の生存本能が「あれは危険」だと告げ、鳥肌を立たせる。だが彼の表情には笑みが有る。
「なるほど……奥の手を隠していたか。お前はとことん俺を楽しませてくれるなぁ!」
歓喜の声と同時に、喉元を噛みちぎらんと跳びかかる。すると龍の口が開き、竜巻が吐かれた。その風力は人型の時のものとは比にならず、『七番目』は後ろに飛ばされてしまう。
「風はもう尽きたかと思ったが、そうでもなかったか」
四乱狂華専用スキル『極限時龍化』は体力が最大値の1パーセントまで低下した時、自動的に発動され、龍化した者は体力や魔力も含めたステータスの数値が十倍になる。この時残存魔力を全て消費して龍の体を作る。龍となった者は魔力を使用する度に自分の体を削る事になる。だが、前述の通りステータスの数値が十倍になっている為、消費する魔力量をある程度減らしても、かなりの威力の魔法を発動する事が出来る。
この龍化は魔力を使い果たした時、体力がなくなった時、そして体力が龍化する前の最大値まで回復した時に解除される。最後のケースで龍化が戻った場合、体力は最大値の10パーセントの状態となる。
そんな狂風の中で『七番目』は体勢を整える。この戦闘の中で彼は、風の中の戦闘方法に慣れていった。元々高いスペックを持つ彼だが、まともな敵との戦闘経験はほぼ皆無であった。それ故にアルストロエメリアとの戦闘では互角の勝負をしていた。しかし彼は今回の戦闘の中で急激な成長を、彼自身も気付かぬうちに遂げている。その一環として風中の戦闘を覚えた。龍化したアルストロエメリアの最初の一撃こそ食らってしまったが、すぐに風の流れを読み、自分がどのように進めば良いかを無意識に分析し、その通りに進んでいく。すると今度は風の刃が続々と飛んでくる。これも先の戦闘のパターンから、風の刃がどのように襲ってくるのかを予測し、回避しながら進んでいく。
「グウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」
「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
アルストロエメリアと『七番目』の叫びが交錯する。無数の風刃は『七番目』に掠り傷を次々と作る。だが、それでも彼は止まらない。やがてその喉元を捉える。とどめを刺そうとした瞬間、彼の目の前に突然のっぺりとした灰色の壁が現れた。
「何?」
『七番目』は瞬時に破壊行動に移る。彼の拳一撃のみではヒビが入るだけに留まった。二発、三発と殴り続けた事により壁は貫通した。その向こう側には、人型に戻ったアルストロエメリアの姿が有った。そしてその周辺には、彼には見覚えのない人族の少年少女達がいた。
「お前達が……邪魔をしたのかああああああああああああ!」
愉しんでいたところに水を差された気分となった『七番目』は激昂を伴ってそこに向かう。爪を振り下ろすと、甲高い音が二ヶ所で響く。彼の両手の爪は刀を持った少女――土屋彩香と二本の剣を持つ少年――黒桐剣人によって食い止められていた。
「なっ……!」
驚愕に目を見開く『七番目』。剣人はすぐに攻撃態勢に移り、斬りかかる。
「はあっ!」
「ちぃっ」
『七番目』は両手から振り下ろされた剣を二本の腕で食い止める。そして背後に回った彩香の剣を尾で防ぐ。拮抗する状況の中、彼の右から槍が迫る。
「脇がお留守のようですな!」
槍の主は山田龍。龍の言葉通り手一杯の状況になっている『七番目』はその槍撃を食らった。それに畳み掛ける様に、左からは剣の様に尖った何枚もの葉が飛んできた。柳井蛇が魔術を使ったのだ。剣人、彩香、龍の三人はタイミングを分かっていたのか距離を取っていた。『七番目』のみがその餌食となる。
「くっ!」
『七番目』は翼で身を包む。その様子にアルストロエメリアが声を荒げる。その傍には永井真弥と草壁平子がいた。
「貴様ら、何故ここにいる!?」
「魔王様の命令だからよぉ、エメリアちゃん」
アルストロエメリアの疑問に答えたのはパッシフローラだった。両脇には舞島水姫と宍戸由利亜を連れている。
「パッシフローラ……!」
「ダメよ、エメリアちゃん。魔王様のご命令はあの獣人族を倒す事。確かにあなたは本気で戦っていたわねぇ。でもぉ、それで倒せないんだったら本末転倒よぉ?」
パッシフローラの指摘にアルストロエメリアは歯噛みする。その言葉が正しい事は彼女にも分かっていた。彼女の視線の先では『七番目』が四人を相手に苦戦していた。
「それにしても、勇者は強いわねぇ。エメリアちゃんと戦って消耗していたとはいえ、あの獣人相手に善戦するなんて。ひとりひとりの実力ではわたくし達の方が上だけど、彼女達のチームワークは見事。もしも三十何人っている勇者達を相手にしたら、わたくし達だって危ないんじゃないかしらぁ。もっとも、魔王様には遠く及ばないけどねぇ」
どこか感慨深く呟くパッシフローラは水姫と由利亜に目くばせする。すると由利亜は水姫の肩に触れた。由利亜のユニークスキルは任意の対象に自分の魔力を分け与える事が出来る『与え』である。彼女は水姫に魔力を与える。そして水姫は、右手を『七番目』へと向ける。
「水属性魔法・激流砲」
水姫はとある妖精族から奪った水を操る魔法により、右手から激流を発射する。別に声に出す必要は無いのだが、気分の問題である。膨大な魔力による水の流れは『七番目』を呑みこむ。既に疲弊していた彼の体力はごっそりと奪われてゼロになる。
「フフッ、私の水は全てを流し去る」
したり顔で水姫は決め台詞を吐いた。アルストロエメリアはどこか虚しげに俯く。自分があれほどまでに苦戦した相手があっけなく倒されたのだから。それも、見下していた人族に。一方パッシフローラは満足げである。
「さぁて、これは面白そうだから回収するわよぉ」
蛇は魔術によって蔦を生み出して拘束する。そして持ち上げようとするが、なかなか上手くいかない。結局勇者八人全員で何とか待ち上げられた。そして城内へと入っていく。その様子をパッシフローラ、アルストロエメリア、ファレノプシスの三人は眺める。
「ファレちゃん、エメリアちゃん。二人とも今回の事はちゃぁんと魔王様に報告するわよ。悪く思わないでねぇ?」
「貴様に言われずとも」
「……勝手にしなさい」
アルストロエメリアはつまらなそうに、ファレノプシスは諦めたように呟いた。