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強敵を求めて

「……この気配。見付けたぞ」


 城を出たアルストロエメリアは南の方から猛烈な勢いで動く気配を察知した。


「えっ、どっちよ?」

「向こうだ」


 尋ねてくるファレノプシスに彼女は首で方向を示す。ファレノプシスは速度を上げる。やがて彼女は、大きな翼をはためかせて何処かへと向かっている何かを見付けた。それに右腕を向けて、冷気を放つ。


「先手必勝よ!」

「精々頑張れよ。アレはなかなか強い」

「えっ……?」


 アルストロエメリアの忠告を意外に思うファレノプシス。彼女が誰かを強敵だと認定する事はほとんど無い故に、ファレノプシスは戸惑った。しかしアルストロエメリアからそれ以上の言葉は出ない。生まれつき視力が無い代わりに、他の者には見えないものを見ることが出来るという彼女の忠告を頭の隅にしいながら冷気を出し続ける。辺り一面は凍り付いており、いつの間にかアルストロエメリアの姿は消えていた。そして、標的が自分目掛けて飛んでくるのを発見。直ぐ様氷の壁を造る。


「さぁ、かかってきなさい……!」


 ファレノプシスは挑戦的に微笑む。だが次の瞬間、その顔は驚愕に歪む。


「この薄氷は何だ?」


 標的である異形の獣人族はその鋭い爪で、氷の壁を砕く。


「あなた……何物!?」

「まさかお前が魔王だということは無いだろうな? もし魔王なら失望せざるを得ないが」

「この……!」


 ファレノプシスは自分を愚弄するを獣人族睨み付ける。一方で獣人族――『七番目』はつまらなそうに彼女へと視線を向ける。獲物を見るようなその視線にファレノプシスは怒りと同時に恐怖を覚える。


(……何? この異様な雰囲気。気配を感じとる能力を持たない私にも分かる。この獣人は強い。そもそも何なの? こんな獣人見たことがない。翼、爪、角、尻尾……まるで、色んな獣を合わせた様な……)


 そこで彼女は思考を打ち切る。そして襲い掛かる爪撃を、氷の剣を生み出して防ぐ。力を受け流し、攻撃を逃れた。次に氷剣を両手で掲げて、一気に振り落とす。


「はあああああ!」

「儚い」


 呟くと同時に『七番目』は左手を振り払い、氷の剣を打ち砕く。間髪入れずに右手を突き出す。爪がファレノプシスの腹部に刺さり、紫色の血が飛び散った。


「魔王は何処にいる? 言え」

「魔王様に……何を…………」


『七番目』の問にファレノプシスは問い返す。すると彼女の右足が一瞬にして引きちぎられる。


「があああああああ!」

「お前に質問する権利はない」


『七番目』は淡々と足を食べる。身体が冷えていく感覚を覚えたが、気にせずに食べ続ける。


「ふん……どれも似たような味の獣人族とは違い、魔族は種類によって味が違うようだ。そしてお前はなかなか美味い。では、質問に答えて貰おうか」

「ぐっ……」


 呻きながら氷の義足を作るファレノプシス。傷口も凍らせて止血した彼女は『七番目』を睨む。


「ふざけないで欲しいわ……私は魔王様の忠実なしもべ。そう簡単に口は割らない……」

「ならば死ね」


 ファレノプシスの言葉など聞き入れず、その右腕に手を伸ばす。しかしそれは止まった。


「えっ……」


 呆然とファレノプシスが呟く。その視界には、正に風の如き速さでその場に駆け付けたアルストロエメリアが『七番目』に蹴りを入れる姿があった。


「悪いな。私が手を出した事で、貴様は四乱狂華から外されるかもしれない」

「アルストロ……エメリア…………」


 アルストロエメリアはファレノプシスを一瞥して、自分の蹴りを受けてもびくともしない『七番目』を睨む。


「私が話を聞こう。貴様のような汚ならしい獣人を魔王様の御目に入れる訳にはいかないのでな。貴様は何を目的としてここに足を踏み入れた?」

「単純なことだ。俺は魔王とやらと戦いに来た。お前のような雑魚に用はない。さっさと魔王を連れてこ――」


『七番目』の言葉は、突如飛んできた風の刃によって遮られる。接近に気付いた彼は身を翻すが、脇腹を小さくかすった。


「ほう」

「もう一度言おう。貴様のような汚ならしい獣人を魔王様の御目に入れる訳にはいかない。従って、貴様にはここで消えて貰う」


 傷を付けたアルストロエメリアに、『七番目』は笑みを溢しながら肉薄する。そして右手を振り下ろす。アルストロエメリアはすかさず後方に飛んで距離を取る。『七番目』は追いかけるがそこに突風が吹く。その風圧に押される『七番目』は翼を動かして風を起こし、打ち消さんとする。だが劣勢だ。物理的に起こされた風は魔法による風には敵わなかった。『七番目』自身も吹き飛ばされそうになるが、必死に踏ん張る。凍った地面に足を食い込ませて耐える。


「大した風だ。だが、それだけか?」

「安心しろ。私の本領を見せてやる」


 ポニーテールをなびかせて、アルストロエメリアは一瞬にして『七番目』へと跳び付く。その手にはいつの間にか腰の鞘から抜かれた刀が握られていた。その一閃は『七番目』の尾によって受け止められる。


「俺の尻尾を食らっても無事とは……良い武器だな」

「これは魔王様より頂戴した『シューニャター』だ。名の意味は知らないが、良い響きだとは思わないか?」

「さぁな」


 会話をしながら、アルストロエメリアは斬撃を続ける。しかしその全てを『七番目』の尾が止め、その度に甲高い音が響く。『七番目』も刀を受け止めたまま爪の攻撃を繰り出すが、アルストロエメリアはそれを華麗な刀捌きで受け流しつつ後方に跳んで距離を取る。その際に風が吹き荒れ、正面にいた『七番目』の体は後ろへと押される。だが彼は上空へと飛び上がり、風が吹く範囲から逃れる。まだまだ上へと進み、勢いを付けて一気に襲い掛かろうとする。そこにアルストロエメリアが風によって浮上し、刀を突き上げる。『七番目』は体を回転させながら右に回避。同時に尾を横から叩き付けるが、斬り払われた。


「フフフ……」


『七番目』の口からは笑みが溢れる。思わぬ強敵の出現に彼の感情は高揚していた。


「愉しい……愉しいぞぉ! そうだ、俺はこんな戦いを求めていたのだ! 俺の必殺の一撃を掻い潜り、逆に俺を殺さんとする存在! お前でこれほどなら、魔王はどれだけ愉しいのだろうか! フフ、フハハハハハハ!」

「貴様が魔王様と戦う機会は無い。この『空』の錆になるのだからな」


 言葉を返しながら刀を振るうアルストロエメリアの口元は僅かに歪んでいた。彼女も『七番目』同様、この戦いを楽しんでいるのだ。大抵の相手は彼女が風を吹かすだけで倒せてしまい、彼女の得意分野である刀を用いた近接戦闘を発揮する相手がほとんど存在しないのだ。それ故に『七番目』は貴重な存在である。常人には不可能な高速戦闘をしながら揃ってニヤニヤと笑っている状況を、地上から見上げてたファレノプシスは不気味に思うと同時に、自分とは次元が違う存在なのであると思い知って歯噛みした。その横にはいつの間にかパッシフローラが来ていた。彼女はファレノプシスを見るなり言う。


「酷い有様ねぇ、ファレちゃん。わたくしが戻してあげるわぁ」

「……頼むわ」


 パッシフローラは右手をファレノプシスの額に当てて『時間遡行魔法』を発動する。みるみるうちにファレノプシスの右足や腹部の傷が何事も無かったかのように元に戻る。


「――ああああああああああ! ……って、パッシフローラ!?」

「ファレちゃんはあの獣人に負けたわぁ」


 元に戻ったのは傷だけではない。記憶もある程度戻った。しかし目の前にパッシフローラがいる事、そして上空の戦闘を見て状況を把握する。彼女は物憂げに溜め息をつく。


「はぁ……。やっぱり私は四乱狂華に相応しくなかったのね。ましてや、バーバリー様の後釜なんて」

「そうねぇ、バリちゃんは強かった。強さを比べるなんてナンセンスだわぁ。……それにしてもエメリアちゃんは楽しそうねぇ。最も優先すべき事を忘れてなければ良いんだけどぉ」

「敵の目的を聞き次第排除――そうよ、あの獣人の目的って……」

「単に魔王様と戦う事らしいわぁ」

「……納得した。それは私も『戻される』前に聞いていたの?」

「その通りよぉ。というか、それは良いのよぉ。重要なのは、目的――あの獣人を確実に倒さなくちゃいけないということ」


 パッシフローラは何処か冷たい声音で言う。そして、冷めたような眼をアルストロエメリアに向けていた。

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