孤高の残虐者
時は遡る。神代聖騎との戦闘後にエルティア大陸に帰還した『七番目』はいつものように食事の為の獣人や獣を狩っていた。
「誰か……助け、て……」
獲物のネコ耳美少女が全速力で走る。その背後へと自慢の脚と翼で一瞬にして追い付く。そして、その鋭い爪を容赦なく背中に突き刺す。鮮血が舞い、爪は真紅に染まる。
「い、いや……」
少女の声も虚しく、その右足を引きちぎって咀嚼する『七番目』。自分の足が食べられるという凄惨な光景に少女はショックで気を失った。
「……」
今度は左足をもごうとする『七番目』。すると彼は何者かが自分に近付いてくるのを察知した。彼がそこに目を向けると、頭には耳が付いていて顔を立派な鬣で覆っている、どこか気品を感じさせる獣人の男がいた。ライオンの獣人、レウノである。
「そこまでにして貰おうか」
『七番目』はつまらなそうにレウノを睨む。
「雑魚の分際で俺に命令するな」
「お前にとっては強さだけが全てか。哀しいな」
その言葉が言い終わる前に『七番目』はレウノへと飛び掛かる。それを予期していたレウノは両腕をクロスさせて防御の態勢に入る。『七番目』の自慢の爪はレウノの右腕を引き裂く。だが、それだけだった。レウノは痛みに耐えつつ左手を敵に突き立てようとする。だがそれは簡単にあしらわれる。レウノの爪撃を右手で振り払った『七番目』は、その腹部に左手で渾身の一撃を放つ。
「がっ……!」
レウノは吐血する。『七番目』はそれに構わず右手で殴り飛ばす。宙に浮いたレウノを翼をはためかせて追い掛け、両手で掴み、一瞬で地面に叩き付ける。
「ごふっ……!」
肺から空気が一気に抜けていく。『七番目』はとどめを刺そうと降下。しかし、彼の戦意を失っていない眼を見て不思議に思う。
「何だ、その眼は?」
その問にレウノは、力を振り絞って答える。
「俺にはまだ……やるべき事がある…………。だから、死ぬわけにはいかない……。我が友との約束を……果たす為に……!」
「約束?」
『七番目』は思わず問い返す。普段獲物の言葉になど耳を貸さない彼であるが、レウノの意思の強そうな眼に興味を抱いた。
「ああ……。今人族を苦しめているという魔王軍を討つ為の戦いに、俺も協力する。今はまだ力が足りないが、出来るだけ早く倒す為に戦力を求めている……」
息も絶え絶えになりながら紡がれるレウノの言葉。それを何も言わずに『七番目』は聞いていた。
「魔王軍は恐ろしく強い連中だ……。お前が人の命令を受けるのが嫌いだろうというのは分かる。だが――」
「良いだろう」
レウノの言葉が終わらぬうちに『七番目』は言った。
「何?」
「魔王軍……そいつらは本当に強いのだろうな?」
レウノは怪訝そうな眼を『七番目』に向ける。無表情だったその顔には笑みが浮かんでいた。
「ああ……魔王軍……特に魔王ヴァーグリッドは絶大な強さだと言われている。どれだけのものかは知らないが……」
「今度こそ、間違いないのだろうな?」
「今度こそ……?」
『七番目』の意味深な問をレウノは疑問に思う。
「いや、何でもない。……とにかく、その魔王とやらはどこにいる?」
「あ、ああ……北の大陸にいるはずだ。だが、いくらお前と言えど一人では……」
レウノは答えつつも彼のしようといている事を察して釘を刺そうとする。だが、無意味だった。
「俺は誰とも馴れ合わない」
翼を広げ、『七番目』は北を目指して飛び立つ。レウノの制止の声など彼には届かない。説得を諦めた彼は、自分の足が動かない事に気付く。『七番目』の猛撃を受けて痛覚が無くなったのだ。しかし腕は辛うじて動かせた為、何とか地面を這って右足を失ったネコ耳美少女へと近付いていく。彼女は未だ意識を失ったままである。
「チッ……何とか命までは取られずに済んだ様だが、俺には何も出来ないな…………」
少女の足からの流血は止まらない。体力がゼロになった後もそれが続けば、確実に命を失うだろう。見ず知らずの少女であるとはいえ、見捨てたくはない。だが、今の自分にはどうすることも出来ない。
「誰か! 誰かいないのか!? ここに今すぐにも息絶えようとしている少女がいる!」
残り少ない気力を振り絞って、レウノは叫ぶ。無情にもそれに答える声は無い。だが、彼は諦めずに叫び続ける。
「誰か……! 誰か……! 誰かぁぁぁぁぁぁぁあ!」
魂の叫び。しかし周りには誰もいない。大地の所々に染み付く赤い液体は、『七番目』に食された者達のものだろうとレウノは意識の隅で考える。
誰も助けに来る者が現れない。レウノが諦めかけた瞬間、その耳に声が届く。
「大変! 大丈夫ですか!?」
声の主は、以前『七番目』に『操魂の堕天使』こと神代聖騎の討伐依頼をした妖精族だった。聖騎にとどめを刺さなかった事について勇気を出して問い詰めに来たのだ。その姿を確認したレウノは安堵と共に気を失った。
◇
大空を突き進む『七番目』は、神代聖騎の事を思い出していた。
(口ほどにも無かった。俺を勧誘しようとしていたのだから多少手は抜いていたのだろうが、俺を倒すには至らなかった。当然と言えば当然だが、拍子抜けだ)
風を斬り、雲を突き抜け、異形の獣人はただ進む。目下にはエルティア大陸の草原が広がっている。目的地はまだ遠い。
(奴は世界をひっくり返すと言っていた。世界を敵に回すとも。そして、世界の仕組みを知るとも。奴は何故そこまで『世界』にこだわる?)
そこまで思考して、『七番目』は前方に空を飛んでいた鳥の獣人を発見する。だが、『七番目』の姿を見るなり急いで逃げていった。目についた獣人や獣を全て食い尽くすと言われる彼の悪名はエルティア大陸中に広まっている。しかし『七番目』は逃げる者達になど興味を持たない。
(あの妖精族は言っていた。世界を超える規模の目的を達成することによる快感を求めていると。奴らにとって『世界』とは何だ……?)
いつしか『七番目』は海を越えていた。辺りには濃霧が立ち込めている。視界は遮られている状態であるが、下に何かの気配を感じ取った。彼は降下する。
(……奴らが何を考えていようと俺には関係ない。俺の目的はただ、戦う事のみ。それ以上もそれ以下も求めない)
激しい轟音と共に着地する。突然現れた獣人の姿に周囲にいた魔族達は驚く。
「な、何者だ!?」
灰色の肌を持つ魔族の男が問い掛ける。だが『七番目』はその問には答えずに質問で返す。
「魔王とやらと戦いに来た。お前達のうちのどれかがそうか?」
「貴様!」
その言葉を受けた魔族達は、怒りと共に攻撃をする。金属の杭、雷、冷気、炎が飛んでくる。それらは『七番目』が翼を一回羽撃いたことによる風圧によって無効化された。魔族達の眼が驚愕に見開かれる。
「どうやら違う様だな。ならば何処にいるか吐いて貰うぞ」
彼はただひたすら戦いを求め続ける。聖騎が言う『世界』というものに興味を抱いている事を自覚しないまま。