勝たせたい人
メルンの「直接話がしたいから来てほしい」という要望はフェーザからラグエルへ、そして間にレシルーニアを何人か挟んで聖騎やサリエルへと伝えられた。この言葉を受ける前にラグエルの失態について聞いていた為、今後の計画について頭を悩ませていた矢先の朗報に二人はホッとした。
彼らはメルンのいるラートティア大陸へと向かった。もしもサリエル一人なら背中の翼で直接海を渡る事が出来るのだが、聖騎には翼など無い。聖騎は今後世界中を渡る事を見越して、船を建造していた。金属や植物を操る妖精族の魂によって素材を生み出し、鍛冶が得意な妖精族の魂、及び巨人族の魂に船を造る作業をさせた。この船の名は『フリングホルニ』。北欧神話に登場する船の名を借りているのだが、命名者はもちろん聖騎である。彼は当初魔力を動力とする魔動船を造ろうと考えていたが、断念した。
聖騎やサリエルの他にレシルーニア数名を乗せたフリングホルニはシュヌティア大陸を出航し、西のエルティア大陸の北を回り、ラートティア大陸の東端にたどり着いた。碇を下ろしたフリングホルニには聖騎とサリエル以外が見張りとして残っている。戦に荒れる街々を潜りつつ、最終的におよそ四十日をかけてメルンのいる町ロヴルードへとたどり着いた。
「長旅お疲れ様です。サリエル・レシルーニア様とカミシロ・マサキ様でございますね」
「こちらこそ、随分と待たせてしまったね」
館の前で二人を迎えたウロスに聖騎は謝る。その体調は優れない。体力が無く、更に船酔いしやすい体質である彼にとってこの長旅はハードであった。途中で何度も休憩は取ったが、それでもきつい物はきついのである。聖騎も何とか取り繕うとはしているのだが疲労は隠しきれず、ウロスは「本当にコイツと一緒に戦争をし大丈夫だろうか」とでも言いたげな表情をしている。
「お休みになりますか?」
「いや、これ以上そちらの姫君を待たせるわけにはいかないよ。出来る限りすぐに話したい。もっとも、そちらにも準備があるのなら待つけれど」
ウロスの気遣いの言葉に、聖騎は首を横に振って答える。
「問題ありません。メルン様は現在弓の稽古に励んでおられますが、何時でもお話は可能です。先にお部屋へと案内いたしますので、しばしお待ちを」
「うん」
ウロスによって部屋へと案内される聖騎とサリエル。部屋の簡素なソファに座るよう勧められた二人は言われるがままに腰を下ろす。部屋を出たウロスと入れ替わるように入室した猿の獣人であるシュルが紅茶を入れたカップを差し出した。その姿は聖騎も歴史の教科書で見た様な猿人とは違い、顔は野性味が有りつつも美青年であった。
「ほら、大した物は出せねぇけどよ」
「ありがとう」
「香りは中々良いわねぇー」
聖騎は礼を言い、サリエルは素直な感想を述べる。二人がカップに口を付けると、ほのかに甘い香りが口の中に広がった。後味もすっきりとしていて、二人を満足させた。
「これは美味しい。君が淹れたの?」
「俺が淹れちゃ悪いのか?」
「いや、そういう訳ではないけれど」
聖騎の意外そうな言葉を受け、シュルは彼を睨んだ。聖騎としてはいかにも紳士らしい雰囲気のウロスではなくガサツな雰囲気のシュルが紅茶を入れた事が意外だったのだが、似たような質問を何度もされてきたシュルとしては若干不機嫌にならざるを得なかった。若干で済んだのは、聖騎が開口一番に褒めたからである。
「俺はシュル。この館の家事全般担当だ。お前らが何を企んでんのかは知らねーが、今度またメルン様を泣かせるようなことをしたらブッ殺すぞ」
「ああ、そう言えば身内が失礼な事をしでかしたんだったね。申し訳ない」
「たまたま発情期だった……ということで許して貰えないかしら?」
シュルに睨まれた二人はラグエルの失態について謝る。それにシュルはフンと鼻を鳴らした。
「それについてはメルン様もお許しになっている。だから俺も責める気はない」
そう言うシュルの態度は聖騎達を責めている様子だったが、二人は言及しない。やがて部屋の扉が開く。フェーザとウロスを従えて入室したメルンが口を開く。
「ようこそ、サリエルとマサキだったっけ?」
「歓迎頂き光栄でございます。メルン・ラクノン様」
「よろしくねぇー」
妙に畏まった聖騎を意外に思いつつもサリエルは素で挨拶する。
「こっちこそよろしくー。じゃあ早速改めて聞くけど、あなた達は私に何をして欲しいの?」
「この大陸東部の各地で起きている戦争に、参戦して頂きたいのです。その暁には全力をもって協力致します」
メルンの質問に、聖騎は馬鹿丁寧に頭を下げ、跪いた姿勢で答える。ウロスはそれに胡散臭さを感じつつも静観する。
「ふぅん。それじゃあどうして私なの? 例えばウチのお父様みたいな強い人に協力するのが賢いと思うけど」
「私は『勝ちそうな人』ではなく『勝たせたい人』に協力すると考えておりますので」
「まるで、自分なら好きな相手を自由に勝たせられるかのような言い様だね」
「とんでもないです。私も多少は魔術の腕に自信はございますが、そこまで自惚れてはいません」
未だ跪いている聖騎に警戒しながらメルンは質問を重ねる。
「じゃあ、どうして私を『勝たせたい人』として選んだの? そこかしこに自分が皇帝になろうとしてる人達がいる中で、どうして戦場にいない私を?」
「平民を母に持つメルン様がこの国の支配者となれば、民の支持を得られます。しかもそれが、並みいる強敵達を屈服させてリルノーヴァ帝国を統一したとならば、その効果は絶大なものとなります。ましてや、それが少女となれば尚更です」
「それで、私が支配者になったとして、あなたに何か良いことは有るの?」
訝しむメルンの問に聖騎は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「権力でございます。メルン様を戦いに導き、リルノーヴァの覇者にしたとなれば、私はかなりの権力を得られるでしょう。富、名誉……ありとあらゆるものを手に入れられますからね」
獣人奴隷三人に揃って軽蔑の視線を向けられる中、聖騎はそれに動じずにメルンの答えを待つ。彼女は表情を変えずに呟く。
「なるほどねぇ……」
メルンは跪いたままの聖騎の側へと歩み寄る。そしてその顔を覗き込む。
「私、生まれが生まれだからさ、顔を見ればその人がウソを付いてるかとか、悪い人かとか、そう言うのが何となく分かるんだよね。昔は信用しちゃいけない人を信用して痛い目に逢ったこともよく有った。でもね、最近は私の目も性能が上がってね……」
メルンはそこて口をつぐみ、聖騎の顔をじっと見詰める。聖騎は居心地の悪さを感じる。しばしの時が経ち、メルンは再び口を開く。
「私には分かる。あなたがとんでもなく悪い人だということを。でも、ただ権力を欲するだけの俗物じゃないことを。いや、確かに権力は欲しいんだろうけど、最終的な目的はそこじゃない。権力が無いと出来ないような何かを企んでいる。違う?」
その指摘を受け、聖騎は小さく笑う。
「その通りでございます」
するとシュルが声を荒げる。
「メルン様、やっぱりコイツは信用するべきじゃありません!」
「落ち着いてシュル。それは最初から分かってた事だから」
メルンの言葉にシュルは渋々ながら頷く。他の獣人達も聖騎を怪しみつつ、何も言わない。改めてメルンは問う。
「では、あなたの目的は?」
「そうですね。私達はある研究に携わっていまして、それを手伝わせる為の人材を手に入れる事です」
「研究?」
メルンは聞き返す。
「申し訳ありませんが、これに関しては話せば長くなりますので、今は説明を省かせて頂きます。話を続けさせて頂きますと、更にはその研究の一環として北の大陸――ヘカティア大陸の魔王軍と戦う為の戦力を求めています」
その言葉にメルンと獣人達は息を呑む。
「戦うって……魔王軍と?」
「はい。この世界の人族は魔王軍の驚異に怯え、いつしか倒すことから目を反らし、自分を守るための力を少しでも増やすために他国を侵略して、自己を落ち着かせようとしている傾向があります。ですが私はこれが気に入りません。この国が統一された場合には、大陸屈指の大国であるラフトティヴ帝国やエルフリード王国と同盟を締結し、人族の間の内乱ではなく魔王軍との戦争を起こす所存でございます」
聖騎の口から語られる言葉にメルン達は衝撃を受ける。聖騎の「この世界」という言葉が少し気になったがスルーした。彼女達は聖騎の指摘通り、魔王軍は絶対に勝てない相手だと思い込んでおり、いつしか戦うことを諦めていた。だが、目の前の少年だか少女だか分からない人物は当たり前の様に、魔王と戦うと言っているのだ。
「あなたなら……魔王を倒せると?」
「私の力では不可能です。当然ながら、魔王軍を相手にするには出来る限り多くの戦力が必要です。そして、魔王と戦わずにひたすら怯えているだけというのも笑止です。その為に人族同士の戦争を終わらせる。それが私の目的の一つでございます」
その言葉にメルンは真剣に耳を傾ける。彼は色々と胡散臭く、隠し事も多い事は推測できる。だが、彼という存在を味方にすればとても頼もしい存在にはなりそうだと思った。また、彼の研究とやらの内容にも興味が沸いた。自分を利用しようとしている事は少々癪に触るが、それでも魅力的な提案だと思ったメルンは口を開く。
「うん、分かった。私はこの戦争に参戦する」
「メルン様!?」
その宣言に獣人三人は一斉に驚く。だがそれを無視して彼女は続ける。
「でもそれには条件がある。私がこの戦争に勝利した暁には、このロヴルードを都にしたい。その際に大きな宮殿も造りたい。お母様が遺してくれたこの町を、人でいっぱいの賑やかな街にしたい」
聖騎はニヤリと笑う。
「問題ありません。では、よろしくお願い致します」
聖騎とメルン。一先ず手を組む事を決めた二人は握手を交わした。獣人奴隷達は不信感を抱いているが、メルンが決めたのなら仕方ないと諦めていた。




