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戦への決意

「あーあ、最低だな」

「これはひどい」

「しかも負けてるし」

「これをサリエル様が知ったらブチキレるな。色んな意味で」

「……」


 試合終了後、雉の獣人フェーザは手の代わりにある大きな羽でメルンの身体を包みながら館へと入り、犬の獣人ウロスと猿の獣人シュルはラグエルに失せろと命じた。ラグエル及び彼の部下達は館を離れ、これからどうすれば良いかと途方に暮れていた。


「ま、とにかくサリエル様には報告して指示を仰がないとな」

「多分サリエル様かマサキが直接交渉するんだろうけど、あのお姫様が戦いに出ることにトラウマを持っちゃったら絶対に引き受けてくれねぇぜ?」

「そしたら別の奴を探すことになるんだろうな。めんどくさい」

「基本命令を出す側の誰かさんには分かんないだろうけどな」

「……」


 仲間達の言い様にラグエルは返す言葉もない。 サリエルへの忠実さと強さでレシルーニアのナンバー2となっていた彼は手を抜いていたとはいえ試合に負け、サリエルの命令も遂行することが出来なかったのだ。彼のプライドはボロボロである。やがて仲間達も罵倒を止める。


「まあ、お前で勝てないんだったら俺達でも無理だ。気を落とすなよ」

「そうそう、あのお姫様凄いよな。矢一本でお前の攻撃を無効化しちゃうんだから。あの攻撃の中、服がビリビリ破けても動じずに弓を引くんだから、度胸も集中力もヤバい」

「いやぁ、良いモン見せて貰ったぜ」

「えっ?」

「いやちげーよ! あくまで弓、弓の話だ!」

「誰も何も言ってないけど」


 仲間達の励ましの言葉に、ラグエルは僅かに頬を緩ませる。そんな彼に、仲間の一人がにっこりと笑いかける。

 

「そんじゃ、お前が向こうの姫さんをひんむいて交渉がパーになったって事は報告したぜ」


 ラグエルの表情が絶望に強張った。



 ◇



 一方、傷の手当てを受け、汗を浴場で流したメルンは、召使いのフェーザによって室内用のドレスに着替えさせられていた。ここには魔術を使える者がいない為、植物由来の塗り薬を傷には塗った。メルンが治めるこのロヴルードという小さな町は民の多くが農民であり――今は戦争の為ほとんどが徴兵されているが――、神御使杖エンジェルワンドという高価な物を普及させる事は困難である。これに関しては、勇者三十人余りに無償で神御使杖を配ったエルフリード王国が異常なのである。


 ともあれ、羞恥による涙も既に止まった。椅子に座っていたメルンは背後で髪を解かしているフェーザへと首を向けて話しかける。


「ねぇ、フェーザ」

「何でしょうか、メルン様」


 メルンの綺麗な桃色の髪に櫛を入れながらフェーザは答える。


「この国は今後どうなるのかな……。あの男……お父様が全てを手に入れて、これまで以上に好き勝手に色々するのかな……?」

「恐らくギザ様はリルノーヴァ帝国内を統一した後、今度は外へと目を向けるでしょうね。民の為では無く、己の名声の為に」


 メルンの問にフェーザは自己の見解を述べる。メルンは苦笑する。


「フェーザ、そんなことを聞かれたらタダじゃすまないよ?」

「問題ありませんよ。ここにはメルン様の味方しかいないんですから」

「それはそうだけどさ」


 あっけらかんと言うフェーザにメルンは呆れる。するとフェーザは真面目な表情になって問う。


「ところでメルン様、ギザ様が本当に皇帝になったらリノルーヴァはどうなると思いますか?」

「……」


 メルンは考え込む。そして何も言わずに答えを待つフェーザに、考えながら答えを告げる。


「そうだね……お父様が皇帝になったら、今まで以上に国は酷い事になると思う。いつも戦争ばっかして、国も『強さこそが全て』みたいなことになって、国の中も外も敵だらけというふざけた状態になるだろうね」

「では、メルン様はそれで良いと?」


 フェーザは質問を重ねる。するとメルンは目を細める。


「何が言いたいの?」


 口調がやや冷たくなった主の言葉を受けてもフェーザは態度を変えずに口を動かす。


「メルン様、私はメルン様こそ王の器があると考えてます」

「……ッ!」

「実は今日アイツらがここに来る前から思ってました。でも、その為には色々と条件を乗り越えなくてはいけなくて、諦めるしかありませんでした。しかし、幸運な事にその機会が来た」


 意外な事実に息を呑むメルンへとフェーザは語り続ける。


「そんな、私には無理だよ」

「普通ならば無理でしょうね。そんなことはアイツらも知ってるでしょう。その上で権力も武力もほとんど無いメルン様に協力する事を申し出た。つまり、メルン様を勝たせるための何らかの策があるんでしょう」

「それは……騙そうとしているんじゃ……」


 フェーザの言葉を受けてメルンは呟く。その声は小さく震えていた。


「こういうことを言うのもどうかと思いますが、メルン様を騙すことによる利点は有ると思いますか?」

「そんなこと言ったら、私に協力する利点だって……」


 未だ動揺するメルンの指摘を受け、フェーザはなるほどと頷く。


「そうですね……そのあたりは直接話を聞いてみないと分かりませんね。まあこの際それは置いておきます。メルン様、あなたはどうしたいですか?」

「えっ……」

「あくまで今の話は私の意見です。メルン様に戦う意思が無いのなら、私も無理強いはしませんよ」


 フェーザは優しげな笑みと共に告げる。それを見てメルンは、彼女の言葉に偽りは無いと判断する。そんな最中、部屋の扉が乱暴に開けられる。


「なりませんメルン様!」


 扉を開けたのは犬の獣人ウロスだった。いきなりの行動にフェーザが怒鳴る。


「ウロス! 勝手に入るんじゃないよ!」

「ええい、黙りなさいフェーザ。メルン様を危険に巻き込むなど正気じゃありません。それにあの試合にはメルン様が勝利しました。約束通り、彼らの要求は聞き入れなくて良いのです」

「アイツらがどうとかは関係ないんだよ! 今重要なのはメルン様がどうしたいかだ!」

「それを聞く前にあからさまな誘導をしたではありませんか! 部屋の会話は聞いていましたよ」

「女の子同士の会話を盗み聞きなんて趣味が悪いね、アンタ」

「女の子という歳ではないでしょう。確か今年でにじゅうきゅ……」

「重要なのは実際に何年生きたかじゃない、心だよ!」

「あなたは何を言っているんですか! 意味が分かりません!」


 フェーザとウロスの言い合いは明後日の方向へと逸れていく。見かねたメルンは思い切り手を叩く。室内に甲高い音が響き、二人の獣人は彼女の方を向く。


「すみません」

「申し訳ありません。御見苦しい真似をお見せしました……」

「まあ良いよ。それとウロス、私が試合に勝ったって言ってたけど、審判はどっちが勝ったかを言ってなかったじゃん。だから引き分け」


 ウロスが勝敗の結果を口に出さなかったのはメルンが大声を出し、それにより場が滅茶苦茶になったからである。しかしそれを指摘すると『悪いのはメルン様』だと言っている事と同じだと思った為閉口する。


(まさかあえてメルン様は……いえ、余計な詮索はやめておきましょう)


 脳内に浮かんだ考えを放棄してウロスは反論する。


「しかしあの試合はどう見てもメルン様の勝利です。あなたの放った矢は相手の首の真横を飛んでいきました」

「でもアレが本気の戦いだったら、私は負けてたよ。あの妖精族はものすごく強い。それはウロスだって分かるでしょ?」

「……はい」

 

 ウロスは渋々頷く。ラグエルの強さは審判をしていた彼自身も認めざるを得なかった。そんな彼とフェーザを一瞥したメルンは口を開く。


「私はあの男を皇帝にしちゃいけないと思ってる。だからこそ誰かが止めなくちゃいけないとも思ってる。その誰かとして私が務まるのかは分かんない。でも、もしも私にそれが出来るのなら、私はあの男を倒して、この国から戦いを無くしたい!」


 その宣言にフェーザは優しく笑い、ウロスは諦めたような表情になる。


「よく仰られました」

「あなたがそう決められたのなら、私に言うことはございません。私の命はメルン様の物。あなたの事は全力をもってお支え致します」

「ありがとう。じゃあ改めて話がしたい。あの妖精族は命令を受けて私の所に来たと言ってた。それならその、命令を出した人と直接話さなくちゃ。フェーザ、あの妖精族達を探して伝えてきて」


 凛々しく引き締められたその表情は意思の強さを示していた。命令を受けたフェーザは頷き、早速行動に移るのだった。

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