打ちのめされる無能
魔術の講義では優秀だった聖騎だが、武術の訓練ではまったくもってダメだった。教官の厳しい指導に、彼はついていく事が出来なかった。
(まったく……体を動かしたら体力が減るのは当然だけどさ……疲れたらステータスの体力の数値が減るなんて聞いてないよ……)
息も絶え絶えな聖騎は、現在あてがわれた部屋のベッドに寝転がっていた。なお、彼と同じくこの部屋を利用している卓也はいない。卓也がどこで何をしているか。それを彼は知らないし、知るつもりもない。
(夕食の時間が来たら声がかかるんだよな……。それまで寝かせて貰おう…………夜にはやりたいことも有るし)
そう考えた聖騎は眠りにつこうとする。すると、ドアのノック音が彼の耳に届く。面倒だと思いながらドアを開けると、永井真弥がいた。
「あっ、神代君。卓也はいない?」
「うん、いないし僕もどこにいるのかは知らないよ」
聖騎の答えを聞いて、真弥は安心したように言う。
「ちょうど良かった。今から二人であなたと話がしたいの。卓也についてね」
「そんなことより寝かせてくれないかな。僕は今疲れているんだよ。いやー、体力が無いと大変だなー」
聖騎がやる気の無さそうに言うと、その顔の寸前に真弥の拳が飛ぶ。彼女はニッコリと笑う。
「さあ、お話を始めましょ」
断ると後々面倒なことになりそうだったので、聖騎は取り合えず頷いた。
◇
一方、王宮の裏。ここには7人の勇者達がいた。その中の1人は古木卓也である。
「ふーるきー、これも訓練だ。悪く思ーなよ?」
「うっ」
卓也は現在、6人の勇者達に代わる代わる殴られていた。
「殴れば殴るほど、レベルアップしたときに攻撃が上がりやすくなる。そして殴られれば殴られるほど防御が上がりやすくなる。つまりこれはギブアンドテイクって訳よ!」
「ホント、アンタがいて良かったわー。その無駄にチートな体力と回復力、役に立ったわね」
「役立たずだったお前に価値を見出だした国見に感謝しろよ?」
「今からここを古木道場と呼ぼうぜ!」
「良いねぇ。師範、オレ達の特訓に付き合って下さい! ……ってか?」
「アハハハハ、ウケる」
彼らは言葉を止めずにひたすら暴力を続ける。殴る。蹴る。叩く。踏む。そして、斬る。
「いやー、さっきは使いそびれたけど自分の剣は最高だわ」
『創る者』もここにいた。彼はここにいる卓也以外の全員に剣を持たせていた。彼の ユニークスキル『創り』はイメージした金属製の武器を創り出せる能力であり、武器の大きさや数、強度などに比例した魔力を消費して発動する。
「そんじゃ、みんなで一斉に刺しますか」
「おーけい」
「やめっ……」
卓也は顔を青ざめさせる。しかし勇者達は無邪気だ。
「せーのっと」
「あああああああああああ!」
悲痛な叫びを卓也はあげる。服も体も傷だらけとなり全身から血がドクドクと流れるが、みるみるうちに傷が回復していく。
「うわー、キモッ」
「スゲーなこれ。ほっとけば勝手に回復してくんだから」
卓也から奪い取ったステータスカードを見た一人の勇者が感想を漏らす。一斉に刺された時には約3000まで減った体力値が徐々に上がっていっている。
「しばらく待とうぜ。体力がゼロになったからって死ぬとは限らないと言うが、なんかのミスで死ぬかも知らねーからな」
「神代は敵に回すとめんどそうだし、名前忘れたけどあの引きこもりをフルボッコにすんのは流石に気が引けるからな。オレ達にはお前が必要なんだよ」
寝転がる卓也には唾が吐き捨てられる。数値の上でや体力は回復しても、彼の心は傷付いたままだ。元々の世界でも不遇だった彼だが、ステータスの数値が絶対視されるこの世界では更に不幸だと彼は考える。
(何だよ……俺が何したって言うんだよ)
あまりに酷いステータス。唯一良かった体力というステータスですら自分を苦しめる原因になっている。そして、ユニークスキル。右手が疼くという訳のわからない能力。
(こんな力じゃ、エリスさんの期待に答えられない。何も守れない……。何も出来ない……)
そして彼は誰も信用できない。聖騎が見せた幻での真弥の冷たい視線が今も脳裏にこびりついている。
(真弥……俺はダメだよな……。情けない。本当に自分が情けない……)
ネガティブな思考が止まらない。そして彼はある結論に至る。
(俺には力が必要だ……。欲しい……力が欲しい!)
卓也の心の叫びは誰にも届かない。勇者達は話す。
「でも俺、正直今日は疲れたしそろそろ休みてぇんだけど」
「ウチもー、あんなことが起きたんだしね」
「そんじゃ、そろそろ部屋に帰るとしますか」
「さんせー」
「じゃ、最後にちょっとだけ……」
一人の少年が剣で卓也の服を切り裂く。体力自動回復のスキルは衣服には適用されない。したがって、彼の服はバラバラになり、彼は全裸になる。
「きゃー」
少女は思わず声をあげる。そして勇者達は卓也から興味を無くし、談笑しながら王宮の中へと入っていった。
「……」
衣服を失った卓也は王宮に向かうことも出来ず、その場で体育座りをした。
「さ、むい……」
◇
「うん。彼の事はよく分かったよ。それじゃあそろそろ帰ってくれるかな」
聖騎はやけくそ気味に言う。すると真弥は怒鳴る。
「神代君、どうして分かってくれないのよ! 卓也の優しさを! 確かにステータスで言えば強いとは言えないかもしれない。でも、人間の価値なんてそんなものだけで計れないでしょ! 卓也は昔から優しくて、私だって何度も助けられた。だから私は卓也を助けたい! でも、私だけじゃ難しい。だからあなたにも手伝って欲しいのに!」
「さっきも言ったけれど僕は彼が嫌いなんだよね。僕は彼がどうなろうとどうでもいいんだよ。他を当たってくれるかな?」
感情をあまり表に出さない聖騎が珍しくイライラとした態度を見せる。真弥の暑苦しさに彼はうんざりとしていた。聖騎は彼女の話を半分も聞いていない。
「この分からず屋!」
「うん分かったから出ていってくれるかな僕は寝たいんだよさあはやく」
棒読みの聖騎。真弥は思わず拳を握るも、そこでドアのノックがなる。聖騎がドアを開けると、そこにはメイド服を着た女性がいた。彼女の後ろには藤川秀馬をはじめとする勇者達がぞろぞろと並んでいた。
「お夕食の準備が整いました……おや?」
メイドは部屋にいる人物を見ていぶかしむ。部屋は全て同性同士という組合せだったはずだが、そこには少年と少女がいたからだ。真弥がフォローを入れる。
「私はちょっと話をしていただけです」
「左様ですか。では、こちらの部屋を利用しているもう一人の方はどちらでしょうか?」
「さぁ……私にも分かりません」
「でしたら、皆様を食べる場所まで案内した後に私どもの方でお探しします。その方の特徴は……」
「えっと、名前は古木卓也で……特徴は……太っていて…………それと………………」
真弥の説明はつたない。しかしメイドは納得する。
「フルキ・タクヤ様ですね。エリス様が嬉しそうな顔でお話しされていたので名前は覚えております。了解しました。お探しします」
「あの……私も探します」
「いいえ、あなた方は客人なのですから、先に夕食をお召し上がり下さい」
「でも――――」
「心配なさる気持ちは分かりますが、大丈夫でございます。ご安心下さい」
「そうですか……では、よろしくお願いします」
真弥は頭を下げる。そして真弥と聖騎は他の勇者と共にメイドについていった。
(結局寝られなかったな……仕方無い。いや仕方無くは無いよね。僕は理不尽に眠りを妨げられたのだから。話を無視して眠ろうとしたら叩き起こされるし)
聖騎はぼんやりとしながら歩く。そして、前を歩くメイドを見て考える。
(このメイドさん、何となく『あの人』に似ているような……)
聖騎は元の世界にいた頃の知り合いの顔を思い浮かべた。