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操魂の堕天使

「それで、何処にいるんだ? 『操魂の堕天使』は」


 シュヌティア大陸に到着した『七番目』は、必死に自分についてきた妖精族に尋ねる。妖精族の少女は息も絶え絶えになりながら、答える。


「ハァ……ハァ……、すみ……ません。何処に、いる……のか…………」

「役立たずが」


 必死に言葉を紡ぐ少女にピシャリと言い捨てる。少女は息を落ち着かせてから言う。


「でも、恐らくはレシルーニアと共に行動しているはずです。そして私達妖精族は、ある程度近くにいる他種族の存在を感知できます。ですので、レシルーニアがいるのが分かれば『操魂の堕天使』も見付かるかと……」

「ならばさっさと探せ」

「は、はい!」


 ビクビクと妖精達は頷く。彼らとしては『操魂の堕天使』 になど会いたくない。しかし『七番目』も『七番目』で恐ろしい為、「見付からないと良いな」と思いながらも必死で探すという何処か矛盾した行動をとる。『七番目』自身も自慢の眼と耳と鼻で獲物を求めて走る。ハンターとして必要なものを全て有する彼は、注意深く辺りを見回す。彼の姿を見た、元々ここにいた妖精達は一目散に逃げていく。彼が放つ殺気は激しく、気の弱い妖精の中には直接受けた訳ではないにも拘わらず気絶する者もいた。


  「何処だ……何処にいる? 『操魂の堕天使』」


 眼をギラギラと輝かせ、『七番目』は呟く。ふと彼は、奇妙なものを発見する。妖精族の様な見た目だが、全身が黒く顔のパーツすら見当たらない。まるでシルエットであるかのようだ。それが何かを『七番目』が考える前に、それは雷を飛ばしてくる。


「ふん」


『七番目』は短く嘆息し、跳躍して雷撃をかわす。次の瞬間にはシルエットの背後に移動しており、自慢の爪を立てる。するとシルエットは元々そこに存在していなかったかのようにフッと消える。彼が次の行動に移ろうとした時には既に冷気が四方から彼の下へと迫り来ており、彼の体を凍らせていく。


「下らん」


『七番目』は大きな翼を広げたと思うと、その場で回転を始める。高速が生み出す空気との摩擦熱は冷気を消し去り、凍り始めていた指先も回復していた。すると今度は地面から蔦が伸び、空中にいる彼の脚へと絡み付く。そして上からは粉のようなものが降ってきた。


「次から次へと。鬱陶しい」


 脚を力の限り開いて絡んだ蔦を引きちぎる。しかし粉を身体中に浴びる。力が抜けていく感覚を彼は覚える。そこに再び冷気が襲いかかり、蔦も未だ彼を縛り付けようと伸びてくる。


「『操魂の堕天使』。なるほど、そういう事か」


『七番目』は自分を煩わせる現象が全て、雷を放ったものと同じシルエットのようなものによって引き起こされている事に気付く。そしてそれは、一人によって操られているのだと考える。そこから、シルエットのようなものは魂、あるいはそれに準ずる何かで、自分が

今獲物だと思っていた存在の掌中にいることを導き出す。


「そういう戦いをするのか。面白い」


 自身は姿を見せずに攻撃をしてくる敵を卑怯だとは思わない。これまでに自分は戦いらしい戦いを経験した事がないのだ。どの様な形であれ、自分を傷付ける事が出来るのならば歓迎する。それが彼のスタイルだ。彼は上空へと舞い上がる。そして、粉を振り落とす妖精族の魂を頭部の角で一突き。その魂は霧散する。それでも力が抜ける感覚は残っている。しかし彼は感覚を研ぎ澄ませ、魂を操る本体を探し求める。するとそこに、風が叩き付けてくるように吹き荒れる。これも妖精族の魂によるものだった。


「くっ……」


 彼が万全なら、この程度の風にも難なく動じずにいられただろう。だが全力を出せない今の彼は呻き声と共に落下する。彼が下を見ると、地面にはハリネズミの背中のように金属の針が所狭しと生えていた。


「舐めるな」


 轟々と吹く風に揉まれながら、『七番目』は空中で長大な尾を下に来るよう動かす。地面に落ちようとする直前、彼は尾を叩き付けて針の破壊を試みる。強靭な筋肉が剛毛で覆われているという構造のそれは、傷付くことなく目的を達成する。しかし彼には誤算があった。


「なっ……!」


 彼が着地した地面の下は空洞になっていた。かなりの体重であることに加えて強風の勢いを受けて落下した彼の体は地鳴りと共に地面に穴を開け、その下へと落下していく。突然の出来事に一瞬の戸惑いを見せる彼へと、地上から水が流入する。その膨大な水量に『七番目』は呑み込まれる。 上からのみならず穴の中でも四方八方から水流が注がれ、穴の中は水に満たされる。


「……」


 だが、彼の体は魚人のエラも備わっている水陸両用仕様である。手足と翼を器用に操り、地上を目指して泳ぐ。水面に顔を出した瞬間、複数の魂による冷気が放たれる。水は徐々に凍てつき、さながら氷の棺であるかのように『七番目』の頭部を残して閉じ込める。すると彼は、何か禍々しい気配が近付いてくるのを感じる。


「やぁ、君が『ナンバーセブン』だね」


 中性的な声がかけられる。『七番目』は内心で首を傾げた。『ナンバーセブン』という言葉は訳される事無く固有名詞としてそのまま彼の耳に届いた為、彼にとっては意味不明な単語である。しかしそれはどうでも良いことだと結論し、凍えて思うように動かない口をどうにか動かす。


「……お前が……『操魂の堕天使』か」

「そういえばそんな称号もステータスカードに追加されてたなぁ。そうだね、自分で言うのは少し痛々しいかも知れないけれど僕が『操魂の堕天使』だ」


『操魂の堕天使』――神代聖騎は笑みを浮かべて頷く。『七番目』は彼を睨むように見上げる。聖騎は言葉を続ける。


「突然だけれど、僕の仲間になってくれるかな?」


 言葉の通り突然の提案に『七番目』は訝しむ。


「どういうつもりだ?」

「僕は前から君に興味を持っていてね……僕の目的の為に君の力を使いたい」


『七番目』の野獣そのものの眼光に睨まれても聖騎は動じない。一方で『七番目』も、頭部以外が凍り付いている状況にも拘わらず毅然としている。


「それで俺に何の得が有る?」


『七番目』の問に聖騎は、待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。


「君の為に死闘を用意してあげるよ」


 静寂。『七番目』はその言葉を吟味する。確かに彼は己の全力を懸けた死闘を求めている。


「どういう事だ?」

「僕達は世界をひっくり返す計画を考える。でも、それを邪魔する者達が必ず現れる。君にはその者達と戦って欲しいんだよ」


 聖騎は依然として笑みを崩さない。通り名通りの堕天使のようなその表情を見据えて『七番目』は問う。


「誰なんだ、それは?」


 聖騎は一言で答える。



「世界」



 その抽象的な単語に『七番目』はピンとこない。それを察した聖騎は説明する。


「僕達はいずれ世界の敵になる。世界中が僕達の邪魔をしに来るだろうね。それは恐らく激しい戦いになる。そんな戦いを、経験してみたいと思わない?」


 一陣の風が聖騎の黒髪を揺らす。『七番目』はその瞳に野心が宿っているのを認める。


「お前の目的は何だ? 世界を支配でもするつもりか?」

「僕はそんな器ではないよ。僕の目的はこの世界の仕組みを知ることさ」

「世界の仕組み?」

「その辺りは色々と面倒だから、ここではやめておくよ。さて、そろそろ僕の質問にも答えてくれるかな? 君は僕と、一緒に来るかい? 来ないのなら、君には消えて貰うけれどね」


 そう言った聖騎は十柱程の魂を自分の側に呼び出す。いつでも命令を出して魔法を使わせる事が可能だ。


「ふん……脅しのつもりか?」

「そんなところだね」


 頷く聖騎。しかしそこで彼は異変に気付く。ミシ、ミシと言う音が彼の耳に届いた。


(まさか自力でこの氷を……!?)


 その音の正体に気付いた聖騎は二柱の魂に風を起こさせ、自分自身の体を後方へと飛ばさせる。


「くっ……!」


 突風に揉まれて呻く聖騎。その視線の先ではバリバリと激しい音を立てて氷が割れ、勢いよく『七番目』が空中に飛び出した。


「良い勘だ……だが、遅い」


 風を使う妖精の魂は逆風を吹かせる。そして他の魂も攻撃を加える。だが『七番目』はそれらをものともせず、翼を羽撃かせて突き進む。


「リート・ゴド・レシー・サザン・ト――――ッ!」


 聖騎は神御使杖を構え呪文の詠唱を始める。だが、それが終らぬ内に『七番目』が眼前に迫っていた。

 

「残念だが、俺は誰とも馴れ合わない」


  鋭い鉤爪が聖騎の首を貫く。


「がっ……はっ…………!」


 鮮血が飛散し、聖騎の体は重力に従って落下する。体力がゼロになった彼に止めを刺そうと『七番目』は地面を見下ろす。するとそこに、十ほどの魂が現れた。魂達が光を出すと、聖騎の傷は徐々に癒えていく。『七番目』は背後に気配を感じ、振り向く。


「おーっと、私には戦うつもりなんて無いわよ」


 そこにいたのはサリエル・レシルーニアだった。


「お前があの人族を回復させているのか」

「ええ。そう簡単に死なれても困るのよ……それで、君は私達につくつもりは無いと?」

「不満か?」


 サリエルの問に『七番目』は問い返す。


「まぁ、ちょっとは残念だけど仕方無いわね。でも君には、生きる目的みたいなのって無いの?」

「俺が求めるのは戦いだけだ。目的も仲間も必要ない。俺はただ自由に、何にも縛られずに生きる」


 ニヤニヤと笑うサリエルに、『七番目』はぶっきらぼうに答えた。


「ふーん。でも、自由っていうのも案外つまらないものよ? 目的を持って何かをして、それを達成した時の感覚を知ってしまうとね。世界――いえ、それ以上の規模の目的を叶えたら、絶頂という言葉すら生ぬるい何かを得られるんじゃないかしら」

「結局お前も俺を勧誘するのか」

「いいえ、ただの独り言よ。ところで君は故郷の大陸に帰るのかしら?」


 サリエルの言葉を無視して振り向き、帰ろうとしていた『七番目』は停止する。


「それがどうした?」

「何でもないわ。私はサリエル・レシルーニア。あの人族はカミシロ・マサキ。以後、お見知り置きを」

「下らん。今後一切口にする機会のない言葉だ」

「そう。また会えるのを楽しみにしてるわ」


 その言葉に答えることなく、『七番目』は飛んで行った。

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