創られし獣
人族からは『東の大陸』あるいは『エルティア大陸』と呼ばれる大陸。人の知能を持つ獣と呼ばれる獣人族が棲むここには、本来の住民ではない複数の妖精族がいた。彼らの視線の先には高く積み上がった死体の山の頂上で、ヌチャヌチャゴリゴリと汚ならしい音を立てて死体を貪る生物の姿があった。
その生物はおよそ三メートルの体躯にゴリラの様な強靭な筋肉を持ち、象の様に分厚い皮膚に覆われ、四肢には猛禽類の様な鋭い爪を有し、背中には大きな翼が生え、龍の様な長い尾が伸びていて、人間を思わせる顔ではトラの様な鋭い牙と額のユニコーンのような巨大な角が絶大な存在感を放っていた。彼に与えられた便宜上の名は『七番目』。
口許にはべっとりと赤い液体がついているその『七番目』は、かつてこの大陸において最強の生物を創るというリノルーヴァ帝国の研究によって生み出された。様々な獣人や獣の体のパーツを集めて移植し続けた結果生まれたその生物は、自分の研究に関わっていた人間や自分と同じ様に生み出された生物達を皆殺しにし、研究施設を飛び出した。
彼が求めたのは戦い。強さだけを求めて創造された『七番目』は目に付いた生物を片端から殺戮し、食していった。だが、いつしか彼は虚しさを感じる様になり、一日に食べる分以上の命は奪わないようになった。やがて全ての死体を骨も残さず食べ終えた彼は、自分をジロジロと見ている妖精族へと目を向ける。
「さっきから何の用だ、雑魚共」
底冷えするような冷たい声音で彼は言う。妖精族は全員が恐怖に顔を青ざめさせていた。この場から逃げようと提案する者がいる一方で、それを否定する者もいた。煮え切らない彼らの様子に『七番目』は苛立ちを隠さない。
「用が無いなら失せろ」
妖精族はオドオドと怯えるが、その中では比較的勇敢だった一人の妖精族の少女が意を決して口を開く。
「あの……私達はあなたの噂を聞いてここに来ました。その、私達を助けてください!」
不安げな表情で妖精族の少女は『七番目』を見る。『七番目』は見るからに不機嫌な様子となる。
「雑魚の分際で俺に命令するのか?」
如何に素早い獲物の動きも捉えるその鋭い双眸に睨まれて少女は萎縮する。その代わりに別の青年が言う。
「確かにそう思われても仕方ないかも知れない……。だが、俺達が生き延びるにはあんたに頼むしか無いんだ……。頼む、『操魂の堕天使』を倒してくれないか?」
つまらなそうに話を聞いていた『七番目』だが、話に含まれた、とある単語に反応する。
「『操魂の堕天使』?」
「ああ、シュヌティア大陸でレシルーニアっていう種族と一緒に行動してるという人族で、俺達は見たことが無いが恐ろしく強いらしい。なぁ、あんたは人族を恨んでいるんだろ? それなら――」
「知ったような口を利くな」
必死に捲し立てる青年の言葉を『七番目』は止める。ハッとした青年は思わず両手で口を覆う。
「俺は人族を恨んでなどいない」
「そんな……」
「だが――」
『七番目』の言葉に少女の表情は絶望に歪みかけるが、彼の言葉は続く。
「――『操魂の堕天使』が人族かどうかは関係ない。重要なのは、そいつが強いかどうかだ。俺が求めるのは、全てを懸けた全力の死闘」
彼は肉食獣らしい獰猛な笑みを浮かべながら語る。そこに少女はオドオドとしながら話す。
「その姿を見た者は、抵抗する前に全て殺されます」
「そうか……面白い。『操魂の堕天使』はシュヌティア大陸にいるのだったな?」
「は、はい……」
少女は頷く。
「そうか。ならば今すぐ向かおう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
礼を言って感謝を示す妖精一同に、『七番目』は告げる。
「もしも『操魂の堕天使』がしょうもない雑魚だったらお前達を殺す。共に来い」
そう言い捨てた『七番目』は恐怖に震える妖精達の返事も待たずに、純白の翼をはためかせて飛んでいった。妖精族達も慌ててそれを追う。逃げるという選択は、彼らには取れなかった。
◇
シュヌティア大陸地下。神代聖騎は妖精達を狩り、使役する為の魂を集める一方で、『異世界への門』と呼ばれている穴から時折飛び出してくるものについての調査をサリエル達としていた。聖騎はその中の、何かの箱らしきものに興味を持った。
一辺が二十センチメートル程の立方体は全体が白く、辺は金色に縁取られていた。六面のうち一つの面には何か羽の生えた女性の様なものが描かれていた。聖騎はそれを女神、天使、あるいは妖精だろうかと考えた。重量感を感じさせる見た目とは裏腹に軽いそれが何なのか、現在の聖騎達には分からない。解剖しようにも継ぎ目などは見付からず、持て余している。レシルーニア達の中にはただのガラクタだと考える者がいるが、聖騎はそれに特別な感情を抱いていた。
また、彼らは情報収集も欠かさない。世界各地に散らばる仲間達や配下の妖精族を通して、北のヘカティア大陸以外の情報を集めている。その一環として、『勇者伝説』に描かれている勇者に似ているという卓也の下へとレミエルを派遣しているのだ。
「それにしても、『ナンバーセブン』が君を探しに来るなんてね」
間延びした話し方でサリエルが言う。聖騎とサリエルは以前『棒輪の間』で様々な生物のステータス等のデータを見ていた。そこで彼らは自分達や魔王軍に匹敵するステータスを持つ『Number Seven』という名前の獣人族の存在を知った。そしてサリエルは妖精族特有のネットワークで知った、人族が実験によって開発した獣人族であると確信した。なお実際には『七番目』と呼ばれているのだが、『Number Seven』という文字列を見ただけの彼らには知る由もない。
彼らは『ナンバーセブン』を味方に引き入れたいと考えていた。命を奪って魂を使役するのではなく、対等な味方にしたいと。召還した魂は一度攻撃を受けただけで消えてしまう。それでは『ナンバーセブン』の高い防御力と体力を活かせない。そう考えた聖騎は、彼を説得することは考えているのだが――――
「戦うことになったらまずいね。一度接近戦になったら勝ち目がない」
聖騎は真剣味を帯びた表情で呟く。そして言葉を続ける。
「だから、罠を張って待ち受けよう。その上で戦いを求めるという『ナンバーセブン』を説得する。手伝ってくれるね? サリエル」
サリエルは小さく笑って答える。
「勿論。私は君の契約者だから。……でもホント私達忙しいわねぇー。『リノルーヴァ統一戦争』への介入についてもまだ、色々と考えなくちゃなのに」
面貫善ら勇者達と共に戦った獣人族によってリノルーヴァ帝国の皇族は皆殺しとなった。これにより国内の貴族達が一斉に皇位を求めた。それにより各地の領主は日本の戦国時代のように、互いの領地を巡って争いを始めるようになった。これにはリノルーヴァ帝国内のみならず、周辺の国々も便乗して国力の下がったリノルーヴァを攻め始めた。ラートティア大陸東部の何処にも安全な場所が無いと言われている。この戦いを聖騎達は『リノルーヴァ統一戦争』と呼ぶようになった。そしてこれに目を付けた。
聖騎達はリノルーヴァ帝国内の特定の貴族を支援し、天下を取らせようと考えている。彼らが求めるのは権力。大陸東部を統一した国で戦争に貢献し、地位を手に入れ、自分達の研究を手伝うに足りる人材を探す事が目的である。だが、誰を支援するかについて頭を悩ませている。
彼らが支援しようと考えているのは有能かつカリスマのある存在。大国の民からの支持を集める君主と、政治的才能に秀でる臣下。それらが存在する勢力を勝利に導こうと考えている。なお、武力はそこまで求めない。有るに越したことはないが、自分達が武力になれば良いと思っている。
「うん。本当に忙しい。国を手に入れようとしているのだから、慎重に色々なことを考えなくてはいけない。だけれど、それによって得られるものは大きい」
「でも、それをゴールだと考えなくてはいけない。国を統一して、その後の事を考えられる存在。乗り越えた壁が高ければ高いほど、そこで満足してしまいがちだけどね」
「だからこそ僕達は戦いを出来るだけ早く、あっさりと終わらせる。未来の君主様には余計な事を考えさせないで、国を治める事だけに専念してもらう……」
そこで聖騎は話題を戻す。
「その為には『ナンバーセブン』という戦力が必要だ。僕は絶対に手に入れる。さて、休んでいる暇はない。迎え撃つ準備をしよう」
彼はニヤリと笑い、そう言った。