仇敵発見
レミエル・レシルーニア。個体に名前を付ける慣習がない妖精族が名乗った事を怪訝に思いつつも、アフェランドラはそれを頭から切り離し、目の前の相手の目的を推し測る。
「勇者の味方?」
「うん。逆に言えば魔王の敵という事になる」
レミエルによって意識を取り戻した面々を含めた騎士団幹部、そして真弥によって意識を取り戻した剣人と彩香を含めた魔王軍側は一触即発の二人の様子を見守る。
「なるほどね。それで、君はここに何をしに来たの?」
「勇者様のピンチを救う為。とりあえずあなたを片付ける」
「ふーん、その生意気な態度、私が自ら正させてあげる」
「やれるものなら」
そう言って、レミエルは妖精族の魂を二柱召還する。そのうち一柱は一斉に漆黒のビームを放つ。それはアフェランドラを呑みこむ。
「ぐうううぅ……、うあああああああああああああ!」
「これで終わり」
いつしか攻撃をした魂は消滅していた。そしてもう一柱は雷撃を放ち、体力がゼロになったアフェランドラにとどめを刺した。これによりレミエルは、アフェランドラの魂を使役することが可能となった。レミエルが最初に攻撃を命じたのは「自分の体力を削り、それと消費した魔力量を掛け合わせただけのエネルギーを光の粒子に変換し、攻撃に使う」という能力を持つ妖精族――ウインガンの魂である。本来ならば、全力で攻撃をしてしまえば自身が死んでしまう為、その種族は力をセーブしてその能力を使う。だが、今は既に死んで、魂だけの存在。本来の体力値以上の体力を消費して、一回限りの絶大な破壊を生み出す事が出来る。
(ウインガンの魂を手に入れるのには苦労した。とどめを刺そうとしたら自爆してくるのだから)
ウインガンの魂を狩っていた時の事をしみじみと思い出すレミエル。彼らの生き残りはシュヌティア大陸の北部から南部へと避難したと聞いている。いずれ彼らの数が増えれば、再び狩りに行く予定だ。彼女はその場の注目を集めている事に気付き、彼らに向かって言う。
「さて、あなた達が魔王軍に協力する理由は知ってる。さっきの魔族を守れなかったあなた達の家族やお友達はどうなるんでしょうね」
魔王軍に協力する勇者一同は目を見開く。事情を知らない卓也は質問する。
「家族、友達……どういう事だ?」
「ざっくりと説明すれば、とある妖精族があなた達の家族や知り合いを異世界から召喚した。そして――」
「――ちょ、ちょっと待って!」
レミエルの話を卓也は遮る。彼が気になったポイントに心当たりは有るが、敢えて話を続ける。
「それについては後で詳しく話す。色々あって彼らは魔王軍に捕まった。後は分かる?」
「…………ひ、人質にされてるって事?」
「そう。そしてその中には恐らくあなたの家族もいる」
声を震わせながら答える卓也にレミエルは頷く。そして新たに彼女の口から紡がれる言葉に衝撃を受ける。
「そんな……」
「では、この情報を知ったあなたはこれからどうするの?」
レミエルは僅かに口角を吊り上げて、試す様に尋ねた。
「これから……」
卓也は考え込む。自分や友人の家族がこの世界に来ているということは俄には信じられないが、真弥達が魔王軍についている事を考えれば納得は出来る。剣人や彩香の葛藤も理解できる。もしも彼の両親がここにいるのであれば、自分が魔王軍に敵対している事が発覚した場合、無事でいられるとは思えない。
「俺は……」
悩む彼を真弥達クラスメートが見守る。エリス達騎士団幹部が見守る。その状況で水姫が口を開く。
「この状況は魔王軍にも知られている。『観』と『聴き』の能力を持つ二人が得た情報は随時報告されてる。何より、魔王様に刃向かう事は愚か」
そう語る彼女はどこか恍惚とした表情を浮かべていた。一方で他の者達は迷いを見せている。卓也も無論迷う。だが、彼の中には沸々と魔王に対する怒りが沸き起こる。
(許せない……よな……)
人の家族や友人を人質にとって、級友達を操るという魔王ヴァーグリッドの卑劣さを、彼には許すことが出来ない。
「父さんも母さんも、絶対に助ける。俺は魔王に屈しない」
「助けるも何も、敵対した時点で無理なんだけど」
卓也の言葉に彩香が反論する。彼女だって魔王を許せない。だが、無理なのだ。何より自分はアフェランドラを守るのに失敗している。これ以上余計な事はしたくない。それに対し卓也は答える。
「だから、急ぐ! 舞島さん、俺を父さん達の所に連れてってくれ!」
「嫌」
「何で……!」
短く答える水姫に、卓也は食って掛かる。
「私は魔王様の味方につくって決めたから」
そう言った水姫は棒輪の間へと続く穴を開ける。そしてしばらく考えた後彼女は言う。
「……私はこの穴を通って魔王様の所へと帰る。私と一緒にくれば、魔王様に会えるかも知れない」
「どうしてそんなことを教えてくれるんだ?」
戸惑いながら卓也は問う。
「どうせ無駄だから。あなた程度じゃ魔王様どころか、パッシフローラ様やアルストロエメリア様にすら敵わない。あなたが来たところで何もできない。だから私は、あなたがどうしようと構わない。かといって積極的にあなたを助ける事はしないけど」
皮肉気に笑いながらの水姫の言葉に卓也は、それほどまでに魔王の強さが凄まじいのかと考える。ゲームで例えると「ラスボス」である魔王ヴァーグリッドと戦うには、気が早いのではないかと考える。その一方で、急がなければ二ヶ月以上会っていない両親の命が危ないのではないかと考える。しかし、弱い自分が行ったところで結局両親は救えないのではないかと考える。そこから、導き出される結論は――――
(魔王軍に協力するフリをして、機を伺って助ける)
そこで彼は言う。
「分かった」
「えっ?」
「さっきも言った通り、俺を魔王軍の所へ連れてってくれ」
その発言にエリスが反論する。彼女は水姫が姿を現した瞬間から、父親と従者の命を奪った彼女への怒りが隠せず睨みつけていたが、その強さを知るが故に手を出せずにいた。そんな彼女は慎重になるように卓也を嗜める。
「無茶です。今のあなた――私達では魔王軍の本拠地に行っても何も出来ません」
「その通りだ。分かっているではないか、お姫様」
突如その場に響いた鋭い声に、その場の全員が声のする方を見る。するとそこには、紫のボブショートヘアーなメイド服の女と、緑色のポニーテールを持つ背の高い女がいつの間にか現れていた。水姫が驚きの声を上げる。
「アルストロエメリア様!」
「無様なものだな。アフェランドラを守るという命令はどうした」
「それは……」
水姫は口ごもる。流星の如く現れたレミエルによってあっという間に殺された彼女を守る事はできなかったことは反省しているが、どうしようも出来なかったとも思っている。しかし、彼女としてはそれよりも気になる点があった。
「あの……アルストロエメリア様はどのようにしてこちらに?」
「偉くなったものだ。私に質問できる立場だとでも?」
ポニーテールの女――アルストロエメリアに睨まれて水姫は委縮する。
「まあ良い。魔王様が貴様らを待っている。撤退しろ」
「分かりました」
アルストロエメリアは水姫のみならず、支配下にある勇者達に向けて命令する。水姫が開けた穴へと、彩香、剣人そして真弥が迷いを見せながらも入っていく。メイド服の女も水姫も入り、最後にアルストロエメリアが入る。そして彼女は思い出したように口を開く。
「お姫様。貴様を見ていると、昔殺した女を思い出す」
「えっ……」
その言葉にエリスはある予想を立てる。そして、その予想は的中する。
「イリス・エラ・エルフリード。奴との戦いは中々楽しめた。貴様と今後戦う事を楽しみにしているぞ」
その言葉と同時に、彼女が前に伸ばした手からは暴風が吹き荒れる。卓也達ファルコン騎士団幹部や、団員の死体、そしてレミエルの体が吹き飛ばされる。その直後空間に開いた穴は閉じる。風は凪ぎ、エリスはただ、アルストロエメリアが消えた場所を呆然と見ていた。
イリス・エラ・エルフリード。十年前、大陸北部での魔王軍との戦いの最中に死亡した、世界でもトップクラスの魔術師であり、エリスの母親である。
「タクヤ、あの女はアルストロエメリアと呼ばれていましたね?」
どこか冷たい色を帯びた声で、エリスは確認する。
「う、うん」
「アルストロエメリア。そしてマイジマミズキ。私の大切なものを奪っていった者達を絶対に許せません」
エリスはゆっくりと歩く。そして、言葉を続ける。
「ですが私は今、完全に遊ばれました。今私が無鉄砲に突っ込んでも無意味です。私は強くなりたい。付き合ってくれますか?」
その言葉は卓也のみならず、ナターシャ、ミーク、ギリオン、セルンといった仲間達にも投げかけられていた。彼らは口々に答える。
「お供致します」
「ボク達も、強くなんなくちゃね!」
「敵は強大。だが俺達は負けるわけにはいかない。厳しい日々が続きそうだ」
「私は魔族共を倒し、祖国を取り戻す。その為には、何だってやる」
各々は自分の覚悟を言葉にする。そして卓也も思いを告げる。
「俺は絶対に父さんと母さんを助けて、魔王を倒して、みんなで元の世界に帰る!」
卓也は宣言する。この場には卓也の状況を知らない者もいるのだが、誰もそれに口を挟まない。重要なのは、今の彼らの思いが一つになっているということだ。その様子を見て、レミエルは面白そうに言う。
「なるほど。では、私も協力する。勇者様」
卓也は聞き返す。エリスとナターシャも興味を示す。
「勇者様?」
「私はとある方から、あなたを助けるように言われてきた。『疼き』という能力を持つあなたを」
ナターシャは不信感を覚える。何故自分の事について知っているのか。
「とある方とは一体……?」
「それは言わない様に言われている」
表情も変えずにレミエルは答える。秘密主義な態度にナターシャは苛立ちを覚えるが、隠し事をしているのは自分達も同じだということを思い出して何も言えなくなる。するとエリスが発言する。
「あなたの思惑は分かりませんが、歓迎します」
「エ……アリス様!?」
思わず本名を口に出しそうになりながら、ナターシャは驚く。
「良いでしょ、ナターシャ。先程の戦闘で分かったけど、彼女は強い。仲間としては心強いわ」
「そうだねアリスさん。彼女が何者でも、歓迎する」
エリスは言い、卓也もそれに同意する。他の面々も疑念を抱きつつ、一先ず同意した。
「ありがとう。改めて言うけど私はレミエル・レシルーニア。よろしく」
薄い笑みを浮かべて、レミエルは挨拶をした。