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裏切りの勇者

「アハハハハハ、どうだい人族。同族を自分達の手で片付ける気分は!」


 愉しげに笑うのは雷使いの魔族、アフェランドラ。魔王軍の中でもトップクラスの実力を持つ少女であり、魔族の間では魔王軍最強の四人の戦士に与えられる称号、四乱狂華の候補だと囁かれている。


「……うるさい」


 不快感も露に呟くのは黒桐剣人。訳あって魔王軍に協力している彼は、ファルコン騎士団構成員の死体の山を嫌そうな顔で築いていく。


「おーっと? そんな生意気な口の聞き方をして良いのかなぁー?」

「チッ」


 アフェランドラの嫌らしい話し方を受けて、剣人は舌打ちをする。アフェランドラはニヤニヤと笑う。


「うんうん、そっちも順調だなぁ」


 次に彼女は刀を振るい敵を倒していく土屋彩香に目を向ける。その太刀筋に迷いは有るが、暴力的なまでのステータスの差によって難なく戦っている。この世界の生物の平均レベルは20程度。一方剣人と彩香は既にレベル90まで到達している。因みにアフェランドラはレベル70程度だが、人族に比べて魔族のステータスは基本的に高くなっている為、人族のレベル90とほぼ変わらない。もっとも剣人達異世界から召喚された勇者は標準的な人族よりも上のステータス値を誇り、アフェランドラ程度なら苦戦しながらも一人で倒せる程の強さである。


 それでも彼らがアフェランドラに従うのには理由がある。数日前、彼らの親が妖精族リルネーバにより――実際にはこの世界を操る神代怜悧らの思惑によって――この世界に召喚された。そして彼らは魔王軍の四乱狂華・パッシフローラによって捕まり、彼らを人質にして剣人達に、自分達に従うよう脅しているのだ。因みにパッシフローラのレベルは100。また、単純なステータスの問題だけでなく『時を戻す』という厄介なスキルを持っている事から、舞島水姫を含めた、魔王軍に従わされている八人の勇者がまとめてかかっても倒すことは困難である。その上、魔王軍にはパッシフローラと同程度の強さを誇るアルストロエメリアや、彼女達の強さを凌駕する魔王ヴァーグリッドがいる。したがって、今の剣人達では親を助ける事は出来ないのだ。


「アンタ達、絶対に許さないから」

「許されてない事くらい言われなくたって分かるよー。それで?」


 彩香に睨まれてもアフェランドラは余裕の表情である。それに彩香は歯噛みしつつも、刀を止めない。ファルコン騎士団から見た剣人と彩香の様子は不可解なものであったが、圧倒的な強さで味方を屠る恐るべき敵である事には変わらない。しかし彼らの誇りはここから逃げ出すことを許さなかった。その選択こそが剣人達を苦しめている事も知らずに。


 二人が騎士団に逃げろと言う事は、見張り役のアフェランドラが許さない。そしてこの状況は、北の大陸のヴァーグリッド城にいる山田龍と柳井蛇の能力によって監視されている。剣人に出来るのは、ただ言われた通りに敵を倒すことだけ。


「にしてもザコしかいないのかねー? コイツらって魔王様を倒そうとか考えてる猛者中の猛者なんでしょ? 自称」


 アフェランドラは文字通り高みの見物である。彼女は宙に浮き、二人が作り出す惨劇を眺めていた。すると彼女は新手を発見する。あえて泳がせた伝令が呼んだであろう人族の少年と獣人の少女。彼女はそのどちらにも見覚えが無い。しかし剣人と彩香は違う。


「古木……ッ!」

「黒桐、それに土屋さん!?」


 彩香と、そこに現れた古木卓也が同時に叫ぶ。その反応を見てアフェランドラは察する。


「おやおやー? もしかしてお友達ー?」

「これはどういう事だよ黒桐、土屋さん!」


 アフェランドラを無視して卓也は問いかける。すると彼と一緒にここに来たミークが剣人を睨みつける。


「よくも……よくもみんなを!」

「待ってミーク」


 爪を立てて剣人に跳びかからんとするミークを卓也が止める。


「何でだよタクヤ! コイツらは皆を……!」

「この二人はそういう奴らじゃない。何か理由があるんだよ」

「理由も何も、やったって事は変わんないだろ」


 卓也の言葉を無視して、その鋭い爪で剣人を引っ掻こうとする。


「敵は全力で片付けるのが命令だよー」

「……分かってるよ」


 剣人は左手の剣で爪撃を受け止める。そして右手の剣で反撃しようとすると、ミークは一瞬で後方へと跳ぶ。剣人は追撃を加えるが、ミークは自慢の身軽さで回避する。


「チッ、攻撃が激しすぎて迂闊に攻められない……!」

「黒桐、命令って何のことだよ!」


 舌打ちをするミーク。それを庇うように立った卓也は問う。顔なじみの姿に剣人の手が止まる。


「古木……」

「おーっと、余計な事は言わないお約束だよー?」


 剣人が口を開くと、そこにアフェランドラが声を掛ける。卓也は彼女を睨みつける。


「お前、二人に何をした……!」

「私はなーんにもー。あっ、そうだ! 君も魔王様の軍門に下る?」


 笑みを崩さずに告げるアフェランドラ。しかし卓也の態度は変わらない。


「誰が入るか!」

「あっそ、じゃあ倒しちゃってよ」


 アフェランドラは顎で彩香に「倒せ」と示す。彩香は刀を構える。


「古木、そういう訳だから悪いけど」


 彩香は卓也へと走る。振り下ろされた刀は甲高い金属音を鳴らす。その刀を受け止めたのは漆黒の苦無。


「これはどういう事ですか? ツチヤ様」

「ナターシャ……!」


 苦無を持っていたのはそこに駆け付けたナターシャだった。かつては親交があった彩香の状況に疑問を持つが、それには誰も答えない。そして剣士ギリオン、女騎士セルン、ローブの魔術師『アリス』を名乗るエリスも既にここに来ていた。彼らは仲間達が倒れている様子を見て憤りを感じる。


「お前達!」


 セルンは仲間の一人の所へと駆け寄る。体を揺するが反応を示さない。他の者の所に行ってもそれは同様だった。ギリオンは背中からスッと大剣を抜く。


「仲間達の仇、俺が討たせてもらう」


 そして、剣人の下へと走る。それに合わせてミークもそこへと跳びかかる。一方セルンはナターシャと向かい合う彩香へとレイピアを突き立てる。


「はあああぁぁぁぁっ!」

「……ッ!」


 彩香は刀でその斬撃を受け止める。反撃に移ろうとすると、今度はナターシャの苦無が彼女を襲う。


「ツチヤ様、何故このような事を」

「……」

「ナターシャ、知り合いなのか?」


 ナターシャの問に彩香は答えない。それを見て疑問に思ったセルンがレイピアを振りながら尋ねる。


「詳しい事は後程話します……今は!」

「そうだな、まずはこいつらを倒してからだ」


 ナターシャは正面から、セルンは背後から彩香を攻める。すると彩香は咄嗟に右へと跳躍する。そして、セルンに狙いをつける。


「……ゴメンね」


 疾風の如き速さで刀を振り下ろす彩香。分厚い鋼鉄の甲冑を身に纏うセルンの右腕を、その手に握られたレイピアごと斬り落とす。


「ぐうっ……」

「セルン様!」


 思わず注意をそちらに向けたナターシャに、彩香の刀が迫る。彼女の仲間達の血に汚れたその刀は彼女の右肩を貫き、鮮血が舞う。


「しまっ……」

「色々聞きたいことはあんだろうけどさ、あたし達にも守りたいものってのがあんのよ」


 ナターシャは呻き、苦無を左手に持ち替えながら、虚ろな表情で呟く彩香の言葉を聞いた。


「ナターシャ!!」


 その光景にエリスは思わず叫ぶ。目の前の敵が顔なじみであり、特に彩香とはよく話した間柄であった為、戦う事に対し戸惑いがあった。しかし素性を隠している自分を温かく迎え入れてくれた新たな仲間達、そして長い付き合いのナターシャが傷を負うのを見て、彼女は戦う決意をする。彼女はこれ以上、大切な存在を失いたくない。彼女は高速で、セルンとナターシャの体力を回復させる魔術の呪文を唱える。


「クーア・ゴド・レシー・ファイハンドレ・ト・トゥ・オラン・ヒルーン!」


 二人の傷が癒されていく。しかし、その回復量は微小だ。塞がりきらない傷からの流血に伴うダメージは止まらない。だが、エリスの魔力保有量ではこれがほぼ限界である。腕や肩を再生させるには勇者並の魔力がなければ難しい。その様子を見て剣人は呟く。


「今更オレも、迷っちゃいけないってか?」

「何が!」


 彼と戦っていたミークが叫ぶ。次の瞬間、その体躯が後方へと吹き飛ぶ。剣人による突進を食らったのだ。


「きゃぁぁぁ!」

「ミーク!」


 ギリオンは叫び、追撃を加えようとする剣人を追いかける。だが、この世界の人族の中ではトップクラスの脚力を持つ彼でも、剣人には追い付けない。流星群のように降り注ぐ斬撃はミークの体をズタズタに切り裂いていく。


「やめろおおおおおお!」


 咆哮と共にギリオンは剣人へと大剣を降り下ろす。剣人は二本の剣をクロスさせ、それを受け止める。


「くっ……」

「無駄だ。二対一の時にオレを倒せなかったお前じゃ……」


 右手の剣で鍔迫り合いを続けながら、左手の剣でギリオンの鎧を貫く。


「ごがっ……」


 吐血して倒れ込むギリオン。その胸からはドクドクと血が流れていく。その様子を見下ろしながら剣人は呟く。


「オレにも事情ってのがあるんだよ。分かってくれとは言わねぇがな」


 そう語る剣人の目は悲しげだった。

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