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ファルコン騎士団

 古木卓也。元の世界にいた頃はクラスの不良生徒から虐められていた少年である。なぜ自分がその様な境遇にあったのかは覚えていない。私立天振学園に幼馴染の永井真弥と一緒に入り、同じクラスになった。天振学園は中等部の三年間は同じクラスメートと共に学び、高等部では各々が選択した学科に分かれて専門的な勉強をするという形式を取っている。中学一年の頃、クラスメートの神代聖騎が国見咲哉らの虐めのターゲットとなっていたが、ある日を境にターゲットは舞島水姫へとシフトした。水姫はやがて家に引きこもり不登校となり――個別に受けた試験で最低限の成績を記録したため進級は認められた――次のターゲットとして卓也が選ばれた。中学一年の冬である。


 その後は中学三年の秋に至るまでの約二年間、卓也は虐めを受け続けた。永井真弥や藤川秀馬は度々虐めを止めるよう促していたが、それが止まる事は無かった。それでも毎日学園に通い続けた。成績は良いとは言えず、運動も出来ない。友人と言える存在は真弥のみ。そんな状況でも彼が学校に行くのを止めなかったのは、彼が『決まり』を破る事に対して禁忌感を抱いていたからである。常に正しい存在でありたい、それが古木卓也のポリシーである。


 そんな彼の考えは、異世界に来ても変わらない。一人の少女が責められれば身を挺して守り、人が奴隷として扱われていれば迷わず助け、人類が魔王によって苦しめられているのなら魔王を倒す。彼は自分が正しいと思う事をこの世界でも続けていた。一時期自分には力が無いと拗ねていた時もあったが、自分の力に気付いて以降の彼は迷わない。


「それにしても、ギルドも随分と成長しましたわね、タクヤ」

「そうだね」


 エルフリード王国北部の街セベストスにある建物の一室にて、少女の言葉に卓也は答える。少女の名は、エリス・エラ・エルフリード。エルフリード王国の第一王女であり、現在はアリスと名乗り、常にローブのフードで顔を隠して卓也と共に行動している。彼らは戦闘ギルド『ファルコン騎士団』として、魔王軍と戦うための戦力を集めている。元々この街は別の戦闘ギルドが支配し、暴力によってギルド上層部が酒池肉林の暮らしをしていたのだが、そこに現れた卓也達がギルドを成敗し、乗っ取った。そのリーダーとして君臨しているのが卓也である。


「そろそろハデーサ奪還に向けて出陣してもよろしいのでは?」


 そう進言するのは、エルフリード王国に勤めていたメイドのナターシャ。国を出たエリスを一人追いかけて彼女に同行した彼女は、その身体能力でファルコン騎士団の戦力の要となっている。今は亡き師、マリーカには遠く及ばないものの、この世界の人族の中では上位に位置するステータスである。


 ハデーサとはエルフリード王国最北の都市である。以前は魔王軍との戦いにおける重要拠点であったが、数日前彼らによって占領された。ハデーサを支配する魔王軍は更に支配を広めようとしているが、それを食い止めているのが卓也達ファルコン騎士団である。両者の戦力は拮抗しており、今後向こうが戦力の増強を行ったら、蹴散らされかねない。それを危惧しているナターシャはエリスの顔を見る。


「そうね……前回の戦闘からも日は経ったし、そろそろ考えるべきね。タクヤはどう思いますか?」

「俺もそう思う。じゃあ、すぐに皆を集めて話し合いをしよう」

「では、皆様をお呼びします」

「頼むわ、ナターシャ」


 卓也の言葉を受けたナターシャは立ち上がり、ギルドの幹部に声をかけに行った。かつてはやや拙かった敬語も、以前に比べれば上達している。

 


 ◇



 円卓を囲むのは六人。リーダーの卓也、サブリーダーにして強力な魔術師である『アリス』、前身のギルドの幹部では唯一、民の事を考えていた剣士ギリオン、元奴隷のネコ耳獣人ミーク、魔王軍によって滅びた王国に仕えていた女騎士セルン、そして発案者のナターシャである。そのナターシャが、全員に向けて話し始める。


「皆様、この場にお集まり頂きありがとうございます。この度の議題は――」

「いちいちめんどくさいよナターシャ。魔王軍と戦いに行くかどうかを聞きたいんでしょ? ボクは賛成だよ!」


 ナターシャの言葉を遮って言うのはミークである。自慢のネコ耳をピクピクと動かしながら自分の意見を告げた。それに反論したのは女騎士セルンだ。


「待てミーク。私は反対だ。魔王軍は凶悪……その拠点に攻め混むのにはまだ早い」

「だが、こちらが尻込みしている間に敵の戦力も増強されるかも知れない」


 次に発言したのは剣士ギリオン。その渋い声に反論されて、セルンは口ごもる。


「しかし……」

「まあ、お前が魔王軍を怖れる気持ちは分かる。だとしても俺達は、いつかはハデーサを奪還せねばならない。そしていずれは、お前の国も」

「……」

「聞こう、セルン。どれ程の戦力が集まればハデーサに行っても良いと考える?」

 

 現在、ファルコン騎士団のメンバーは約百二十人である。街ひとつを支配しているだけあって、その規模は世界的に見ても大きい方だと言える。加えてメンバーは一人一人が腕に覚えのある屈強な猛者達である。


「それは……」

「お前の中に具体的な予定があるのなら、耳を傾けよう。だが、単に先伸ばしにしたいだけなのなら、俺は今すぐにでもハデーサに進軍することを提案する」


 厳しい視線をセルンに注ぐギリオン。そこでエリスは彼女のフォローに入る。


「まあまあ、こういう事は慎重に考える事だと思いますし……すぐに結論を求めるのも……」

「慎重なのは勿論良いことだ。だがこうしている間にも、魔王軍は人族を苦しめ続けている。俺達には力がある以上、一刻も早く彼らを救う義務がある。間違っているか、タクヤ」

「えっ、ええ!?」


 急に話を振られた卓也は動揺する。しかし彼はすぐに自分の意思を口にする。


「間違ってないです。俺達は皆を助けなくちゃ行けない。俺は出来るだけ早くハデーサに行きたいです。……例え、一人だったとしても」


 するとその頭がミークによって叩かれる。


「痛っ」

「そうやって自分一人で突っ走るから、ボクを助けてくれた時だってあっさり倒されちゃったんでしょ! そりゃー確かに感謝はしてるけどさ、タクヤのそういうところ、直した方が良いよ!」


 頭を擦る卓也に、ミークが説教をする。


「いや、あくまで例えで……」

「いいや、タクヤは本当に一人でも行くね」

「うぅ……」


 図星をつかれぐうの音も出ない卓也。見かねたギリオンが口を開く。


「確かにお前の『奥の手』はかなりのものだ。だが、お前一人に出来ることはたかが知れているぞ」

「……はい」

「それ故に、俺達は一丸とならなければならない。そういうことだ、セルン。お前が乗り気で無いのなら俺もこのタイミングで戦うことはしない」


 ギリオンはきっぱりと言う。その場にいる全員が彼に注目していた。


「私は――」


 セルンが何かを言おうとした瞬間、部屋の扉がバタンと勢いよく開く。元々前身のギルドにも所属していた、ギリオンを尊敬している男だった。


「ギリオンさん、大変っす! 魔王軍が攻めてきやした!」

「敵の規模は?」


 ギリオンは冷静に尋ねる。すると男は動揺しながら答える。


「三人っす!」

「三人?」

「はい! でもアイツらバケモノみたいに強くて……しかもその内の二人は、人族なんすよ! ってか、唯一の魔族は何もしてないんで実質二人に苦戦してるっす」


 その報告にギリオンを含めた全員が頭に疑問符を浮かべる。ファルコン騎士団のメンバーは猛者揃い。そんな彼らをたった二人で圧倒する人族など、ほぼ存在しない。


「まさか!」


 しかし、その数少ない例外に心当たりがある卓也は声をあげる。エリスとナターシャも思い出す。かつてマリーカや先王エルバードを殺した舞島水姫の事を。だが、人族が二人だと言われると首を傾げざるを得ない。エリスが脳裏に神代聖騎の妖しげな笑みを思い浮かべていると、卓也は足早に部屋を出ていった。


「だーかーら、そうやって一人で突っ走るなっての!」


 呆れるように言ったミークは彼を追いかけていく。その背中を見て、ギリオンが呟く。


「あいつは何を知っているんだ?」

「さ、さぁ……」


 エリスが愛想笑いをする。するとギリオンは彼女に視線を向ける。


「なぁ、アリス。俺はお前が何かを隠してる事くらい気付いている」

「……」


 エリスは内心で気まずく思いながら彼を見る。


「別に責めようとは思わない。誰にだって隠したいことの一つや二つ有るだろう。だが、俺はお前達に感謝している。俺は何が有ろうとお前の味方だ。それだけは覚えていてほしい」


 その言葉にエリスは心強さと後ろめたさを感じながら頷く。


「ありがとうございます」

「構わない。俺達も出るぞ」


 ギリオンはそう言って立ち上がる。そしてこの場にいる全員は卓也達を追いかけていった。


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