成り上がった貴公子
エルフリード王国王都エルフリード。藤川秀馬、武藤巌をはじめとする9人の勇者は、西、東、南にそれぞれ向かった仲間達をここで待っていた。危険な旅に出ている彼らの身を案じる一方で、彼ら自身も多くの敵と戦ってきた。
この国の国王がエリオット・エレ・エルフリードになって以降、先王エルバードに比べて「無能」と評される彼には多くの敵が存在した。周囲の諸国はおろか、国内からすら幾度も刺客が送られたのだ。エルフリード王国はこの大国屈指の大国であり、それを治めるエルバードの名と共にその強さは大陸全土に知れ渡っていた。その強さが自分のものになるかもしれない――そう考えた者は少なくない。それなりの権力をもつ貴族の他、貧しい農民でさえその王位を狙った。
そこで著しい活躍を見せたのが秀馬達である。勇者としてこの世界に召喚された彼らは、その圧倒的な強さをもって全ての敵を蹴散らしてきた。彼らの活躍に感激したエリオットは彼らに爵位と館と使用人を与えた。
「もういっそ、全員にすれば良いんじゃないか? 藤川伯爵」
「その呼び方はやめてくれと言ってるだろう、巌。それにぼくにはそんなつもりはない」
エリオットから侯爵の地位を与えられた彼は多忙な日々を送っている。剣や魔法は超一流かつ聡明で、そして何より顔が良い彼は今や民衆のヒーローであり、国内の貴族から娘を嫁にしないかと来る日も来る日も言われ続けており、媚を売ってくる自分よりもいくつも年上の貴族との会話に彼は疲弊していた。応接室の椅子に座る彼の隣でずっと彼の補佐役をしていた巌は、冗談めかして言った。エリオットもエルバードも妻は一人しか持たなかったが、この国は一夫多妻が当たり前となっている。
「はははっ、冗談だ。お前は一途な奴だからな。まったく、何時になったら帰ってくるんだ、永井は」
「なななな、なんで永井さんの名前がいきなり出てくるんだ!?」
永井真弥――自分がひそかに思いを寄せる少女の名前に秀馬は動揺する。巌はやれやれと首を振る。
「お前を見てれば分かる。何年の付き合いだと思ってるんだ」
「あはは、巌に隠し事はできないね。……まあ、そういう事だよ。ぼくは永井さんの事が……その、好きだ」
秀馬は頬を染めて言う。幼稚園の頃からの幼馴染で、一流進学校である天振学園へも切磋琢磨勉強をして揃って入学したという仲である。それでも秀馬は真弥への行為を誰にも隠していたが、巌からすれば無駄であった。
「俺もお前にはお前の好きなように生きて欲しいと思っている。だが、だからといって貴族を敵に回すのは愚かな選択だ。この世界に後どれくらいいる事になるのかは知らないが、味方は多いに越したことは無い。それを踏まえた上で秀馬、お前はどうするべきだと考える?」
「うっ……」
巌の質問に秀馬は言葉に詰まる。元より同年代の者に比べて大人びていて、更にこの世界で様々な経験をして成長したとは言え、彼は元々普通の中学生である。結婚のことなど考えた事は無く、ましてや一夫多妻などと考えられない。だが、彼は答えを口にする。
「まあ、そうだね……結婚については追々考えるとしても、貴族の皆さんとは仲良くしないといけないよね。でも、そこで問題があってね……」
「何だ?」
「ぼくは貴族の皆さんと話してる間『読み』を使って心を読んだんだ。その結果としてみんな、異世界から突然現れて、ぽっと出の癖に伯爵なんかになって、しかもこんな子供であるぼくのことを内心では面白くないと思っていたんだ」
「それはそうだろうな……貴族はプライドが高い生き物だと聞く」
「もしもぼくと結婚をしたとしても、心から仲間だと思ってくれる気がしないんだよ。当主達はぼくに良い思いは抱かず、ちょっとした何かがあれば簡単に裏切る……そう思うんだよ」
そこで秀馬は一息つく。
「要するに、ぼくは貴族の心を掴みたい。いや、ぼく達勇者全員が、民衆だけでなく貴族みんなから好かれるようにしたい」
「俺達の国の総理大臣が毎日思いつつも実現出来てないことだぞ、それは」
「それでも、それがぼくの希望だ。だから、ぼくは貴族の皆さんの館を一軒一軒挨拶しに行こうと思う。それで、少しでも気に入られるようにしたい」
まっすぐな目で親友を見つめて、秀馬は言う。その言葉に巌は笑う。
「はははっ、はははははははは!」
「な、なにかおかしい事言った?」
「いや、やっぱり秀馬は秀馬だなと思っただけだ。お前は昔からクソ真面目な奴だからな。俺はお前についていくぞ」
巌は秀馬の肩にポンと手を乗せる。
「ありがとう、巌」
「気にするな」
礼を言う秀馬に、巌は少し照れ臭そうにする。すると突然部屋の扉が開かれる。すると、彼らの仲間である波木静香と渡瀬早織が入ってきた。二人とも何やら慌てている様子だった。
「ふ、藤川君……、き、き、き、きたー!」
「な、何が……?」
興奮している早織に秀馬は問う。すると静香がしばしの深呼吸の後に口を開く。
「み、美奈達が帰って来るのよ!」
「伊藤さんが……? ということは東に行ってたメンバーが……」
「みんな無事よ! もうすぐ着くって」
その報告に秀馬と巌がホッとしたように表情を緩ませる。ずっと王都にいた彼らは危険な旅に出ていた彼らに申し訳ない思いをしながら過ごしてきた。『ある情報網』から仲間達の状況についても教えられていたが、気が気でない日々を送っていた彼らにとって、その報告は救いだった。
「それじゃあ、迎えに行こう」
「そうだな」
秀馬の言葉に三人は頷いた。彼らが館を出ると、他の仲間達がソワソワとした様子で待っていた。五人の勇者の中に、どこか不機嫌そうな妖精族の少女姿があった。彼女はツンと同じスクルアン。以前聖騎がツンとセレネタルで戦って撃破した際に、彼によってここに向かえと言われたのだ。聖騎はスクルアンや他の妖精族によって大陸中に情報網を形成したのだ。
「君が教えてくれたんだね。感謝するよ、マリアさん」
「……大した事はしてない」
マリアと呼ばれたスクルアンはボソリと呟く。彼女の名は勇者の一人である司東煉によって名付けられた。当初は体を透明化する能力からクリアという名前が候補に上がったが、名前らしくないということで一文字変えてマリアとなった。マリア自身としては名前らしい、らしくないという感覚はよく分からなかったが、取り合えず与えられた名をマリアは気に入った。決してそれを自分から示すことはないが。
「とにかくだ。今からみんなを迎えに行こう」
「おう」
彼らは東へと歩き出す。館の留守は使用人に預けてある。そして彼らは東のエルティア大陸に行っていた面々と合流をした。約60日ぶりの再会に彼らは喜び、中には涙を流している者もいた。そして、新たな仲間である獣人族に秀馬は歓迎の挨拶をした。獣人族にとって人族とは恐ろしい存在であり、秀馬達のことも不安げな視線で見ていたが、彼らと仲が良くなった面貫善や御堂小雪に説得されて、挨拶を返す。その後秀馬達の館に向かった。秀馬が伯爵の地位を貰い受けた事に善達は驚きつつ、互いの成果の報告会を始めた。